ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)メールマガジン2026.6.17配信号「委員長のひとりごと」
社会正義/社会的公正は無価値な夢物語か
-新反動主義とテクノファシズムの政治に対峙する-
上村英明(SJF運営委員長)
「ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)」は、「ソーシャル・ジャスティス」――日本語でいえば、社会正義/社会的公正という考え方――に価値基盤を置く組織です。この「ソーシャル・ジャスティス」は、人類史というスケールの中では、近代の思想に属し、その中でもプラスの側面を持った価値だと考えられています。少なくとも、私たちはそう考えてきました。
SJFが、その理念を前面に出した理由は、社会正義/社会的公正が現代社会で普遍的な価値のひとつと考えられているにも拘わらず、現実にはそれが社会のさまざまな分野で十分に実現されていないからです。その実現のためにSJFの活動は、すでに15年も継続してきました。そんな中、社会正義/社会的公正そのものを否定する考え方が現れたらどうでしょうか。実現が難しいから反対するのではなく、普遍的価値と信じられてきた、その存在そのものが無価値であるとみなされれば、SJFの存在は根底から覆されてしまいます。
1)新反動主義・テクノファシズムという思想
まず、私たちの存在を根底から否定し兼ねないもの、それは、どんな考え方なのでしょうか。2010年代から広がり始めたというその考え方には、まだ正式な用語も確定されていませんが、一般的に、新反動主義(Neoreactionary Movement)、暗黒啓蒙(Dark Enlightenment)あるいはテクノファシズム(Techno Fascism)などと呼ばれています。(以下、「新反動主義」あるいは「テクノファシズム」を使います。)
歴史的に、人類史では「啓蒙主義(Enlightenment)」という考え方が17世紀の欧米に「近代」とともに登場します。これは、伝統を隠れ蓑にした非合理な迷信、因習あるいは権威主義を理性の力で批判・打破し、人間性の尊重と社会の合理的進歩を目指すというものでした。もちろん、この「啓蒙主義」の裏には、過度な理性や進歩への信頼から、植民地主義や女性蔑視、環境破壊などの不正義も蔓延っていたのですが、「啓蒙主義」がもたらした民主主義や平等主義には普遍性があり、社会正義/社会的公正もこうした普遍的価値をさらにより良いものにするために登場します。
しかし、新反動主義は、「啓蒙主義」に源流をもつ考え方を徹底的に否定します。その思想では、人間には自然的に「優劣」があり、人間社会に不平等は不可欠だと考えます。また暴力の廃絶は不可能であり、社会正義や寛容はありもしない期待を煽る空想論にすぎないとされます。つまり社会正義は誤った観念論として否定されます。そもそも民主主義は、結局、衆愚政治に行き着くもので、腐敗を生み、非効率で、無駄の温床だというのです。確かに、蔓延る裏金議員、官僚や議員の肥大化、そして中身に乏しい国会審議・・・などなどが生じ、それを私たちも批判してきました。
ともかく、こうした考え方は、先述した2010年代から、英国の哲学者でブロガーのニック・ランド(Nick Land)、米国の実業家でソフトウェアエンジニアのカーティス・ヤーヴィン(Curtis Yarvin)、同じく米国の起業家で哲学者のピーター・ティール(Peter Thiel)、また米国の起業家のイーロン・マスク(Elon Musk)などによって広められてきました。
そして、古典的な保守主義者との決定的な違いは、彼らが共通してITやAIに関するテクノクラート(技術エリート)と呼ばれる人たちだということです。彼らによれば、人間の優劣は、家柄や資産や学歴などではなく、IQ(知能指数)によって測られ、差別化できます。また、民主主義が腐敗、非効率、無駄の温床だとすれば、彼らにとってのあるべき社会モデルは、IQの高いテクノクラートの支配による「君主制」、テクノファシズムです。「王様」が社会には必要、つまり中世の再登場です。(テクノクラートも多様で、ソーシャル・ジャスティスに賛同や理解を寄せる人たち、あるいは潜在的にそういう可能性を持っている人たちは多くいますので、ここはあくまでテクノファシズムの主導者について述べているとご理解ください。)
さらに暴力の廃絶は不可能で、社会正義や寛容・博愛を土台に社会を作れないと考えれば、平和と自由と繁栄の基礎は、軍事力による強固な安全保障とAIによる徹底的な管理社会化が不可欠になります。加えて、国家と企業は同じように主権を持つ主体であり、政治のトップは経営のトップと同格で、社会の構成員は市民ではなく顧客であるとみなされます。そして、何よりも社会で最も重要な価値は、テクノロジーの進化であり、民主主義や競争社会はその進歩を阻害する障害物に他なりません。
2)政治権力と癒着する新反動主義・テクノファシズム
これは、従来であれば、ちょっと変わった危険な思想と片付けたいものですが、現代においてはそう簡単ではありません。
ピーター・ティールは、大手の軍事AI企業パランティア・テクノロジーズ(Palantia Technologies Inc.)などの共同創業者で、大富豪です。そして、この会社は、膨大なデータ、いわゆるBig Dataを瞬時に分析し、統合的に活用するAIエンジニアリング企業で、米国国防総省、英国国防省、イスラエル国防省などと契約を結んでいます。このイラン戦争でも大きな役割を果たしたと言われています。さらに、情報機関ではCIA、NSA、FBIなど、大企業ではJPモルガン、ロッキード・マーティンなどとも深いつながりがあります。また、具体的に特定の政権ともつながりがあり、現在のトランプ(Donald Trump)大統領とヴァンス(James Vance)副大統領の政権を軍事的にもまた資金的にも強力に支援してきたと言われています。
また、カーティス・ヤーヴィンは、ピーター・ティ―ルから融資を受けている他、2025年1月に開催されたトランプ大統領の就任祝賀会に重要な来賓として招待され、ヴァンスからも高い評価を受けています。もちろん、Open AIの共同設立者のイーロン・マスクが第2次トランプ政権で大統領上級政治顧問を務め、政府効率化省で事実上のトップとして君臨したことは、有名な話です。
そのピーター・ティールが2026年3月5日に来日して、高市早苗総理を官邸に表敬訪問しました。その意図はわかりませんが、パランティア社はすでに日本でもヤマト運輸、富士通、損保ジャパン、防衛省や金融庁などと契約を結んでいます。
ITCやAIに精通し、巨額の資金を動かすことのできるテクノクラートによる支配思想である、新反動主義やテクノファシズムが台頭しつつあります。これは、社会正義/社会的公正を市民主体に実現したいというSJFとは真逆の発想だろうと思います。また、現在の軍事ビジネスが、従来の武器製造の重工業ではなく、AI企業を中心に動き始めていることも忘れてはなりません。
2025年10月18日に行われた全米各地でのデモなど、トランプ大統領に反対する行動は“No Kings March”などと呼ばれていました。ここで掲げられた、米国に「王様」いらない、“No Kings!”のプラカードは、私自身ひとつのジョークかと思いました。しかし、トランプが自分をKingと呼んだり、さらにキリストを模したポスターまで作ったりしたのは、ひとつにはこの新反動主義・テクノファシズムの影響かもしれません。
「ソーシャル・ジャスティス」が、このAI時代、改めて、グローバルに真価を問われています。 (記 2026年5月30日) ■

