ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)アドボカシーカフェ第97回開催報告
「懲らしめから立ち直りへ」~拘禁刑の開始1年を経て~
刑務所の内と外の人権意識と実態から考える支援の実践
2026年7月4日、ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)は、津富宏さん(「セカンドチャンス!」創設者/立教大学コミュニティ福祉学部特任教授)、青木知明さん(NPO法人ジャパンマック 地域活動支援センター川崎マック施設長)、塩田祐子さん(NPO法人 監獄人権センター)を迎えてSJFアドボカシーカフェを開催しました。
NPO法人監獄人権センターは刑務所内の受刑者からの手紙相談を長年続けており、その中で塩田祐子さんは出所後の悩み相談も自発的に受けるようになったと、その経緯を話されました。個々の特性に応じた刑務所内処遇と出所後の支援の両方が重要になっていると指摘されました。
刑務所の内と外をつなげる支援をしている青木知明さんは、依存症からの回復は、孤立からの回復であり、人が変わっていくということは、関係のつなぎ直しだと強調されました。親に捨てられるかもしれない恐怖と寂しさを閉じ込めて強がる青少年期を過ごし、依存症、そしてヤクザになり受刑、出所後も居場所がなく入退院を繰り返した経験が語られました。それでも今があるのは、ダメだと思い込んでいた自分を受け入れた自助グループや、刑務所に元受刑者としてメッセージを届ける活動に導いた恩師との出会い、関わってくれた人たちの人垣支援があったからだそうです。
法務省矯正局の法務教官として少年院に勤めた経験があり、社会で若者の支援現場にも携わってきた津富宏さんは、拘禁刑改革は、人を正直にするのか、平等にするのか、そしてお互いに尊敬を高めるのかと問いかけました。改革は本当の動機を上辺だけは良さそうで政治的に正しそうな言葉に隠して進められるとの見方を示し、矯正に関する改革においても、それは金と人の確保というのが現実だと述べられました。本来の矯正の価値とは何か。刑務所の外に出た時の準備として機能するのか。社会復帰を支援するロジックはどこにあるのかと問われました。
刑務所の内でも外でも、集団生活の様々なレベルにおいて、安心安全な居場所づくりは重要だが、希望を、前に進める光をどう提示していけるのかと、青木さんは悩みを語りました。希望に向かってチャレンジすることには必ずリスクが伴うからです。悩みながら歩む青木さんは、当事者であったところから支援者となりましたが、それは自分の過去のやり方を総入れ替えできるロールモデルを見つけて真似だけすることから始まったそうです。津富さんは石巻での活動に出会えたことへの感謝を表し、支援者は当事者の日々を一緒に過ごすなかで育っていく、距離の取り方、解決能力、共感性、それらは当事者の話を聴いて想像する日々の中で分かっていくと語られました。
詳しくは以下をご覧ください。 ※コーディネーターは寺中誠さん(SJF企画委員)。

(写真=上左から時計回りで、津富宏さん、塩田祐子さん、寺中誠さん、青木知明さん)
寺中誠さん) みなさま、本日はよろしくお願いします。
拘禁刑開始にともなう問題を踏まえての企画になっております。今は前の懲役刑・禁錮刑という体制から拘禁刑への移行期ということになり、これはしばらく続き、現段階での統計では、拘禁刑として刑務所に入っていらっしゃる方の割合が約15%と出ております。15%を多いと考えるか、少ないと考えるかは、立場によって、またバックグラウンドとして得られる情報によっても違ってくるでしょう。現段階では、拘禁刑への本格移行ではないと言わざるを得ませんが、この機会を捉えて、これ以前から進められていた刑務所の「内」と「外」とのつなげ方ということが今話題になっており、本日の企画では「内」と「外」のそれぞれからお話を聞こうということになりました。
本日は、共催いただいている監獄人権センターの塩田祐子さんからと、刑務所の内と外をつなげる活動をされている川崎マックから、以前は刑務所の内にいらっしゃって現在は立ち直りのためのプログラムを実施されている青木知明さんからお話をお聞きします。その上で、これまで法務省の矯正局の法務教官として少年院などで働いていらっしゃった津富宏さんからお話をお聞きします。津富さんは、その後は大学に移られまして、まずは静岡県立大学、現在は立教大学コミュニティ福祉学部にいらっしゃいます。津富さんについては、レジスタンスと――いわゆる「離脱」と呼ばれるものですが――、エビデンスベースド――証拠に基づくということですが――刑事政策に関して展開されている第一人者だと理解しております。例えば、津富さんがシャッド・マルナの犯罪学を日本に紹介されたのは大きなエポックでした。また「セカンドチャンス!」をはじめ、いろんな若者の運動やNPO の設立に関わってこられました。ですから、今回は津富さんには、刑務所の内を動かしていた刑務所の外の部分に関わっていらっしゃったことに関してお話をお聞きします。
こういった形で、監獄人権センターのソーシャル・ジャスティス基金助成プログラムである『監獄をアップデートする。人権意識の向上と有用な支援の提供』を共有していきたいと思います。それではまず、監獄人権センターの事務局の塩田祐子さんから導入的なお話をいただきたいと思います。
目次
- 1 ——塩田祐子さんのお話——
- 2 ——青木知明さんのお話——
- 3 ——津富宏さんのお話:「『懲らしめから立ち直りへ』?」——
- 3.1 拘禁刑改革は、人を正直にするのか、平等にするのか、そしてお互いに尊敬を高めるのか
- 3.2 拘禁刑の導入は 刑の枠組みは変わらないまま受刑者に対して作業の動機付けを促進 「特性に応じた処遇」による「分類処遇」の強化で管理コストの削減 分類処遇の作成は当事者より専門家主導
- 3.3 改革は本当の動機―金と人の確保―を上辺だけは良さそうな政治的に正しい言葉に隠して進められる
- 3.4 矯正の『運営戦略2030』 「犯罪被害者等の声に耳を傾け、対話する関係づくりを進める」という表現で再犯防止の目的化を前面に出さずにバランスをとる 「更生」と「償い」をセットにした内省を促す対話 刑務所出所後を支援するマックとの相違
- 3.5 矯正に問われること 知的障害者と普段からコミュニケーションが図れるような構造か 不正処遇事件を防止につながる査察制度の導入の検討も
- 3.6 矯正の環境 心理的安全性を上げられるか 刑務所の職員間・職員と受刑者間で権力構造を手放して
- 3.7 矯正の価値とは 刑務所の外に出た時の準備として機能するのか 社会復帰を支援するロジックはあるのか
- 3.8 社会復帰と対立しない刑務所・少年院内の規律秩序の維持とは 懲らしめではなく内部事故を防ぐ目的も
- 4 ——パネル対話(青木知明さん・津富宏さん・塩田祐子さん・寺中誠さん)——
- 5 ――グループ対話とグループ発表を経て、ゲストからのコメント――
——塩田祐子さんのお話——
監獄人権センターは、1995年に設立されました。設立メンバーは弁護士、研究者、問題に関心を持つ市民で、現在は元受刑者も加わって活動をしています。主な活動として手紙相談があり、全国の受刑者からお悩み相談の手紙が年間 1200通ぐらい来まして、開封してお返事をしております。その他、政策提言や、「医療」、「面会や文通の制限」といった受刑者のお困りごとに応じた冊子を作って配布しています。また、「刑務所ラジオ」というFMラジオ番組を 2022年から始めました。毎回、元受刑者の方が出演されています。よかったらお聞きいただければと思います。
昨年、2025年6月1日から拘禁刑が始まりました。2025年6月1日以降に起きた事件で実刑判決を受けた方が「拘禁刑」を受けることになるので、それ以前の事件で受刑する人は「懲役刑」、「禁錮刑」になります。報道で「拘禁刑の開始」が大々的に発表されたので、懲役刑がなくなったのか?という間違った噂も流れたのですが、かつて懲役刑の判決を受けた方は懲役刑のままです。
具体的には何が始まったのか。「高齢者ユニット」がよく報道されますけれども、名古屋刑務所では、嚥下(えんげ)という、喉で食べ物を飲み込む力を鍛えるために高齢受刑者が合唱しているシーンなど、分かりやすいものが報道ではよく使われています。ただ、高齢受刑者の全員がこのような処遇を受けるわけではなく、それぞれの刑務所の中で限られた人数で、1ユニット30人ぐらいの規模です。
今年26年 6月に発表になった統計では、まだ懲役刑の方が依然として多く、拘禁刑の方は15%ぐらいということです。
刑務作業自体は無くなったわけではなく、法務省のホームページでは刑務作業の依頼元が引き続き募集されています。ほとんどの受刑者は拘禁刑になっても、刑務作業中心の生活を送ることになります。
刑務所内にいる時だけでなく出所後の相談も受ける 個々の特性に応じた刑務所内処遇と出所後支援を
私どもは、刑務所の中にいる受刑者からの相談を手紙で受けていますけれども、私自身はある時から、「刑務所を出所した人の相談も受けなければいけない」と思うようになりました。私個人で受けられる範囲ではありますが、出所した方からの相談も受けています。2021年9月14日に始めました。なぜ明確に始めた日を覚えているかというと、更生保護施設に入っている方から「もう死にたいです」というメールが監獄人権センターに来た日だからです。更生保護施設は、刑務所を出所して帰る家がないとか、家にすぐには帰れない方が一定期間生活する施設ですが、刑務所の中から選ばれた方が入れる施設です。選ばれて更生保護施設に入った人が「死にたい」とはどういうことだろう?と思い、その人に会ってみよう、お悩みを聞いてみようと始めました。
満期出所で刑務所から出てくる方を当日の朝に迎えに行ったりもしています。刑務所の中でも、出所後の困りごとも皆さん様々です。再犯で刑務所へ行く人の場合は、前回、刑務所を出た後の生活で何が問題でまた刑務所にまた戻ったのか、支援者は知らなければならないと思います。
それぞれの困り事に応じた支援の方法は色々あります。選択肢が多い、いい時代になってきたと思います。ですが、本人にとって、どんな方法が一番フィットしているかは、やってみないと分からないところが実はあります。
「やってみてダメだったら別の方法を試してみましょう」と、支援者はよく言うけれど、けっこう危険だと思っています。人間の一生って短いですから、皆さん、色々な方法を試している時間は無いです。ですから、それぞれの個人にフィットする支援をある程度見定めて、支援者は提供できなければなりません。刑務所の中の支援でも、「個々の受刑者の特性に応じて処遇を提供する」と、法務省の資料でもよく出てきます。
「拘禁刑」の開始で、刑務所の中で変わった部分はあります。これまでは反則行為に対して何でも懲罰にしていたものを、その反則行為の理由をきちんと調査して懲罰にしない場合もあります。獄外に向けては積極的に発表されていませんが、内部向けの資料では重要なポイントとして載っている情報です。ただ、「個々の特性に応じて」を徹底するのはすごく難しいですよね。たくさんの受刑者がいる中で、一人ひとりの悩み事を聞いて、適切な処遇を提供することは、完全にはできないでしょう。
私自身は、窃盗で出所した人と関わることが多く、皆さん家庭環境が複雑です。これは窃盗に限らないことでしょうが、家族関係がうまくいってない方がすごく多いです。親に捨てられた人も実際にいます。それぞれの生きづらさに寄り添うことが重要ですが、ポイントとして押さえておくべきは、例えばコンビニで万引きして刑務所に行った人がいたとき、本人の人生がどんなに複雑であろうと、それはコンビニの人には一切関係ないという事だと思います。
出所後の方をどのように、適切にサポートするのかが課題だと思っております。
寺中さん) ありがとうございます。
ここから青木さんのお話に入っていきたいと思います。青木さんはジャパンマックの川崎マックの施設長をされています。シアトルで生まれ育たれた。その後いろいろなことがありまして、刑務所に服役したこともある。出所して、自助グループとの出会いがあり、今度は自助グループをご自身が行うようになって現段階に至っておられます。
実際に現場で、どういう問題が発生しやすいのかとなど、いろいろとお話をいただければと思います。それでは青木さん、よろしくお願いいたします。
——青木知明さんのお話——
どうぞよろしくお願いします。
私は、刑務所や精神病院等の経歴があります。指定暴力団の構成員で、酒や薬でおかしくなって、暴力団員も務まらなくなって、関西を逃げ回っている時には、酒飲みながら覚醒剤を打ちながら、長距離トラックドライバーを名古屋でやっており、業務上過失致死傷罪に至りました。
母親にも捨てられるかもしれない恐怖と父親のように医者になれという圧にさいなまれ
実は僕は、生まれは外国で、父親や母親が留学中に生まれて、一歳ぐらいで世田谷に帰ってきました。父親は大学病院の外科医で、母親は中高一貫の高校の英語教師という家族の三人兄弟の真ん中でしたが、父親と一緒に住んだことありません。物心ついた時には父親が不倫して家出していて、母親がかなり病んでいて半狂乱でオーバードーズしたりガス心中しようとしたりして、僕は幼稚園・小学校の頃に施設に預けられたり、教会学校や学童保育に預けられたりしていました。
その頃のカトリック成城教会は半分は成城のお坊っちゃん、半分は僕らのような片親の子とかヤクザの子とか、社会的擁護を宗教活動として担っているような時代背景があり、ボーイスカウトをやっていたりしました。その教会のボーイスカウトに中学生でシンナー吸って暴走族だなんていうお兄ちゃんがいたし一番仲良かったのが地元の的屋の親分の倅でした。その倅と僕とがシンナー吸って酒飲んでめちゃくちゃ暴れていると、教会学校が一緒のボーイスカウトの2歳上の先輩が、「お前、チビのくせに気合入っているな」とか言ってかわいがってくれました。そんな感じで小学校・中学校の時はとにかく万引きと喧嘩。それが病気の症状に近い感覚だと、後々になって依存症に関する教育を受けて理解してくるのですが。
幼少の頃は、母親に置き去りにされて、「お母さんは僕を捨てるんじゃないか」と、いつも暗くて寒くて、一人でいる恐ろしさを感じていて、それにさいなまれている自分がいました。夜怖くて寝られない時、仲間と一緒に喧嘩したり万引きしたりすると、スリルがあってハイになるのです。現実逃避の方法としてのハイ。中学生になった時、体が小さくて、酒を美味しくもないのに飲んだけど、酒よりもシンナーの方が楽だった。吸引するだけでハイになれる。だから、依存症になるのは、すぐだったような気もします。
それでも母親にずっと言い続けられたのは、「隣近所に絶対『父親がいない』と言うな。お前の父親は医者なんだから。お前が長男なんだから医者になって父親を見返せ」でした。母親が全ての頃でしたから、絶対周りには言っちゃいけないし、小学校で「お父さん」の作文を書けと言われても見たこともない会ったこともないし、そういう葛藤や恨みを後になってもよく思い出していました。
寂しさと恐怖を閉じ込め強さに自分を駆り立て依存症になりヤクザになり受刑 出所後は正直になれる居場所のないまま入退院を繰り返す
そんな状態だったから、暴走族と暴力団というのが、自分を守ってくれるお兄ちゃんとか親分とか疑似家族であり仲間のいるところだった。それは、非常に依存症と親和性が高くて、いつもハイでした。「寂しくちゃいけない」、「怖くちゃいけない」、「男は強くなきゃいけない」という思い込みの中で依存症になっていった結果が、養子縁組してヤクザになって、逮捕監禁及び恐喝罪、覚醒剤使用罪、賭博開帳図利幇助罪といった罪状です。
刑務所を出てきてからはヤクザも務まらない状態で、精神病院に入退院を4件5回しました。もう行き場所がない。中間施設があるということを精神病院の中で知ったのですが、指定暴力団構成員であったためになかなか生活保護につながれなかったので行けなかったのです。そのころの自分では正直に自分のことを話すなんてとんでもないことでした。刑務所出所者で薬物中毒で指定暴力団構成員だなんて言ったら、「ここはおまえの来るところじゃない」と追い出されると思っていたから。
幻覚や妄想が出て、被害妄想でね。いつも怪しい人の顔が見えていたり、ヤクザと警察200人に追いかけられたり、そういう妄想で診断を受けているその窓に人の顔が映っているように見えたり、そんな状態で入退院を繰り返して、最後の病院が閉鎖病棟でやっと落ち着く時間ことが出来ました。それまでは開放病棟だったので、誰がいつ襲ってくるかと落ち着かなくて。もう刑務所の独居しか、安全に生きる場所がないというような状態が、僕の30歳の状態でした。最後の病院は3ヶ月で出されて、それでも毎日出入りはさせてくれて、糖尿病になっていましたので、糖尿病の薬を頂いたりはしていました。

そんな状態からどうやって今に至ったのか。
僕は、入院中に中間施設、東京ダルクや救世軍自省館に見学に行って何とか入れてくださいと頼むのですがお金がないなら生活保護にかかってからおいでと言われました。僕は指定暴力団構成員だったために、生活保護に5ヶ月間かかれなかったのです。毎日、福祉事務所に行ったり、警察に行って暴力団の脱会届を出すとか1日3回自助グループのミーティングに行き、一生懸命ポーズを取ってみたりして、やっと生活保護につながったのです。
その5か月間飲まずに使わずにいられたのは奇跡でした。自助グループがあったおかげです。今から24年前は、横浜辺りは1日3回、毎日、ミーティングがありました。僕が本当に助かったのは、居場所として、山谷と寿町、そういうところの元ヤクザとか刑務所出所者、そういう連中ばっかりがいる自助グループを見つけたことでした。そこは安心できたし、「ここは、いてもいいんだな」と思えた。でも希望はあまりなかったですよ。ただ居場所として本当に雑多で、飲んだり薬を使ったりしている者もいるような状態でした。その自助グループの中でも当時は本当の話、刑務所の話しはタブーという空気でした。
2004年に監獄法の改正があり刑事施設処遇法となり、僕は、黒羽刑務所に当事者の第一号でメッセンジャーとして入れさせてもらい、これが転機となりました。
それまではAAセントラルオフィスで「かわらばん(ミーティング案内)」の製本作業をやると飯を食わせてもらえたり、自助グループの会場にいるためにコップ洗いをしたりしていました。あとは、断酒会でも精神病院でも、どこでもソフトボールをやっていました。ミーティングでは正直な話はできなかったけど、ソフトボール行くと、先行く仲間が、「いいか、3年間は女のケツ追っかけないで白い球だけ追っかけてりゃいいんだ」と。そういうノンバーバルなフェローシップでその場にいることができました。
依存症からの回復は孤立からの回復 「自分が変わっていく」ということは、関係のつなぎ直し
仲間と安心して正直にそこに居続けられる支援ができるには
NA(ナルコティクス・アノニマス、薬物依存症からの回復をめざす自助グループ)に12のステップワーキングガイドがあって、要は孤立からの回復。自己流で回復しようとしても、自分だけで頑張ろうとするとどうしてもお酒や薬が必要だった。仲間の中で、お酒や薬を使わないで頑張ることが自分一人じゃどうにもならないということを受け入れることが一番大事だということ。まず、安心して正直になれる、自分の話ができるようになると楽になっていくということです。
僕はミーティングで半年間、「一日断酒で頑張ります。」としかしゃべれませんでした。本当のことを言ったら追い出されると思い込んでいましたから。
半年目に「関東甲信越地域矯正・保護施設パブリック・ミーティング」という法務省や医療関係者だけの中でスピーカ―をすることになり、前科前歴を初めて話した時に、更生保護施設にメッセージに来ないかと誘ってもらいました。静修会足立寮で、そこは自分と同じ刑務所の出所者ばかりでした。正直になることが正しい、ひどい話を平気でできるという、AA(アルコホーリクス・アノニマス、アルコール依存症からの回復をめざす自助グループ)やNAの自助グループ独特な雰囲気でした。
今は依存症回復施設の支援として、過去の自分ができなかった、正直になって仲間意識を持ってそこに居続けることがどうしたらできるのかと考えています。これは今やっているプログラムですけれど、毎週月曜日は音楽プログラム、火曜日は川崎ダルクとエイサー、水曜日に教会での清掃活動と夜はランニング。やはり、音楽やスポーツというのは万国共通。(水)(土)のランニングクラブはさまざまな皆さんと、保護観察官の先生や、看護大の先生も参加されて、五つの施設のスタッフや利用者とやっています。
また、第2第4(金)は教会の炊き出しボランティアをやっています。新しく来た仲間で刑務所出所者とギャンブル依存症の仲間は必ず1回は強制で参加して貰います。
路上に降りるも、プログラムを選ぶも、自分の自由なんだと。自分がいる施設の中でだけではなく、他の施設にも仲間がこんなに大勢にいるんだと。それを時間かけて生活の中で体感してもらう。本当に俺はここにいていいんだなと。その中で少しずつ、正直になること、そして自分を変えること。「フェローシップと自分を変えるための12ステップ」というプログラムです。
我々にとっての「自分が変わっていく」ということは、関係のつなぎ直し。そして、「一人ひとりの生活をこの地域で」という願いを持って続けています。川崎は、アディクションフォーラムなんていうのはもう官民共同で14年目になります。
最近、地域活動支援センターが川崎大師の隣のある大師公園の真ん前に移転して、生活訓練(自立訓練)事業所を多摩川の土手の下に新築しました。
関わる人たちの人垣支援 ダメだと思い込んでいた自分を受け入れた居場所 自分のペースで歩む
僕は、最初からすぐに目の前に「回復の為のプログラム」、12ステップの原理を実践する安心安全な場所、ミーティング会場と環境があったわけではありません。最初の2年はもう、刑務所出所者なんかが来たらミーティングがめちゃくちゃになる、そんな連中ミーティングに来る必要はない、刑務所にメッセージも必要ないという空気さえ一部の人達にはありました。
2年目に初めて関東甲信越地域に矯正施設委員会というのが立ち上がって、さらに出所から10年経って、ようやく僕は出身の府中刑務所にメッセージを届けに行くことができました。
その頃からずっとお世話してくれた、当時は東京保護観察所の所長だった荒木龍彦先生が、近畿の更生保護委員長を経て、今、ジャパンマックの副代表理事としていらっしゃいます。今は直接の上司にあたります。また、僕が刑務所のメッセンジャー活動を続けてこられたのは、僕の服役中に処遇部長だった徳永健二先生が甲府刑務所の所長になり、その時ずっとメッセンジャーとして呼んでくれた。徳永先生はその後勇退されて、サンシャイン60にある刑務官の共済保険の会社にいる時も、年に何回かは「娘連れて飯食いに来い」って呼んでくれた。
時代の中で変わっていくものはたくさんあるけれども、関わってくれている人たちの人垣支援ですね。自分じゃダメだと思い込んでいたけれど、周りが受け入れて居場所を提供してくれていた。自分じゃわからなくても、我々の当事者支援としての安全なところ、正しいところ、「仲間の集まり(フェローシップ)の中に居場所を持ち続けることがいかに大切か。」ということ。あと、僕が最初に出会ったAAスポンサーは、同じ系統の横浜のヤクザの親分でした。その人がいなきゃ「僕もここに居ていいんだ」と思えなかったと思います。
依存症の回復というのは、スポーツと同じで、チームに入り、いい指導者やコーチと出会い、お互いを認め合いサポートしあいながら進む。一人で頑張らないことが大事。自立を目指すと孤立する。一人で頑張ろうとすれば、また酒や薬を使ったりするから。「I can’t but we can(私にはできない。しかし私たちにはできる)」
あと、自分のペースで歩むということですね。回復は競争ではない。人と競う、争うこと(競争社会・パワーゲーム)から降りる。
いったんお話はここで終わらせていただきます。 ありがとうございました。
寺中誠さん) ありがとうございます。実はいろんなところに関係していて、とても示唆に富むお話だったので、十分カバーしていただけたと思います。刑務所の外ではどういう問題があるかをお話しいただけたと思います。いわゆる「チーム処遇」と言われるようなものがバッと出ましたけれども、そういうところに関してはいろいろ難しさがあるだろうと思いますので、それはまた追々皆さんとお話できればと思っています。
では、ここから津富さんにお話を伺いたいと思います。元矯正局でお勤めになり、その後、静岡県立大学や立教大学で教職に就いてこられました。矯正局、あるいは拘禁刑などを実際担当する部局、それと関連して、刑務所の外に出てきた時に更生保護を担当する保護局の動きも含めて、国の政策についてもご理解がある方です。津富さん、よろしくお願いいたします。
——津富宏さんのお話:「『懲らしめから立ち直りへ』?」——
僕の話のタイトルに「?」をつけてあります。「?」にはいろんな意味があって、私が「?」と思っていることの一部がうまく伝わるといいなと思います。
まず、青木さんのお話を受けてお話します。私、「セカンドチャンス!」の立ち上げに関わらせていただいて、そのロゴに、“HONESTY EQUALITY RESPECT”とあって、「正直、平等、尊敬が大事だよ」と掲げています。当事者団体において、この言葉がいいかどうかわかりませんけど、真実は大体一緒だなと思います。ジャパンマックも、そしてセカンドチャンス!も。
拘禁刑改革は、人を正直にするのか、平等にするのか、そしてお互いに尊敬を高めるのか
逆に言えば、刑務所にこれがあるのか、ということだと思います、今日の話は。例えば拘禁刑改革というのは、人を正直にするのか、平等にするのか、そしてお互いに尊敬を高めるのか。でも、そもそも刑務所という構造でそれは可能なのか、やっていいのかという話も裏ではあると思います。それをなぜ言うかというと、世界的に見れば日本の刑務所は最も事故の小さい刑務所の一つだからです。権力関係の圧の下ですけども、薬物が入ってこないし、いわゆるギャングが抗争するなんてことは絶対ないし、全く喧嘩がないことではないけれど、そういう日本の刑務所のある意味の良さというのは、この”HONESTY EQUALITY RESPECT”を犠牲にする形で進められてきたのではないか。
僕はもともと法務教官で、それを2002年に辞めてから、刑務所の外で市民活動などいろんな方と関わる立場になりました。2024年から、石巻市で、法に触れるような行動をしてしまう人と関わることもあるNPOで働くようになって、塀の外でやるのは非常に難しいと実感しています。少年院というのは圧力鍋で、鍋が厚くて、僕は外側のことを気にせずに処遇に関わっていました。今は、本当に外そのもので、うちは若い女性スタッフも多い団体で、ヤバい方から脅しの電話が来たりするのですが、警察に助けてもらって何とかすることもあります。
刑務所は中の人を外に出させないようにできていますが、外の人も絶対に中に入れないように作ってあるので、ある意味、中の人は守られているのです。いろんな撹乱要因がない中で、対象の方と向き合っている。もちろん、圧力鍋の中に入っているので、鍋の中の圧は高いですから、そこで働いている職員も、そして利用者の方もストレスは高いですけれども、外でやるのは本当に難しいと感じています。刑務所と違って、いろんな機関、警察・児童相談所・保護観察所などと一緒にやらないとできないと日常的に感じています。
青木さんのスライドには、いっぱいみんなが笑っている写真がありましたね。サーフィンやったり、いろんなクラブがあったり。なぜこれが刑務所でできないのか。もちろんサーフィンは海でやるので、海は刑務所の中にないですけど、なんでこんな雰囲気で物事ができないのか。できないのはもちろん理由があると思いますけど、「立ち直り」というのは、本当は青木さんの写真に写っているようなものなのではないかと思います。
なぜそう思うか。私が今やっている石巻の現場でも「学習支援」という名前で実際に行われているのは遊びです。子どもたちがいっぱい甘えられなかったのを発散できる場所として活用されていて、人がいっぱい人に甘えたり懐いたりしている中で人が変わっていくのを私は見てきたからです。
刑務所を責めているのではないです。できない理由があると私は思っているので。でも、なぜできないのだろうと。「有用な作業」とか「有用な処遇」とかよく言われます。何が何をもって「有用」と言っているのだろう。それは青木さんのスライドを振り返ってみると多分わかる気がします。

拘禁刑の導入は 刑の枠組みは変わらないまま受刑者に対して作業の動機付けを促進 「特性に応じた処遇」による「分類処遇」の強化で管理コストの削減 分類処遇の作成は当事者より専門家主導
拘禁刑の理念は、AIがさらっとまとめたことによると、「作業」だけでなくなり、「改善指導」と組み合わせられるようになったと。それから、目的が「再犯防止」と「円滑な社会復帰」になったと。そして「特性配慮」――これは結局、「分類処遇」の強化だと私は思いますけど――が進められているということです。
私は、日本犯罪社会学会の犯罪学の講座で「離脱」、「デジスタンス」についての講座を持っていて、その講座で昨年度、この拘禁刑について簡単にメンションをしたので、それを少し見たいと思います。
「離脱」という概念を犯罪学の主流に持ってきているシャッド・マルナ自身が反省をしているのです。 「離脱」という概念を持ち込んだけれど、いろいろ失敗してしまったと。なぜかというと、「離脱」というのが個人レベルの変化だと思われてしまったと彼は言うのです。あと、「主体性」と「構造」が対立するという無意味な議論に結びついてしまったと。結局、個人レベルの変化に焦点を当てすぎて、それと連動して、自己責任・自力更生のナラティブと容易に混同されたと。「ナラティブ獲得が更生なんだ」みたいな言説がよくありますけれど、自力更生のナラティブを得ていくことが離脱なんだというのは違うだろうとマルナは思っていたけれど、そう混同されてしまったと。
あと、「立ち直り」という言葉で表現しているのは改善更生ですけど、離脱が改善更生の枠組みに取り込まれてしまったと。「離脱」という言葉が専門用語にされてしまったと。今回の拘禁刑の改革で「離脱」という言葉は使われていないけれども、「立ち直り」という言葉が使われていて、それは「離脱」という言葉が「立ち直り」に吸収された結果とも言えると思います。
そもそも僕はセカンドチャンス!で少年院を出てきた方と友達になれましたけど、彼らは「『立ち直り』って言葉、使わない」と明瞭に言ってくれます。「人生はいろいろ続いていて、うまくいったり、いかなかったりするから、立ち直りなんか無いっすよ」とよく彼らは言ってくれます。
さて、私の犯罪社会学会の講座の内容ですが、法務省の「拘禁刑創設の趣旨」によると、拘禁刑には3つのポイントがあります。「受刑者の必要性に応じた作業の実施」と「作業と指導を柔軟かつ適切に組み合わせた処遇」と「作業を含む受刑生活への動機づけ強化」です。
また、法務省による「刑事施設が果たすべき役割」にある、拘禁刑下での矯正処遇等の流れでは、やはり「特性に応じた処遇」と書かれていて、「分類処遇」の強化がかなりあるのだろうと推測されます。私の理解では、「分類処遇」とは基本的に「管理」なので、管理の手段を入れ替えていると私は理解をしています。手間がかかる高齢者などの管理の仕方を変えることで管理コストを下げると。
しかも、「矯正処遇過程の新設」がなされるということです。「開放的処遇過程」や「福祉的支援過程」などです。この過程は少年院よりもはるかに多いです。少年院よりも多様な方々が来られているので仕方がないですけど、まさに「分類処遇」という「個の処遇」ですね。
こういうことで、シャッド・マルナが指摘したことは、今回の拘禁刑改革にまさに綺麗に当てはまっているというのが私の理解です。拘禁刑の導入によって、「個人レベルの変化の焦点化」もあれば、「主体性と構造の無意味な対立」が生じている。構造をそのままにした上で、すなわち、刑の枠組みは変わらないまま、作業の動機付けの促進というのを本人に対してやるわけですから。あと、「被害者等の心情等を考慮した矯正処遇」というのも、それで「反省しなさい」と言ってうまくいくのか疑問です。有名な『反省させると犯罪者になります』という本がありますけども。そして、「改善更生・再犯防止の目的化」、これは、再犯防止の目的化ですね。さらに、少なくともこの分類処遇を作る時に当事者の声が反映されたとはとても思えなくて、当事者の声というようなことは多少触れられていますが、典型的に「専門家主導」だと思います。
マクネイル(McNeill)――同じように離脱をリカバリープロセスとして理解している人ですけれども――がこういうコメントをしています。「犯罪者管理サービスは自らを専門家に属する矯正処遇の提供者ではなく、離脱者に属する離脱プロセスの支援者として自己定義すべきであるということである」。 一方、今回の法務省から出された文書では、「専門化」を進めると。そして、「多職種連携」するということが繰り返し書かれています。
ここで、私が好きな研究を一つだけ紹介します。これは日本で刑務所や矯正に関わっている人も十分把握している研究ですが、アリソン・リーブリング(Allison Liebling)らが行った、イギリスの刑務所を研究している方々が、刑務所に入っている受刑者に、簡単に言うと、「どういう刑務所がいいですか」と聞いて刑務所の条件を整えていこうという研究です。
私がこの研究を評価しているのは、受刑者自身に、刑務所の処遇がどうかということを聞いたデータを取って、施設風土と言われるものを施設ごとに計量化している(Auty and Liebling, 2020)という点です。計量化された値が大きい指標が、受刑者が重視している刑務所の良い所ということになります。こういう研究を参照しているということは間違いなく進歩だと思っています。
改革は本当の動機―金と人の確保―を上辺だけは良さそうな政治的に正しい言葉に隠して進められる
そもそも、なぜ改革をするのか。
私は少年院に勤めていたときに、少年法や少年院の改革を、現役の時に経験しました。私は行刑の人ではないので、今回の拘禁刑改革の際には呼ばれていませんが、不祥事があって少年院を変えようとなったときに、一時委員を務めました。その時に思ったのは――行刑改革の会議は実は違うかもしれませんが――、少年院のその会議は落としどころをもう事務局が持っていて、有識者と呼ばれる委員はそれに誘導される形で会議が進むのだなということです。
最近、私が読んでいる本を紹介します。ソール・アリンスキー(Saul Alinsky)はコミュニティ・オーガナイジングの第一人者ですが、学生のときは、犯罪学をシカゴ大学で学んだ人です。彼が晩年に書いた本、『Rules for Radicals』にとても面白いことが書いてあります。
“We repeatedly get caught in this conflict between our professed moral principles and the real reasons why we do things—to wit, our self-interest. We are always able to mask those real reasons in words of beneficial goodness—freedom, justice, and so on.”
要は本音、“real reasons”を私たちは良さ気な言葉、「自由」や「正義」に隠して物事を進めていくということです。アリンスキーはコミュニティ・オーガナイジングが専門ですので、最終的には、良かれという言葉の背後にある権力関係をきちんと見ようという議論になっていきます。
では、“real reasons”とは何だろうか。
矯正について考えてみます。私は矯正局で働いたのは2年間だけで、基本的いたのは現場か研修所ですが、矯正局にいて、矯正の権力の源泉は予算と人、職員だと実感しました。
問題は、受刑者が減ると施設が減るのでお金が減っていくことです。また、刑務官に関しては採用の困難、辞めていく方々の多さがあります。これは悪循環で、辞める人が多い仕事だと知られてしまうと、就く人も少なくなります。
『運営戦略2030―これからの矯正の姿を共に考えていく―』というのが、矯正局から出ています。その最初に出てくるのが「刑事施設に収容される人の推移」という図で、収容人数が減っているということを最初に見せるわけです。
これはAIで調べたものですけど、普通の国家公務員の仕事をやっている人よりは、刑務官はかなり辞めている、特に女性は辞めているという数字が示されています。採用が困難になるとはどういうことかというと、正直な言い方をすると、試験に合格するのが簡単になるということですから、お仕事を能力が十分でない方が採用されやすくなり、また、刑務官になったあと、その方々はお仕事で困難を抱えるので結局、辞めていくということになります。名古屋刑務所で事件が起きたのも、そういう方々が現場配置されていたことも一つの理由かもしれません。
ともかく、こういう条件に置かれている日本の刑務所ですけれども、そもそも刑務所運営というのは難しいことです。世界中の刑務所で暴動が起き、あるいは過剰収容が起きているわけです。日本でも名古屋刑務所事件というのが起きましたけれども、それよりも、はるかに凄惨でたくさんの人が亡くなるような事件が世界中の刑務所で起きています。相当の練度がないと安全な刑務所は保てないということを前提にしておきたいと思います。
2021年から2022年にかけての名古屋刑務所事件の後に『提言書~拘禁刑時代における新たな処遇の実現に向けて~』が第三者委員会から出されました。この文書もとにして、矯正局が具体的に改革を始めるわけです。実は、名古屋刑務所での暴行・不適正処遇はこの事件で二度目で、さすがに深刻だということで改革が始まりました。
改革は頻繁にはできないので、いろいろ変えなければいけないと思っている側は、良いチャンスとしていろんなものを放り込んでくるわけです。例えば、刑務所では、高齢者処遇はずっと課題になっていました。身体が動かないような方々が刑務所の中に入っていて、このことと名古屋刑務所事件は直接は関係していないと私は思いますが、高齢書処遇に関する取り組みも、この改革と同時に行ってしまおうとなったわけです。
だから、一言で拘禁刑改革とはこういうものだというよりは、いくつものreal reasonsが詰め込まれたものになります。一番のreal reasonsは常に金と人。逆に言えば、金と人が減るような改革は絶対に矯正局はやらないと思います。
矯正の『運営戦略2030』 「犯罪被害者等の声に耳を傾け、対話する関係づくりを進める」という表現で再犯防止の目的化を前面に出さずにバランスをとる 「更生」と「償い」をセットにした内省を促す対話 刑務所出所後を支援するマックとの相違
こうした事情を踏まえて、先ほどふれた矯正の『運営戦略2030』を見ていきたいと思います。今は、この文書が、一番の基となるアジェンダとして動いています。この概要的な資料を見ると、「被収容者の特性の変化」として、高齢・障害や被虐待の方が増えるというグラフが示されています。先述のように、受刑者人口/被収容者人口は減っているのだけれども、予算を取るために、増えている「部分」を見せるわけです。以前、収容者総数が増えていた時期は、治安や保安が大変だといって予算を取っていたわけですけど、総量が理由として使えなくなって、今度は質的な変化を予算獲得の理由にしているのがよくわかります。かといって、それが悪いことではありません。変化に対応するのは当たり前なので。ただ、予算をとるために、見せるポイント、着目してほしいポイントが変わってきたということだろうと思います。
また、「20年後に目指す姿/VISION」も示されています。この運営戦略が終わる2030年は通過点であり、その後2045年にかけて「罪と向き合い、社会とつながる場所」を目指し、さらに「更生を信じる力で、もっと安全で豊かな社会を」目指すのが使命だという流れです。
これには3つの柱、「安全、更生、健康幸福」があり、それぞれについて非常に丁寧に説明されています。「安全」においては、「少年中心の少年院処遇の検証と再構築」なども含まれています。
またこの「更生」において非常に特徴的なのは、その説明のトップに「犯罪被害者等の声に耳を傾け、対話する関係づくりを進める」と書いてあることです。犯罪被害者等の声に耳を傾けると、再犯が減っていくっていう議論は、まず犯罪学にはない議論だと私は理解していますが、これは社会の反応とのバランスを取っているのだろうと思います。どういうバランスかというと、「再犯防止」のためということを表に出してその論理に従ったものだけを見せたら社会から非難を浴びるだろう、という意味でバランスを取っているのだろうと思っています。ここでは、「対話」という言葉が「犯罪被害者等の声に耳に傾け」という文脈で使われています。そのポイントとする項目の一つに「償いと更生への内省の芽生え(個別的働きかけ)」とあります。「更生」と「償い」がワンセットに書かれているわけです。
青木さんがなさっているジャパンマックにおいて、こういう文脈で支援が行われているかというと、大いに違うのではないかなと思います。
矯正に問われること 知的障害者と普段からコミュニケーションが図れるような構造か 不正処遇事件を防止につながる査察制度の導入の検討も
さてここから、矯正に問われることを三つ並べます。
一つは、名古屋刑務所の事件が端緒ですけれども、この事件の報告書を見ると、知的に遅れのある方、知的障害でうまく指示が通らない方に対して暴行したということが書かれています。少年院で勤めていた私からすると、少年院の職員は、そういう方に対するスキルはある程度自然に覚えます。刑務所でも社会一般よりもさまざまな理解力が乏しい方が多くいますから、そういう方々とコミュニケーションを普段からとろうとしていれば、このコミュニケーションスキルは普通上がっていくはずです。でも、そういうスキルが上がっていかない構造があったわけです。報告書を見る限り、その分析をきちんとやったようには見えません。
事故を繰り返さないようにするためには、イギリスのようなインスペクター(査察官)制度を入れるのが本来ではないかと思います。非常に権力のある査察制度を入れるか・入れないかを検討したかもしれませんが、この見当も、一言も報告書には出てきません。イギリスのインスペクターは、独立した常設の官庁であり、フリーパスで抜き打ちでどの刑務所にも立ち入る権限を持っていて、しかも強制力を持った緊急通報ができて法務大臣が改善策を示さなければならない制度です。しかし、この報告書は、既存の制度をより活発に活用するということしか書いてありません。それ自体は悪いことではありませんけど、抜本的な制度改革しない、要するに権力構造自体はいじらないということだと私は思いました。
矯正の環境 心理的安全性を上げられるか 刑務所の職員間・職員と受刑者間で権力構造を手放して
二つ目です。心理的安全性は非常に大事です。名古屋刑務所の事件だと、心理的安全性は報告書でもさんざん取り上げられています。現場の方が自分たちだけで問題解決をしようとしてしまった、逆に言うと上司に相談できなかったという意味で、上司とのコミュニケーションの問題が心理的安全性の欠如として出てくるわけです。でも「心理的安全性を上げる」というのは端的に言うと「権力構造を手放すこと」です。それを職員間であるいは職員と受刑者間でどの程度できるのか。
懲罰は、誰が受けるかで重さを変えると当然不満が溜まります。受刑者からすると、なんであの人は軽いのかということになります。法律というのは相手によって結果を変えてよいという考え方をしません。同じことやったら同じ罰を受けてほしい、というのが法律というものの建て付けです。そういう意味では、特性に応じて対応を変える今回の改革は、公平な処遇が求められる刑務所にとって難しさを増やす方向に向かっている可能性があると思います。
少し脱線ですけれども、福祉は、刑務所の課題の解決なのかという論点とも関連します。法律は社会階層を見ないという建て付けになっています。一方、たとえば、高齢・障害という課題は福祉の課題だから、福祉で矯正の問題を解決できるという議論のされ方はしますけど、少し違うのではないかと思っています。端的に言えば、福祉的視点を入れたときに、要は人を平等に見るということ自体が可能なのか、平等に見ることになるのかみたいな話です。
ところで、先ほどの『運営戦略2030』に出ている数字ですが、どのように測ったかわかりませんけど、矯正施設の職員が 1年間にハラスメントに直接・間接的に接した割合が83%もあるというのはすごい数だと思いました。上司・同僚・被収容者によるハラスメントということですが、もしハラスメントという言葉を使っているのであれば上司・同僚によるハラスメントが多い可能性が高いと思いますし、その何割が本当にハラスメントとして告発されて処理されたのかも気になるところです。
矯正の価値とは 刑務所の外に出た時の準備として機能するのか 社会復帰を支援するロジックはあるのか
三つ目です。今回の行刑改革の方向を見ていると、これまで矯正が推してきた認知行動療法とかは一言も出てこない。人はどうやって立ち直るのかという科学的ロジックは、今回の改革にはないです。もともと犯罪学が明らかにしてきたことは、施設内処遇は限界があり、社会に出てからできることが全てで、ほとんどの分散を説明するのは外に出てからの支援のありようだということです。そう言うことがわかっている中で、矯正を頑張ることにどういう価値があるのか、それは外に対する準備としてどう機能するのか。どういうロジックで社会復帰を支援しようとしているかがよく見えない。行刑改革より前の、エビデンスベースドで入れようとしていた取組みの方がまだ一貫して論理が通っていたと思います。長期刑の方もおられますけれども、人生を通じて負ってきた不利益を、1年から3年とかいう期間の施設内処遇というのはどれだけ回復できるのか。しかも、強制力がはたらく圧力鍋の中ですから。
ここで一つ、ただ希望になるのが、運営戦略では、職員がどんなことを大切にしているかということと、受刑者が自分たちがどういうふうに処遇されていると思うかということとの間には中程度の相関があるという研究成果を紹介しています。「多職種連携」と「更生支援の充実」、「支援が必要な存在」と「期待感」、「関係の見直し」と「暴言の減少」、それぞれの相関係数は0.47、0.44、0.59で、決定係数はこれを二乗しますので0.2程度だから20%くらいにしかならないですけど、こういう研究を積み重ねていくことはいいと十分に思います。
社会復帰と対立しない刑務所・少年院内の規律秩序の維持とは 懲らしめではなく内部事故を防ぐ目的も
最後に、私は少年院で働いていたので、一連の文章を読んでみて、行刑改革を進めている人たちが、運営戦略では、「規律秩序の維持」の意味が分かっているのだろうかと思いました。「規律秩序の維持」と、「社会復帰」とを対立させるような書き方が多いです。でも、少年院処遇の考え方からすると、規律秩序が維持されているからこそ子どもたちは処遇に集中でき、その中で子どもたちは十分に自分の問題に向き合うことができるので、対立的に書きすぎなのではないかと思います。
「懲らしめから立ち直りへ」という書き方になっていますが、そもそも、これは最初から「懲らしめ」だったのだろうかと。日本の刑務行刑の目的は懲らしめるためではなく、中で事故を少ないようにすること、安全を保つことが最大の目的だったのではないかと思います。逆に言えば、少年院がどういうふうに秩序を維持しているかを刑務所は十分にわかっているのかも気になります。規律秩序の維持は、少年院では、悪ではなく、更生のための必要条件です。
少年院も社会復帰専門官やいろんな方々がどんどん入ってこられますけれども、基本は法務教官です。一方、行刑改革は、多職種連携にこだわる形になっています。足りていない分野の方々にどんどん入っていただければいいですけれども、法務教官に相当するのが刑務官、要は、主流の人たちがどんなふうに変容していくかは非常に重要だと思います。集合研修の内容を変えるとか、いろいろ頑張ってくることはわかりますが、根本は構造の話だと思っています。
なぜ刑務所が荒れるかというと、多勢に無勢だからです。相手の数の方が多い中、少数で何とかしようとするからです。根本解決は人員を増やすことですが、このこと自体は、直接的には予算がはっきりしないからかもしれませんけど、報告書や提言書には書かれていません。配置替えは書いてありますけど。その辺も気になりました。
今の動きというのは、politically correctだと思うのです。少なくとも現状の動きというのは、おそらくそうでしょう。今のところメディアからも好意的に評価されていて、行刑が上手に戦略を打っているのだと思います。今は、直接発信せずに、むしろ、栄養士の方とか外部の方を使いながら徐々に、社会からの認知を変えているようです。ただ、組織は生き物ですから常に何を食べていないと生き残れない。それは金と人です。金と人を増やすための手段として、今は「これがpolitically correctだ」という内容が採用されているのだと思いますけれども、現在の行刑改革で用いられている提案が、今掲げられている「社会復帰」や「心理的な安全性」といった目的を本当に達成するものとして提示されているのか、あるいは、見かけがいいから提示されているのか、ということは問い直さなければならないと思っています。
——パネル対話(青木知明さん・津富宏さん・塩田祐子さん・寺中誠さん)——
寺中誠さん) とても示唆に富んだお話をいただき、ありがとうございました。
ここで登壇された塩田さんと青木さんも含めて、ここまでの話を踏まえて、対話したいと思います。
刑務所の内の改革、行刑改革という形で出されているものについては、その背景としてどういう考えがあったかということがリアルなストーリーであると考えられているけれども、それは、体のいい上辺だけは良さそうな政治的な正しさに基づいた言葉で話をしてしまっているところがあるのではないかというお話が津富さんからあったと思います。その中に、例えば青木さんがやってらっしゃるマックの活動も入れられてしまっているかもしれないと。その辺で難しさを感じる部分について、青木さんはいかがお考えでしょうか。

安心安全な集団生活の場所づくり チャレンジに必ず伴うリスクも 希望をどう提示していくのか
青木知明さん) 僕は刑務所を経験してよかったと思っています。お酒や薬物にしても、自分で体験して火傷するまでは止めようとしない。もう二度と刑務所を行きたくないと思えないと。
でも、希望がない。マックは先生のおっしゃる通りこの笑顔で楽しく安全な居場所だけど、自分が前に進む光がない。希望をどういうふうに見つけたらよいのか。いろんな集団のレベルで、刑務所に限らず集団生活の中で希望に向かってチャレンジすればその分のリスクが必ずあって、安心安全な場所づくりは本当に難しいと思います。だから刑務所は受刑者は分断されて孤立して、禅寺のような、断食修行のような、自分と向き合わざるを得ない場所。でも2回・3回は必要ない。そこでどういうふうに教育、希望を提示していくかというところなのだろうと思います。
マックやダルクにしても、必ずそのリスクはあり、合うとか合わないとか。それで、どのタイミングで本当にただ社会に戻るのか。マックやダルクは教会と一緒で、ここを経験したから周りから「少しは良くなってんじゃないの」、「変わってんじゃないの」と思ってもらえるような場所でもある。刑務所もそう。
内情を照らしながら希望を提示するというのは非常に難しいと思っています。原理原則は、普段の生活とは相反するところにあって。ただ僕らはいろいろ経験してきたので、必ずいつかチャンスがあって、良くなるんだっていうことを信じて、僕ら当事者はやっております。
寺中さん) 今のお話に関して、受刑者からの手紙相談や元受刑者のお悩み相談を受け取っている塩田さんの実感としては、どういう感覚を持たれていますでしょうか。
塩田祐子さん) 手紙相談について言うと、医療の問題がすごく多いです。体調が悪いと申し出ても、順番待ちで、その日のうちに医師の診察を受けることが難しいです。突然体調が悪くなった場合でも順番待ちになって、その間に亡くなってしまうことが実際に起きています。一般の医療の中でも「トリアージ」といって、誰を先に診るかという問題があります。
手紙相談の活動に初めて加わった時に先輩からは、「ほとんどの問題は刑務所を出れば終わる」と言われました。例えば、同じ部屋の人と揉めている、刑務官からいじめられている、食事の内容が酷いというような問題は、刑務所を出れば終わります。
しかし、医療だけは放っておくと危険です。病気の治療が遅れて亡くなったり、出所後に後遺症が残ってしまう人がいます。だからこそ、私どもは医療問題には特に力を入れています。

今度は私からお二人にご質問してもいいでしょうか。青木さんは、元は支援を受ける側で、今は支援を提供する側ですが、支援する側・される側の関係として、当事者が支援者になることはできるけれども、支援者が当事者になることはできません。両方経験されているので、支援者になりたての時にお感じになったことがあればお聞きしたいと思います。
自分の過去のやり方を総入れ替えできるロールモデルを見つけて真似だけすることから始まった支援者としての歩み
青木さん) 僕は10年間、希望を持てずに、ヤクザを辞めたらもうシャバで生きる術はないと思っていました。それで、自助グループの刑務所メッセージだとか精神病院メッセージ活動を主にボランティア活動をやっていました。もう両手の小指がなくて全身入れ墨ですので、社会には戻れないと諦めていたのです。だから居場所は自助グループしかないと。その自助グループで、それまで利用することがかなわなかった施設を手伝ってみないかと誘われました。
でも自分の乏しい経験しかなかったので、要は寿町とか川崎辺りのドヤからマックに来ている人たちを力ずくでも薬やお酒を飲ませなければいいんだろ、管理と懲罰で飲ませなければいいんだろくらいの考えで支援?していたら、マックの利用者が十数人いたのが2人になってしまったのです。川崎マックは単一の法人だったけど、最後には人がいなくなって潰れる寸前になって、職員まで辞めてしまって、僕一人になった時にジャパンマックに合併しました。それで、ジャパンマックからどんどん人が来てくれました。
その中の10歳年下で、前の施設長ですけど、その人が 1年前は肝硬変になるほどで、薬物の逮捕歴もあり僕と飲酒歴もほとんど一緒で依存症からの回復プログラムに繋がって2年、職員になったのはほぼ同時期なのに1年経ったらすごく仲間と打ち解けていて、俺はその人より 10年多くの経験があるのに、その人が面倒を見る人たちは回復していくけど、俺が担当していると全部辞めてしまう。なぜなのかとなった時に、その人は、後藤恵先生の動機づけや、遠藤嗜癖問題相談室に月 1 で通っていて、その通り実践しているだけなのです。それに気づいた時に、10歳年下のその人の真似をすることにしました。後藤恵先生の動機づけもそのまま、遠藤嗜癖問題相談室のワーカーさんの面談など全部真似してみました。その人が取り組んでいる勉強や資格もです。法人事務局も僕に「福祉の資格を取っていいですよ、支援しますよ」と言ってくれました。彼が社会福祉主事をやると言ったら、「じゃあ来年、僕、行かせてください」。精神保健福祉士をやると言ったら、「じゃあ来年、僕、行かせてください」と、学び資格を取得しました。
自分にとってのロールモデルを真似だけする。自分のやり方をやらない。そこまで総入れ替えしないと、僕はこの世界には残れなかった。この歳まで自分が身に付けてきた自分のやり方では、社会では何も通用せずどうしようもなかったのです。回復の道を正しく進む仲間の真似することで、自分が行きたいところのロールモデルを見つけることで、今がある。今でもそうです。ミーティングに行って、自分の原点を見直して変えていくというところですかね。
寺中さん) この間やはり受刑経験のある方からお話を聞いたのですけど、自分と同じ経験をした人が担当になってくださるのはとてもありがたいと。いろんな難しいところを言葉にしなくても分かってくれている安心感はある。でも一方で、技術という問題は確かにあると。だから今の青木さんのお話はその話と呼応してよく分かりました。本当にありがとうございます。
津富さんは先ほどの塩田さんのご質問に関してはどうでしょうか。
塩田さん) 支援する側・される側という関係性で、当事者が途中から支援者になることはできても、支援者が当事者になることできないです。その時に支援者が、当事者の主体性や当事者の悩み事に寄り添う能力は、刑務所の中でも外でも必要なことだと思います。
当事者の日々を一緒に過ごすなかで支援者が育っていく 距離の取り方 解決能力 聞いて共感し想像し分かっていく
津富宏さん) 何の当事者かによってもだいぶ違う気がするけれども、いっぱいお話を聞ける状況にあることだと思います。でも刑務所ではなかなか難しいでしょう。少年院がまだよいのは、個別面接を必ず毎週入れているところです。そういう仕組みについては、更生支援計画みたいなのを一緒に作るくらいはありますけれど、今回の報告書でもあまり出てこない。日々を一緒にすることで初めてわかると僕は思っています。多分マックでも、一緒に暮らしていると、いろんなことを聞いたりしてその人の経験の中で想像して、自分もそうだよなと思ったりする。それが繰り返されると思うのです。
だから今、僕は石巻に来て働き始めましたが、そのことに、本当に感謝しています。子どもたちが毎日通ってくるような居場所の運営をしています。単純にいろいろ大変です。おうちがゴミ屋敷で帰れないとか、暴力があるとか、悪い先輩にさらわれそうになるとか。それに一つずつ対処しています。その中で、日々お話を聞いていくことで僕たちが育っていくのだと思います。それは距離感の取り方もそうだし、解決能力もそうだし、根本的には共感性だと思います。とても身近な人であり続ける。中学生で言うと、友達がグレていると心配することがありますよね。それと同じようなことしかないと思います。
支援者は当事者になれないと塩田さんは言われましたけど、支援者をやっていて当事者になってしまう人は結構いると思います。
塩田さん) それはあります。はい。
津富さん) その後また支援者になるかどうかは知らないですけど、人それぞれで。相手の日々を知っているだけでも、自分は今支援させていただいている相手方とそんなに違わないのだと気づいて、問題を一緒に考えられると思うのです。たまたま自分は今、薬を使ってないけど、使う気もないけども、それは何かのはずみで今たまたま使ってない側にいるということが、たとえば、ODをする人が身の回りにたくさんあることによって、初めて自分も分かっていくのではないかと思うので。あるいは、支援する側の人が自死をされる方とたくさん接する環境にいれば、人は亡くなるときもあるというのがわかってきて、自分が自死しようと思ってなくても、それは想像すると思うのです。そうしていると環境が変わっていくと思います。ただ、そのように共感性を育てることが、今度の行刑改革でどこまで行けるかわからないです。石巻でありがたいのはそうした機会がたくさんあるからです。僕が市民活動をなんとか頑張ろうと思えたのは、いっぱいお話を聞いたからだけだと思います。
寺中さん) 今のお三方のお話がとても実際に一番難しい問題に切り込んでくださっていて、ありがたいなと思っています。先ほど青木さんのお話で、チーム処遇あるいはチーム養護と呼ばれることに触れられましたが、それぞれがバラバラだったら、共同体として一緒にやるという構造はできないですよね。その構造がどうやってできていくのかというお話を、今、青木さんや津富さんのお話からみなさんしっかりと掴んでいただいたかなと思うので、それを一つの我々の資産として、次のみんなでの対話に入りたいと思います。
――グループ対話とグループ発表を経て、ゲストからのコメント――
※グループにゲストも加わり、グループの方々に感想や意見、ご質問を話し合っていただいた後、会場全体で共有するために印象に残ったことを各グループから発表いただき、ゲストからコメントをいただきました。
津富宏さん) この拘禁刑についてはとても関心がありました。なぜかというと、拘禁刑が始まって、いわゆる学者や有識者がコメントを求められると、「これから対話が始まります」とかすごいポジティブになって好意的な評価をしている。「期待しているので、今後を見守っていきたい」みたいなコメントがすごく多くて、でも僕は「いやいや」と思っていました。僕は社会学なのですが、社会学というのはひねくれているのかもしれませんけど、「本当の動機はなんだろう」と思う人なのです。だから、今日はそれを伝えさせていただける機会をもらえて、塩田さんと主催者の皆さんにとても感謝をしています。
同時に今日は青木さんの話を伺えましたが、僕は少年院でも働いていて「真実」というのはあると思っているのですが、真実がたくさん起きている場が尊いと思っていて、マックは本当にそうだと思いました。僕は福岡マックの方としか付き合いがなかったのですが、今日の青木さんが映した写真に写っていた人たちが何を喋っているのかなとか、どんな思いをしているのかなとか、いっぱい想像して、なんか身近に感じることができる時間で、とてもありがたかったです。青木さんのような方でないと頑張れないお仕事だと思うので、私たちは当事者ではないですけど少しでも背中を押したいなと思いました。
青木知明さん) 津富先生、社会学なのですね。津富先生や荒木先生に教えられたのは、日本の制度の縦割り、法務省の財源のなさで、その何十倍もある厚労省の財源を使わなければ再犯防止も何もできないということでした。
でも僕も刑務所にお世話になって、先生方にお世話になって、今があるわけです。役割というのは必要な時には確かにあるのだけど、本当の人間同士の霊的なつながりは、お互いを知るとか、その対話の中からしか出てこないと思っています。マックプログラムの、もともと12ステップというのは非常に霊的なプログラムで社会の中での人と人との関係性のつなぎ直しだと思っています。かつてあの環境で僕も散々ひねくれて恨んで寂しくて、でも学んで受け入れてもらって初めて今につながっていると思うのです。
横浜刑務所は昨年の拘禁刑から、福祉職の部署ができて福祉職がたくさん増えた。そうしたら刑務所が急に、受刑者のおじいちゃんを警備三人も連れてうちの施設見学に来るなどドラスティックなことをやられています。だから、いろんな役割の人が縦の敷居を超えて、対話と協力で一緒にやっていくことで、絶対に変わっていくのだと思っています。
僕も服役経験の中で胆石発作・膵石発作を起こして死にかけましたので、やはり財源の多いところで医療と福祉が法務省の中にどんどん入っていかないと。時間はかかるでしょうけど。マックダルクは、アル中の神父さんがアメリカからプログラムを持ってきて50年、更生保護と共に刑務所出所して何とかマックダルクに繋がったアル中、薬中の触法依存症者を受け入れて回復へと導く活動を続け、法務省と厚労省の隙間をわずかながらでも埋めていたのだと僕は信じて続けています。
でも野宿者とか、外国人の多いうちの地域(横浜、川崎の京浜工業地帯)は、本当に過酷なところはどこまでも過酷です。戸籍がないとか、お父さんがヤクザでお母さんは外国人なんていうのは当たり前のようにあって、寿町や中華街、川崎のコリアンタウンでは小学生が暴走族の練習をやっていたり外国籍の人たちが20年近く一生懸命働いて築いた家族も一瞬で全てを奪い去られたりするのです。だから僕らなんてまだまだ甘い。そういう人たちを支援している教会や社会福祉法人の在日2世、3世の人たちと共に協働できるような人間になりたいねと、仲間たちと目標を持つことで回復のプログラムを続けています。ありがとうございました。
塩田祐子さん) 刑務所の中と外で起きている問題をまとめて、年末には成果物として、タイトルも『監獄年鑑』のような形で発表したいと思っています。PDFでも公開します。
寺中誠さん) いろんなことが実は起きている状態なのに、我々に見えるところに出てきたものだけを見て、こうすべきだとか政策や対策を話しているということはあると思います。でも、背後にある全てをそういう政策や対策でカバーできるものではない。先ほどの青木さんがおっしゃったように、いろんなところでの人間的な関係性や思いとかがきちんと入ってきて、ようやく何かの形になっていくかもしれないと思います。ですから、私は最初にも言いましたけども、拘禁刑として刑務所に入っていらっしゃる方の割合が約15%だというのをどう考えるかというのは、全て立場によって変わるでしょうから、いろんなことを考えないといけなと思っており、今回の企画はその点でありがたかったと思います。ソーシャル・ジャスティス基金としては、こういった企画を今後も前のめりで進めていきたいと思っています。ありがとうございました。
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