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●アドボカシーカフェのご案内
障害や病気をもつ家族をケアする子ども・若者たちに希望を
【ゲスト】松﨑実穂さん(国際基督教大学ジェンダー研究センター)
     井手大喜さん(草加市議会議員)
【日時】2017年329(水) 18:30~21:00
【会場】文京シビックセンター(東京都文京区)
★詳細はこちらから

 

ソーシャル・ジャスティス基金(SJF

助成発表フォーラム第5

  

 2017年1月13日、ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)は、このたび決定した第5回目の助成先3団体(子ども情報研究センター、わかもののまち静岡、メコン・ウォッチ)を迎えた助成発表フォーラムを東京都新宿区にて開催しました。総じて、障害をもつ子どもたち、地域の若者たち、海外開発の現地住民の意見表明権や主体としての参加をどう保障していくか、一人ひとりの意識が問われました。

NEW3NEW900助成発表フォーラム第5回 集合写真

 

 ――開会挨拶・審査総評――

 上村英明・SJF審査委員長)

 SJFにとっても重要な第5回目の助成発表フォーラムを迎えることができ、委員長としてもうれしく思っています。今回48団体の応募があり、第1次審査と2次審査を行い、今日来ていただいた3団体に決定いたしました。おめでとうございます。

 本来審査総評をお話ししなければなりませんが、これから行われる各団体の活動紹介を聞いていただければ、SJFがなぜこれらの団体を選んだかは自ずとご理解いただけると自負しています。その点、年始にあたって思っていることをお話しし、開会の挨拶に代えたいと思います。

Uemura Speech

 あらためて2017年の始めに当たり、助成先の3団体の方も含め、みなさんに「市民社会」というキーワードを共有していただきたいなと思います。2017年、私個人はたいへん厳しい年だと思っています。今日ニュースを見ていますと、あと7日ほどでアメリカでは新しい大統領が正式に誕生します。その後4月にはフランス大統領選挙が始まりますが、先ほどみたニュースでは、マリーヌ・ルペンさんという「国民戦線」の代表で、有力な大統領候補がドナルド・トランプさんを支持する映像が流れていました。9月に行われるドイツの連邦議会選挙、また韓国のその後にも大きな波が感じられます。つまり、世界中で、われわれ市民社会は大丈夫なのかということを共有しながら、みなさんがそれぞれ自ら関わっている問題に取り組んでいただきたいと、改めて思っています。

 SJFはメールマガジンを出しておりまして、そこで私や轟木洋子さんが書かせていただいたことですが、「市民社会」が危なくなっているという認識は、それほど簡単なことではありません。何が本当に危ないのか、ということを認識していただくには、20年~30年前のように何か良い人と悪い人がいるという単純な構図を越えたものを理解していただく必要があります。冷戦構造型の思考の枠組み自体の転換が迫られているという点、これはなかなか容易なことではありませんし、そこに現在の「市民社会の危機」があります。その問題に迫りながら、どう考え、動き、「市民社会」の再構築に貢献できるのか。ある意味、今年は試金石の年に当たるのではないかと思っています。

 一例だけお話させてください。今回、3つのテーマに分かれる助成対象では、「原発事故による社会課題解決に関する取り組み」は、残念ながら該当無しとなりました。私、2016年末に富山県に行く機会があり、イタイイタイ病のその後あるいは現在を見る機会がありました。富山県には2012年に県立のイタイイタイ病資料館が開館し、そこでは加害者であった三井金属と患者さん団体と行政がうまく和解した公害のモデルケースとして、情報発信がされています。過去の過ちを繰り返さないためのモデルです。しかし、いろいろ聞いてみると、もともと起きた状況は極めて深刻で、まだまだ解決していないことが分かりました。たしかに認定患者さんの数は一桁になり、三井金属の神岡鉱山への定期的な立ち入り検査の権利も認められました。そして、いま何が行われているかと言いますと、福島から原発事故関係者が富山を訪問し、そこで行われた重金属のカドミウムに汚染された膨大な農地の表土を汚染されていない土と入れ替える方法を学ぼうとしているそうです。じつは、和解がうまく行ったと言われていても、カドミウムの数値が低いと思われている地域に関してはきちんと調査が行われておらず、現在でもスポットで、汚染数値が高いところがあるとのことでした。しかし、そうした問題には行政も口をつぐんでいるし、企業も責任を取ろうとしていません。患者さんの団体も、患者さんの補償問題を中心にし、包括的な問題の把握や分析はまだまだだと伺いました。

 あらためて、われわれがかつて日本という社会で問題として認識してきたことが、時間を経るにつれて、どんどん記憶から薄れ、その一方で、問題の本質は何も解決されず、見えにくくなっている。そして認識する環境そのものも変化している現実を感じて帰って来ました。

 構造が見えにくくなる、あるいは、構造をきちんと見てみないといったい何が問題なのかがよくわからない、という社会環境の中で、全体を認識するためのアドボカシーを支援するのが、ソーシャル・ジャスティス基金の本質だと思います。

 あらためて助成先の3団体のみなさんにも強調してお願いしたいのは、それぞれの行っていらっしゃる課題を解決するための政策提言はもちろん大切だと思いますが、日本の全体をどう良くするためにどう役に立つのかということを、しっかり考えていただきたいことです。みなさん個々の問題と同時に、それはさまざまな形で日本社会の見えにくい構造につながっているのだと思います。状況や場所によって異なる側面があっても、問題の本質はつながっており、解決のヒントが共有されることもあります。そうしたものを期待して、なかなかお金が集まらずSJF自体も大変なのですが、みなさんの活動を支援したいという思いで、この第5回を迎えさせていただきました。今後ともみなさんの活動がますます発展することを祈って、私の挨拶に代えさせていただきます。

 

 

――第1部:第5回助成先の発表――

樋口蓉子・SJF審査委員=総合司会) 助成団体3団体の方に発表をお願いいたします。

 SJFでは助成先の活動については、担当委員という形でSJFの委員が伴走あるいは一緒に活動を進めていきたいと思っておりますので、その担当委員からご質問させていただいたり、会場のみなさんからご質問を受けたいと思います。

 

公益社団法人 子ども情報研究センター奥村仁美さん(理事)※SJF担当=佐々木貴子・SJF審査委員

障害児施設 市民訪問アドボカシー事業――障害のある子どもたちの尊厳を守るために

 一人でも共感する人が増えていってくれることが願いです。今日のような機会を設けていただき有難うございます。

 私たちは、大阪港区弁天町にあります公益社団法人です。1977年に設立し、主に子どもの権利擁護、子どもの人権を守って豊かな社会を築こうということで活動をしてまいりました。

Okumura speech

 2016年度の事業についてお話します。

 「独立子どもアドボカシー研究プロジェクト」では、子どもアドボカシーをずっと研究してきまして、何か社会に働きかけて動き出そう、実現していこうと取り組んでいるここ数年です。

 「子ども家庭相談室相談員研修プログラム開発プロジェクト」もあります。私は、その子ども家庭相談室の相談員をしています。今回の助成事業でもメンバーの一人として一緒に動こうと思っています。

 活動していて思うのは、子どもの声は社会のなかで本当に小さいな、ということです。研究プロジェクトは大学の先生やいろいろな立場の方が参加しているのですが、実践して変えていくのは市民だというところで、市民がどのように参画して子どもの声が届く社会をつくっていけるか、研究を深めています。

 子どもアドボカシーというのは、権利侵害を受けている子どもの声を大きくして社会に伝えていくことだと思います。子どもの声をそのまま伝えるというのは、市民にぴったり、市民だからこそできることだと、私たちは希望を持って取り組んでいる課題です。

 

 相談員をしていて思うのですが、子どもの声はかき消されていくのです。何かにつけて、子どもが声を上げているのに、それほど重要視されない。相談を受けていて、学校についての相談はよくあります。先生から体罰を受けたとか、先生から権利侵害を受けたとか。もう子ども家庭相談室は10年以上の活動になりますが、毎年毎年そういう声が上がっていて、でも、本当に子どもが死んでしまったとか、見るからに傷があるとか、そういうところまで行かないと取り上げてもらえず、子どもたちの「先生から暴力を受けた」と苦しんでいる声は、私たちがその相談を受けて、「こういうことがあったから、もう一回学校で調査してくださいね」と言っても、いつのまにかうやむやになってしまったり、「子どもがそうとらえているだけです」と消えていったりの繰り返しで、虚しさを感じてきました。

 子どもアドボカシーというのは、今回の事業では、障害のある子どもたちについて取り掛かっていますが、将来的には、学校や幼稚園・保育所など、子どもが声を上げてもかき消されていくところに全て必要なことではないかと感じています。

 

とくに権利侵害を受けやすい障害を持つ子どもたちの権利擁護を早急に

 障害児の権利擁護の課題とその社会的背景についてお話します。

 子どもたちの声を社会へ。私たちの願いなのですが、10年たってもほとんど実現されていないなと思います。子ども周りのことが子ども抜きで考えられていることがいかに多いか、ちょっと振り返ってみても、それが現実だと思います。

 子どもが権利侵害を受けたとき、誰が助けられるのだろう。それを声にした、その声を誰が拾って子どもを権利侵害から救えるんだろうと考えた時に、とくに権利侵害を受けやすい子どもとして、障害を持つ子どもが浮き彫りになってきました。虐待一つを見ても、障害を持たない子どもに比べて、障害をもつ子どもはリスクが5倍あると言われています。

 今回私たちは、施設で生活する障害児にアプローチしようと思っています。施設の障害児の実態を見てみますと、親の支援を受けることすら難しい現状があります。それは決して親が悪いというのではなく、やはり日々子どもと向き合い、子どもと生活を重ねていくところに、適切な支援が無く、みんなが苦しい状態にあるというところかなと思います。

 記憶に新しい、相模原の施設での殺傷事件によって、障害者への差別意識が浮き彫りになったと思います。あの事件そのものもそうですが、あの事件に対する人々の感想から、「そういうものもあるね」とか、「障害者って大変な存在だよね」とか、そういう差別意識に理解を示すような、恐ろしい意識が浮き彫りになるような状況もあったのではないかと思います。

 

 障害者のなかでも、とくにまだ声の小さい障害のある子どもたちの権利擁護を早急に進めないといけないと感じています。

 後を絶たない施設での虐待。この相模原施設の事件いらい、よく施設でこんな暴力を受けていましたという映像が公開されたり、内部告発があったり、そういうものをテレビで見る機会があったと思います。何か大きなことがあると公開されて、こんな現状があるのかと認識されるのですが、もう何年も続いているし、日常茶飯事かもしれません。でも誰も踏み込まない施設のなかでは見えないし、声の上げられない子どもたちは「こんなことされているよ」と伝えることもできないという現状があります。

 

 子どもの権利擁護に取り組むにあたって、子どもの権利条約をとても大事にしています。子どもの権利条約は、1994年に国内批准されていて、もう20年以上前になります。この20年を振り返ってみて、何か変わったと感じられることはございますでしょうか。私も20年前を振り返ると、子育てまっただ中で、権利条約とともに私の子どもは育ってきたような年齢ですが、私の子どもたちは何も感じずに生活してきたと思います。

 でも、20年前と明らかに変わったなと感じている子どもたちがいます。それは、児童養護施設や障害児施設で暮らす子どもたちです。子ども権利条約が批准されて、施設職員の対応が明らかに変わったと、子どもたちは言っています。それ以前は、もっとひどい権利侵害が子どもたちに対してあったのだと思われます。

 でも、見つめてみると、まだまだ後を絶たない虐待があると思います。

 

児童養護施設・障害児施設の職員と子どもたちの声を聴かせてもらうことから

 課題解決のための取り組みについてです。やはり、実際に動くことが大事だと思っています。今回の助成事業もそうです。

 「市民訪問アドボカシー事業」ということで、市民がアドボケイトとして障害児施設を訪問する事業を進めていきたいと思っております。そのためにまず事前調査を2014年から取り組みました。これは、自治体の施設職員さんに協力していただいて、児童養護施設19か所23人、障害児施設8か所12人の方々から――なかなか協力していただけない現状もあって難しかったのですが、何とかこれだけのところから――声を聴かせていただき調査しました。

 それと同時に、入所者児童調査も行いました。これも少ないのですが、児童養護施設3か所25人、障害児施設2か所6人の子どもたちからも、実際に声を聴かせてもらいました。私たちが大事にしたい「子どものことを子ども抜きで決めない」というところに立ち戻って、やはり子どもの声を聴こうと。理解を示してくれた子どもたちと施設で出会い、話を聴かせてもらいました。障害者さんの間から「私たちのことを私たち抜きで決めないで」という言葉が出てきたと聞いておりますが、子どものことを子ども抜きで決めることは止めようと、子どもたちにも協力してもらいました。

 聴こえてきた声は、子どもたちが困ったことがあった時に話を聴いてくれる人が欲しいとか、子どもの年齢による上下関係などで悩んでいたりとか、施設職員さんはよき理解者であるけれども厳しいなとかでした。職員さんからは、自分たちの見えないところで子どもたちが悩んでいるであろう、苦しんであろうと心配されている声も聞かせていただき、アドボカシーに前向きなところが多いのかなと感じました。

 2016年に、その報告会をしました。貴重な施設の職員と子どもたちの声を紹介する機会を設けまして、たくさんの市民の方、研究者の方に集まっていただき報告をすることができました。

 

施設職員の孤立化防ぎ、障害児家族を勇気づけ、虐待を防止する市民訪問アドボカシーを全自治体で制度化へ

 ニーズもある、子どもたちも待ってくれているということで、施設を訪問するアドボケイトを養成する講座を今年度始めています。

 養成講座の目的は、障害のある子どもたちが生活する施設を訪問し、声を聴き、代弁や権利擁護を行う市民訪問アドボカシーにより、虐待を防止し、生活がよくなり、施設が開かれるようにすることです。定期的に訪問してみようと養成講座をしているところです。

 閉鎖的な施設、中で何が行われているか分からないところに、一市民が入っていくだけでも、何かいいことがあるのではないか。また施設職員の方も悩んでいるという実体も見ることができましたので、施設職員の孤立化を防ぐことにも役立つのではないかと進めています。そして家族を勇気づけるという意義もあります。市民が同じように過ごせる、安心できる社会をつくっていくことにつながっていくのではないかと、市民訪問アドボカシーを養成しています。

 やはり制度化していきたい。どの自治体にもあったらいいものだと思います。イギリスでは、自治体は「子どもアドボカシーサービス」を設置することが義務付けられています。こういうところをモデルにして大きく展開していければいいなと思っております。

 

 活動を推進するにあたっての課題はたくさんあります。精力的に行って、制度化して、よく展開するためには、資金面のことも重要になってきます。行政による制度化には予算が必要なこともあり、どのように制度化を実現していくかは大きな課題です。

 今は厚生労働省の委員会で訴えたり、児童相談所と意見交換をしたりもしています。できるところからして行こうと思いますが、そのためには、しっかりしたモデルが必要です。

 今回の助成をしていただけることになったので、施設を訪問して子どもたちの声を聴いて、モデルをつくって、それを持って訴えていくことが重要だと考えています。

 訪問する市民アドボケイトの養成も重要であり、今後、力量のあるアドボケイトを確保することも課題です。私のような者でもいいのですが、障害を持つ者がいいのか、子どもの年齢に近い者がいいのかとか、いろいろな課題があると思います。子どもの声を聴きながら、決して大人が勝手に考えるのではなく、当事者の声を聴きながら進めていければいいのかなと考えています。

 

 

子どもの声を聴取することが政策に位置づけられているイギリス、子どもの声を聴いて解決するという発想

佐々木)今回は、障害児施設でのアドボケイトの養成や制度化をしていきたいということで、子どもの声をどこまで聴き取れるかということに挑戦されます。これまで、高齢者施設などでは、そのなかに第3者機関をつくったりとか、市民オンブズマンをつくったりとか、利用者の声をしっかり聴きとってサービスにつなげていく試みはなされていると思います。現実的には、どういう方たちが第3者的な立場で、本当にご本人に寄り添った形で聴き取っていけるのかというところは、非常に困難を伴うだろうなということは想像に難くないです。

 イギリスに学びたいということでしたが、イギリスは法律の改正だけではないと思います。子どもの権利条約も影響していると思いますが、制度化にまで至ったというところをもう少し教えてください。

 

奥村)イギリス(イングランド・ウェールズ)では1975年の児童法の改正により、援助過程で子どもの声を聴取することが政策に位置づけられています。今のように子どもの課題が積み重ねられるなかで、子ども周りのことは子どもの声を聴かないとどうにもならないのではないか、というところからの転換だと聞いています。それでも、この「子どもアドボカシーサービス」が社会的に認識されているかと言うと、そうでもない現状があります。

 2011年に実際にイギリスで活動されている2名の方を子ども情報研究センターにお招きしてお話を聞かせていただいたことがあります。やはり子ども周りの課題というのは、日本もイギリスもそう変わらないと思うのですが、子どもの声を聴いて解決していこうと転換するという点は大きく違うなと感じました。

 イギリスには「子どもアドボケイト」もいるのですが、「子どもアドボケイトは孤独だ」とそのイギリスの方から聞いて、イギリスでさえ子どもの声はまだまだ小さいという現実も聞いて、安心もしましたが、まだまだ難しい道のりなのだなと感じています。

 考え方じたいが違うと感じたことは、子どもアドボケイトとして活動する人にスーパーバイズする「スーパーバイザー」という人がイギリスにはいることです。スーパーバイザーとはどんなすごい人なのかと思ったら、それは子どもなのです。子どもの声が届きにくいとか、子どもは考えが甘い見られるとかは一緒かと思いますが、子どもによるスーパーバイザーを設ける発想があることは根本的に違うと感じました。

 

言葉にならない子どもの意見表明をしっかり受け止めたい

佐々木)今回、障害児の施設で、アドボケイトが中に入って聴き取りを行うということに挑戦されますが、「コミュニケーションが取れない子ども」という見方をなんとなくしてしまっている私自身や社会のなかで、どういうふうに子どもの声を聴いていくのか、何でも結構ですので少し教えていただけますでしょうか。

 

奥村)事件の訪問調査をした時に、障害児の声を聴くのは本当に難しいことだと感じました。施設職員さんも「無理ですよ」というような声があったり、また背後に保護者がいるので「子どもの声は、保護者の声に打ち消されますよ」というような声があったりしました。

 「子どもの意見表明権」が子どもの権利条約にありますけれども、意見表明というのは、こういうところで喋ることだけでなく、子どもの表情であったり、日々の生活でここの部分がつらそうとか、言葉が発せなくても全身で発していることだと思うのです。月2回位の訪問を予定していますが、そこで子どもと付き合うことで、施設の職員さんとは違った目でとらえることで、子どもたちは言葉にならないどんな意見表明を私たちに見せてくれるのかな、そこをしっかり受け止めたいなと思っています。子どもの目の先には何があるのかな。そういうところからコミュニケーションをとりつつ、しっかり受け止め、それを大きくして伝えるという役割を果たせたらと思います。

 

自尊感情が落ちている施設職員、親も手放すようなところを請け負っていらっしゃるのに

上村)友人が障害者の福祉施設をやっているのですが、相模原の事件が起きた後、メディアから取材があり、その中でこうした施設はビデオカメラを入れて監視・管理体制を強化した方がいいんじゃないかと言われたそうです。友人は、もっと社会に開かれた施設を作っていかなければ、逆に社会全体の理解が離れ、偏見や差別が広がると話したらしいのですが、メディアによれば、ほとんどの施設関係者は、セキュリティーを厳しくすべきだという話を支持したとのことです。

 施設の孤立化をどう防ぐかが課題だというご指摘があったと思います。子どもという視点だけでなく、重要なポイントだと思いますので、少し詳しくお話ししていただけないでしょうか。

 

奥村)私たちが障害児施設を調査で回らせていただいて感じたのは、「障害者なんて」というような気持ちで施設職員になった方はいなくて、職員さんの自尊感情がとても落ちているなと感じました。毎日、親も手放すようなところを請け負っていらっしゃっていながら、自尊感情が落ちていて、最初からそういう考えでなくても、手が出てしまうのではないかなと思いました。私は元幼稚園の教員なのですが、毎日あの集団の中にいると思いがけない言葉をかけてしまうこともあって、そういうのを積み重ねている職員さんの状態がとても気になります。

 監視を厳しくするということでは、自尊感情が高まるとは思えなくて、何か違う風が入ることが大事なのかなと思います。違う風が入るとは、セキュリティやカメラではないとは思います。ある施設では、「誰か来て、そこに座っていてくれるだけでいいんです」という話を聞いたことがあります。もしかしたら、もっと地域に逆に開いて、「ここでお茶飲んでださいよ」というところかもしれず、子どもの声を聴くとともに、職員さんの自尊感情も回復できればと思います。

 

つらい体験をした子どもたちが本音を発せられるには

参加者)虐待をうけたり、障害者施設にいたりとか、つらい体験をしたお子さんには、大人に対して不信感を持ち、信じられないというようなお子さんが多いと思います。初対面の大人に対してなかなか本音のところは出てこないのではないかと思いますので、どういうふうにコミュニケーションとって心を開いていったのか、プロセスをご説明いただければと思います。

 

奥村) 障害を持つ・持たないに関わらず、子どもとコミュニケーションをとって、人権侵害を受けたことを聴かせてもらうことは難しいことだと感じています。その背景には、自分の言ったことがちゃんと受け止めてもらえなかったことなどがあるので、すごく時間のかかることだと思います。まず好きな遊びからとか、先ほど言ったように、年齢が近い方がいいのかとか、CVV――施設の子どもたちを支援しようと施設経験者の方たちでつくっているグループ――の方の関わりも必要なのかとか、いろいろなことが感じられます。

 調査で子どもの話を聴かせてもらう時も、いきなり「話を聞かせてね」ではなく、まずお昼を一緒に食べようとか、お昼をつくるお買い物から一緒に行こうとか。一つ一つのところから近づかせてもらっています。イギリスではコミュニケーション・カードのような物もあるようで、参考にさせてもらってもいいのかなと思います。

 

 

NPO法人 わかもののまち静岡土肥潤也さん(代表理事) ※SJF担当=大河内秀人・SJF審査委員

市民としての若者の影響力を高める『日本版ローカルユースカウンシル』の開発と普及

 

 私たちの団体は、大学生と高校生が中心となっているNPO法人です。私自身は静岡県立大学の4年生です。このほかにNPO法人Rightsという18歳選挙権に向けてずっとロビイングしてきた団体の理事もしています。私の出身は静岡県の焼津市で、カツオの漁獲高が全国1位なのでカツオをモチーフにした「やいちゃん」というゆるキャラがいます。

Dohi speech

 

 今日の発表の流れは、そもそも「ユースカウンシル」とは何なのかについてお話しさせていただいたうえで、私たちが課題と思っていること、そして今回の助成をいただく事業と私たちの実践についてお話しさせていただければと思います。

 

自分たちで行動し、意見を表明する、多様な若者にかかわる全てについて

 ユースカウンシルは、欧州で多く実践されているもので、日本語にすると「若者会」とか「若者協議会」といった名前になるかと思います。具体的には、その地域に住む若者たちの声を集めて、地域の若者をエンパワメントし、地域を変えるための協議体であると考えています。

 今回はローカルということで地方に焦点を当てています。スウェーデンの全国青年協議会(LSU)のロゴは、若者の声をLSUが拡声器になってスウェーデン議会に伝えていく画像になっています。

 ユースカウンシルの特徴としては、運営自体を若者がやっていくことと、こういった若者議会のような取り組みは日本のなかでも見られますが、一部の若者の声になりがちです。そこで、ユースカウンシルでは全ての若者の声を集める努力がされます。また言うだけではなくて、自分たちも行動をしていくということも特徴のひとつです。そして、若者の中でも音楽に関心があったり、スポーツに関心があったりするので、一般的に真面目と思われることに限らず――その子にとっては真面目なことだと思うのですが――、多様な若者にかかわる全てのことについて意見を伝え、自分たちで社会を変えていく仕組みになっています。

 具体的に一つ事例として、スウェーデンのカールシュダットのユースカウンシルを紹介します。カールシュダットでは、ボードメンバーが選挙で選ばれて、集まった若者たちが環境問題や文化活動などの9つのグループに分かれて、例えばそのなかでフェアトレードのプロジェクトを若者が始めて、その町にあるコーヒーショップをすべてフェアトレードの豆にしようという運動をして、活動が大きくなるにつれて行政も支援するようになったということがありました。これは自分たちで行動をするという部分です。その他にも、若者のためのミーティング・スペースが欲しいというようなところで、カルチャーセンターが設置されたと。これはプランの部分です。このように、アクションする部分と、自分たちで意見を表明する部分という、二つの動きがあります。

 先ほども、子どもの権利条約のお話がありました。私たちもこれを非常に大切にしています。とくに12条の意見表明権のところです。1項で「締約国は、自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する」と書かれていますが、日本でそれがどれくらい保障されているでしょうか。

 スウェーデンのユースカウンシルのようなものを、日本でどういうふうに創っていけるかを考えています。

 

若者の政治離れの必然、主導権を若者に渡さない大人の責任

 大きく私たちから言える、若者から見える日本社会の課題についてです。

 まずは、社会全体の閉そく感を若者が非常に強く感じていると。内閣府が調査した「日本の社会が明るいか」と聞いた質問のなかで、「明るい」と答えた若者は約3割しかいませんでした。諸外7カ国との比較では最低値でした。また、日本社会の先行きが見えないと言っていながら、「社会をよりよくするために、社会における問題に関与したいか」というような質問には約4割しか「関与したい」と答えなかったと。閉塞感はあるのにもかかわらず社会に対しては参加したくないと言っているというのがあります。

 これを、今の若者は活発ではないというような指摘をされる方もいらっしゃるのですけれども、私たちはそういうふうには考えておりません。政治離れは必然で起こっているのではないかと思っています。というのは若者というのは、教育や評価、保護の対象とみなされていることが多く、社会は打っても響かないというところにもつながるのですが、中学・高校であれば、基本的に学校や塾、部活、家庭という縦の関係の大人としか会わないような環境のなかで、自分たちで何か変えるとか、意見を伝えるという機会や環境がないからです。自分たちの意見が届いたとか、大人がそれで変わったという体験がないのに、「お前ら投票に行け」と言われても、なかなか自己肯定感は上がってこないのかなと思っています。本当にそれが無力感になっているのだと思います。

 実際に投票率もかなり低くなっています。社会全体としては、「シルバー・デモクラシー」と言われていて、高齢者民主主義が進むなかで、若者の声も聴いて行こうということで、18歳選挙権も実現しているのですけれども、まだまだ足りない部分があると思います。

 「若者の政治離れの必然」というところで、教育学者の広田照幸先生がご指摘をされています。広田先生は、大人にこそ若者の政治離れの責任があるのではないかとおっしゃっています。まずは、子ども・若者を政治から隔離してきたところ。また「自分の将来に目を向けろ」というメッセージで私生活主義をあおってきたところ、これらが必然的に若者の政治離れを生みだしているのではないかという指摘をされています。

 この若者の政治離れを、教育と政治の歴史でふりかえられているのが、東大の小玉重夫先生の本で、引用させていただきます。1950年代位まではGHQの指導で、生徒会が作られたり、民主主義教育がかなり推進されてきました。ただそれが余りに広がり過ぎて、政治と教育の距離が近づき過ぎたということで、文教政策が非常に進んで、若者と政治が切り離されてきました。世界的には1960年代から政治と教育の距離が近くなってきたと言われていますが、日本ではちょうど60年代後半位から学生運動が盛んになり、それがつぶされてきたのではないかというようなご指摘をされています。

 文部省が1969年に通達を出しています。この通達のなかでは「国家・社会としては未成年者が政治的活動を行うことを期待していないし、むしろ行わないよう要請しているともいえる」と書いてありまして、政治離れの必然の話とつながりますが、この通達が18歳選挙権の実現するつい最近まで生きていました。子どもや若者は政治的主体として考えられていなかったし、むしろ政治的活動を行わないように要請されていると社会全体として言ってきたのに、若者の政治離れが進んでいると言っても、それは当り前なのではないかなと僕自身は思います。

 このような中で、若者の社会参加の推進というところで日本の自治体で進めているのは、子ども議会やボランティア参加などといったところになると思いますが、主導権を若者になかなか渡してこないかなというのがあります。

 

持続可能な地域の実現へ、若者のひとりの市民としての影響力を高める

 ここまでの話を踏まえた上で、今なぜローカルユースカウンシルが必要なのかというところで、3つ上げます。

 一つ目は、若者が社会のつくり手としてみなされておらず、社会に参加する機会がほぼ無いので、それを権利保障として確保していくことが必要だからです。

 二つ目は、18歳選挙権の実現以降、学校のなかで主権者教育を進めましょうという空気ができて、進めている部分はあるのですが、もちろん学校に行っていない子ども・若者もいますし、学校内だから縛られてきたという事実があるので、学校外だからこそ若者の自由な興味関心から参加できるのではないかと考えているからです。

 三つ目は、社会の状況もそうですが、地方創生などを掲げていろいろ若者向けにやっていますけれども、本当にそれで持続可能な地域が実現できるのかというところで、若者をひとりの市民として育て、ひとりの市民として位置付けることで民主主義の担い手を育てていくと考えています。

 

 静岡市で今、日本版ユースカウンシルをつくろうと一生懸命やっています。「静岡市わかもの会議」の運営を2016年12月まで私たちの団体でさせていただいていました。これは事業実施までは行かず、政策提言という形にはなっているのですが、ユースカウンシルに着想を得て実践をしたものです。

 具体的には、市内の若者から公募しまして、その集まった若者たちが、ただ自分たちの声を集めるだけでなく、アンケート調査等をしてより多くの若者の声を集めて、グループに分かれて静岡市に対して政策提言をするというものです。12月に最終報告会を実施しまして、4つのグループから若者目線で政策提案をしました。例えば、「労働問題に苦しんでいる人を一人でも多く救いたい」とか、教育、国際など、4つグループから提言しました。この発表会には、市長、教育長、各局長が参加して、各テーマに応答しました。

 

 それを踏まえたうえで、本事業は何を目指していくか。

 ローカルユースカウンシルというものに限らずですけれども、地域における若者の政治参加・社会参加を進める生態系をいかに作っていくかというようなハンドブックの作成を、事業の成果物として考えています。具体的には、有識者ですとか研究者・実践者、あるいは私たちの団体が実践している地域での試行を通じたブラッシュアップによってハンドブックをリリースしたいと考えています。来年1月位にはハンドブックを作成して、フォーラムを開催できるかなと考えています。その検討会議の委員構成が確定しているところでして、今日来ておられる両角達平さん等、地域のさまざまなところで実践されている方や、研究者の方による検討会議をつくって、アドバイスをいただきながら進めていきます。この他にも、若者参加に関わる研究者や実践者へのヒアリング会を実施したり、自分たちの静岡だけではなくさまざまなところとネットワークができつつありますので、そういったところから意見をいただいたりしながら、ハンドブックを作っていきたいと考えております。

 

 進めていく時の課題としては、どうしても日本的な文脈で理解されてしまうというところがあると思います。というのは、私たちが本当にやりたいなと思っている一番のゴールは、若者のひとりの市民としての影響力をいかに高めていくことができるかというところですけれども、こういう活動を日本でしていると、成長したい若者を応援したい仕組みなのではないかとか、頑張りたい若者のグループなのではないかとか、若者の地域の愛着形成のためではないかとか、アイディアコンテストではないかとか、どうしてもまっすぐ伝わらず曲がった文脈で回収されてしまいます。そこを、いかに仕組みを変え言葉を変えながら情報を発信したり、自分たちで実践したりできるか、が自分たちの課題になるかなと思います。

 「未熟な市民」から「若い市民」への転換をキーワードに頑張っていきたいと思います。

 

若者たちが声を上げていくには?

大河内)昔から静岡のみなさんの活動を注目している一人です。

 基礎自治体をターゲットにしておられるということで、それぞれの自治体でどういうふうに若者たちを集めたり、声を上げていくのか。どういう人たちが主体となって、あるいは組織的にどういうふうに各自治体で動いているのでしょうか。

 

土肥)これも私たち自身やっていて難しいなと感じるところです。いま静岡市、焼津市、藤枝市が私たちの3つの活動拠点で、この3つの町では私たちが団体を自分たちで立ち上げて自分たちが運営するという形でやっていて、実際に昨年度は静岡市と一緒に委託という形でやりました。でも大人である市の職員の方とは若者の認識にギャップがある部分がまだありますので、行政が設置する形となりますと、どうしてもアイディアコンテストとか愛着形成の場になってしまいがちです。そのなかでも、実際に愛知県新城市や山形県遊佐町にも同様の地区があり、行政の方が設置をして非常に熱心になさっているという地域もあります。

 

大河内)具体的に地元でみなさんが自分たちで人を集めたり声を吸い上げたりするのはどのようになさっていますか。

 

土肥)声を集めるところでは、僕らはまず街頭に出て声を集めることをやりました。またSNSを使って声を集めることもやりました。

 

大河内)実際に集めた声を行政なり、たとえばパブリックコメントにまとめて出すとか、成果としては具体的にみなさんに見える形のものとしてはどういうものがありますか。

 

土肥)パブリックコメントで実際に出したこともありますし、静岡市若者会議が設置されるまでは私たちで提言書を作りまして、2千人分の署名を集めて静岡市長に提出して、それを受けて静岡市が若者会議を設置したということもあります。

 

大河内)児童館に対する活動もされていますね。みなさん若者の意見を集めるところまではけっこうやるのですけれども、それが成果として具体的に形になるというのは――いまの若者会議ができたというのもそうだと思いますが――、他に何かありますか。

 

土肥)若者会議が今年度できたばかりで見えにくい部分はあると思うのですが、静岡市に限らずというところでは、愛知県の新城市では若者議会自体に年間1千万円の予算を付けていまして、その1千万円の使い道を若者議会で決める形になっていますので、そのなかで事業実施もできるという形になっています。

 

参加者)若者の活動というとシールズがすぐ思い浮かぶのですが、それとの関係や位置づけは。

 

土肥)僕らとしてはもちろんシールズの動きも見ていますが、声の上げ方はいろいろあると思っています。もちろんデモをすることも一つの声の上げ方だと思いますが、僕らは僕らなりの声の上げ方としてこれをやっていると考えています。

 

大河内)だいぶシールズと趣が違うということと、フィールドが基礎自治体であり、政治というよりはもう少し具体的な成果、自分たちの地域をこういうふうにしたいんだということなのかなと感じています。到達点まではいかなくても何か手ごたえを感じるような動きはあると思いますが、何かやみなさんの声は届いていますでしょうか。

 

土肥)今、若者の社会参加や政治参加はどっちにいくかということで重要なところに来ていると思います。18歳選挙権が実現していろいろな自治体でさまざまな政治参加や社会参加をうながす事業が出てきていますが、たぶん数年したら流行り言葉のように無くなってしまうところもあるでしょう。でも、静岡市のように70万人いるまちで、私たちのようにたった2000人の声で事業が一つできるところは余りないと思うのですが、それができたというのは、若者にかなりフォーカスが当たってきているのかなと感じています。

 

芸術を入口に広がる社会参加

参加者)僕の孫が小学校の時からドラムにはまって、世田谷区の中学校にいる時に、ドリーム・ジャズ・バンドの日野皓正を校長先生にして、中学生がジャズを自由にやれるようにしようという、半年間のプログラムがあって、50~60人ほどの中学生が集まって、仕上がりは4~5か月やった曲で発表会をやりました。これがきっかけになって、その後は全く自由にいろんな音楽、ジャズの活動に入っていったのです。それを見ていると、ものすごく伸び伸びとどんどん広がっていく。そこを入口にして若者が社会的にどんどん開かれていく。ミュージックやアートの世界から入っていく自由さは、制度的な問題から入っていく時とはぜんぜん違った広がりがあるなと、その可能性はいろいろ見ておられると思うのだけれども、どんなものか伺いたいと思います。

 

土肥)私自身が住んでいる焼津市で先月、「鰹フェス」という音楽のイベント――大学生や高校生が実行委員になってステージ・パフォーマンスをするような――をやりました。そのイベントはそもそも1・2人から始まったのですけれども、音楽やアートという切り口になって、最終的には他市の人も含めて2千~3千人が来てくれました。正直、若者からすると焼津市は「しょぼい町」というイメージがあって「どうせ人来ないよね、つまんないよね」と言いながら企画していたのですが、実際にやってみたら、「めっちゃ面白かったから、来年もやりたいよね」と話していました。音楽やアートは、今までつながっていなかった人がつながってきたり、まさに自分たちでやって、成功したという体験が見えやすいのではないかと感じました。

 

意見を聴くとは? 参加とは? 市民自治・市民協働としての位置付けを

参加者)市への提言をして総合戦略に盛り込まれたというようなご説明がありました。具体的に事業を実施していくのは行政だと思いますが、行政はいろいろな制約があるなかでみなさんが提言した通りに行かない可能性もあるので、それを提言されたみなさんがチェックをしながら行政とも対話していくような、提言後のシステムがある程度つくられているのか。あるいは、そこはまだ見えないけれども、チェックをしてみなさん自身の想いを具体化していくんだというところで、こういう気持ちでいるんだということがあれば教えていただければと思います。

 

土肥) 結論から申しますと、いま提言後かならず行政が取り入れなければいけないですとか、返答しなければいけないというシステムにはなっていません。実際に提言を発表した日も、市長からのコメントも、どちらかと言うと教育者的なコメントになっていまして、若者の意見を聞くという形ではなかったです。

 私自身いま考えているのは、若者の社会参加を推進するのは、教育委員会など青少年系の部署が持っていることが多いのですけれども、先ほど言った新城市や――遊佐町は教育委員会なのですけれども――金沢市などは、市民自治や市民協働の課を持っていまして、そういうふうに若者参加を位置付けていくことが必要なのではないかと考えています。

 

大河内)ありがとうございます。最後の話はほんとうに役所の発想であり、どういうふうに社会の側が若者の声を聞いていくかが問われています。いま学校評価アンケートをやっている公立学校がいくつもありますが、生徒から聞くと、どうせ自分の意見が通るとは思っていないし、せいぜい下手なことを言うと利用されるだけだと、懐疑的なところで行われている声の吸い上げです。行政や学校がやると圧倒的にそうなります。

 全く違う発想で、意見を聴くとはどういうことなのかと、参加とはどういうことなのかと、これは若者に限ったことではなく、私たちが目指している市民社会の根幹にある問題をここから開いていければいいなと、彼らの実践から私たちも希望を感じております。

 

 

 

NPO法人 メコン・ウォッチ木口由香さん(事務局長) ※SJF担当=上村英明・SJF審査委員長

日本の公的資金が格差社会を生まないために――ミャンマーで日本が関与する大規模開発事業に関するアドボカシー活動

 

 メコン・ウォッチはアドボカシー型の活動をしているNGOでいろいろ情報発信をしております。

Kiguchi speech

 「意味のある参加」というのが、先ほどのお話にもありましたが、この開発分野でも最近言われていることです。様々な開発が海外で行われていますが、そのなかで住民の人たちは本来主体者であるはずなのに、いつも無視されているというところに私たちは非常に問題を感じて十数年活動をしてきました。

 私たちの国、日本は今でも経済大国であって−私たち自身、個人としては経済大国に住んでいるという感覚は最近ますます薄くなっているとは思いますが−政府がやっている海外支援はたくさんあって、今日もフィリピンに1兆円支援するというニュースがありましたが、非常にたくさんのお金を海外に動かしています。

 日本にとっては小さなお金かもしれませんが、相手国にとっては大きなお金になるということも多くあります。カンボジアの例では、国家予算の数パーセントが日本からの直接的な援助の額に相当しています。日本にとって小さなことでも相手国にとっては非常に大きなインパクトがあるということがあります。

 

成功例と言われる海外援助、政治的・経済的混乱の元にも

 なぜ、こういった公的資金に私たちが関心を持つ必要があるのか。

 開発援助が始まったのは1960年代位からですが、そもそもは太平洋戦争の戦後賠償であり、それが変化していって海外援助になっているのです。70年代~80年代に、たとえばマルコス疑惑ですとかインドネシアの独裁的な体制を支えていて、東南アジアの国々を、相手国の体制がどうあっても、日本企業が経済活動をしやすいように開発援助を使って支えてきたという歴史があるのです。

 日本と関係が深くて、東南アジアでは民主的な国であったタイは、日本の援助の成功例として出される国ですけれども、実際に中を見てみると、経済格差の大きい国になってしまいました。近年のタイの政治的な混乱の原因の一つには、そういったことがあります。

 それから、私どもの助成事業の対象となっているミャンマーに関しては、今まで軍事的な政権が独裁的に支配していました。世界的に有名な軍事独裁国家の元で、多くの人が苦しんできたことが知られています。ここ数年、いわゆる民政化をしましたが、その前から日本政府は海外からかなり批判されながらも軍事政権と資金的なつながりを持っていました。これは、債務保証救済――たとえばインフラ事業で日本が円借款でお金を貸して、相手国が返せない場合は日本が補てんしてしまう――という変なシステムが昔あったのですけれども、それを2000年ごろにメコン・ウォッチで調べたところ、700億円の救済額中に50億円の使途不明金がありました。週刊誌でしか取り上げられず残念でしたが。領収書がきちんとあったものについても29億円位が軍に流れていたのではないかという疑惑が持たれています。

 いい事をしていたはずの援助で、いろんなことが起きていたのです。

 

 公的資金はODA(政府開発援助)と、それ以外というように分類されています。ODAは借款と無償協力があり2国間で行われるものです。国際協力銀行(JBIC)は、平たく言ってしまうと、日本企業が海外で活動することを支援するようないろいろなお金の流れや、保険をつけたりする公的機関です。現在のODA予算は年間2兆円位になっているようです。

 種類としては、無償資金協力や技術協力等でグラントとして相手国に差し上げるものと、お金を貸してあげるというスキームがあります。その他の政府資金が5千億~6千億円位、2014年にあります。それ以外にも、7兆円位の民間からのお金の流れが日本から出ていると言われています。

 

民政化したミャンマー、民主的な開発手法を日本が先導するチャンス

 ミャンマーと日本の関係についてです。軍事政権下でトップダウンの開発が行われてきていて、同国では基本的に土地は全て国のものなので、開発したいと思えば自由に国民を立ち退かせられるような状態でした。そのなかで、たくさんの人権侵害が起きています。

 いま民政化して日本がたくさん支援するなかで、先進国と言われている日本がミャンマーにいろいろ開発を行う中で、環境や社会への配慮を怠ってしまうと、ミャンマー全体での開発が今後これ以上よくなることは無いのではないか、というのが私たちの考え方です。

 今の時期はひとつのチャンスでもあって、ミャンマーが変化している時に、民主的な手法での開発というをミャンマー政府に伝えることができれば、今後は少しずつ他の国と同じように、トップダウンで地域の人の声を聴かずに開発を進めるのではなくて、地域の人たちが参画できるように変わっていけるのではないか、その重要なタイミングではないかと今の時期をとらえています。

 

日本が開発援助投資するミャンマーの経済特区、立ち退かされる住民の貧困スパイラルの予防を

 このアドボカシー活動では、いま日本が関わる形で開発が進んでいるダウェイとティラワという二つの経済特区それぞれの中で、住民の人たちの貧困化を防いだりですとか、地域の人たちの声が事業に反映されるように働きかけをするということをしています。

 ティラワ経済特区では、立派な工業団体ができている横にある湿地で、移転させられる住民用の土地がこれから造成されます。昨年の10月には、ここ(写真を見ながら)に移転させるという話が出ていたのですが、いまだに造成されていません。その近くでは、きちんとした補償が得られるまで立ち退かないという看板を立てている農家の方がいらっしゃいます。

 ダウェイ経済特区では、タイの企業が先行して開発し、いろいろな問題を起こしています。道路が造られて山の畑に行けなくなってしまったり、畑自体が潰されたり、いろいろな影響を受けている人たちがいます。そういう人たちの居る場所で、国際協力機構(JICA)が道路を直してタイと高速道路をつなぐという事業を考えていて、その調査を始めてしまっています。

 いまこの二つの事業ですでに起きている問題ですが、援助は基本的に相手国の福祉に供するなどか、相手国の利益をうたっているはずなのに、大きなインフラ事業は大抵立ち退きが発生し、ミクロのレベルで現地の人の暮らしを壊します。私たちがいままで見てきた経験ですと、立ち退きの対象となった人たちが移転前に住居が用意され、畑など生活空間が整理されて、そこに移ってくださいというケースはほとんどありません。先ほど示したティラワのように、もう事業が決まって工業団地は造成しているのに、住民の移転地は湿地のままといったことが殆どです。

 こういうことが現地の方たちにどういう影響を及ぼすか。例えば、蓄えのない農民の人たちが土地を失ってしまえば暮らしていけませんし、日雇い労働で暮らしている方たちも生活費を稼げない日があれば、食べるために高利貸しにお金を借りることになってしまう。担保になるものを持っていませんから、銀行から低利で借りられないのです。しかし食費を借りてしまったら、だいたいもう返せない。もともと蓄えがなくて日々生活がぎりぎりでなんとかやっているところにお金を借りてしまうと、生活が崩壊します。

 それまでは、身の回りにあった畑や林で野草や魚などいろいろなものを採ったりできたのですが、そういった食料を得ることができなくなってしまう。農家――お百姓さんという呼び方は私は差別的な言い方だとは思いませんが――の方たちはいろいろな生業を組み合わせている人たちで、日本でもかつてはそうだったと思うのですが、そういったもの奪われて、タクシーの運転手になりなさいとか、工業団体で働きなさいとか言われる。短期的な職業訓練を受けただけで会社勤めをするなど、お百姓さんが何か一つの職業に移っていくのは非常に難しいですし、そもそも、そんな職業訓練だけで企業に雇ってもらえることは無いのです。そうすると、家庭が貧しくなって、子どもたちの教育の機会が奪われて、世帯自体が貧困のスパイラルに陥ってしまうことが起きます。

 私たちのアドボカシー活動は、こういった社会問題の予防だととらえています。

 具体的な活動は、現地に出かけて、影響を受けている人たちからお話を伺うことが基本にあります。現場に行けない場合や、すでにいろいろ問題が起きている場合、現地のNGOや市民の方が文書にまとめていることがあれば、その文書を使わせてもらい状況を理解して、その背景となる社会状況も調べて、様々なな方とお話して、どういう問題なのか、その国にとってどう位置づけられるかなどを理解します。

 とくに日本と関係のある事業に関しては、日本の援助機関にその情報を持って行き議論をしたり、援助機関を監督している省庁の方たちと議論をします。それでも話を聞いていただけない場合には、国会議員の方たち――援助に関することですと外交委員会等――に状況を説明して情報を提供します。もちろん、聞いていただける場合といただけない場合はありますが。

 

「環境社会配慮ガイドライン」に基づく人権を配慮した開発事業へ、地域の住民自身が開発者に意見を伝えられるよう支援

 一番大事だと思っていること、私たちの武器になるようなものとして、「環境社会配慮ガイドライン」というものがあります。

 援助機関には世界銀行やアジア開発銀行、日本では国際協力銀行や国際協力機構等があります。世界的な流れでご説明しますと、80年代位に、世界銀行という世界的な影響力のある援助機関がインフラ事業を進める中で、とくに農民や社会の経済的に脆弱な人たちへの悪影響が顕著となり、非常に批判が高まった時期がありました。

 これがピークになったのが、日本政府も関与していたインドのナルマダダム開発で、世界的に反対が起き、現地からも強い反対がありました。結果、日本と世界銀行は撤退しました。その後、批判を受け世界銀行は自分たちの存在の正当性を確保するために、環境社会配慮の政策を強化しました。これが80年代の終わりから90年代にかけて起きたことです。

 日本は当初まだこの流れに入ってませんでしたが、90年代に入って、日本も世界的に大きな援助機関を持ちお金を動かしているので、もっと環境・社会配慮をするようにと世界的な圧力が高まりました。日本のなかでもきちんと考えていこう、という動きが市民だけでなく政府機関の一部から上がりました。市民からの強い働きかけがあって、まず国際協力銀行のほうで「環境社会配慮確認のための国際協力銀行ガイドライン」が成立しました。これが作られる時には、上村さんもお入りになっていましたが、研究者やNGOの方など外部の方がよりよいものにするよう意見をすることができました。

 これが国際協力機構(JICA)にも影響して、もともとあったガイドラインを改定するという動きが出て、援助の悪い方の影響を受ける人たちはこれを使って、JICAに苦情を言ったり、とてもひどい場合には援助事業を止めることが可能な仕組みが作られました。

 いまティラワの人たちは、このガイドラインを使ってJICAに対して、「この事業は私たちの生活に非常に悪影響があったので見直してください」という申し立てをし、それが受理・審議されいろいろな動きがありますが、なかなか難しい状態に陥っています。詳しくはみなさんからご質問いただき議論できればと思います。

 この活動のなかでは、ガイドラインで定められた人権配慮や環境配慮を使って、この二つの地域の人たちがよりよい暮らしを確保できるよう働きかけています。それに加えて、ミャンマーでこれから民間の人たちも非常にたくさんの事業を行いますので、それが人権を配慮した方向になるよう活動を始めており、数年がたちました。

 非常に難しいところは、私たちが先立っていろいろやってしまうわけにはいかず、現地の人たちの意向、実際に被害を受けている人たちがどうしたいかということをきちんと相談して、汲み取り、かつ、それを私たちが代弁するのではなく、地域の人たちがプロジェクトの実施者たちに直接伝える必要があるところです。

 難しいというのは、いろいろな事業で影響を受ける人たちというのは、農家などごく普通の生活をしていた人たちであり、そこにいきなり海外から投資があって影響を受けるという話だからです。日本人でもたぶん、自分が生活しているところで突然立ち退きを伴うような事業があったら、対処は難しいと思いますが、それをミャンマーの農民たちがやっていかなければならない、という点で難しさを感じています。

 日本ではこういった援助の問題をみなさんにどう考えていただけるか、というのを今後の課題としています。

 

どんな悪意を持った個人が出てきてもその人に歯止めをかけるのが制度、その制度が機能しない状況で

上村)みなさん社会運動をやるには、実際の当事者の人たちの視点はすごく大事なのですけれども、国際的な文脈などになるともうひとつ違う軸を考えなければならないことがあります。じつは前の静岡の事例でも話に出ましたが、問題に政策が関わります。政策が出された後に、それがその後どうなっているのかを誰が見るのか、あるいはフォローアップするのかという問題では、作った人たちも別の意味で当事者ということです。その点で言うと、さきほど話がありましたJBIC(国際協力銀行)、さらにJICA(国際協力機構)が環境社会ガイドラインを作った時に、私自身もJBICでは環境ガイドライン統合の委員会のメンバーでしたし、JICAの時には、そのヒアリングに参加して意見を述べ、いくつかの項目を入れてもらった記憶があります。

 その時の状況は、日本の資金援助には、国際的な水準からみて実体的な基準がなかったので、少なくとも最低限これくらいはというポイントをどこまで押し込めるかが、市民社会から参加した人たちの共通の認識でした。ある一定程度の成果はガイドライン自体にはあったのですが、その後、それがどう使われたかをフォローしませんでした。その意味では、木口さんの話には、個人としては忸怩(じくじ)たる思いがあります。

 このガイドラインをフォローするシステムは、日本のなかでどうあるべきで、どのようなものが可能なのでしょうか。

 タイの場合は、タイの国家人権委員会があり、そこに訴えることができます。このガイドラインですと、JBICのなかに審査委員会のようなものがあると聞きましたが、そのほかにどんな可能性があるのか、日本で何か使われてきた事例はあるのでしょうか。

 

木口)JICAの方はこれ以降のいろいろな見直しとシステム作りがあって、助言委員会のようなものが作られて、プロジェクトを形成するかなり最初の段階で民間から――メコン・ウオッチの関係者も入っていますけれども――委員が出ています。公開された資料では、環境アセスメントの上流部分にコメントをできます。ただ、その段階では、すでに日本は事業をやることがほぼ決まっていて、そこで話がひっくりかえって悪い事業なので止めましょうとはできない建てつけになっています。

 またガイドラインをどう見ていくかですが、外からも見ていかなければならず、それを私たちがやっている格好です。見るためにはガイドラインをきちんと理解していることが必要ですし、そもそも最初からガイドラインを作ることに強く関わったNGOは日本で3団体程しかなく、このグループであちこちの地域から上がってくる問題を見ている形になっていて、まったく人手が足りていません。

 日本の援助がアジアに集中していたので、私たちはアジアを中心に見ていたのですが、アフリカでも昔あったようなODAの問題が今まさに起きていて、新たに取り組みはじめたNGOもあります。

 けれども、ガイドラインを作ったものの、このガイドラインは国際協力機構や国際協力銀行のスタッフの人たちが理解して、事業をやる時に必ず守らなければいけない決まりであるはずなのですけれども、それが全く内部に浸透していないではないか、と感じることが増えました。新人研修で学んでほしいと思うほど、スタッフの人たちの理解レベルに差があり、常に誰かが外からガイドラインを思い出させなければいけない状況です。

 

上村)聞けば聞くほどショックを受けますね。

 制度はなぜ必要でしょうか。どんな悪意を持った個人が出てきても、その人に歯止めをかけるのが制度なんです。社会は分かりません。誰が担当者になるか、なった人がどれだけ良心的であるか。しかし、制度があれば、どんな悪意のある人にも歯止めができるはずだと。そのために、私たちはいろいろな事態を想定して制度を作ったのです。けれども、その制度自体が動いていないという状況があれば、さらにどう進めていくのか。

 日本の制度に関しては、私たちが当事者だということをあらためて感じます。

 

 

 

――第2部:対話交流会「アドボカシーの力を引き出し合おう」

轟木洋子・SJF審査委員=コーディネータ)

 助成先の3団体だけでなく、ここにいらっしゃる方にできるだけたくさん話していただければと思います。

 

 最初の2つの団体は、若い方に焦点を当てておられて、子どもの権利条約を基にして、保護の対象ではなく、ひとりの市民として主体性を持って声を上げていくことが大事だということで、そこを基本として活動されているところは同じだと思います。ここをきっかけに連携できるかもしれませんし、いろいろな可能性があると思いますので、みなさんからご意見等をいただければと思います。

 先ほど3団体から発表いただきましたが時間が限られていましたので、質問ができなかった方もいらっしゃると思いますがいかがでしょうか。

All confer

 

木口/メコン・ウォッチ)土肥さん(わかもののまち静岡)に質問です。若者協議会の設置に関して、署名を集めたということですが、そもそも署名を始めたコア人たちはどういう人でしょうか。また、どうやってコアの人たちを集めたのでしょうか。

 それから、政策提言の対象が市役所になっていますが、これに市議会が入っていないのはなぜでしょうか。

 

若者参加に欠ける市総合戦略への疑問から、提言書を市に提出、若者会議をつくる。若者教育という観点を超え、若者の影響力の担保が課題

土肥)まず、提言をするに至るまでのコアな若者についてお答えします。そもそも私自身は別の団体――中高生の余暇活動の支援に関わる団体――で活動していまして、その中でちょうど地方創生の流れが出てきて、各自治体で地方創生の総合戦略を策定するというのがありました。静岡新聞で大きく報道されたのが、じつは静岡市の人口流出数が北海道に次いで第2位で非常に高いということです。そこで静岡市の総合戦略の叩き台が上がった段階で見たのですが、「若者」という文言がどこにも入っいなくて、「若者の人口が流出しているのに、なんで若者のことが何も書かれていないのか」と思って活動していました。じつは静岡は比較的、地域活動をするようないろいろな団体――商店街で活動していたりですとか、若者の国際協力やっていたり、環境活動をしていたりなど――があり、そういった団体の代表者たちのネットワークがあったので、まずそこに声をかけて、「このままではよくないのではないか」ということで、最初は実行委員会の形式で代表者たちが集まって、「わかもののまち静岡実行委員会」を形成して、提言書を作って、署名を集めました。実際に僕も法人を立ち上げるとは思っていなくて、提言をしたら市の側が「言ったんだから、やるんでしょ」ということになって、委託をとるためにNPO法人化しなければいけないということで急いで法人化をして、いまここに至っています。

 もう一つは、僕も課題に感じているご指摘です。じつは市議会ですとか、企業や学校も入っていていいと思いますが、市役所とやる難しさがどうしてもあります。行政の枠組みのなかで若者の声をとなると、今回は、市民協働や市民自治という観点ではなく、青少年育成という観点からこの事業がつくられているので、市の側としても教育という考え方から若者会議をとらえられているので、評価指標(KPI)も「若者の自己肯定感がどこまで高まったか」というものになっていて、「若者の意見の影響力を担保していく」というところまでは含まれていませんでした。そういったところから、市議会が入っていません。

 若者議会というのが、先程言った、新城市等でもかなり活発にやられているのですが、それは市長のトップダウンで作られていまして、じつは市議会からはかなり批判があって、「議会制民主主義のもとで私たちが選ばれているのに、若者の意見だけを特別視する」と、「自分たちの議員としての役割はどこにあるのか」といった意見もかなり多いと聞いています。

 

轟木)木口さんすごく鋭いところを突きましたね。

 政策提言を昨年度からしておられますが、具体的にどのようなことを提言されたのですか。

 

土肥)「わかもののまち静岡提言書」の全体図をご覧ください。

助成先5-2提言書 全体図

 

 一昨年・2015年に、この全体図よりもう少し細かいものを提言させていただきました。この時は、環境や国際というような個別の具体的な政策というよりは「若者の地域参加や社会参加の環境をつくってください」というな提言をさせていただきました。それを踏まえたうえで、その環境を「若者会議」という形で作りました。昨年の若者会議では、私たちはコーディネータという立場で、高校生や大学生が意見を考えていくのをサポートさせていただきました。参加している子の中に高卒で就労している子がいまして、「静岡市内は高卒の就労環境は非常に良くないので、労働の相談窓口を設置してくれ」というような提言があったり、高校生が「18歳選挙権が実現したけれども、私たちは社会のことを学ぶ時間がどこにもないので、そういう時間を新設してくれ」という提言をしたり、国際交流のグループでは「静岡の国際交流プロジェクトはいろいろあるけれども、どれも難しそうで自分たちが参加したいような国際交流になっていないので、自分たちで作らせてくれるような仕組みがあったり、情報発信の仕方を工夫したほうがよいのではないか」というような提案があったりしました。

 

障害児施設を地域に開く、子どもが施設外の仲間を自分のお家のように施設に連れてくることが当たり前にできれば

参加者)子ども情報研究センターの奥村さんに質問がございます。施設の職員の方の自尊心の向上のために、外からの風を入れることが大切だと。たとえば地域社会にもっとオープンな形で体制を築けたらとのご発言がございましたが、個人的な感想で恐縮ですが、施設に一市民として気軽に行けるような機会が、日常生活の中になかなか無いなと感じています。そういった施設の方と触れ合うきっかけでありましたり、何かしらの形で、直接関わるようなきっかけ作りについて、何かお考えになっておられることや、何か施策をされていること、今後こういった形でできたらいいなということがございましたら、お聞かせください。

 

奥村)地域に開かれたというのは、夢のあるようではあるのですが、できるだけ根拠のある夢にして行きたいと思っています。調査で施設を回ったなかで、かなり意識されている所もありました。だいたいの施設は第三者委員は入れなければいけないのですが、その一人には地域の人を入れている所もあり、その人に見学に来てもらうということで地域の人が入っていて、まず施設を見てもらうというところからスタートしている所もあります。バザー等で足を運んでもらう機会をつくる所もあります。

 やはり、子どもの力だと思います。施設から学校に行っている子どももいれば、外にお散歩に行く子どももいますので、子どもが外の仲間を本当に自分のお家のように施設に連れてくることが当たり前のようにできていけばいいと思います。今回、私たちが訪問する機会に、「外のお友達を呼びたいんだ」という声をあげている子がいれば、最後はやはり子どもの力かなと思います。今も、遊びに来るという関係がないわけではありません。

 私も、施設に入るという意識があったのですが、大学の先生と一緒に訪問させていただいた時、先生は「おじゃまします」と子どもたちに声掛けして、お家に入るように入っていくのです。帰る時も子どもたちに「お茶いただいて、ごちそうさまでした」というような声掛けして帰っていく姿を拝見して、まず私の意識変革からかなと感じています。

 

「子どもアドボケイト」、子どもにとって信頼できる大人とは

轟木)アドボケイト養成講座を始めたとのことで、アドボケイトさんはとても大事だと思いますが、難しいことだと思っています。アドボケイトを送りますというと、施設にとって見ると、なにか監視委員がやって来るようで身構えてしまうかもしれませんし。チャイルドラインの方によれば、チャイルドラインは子どもと会話ができる年齢ということで、どんなに素晴らしい人でも年齢制限を加えているそうです。自分では若者の気持ちは分かると思っていても、絶対についていかなくなるのです。子どもアドボケイトさんはいろいろな資質が求められると思いますが、どのように養成されているのですか。

 

奥村)養成はとても難しいものだなと感じています。施設職員は自分たちが困っていることを解決してくれるのではないかと期待する方もいらっしゃいますが、私たちは徹頭徹尾、子どもの立場に立つので、結果的に施設の職員さんたちを楽にすることはあっても、施設の職員さんが「私たちこれが困っているので、子どもたちに聞いてみて」と言うのは無しです。難しさは、アドボケイトがどれだけ子どもの立場に立てるかだと思っています。そして、それを施設側がどこまで受け入れてくれるかだと思います。調査のところでも「アドボケイトを受け入れましょう」までは行くのです。やはり、子どもには子どもの想いがあって、それを施設の職員さんたちも知りたいと。でも、イギリスでは、「子どもがこんなことを困っていますよ、こんな声を聞かせてもらいました」というようなことは施設職員には決して言いません。子どもが伝えてということだけは言います。そのあたりは、納得できませんと驚く声を職員さんからたくさん聞かせてもらっているので、難しいところだと思います。

 子どもにとって信頼できる大人とは。やはり子どもに近い年齢の人がいいのかなとも思うのですが、子どもたちにきいてみると、施設の職員さんは時に怖いので、アドボケイトは毅然として伝えてくれる人じゃないと不安だという声もきかせてくれました。子どもは大変な状況にあるのだなと思いながら、これからも養成講座で学びを重ねていくところだなと思っています。

 

大河内)アドボケイトのスーパーバイザーが子どもだとのお話がありました。「子ども」とは、施設にいる子どもですか。

 

奥村)施設のアドボケイトでしたら、施設にいる子どもたちがスーパーバイザーになると思います。イギリスでは施設に限らず、いろいろ地域の困り事をアドボカシーセンターに相談に行くという形がありますので、地域の子どもたちがスーパーバイザになるかと思います。

 

大河内)スーパーバイザーの子どもたちがアドボケイトを評価するのですか。

 

奥村)そうです。「このアドボケイトさんはよくない」ということもスーパーバイザーから出てくると聞きました。

 

轟木)先ほど奥村さんのお話で、CVVという団体があって、もと養護施設などにおられた当事者の子どもさんたちが大きくなられて作られた団体ということなんですよね。そういう方たちが今の施設の子どもたちからいろんな話を聞いていくと、大きな力になってくださるのではないかなと思います。

 

複雑に流れ込む開発資金、個々の公的機関のガイドラインや企業の行動原則が整合的に現地住民の問題解決に役立つよう

 木口さんのお話を聞いていて、たとえばメコン・ウォッチさんが問題を日本で訴えてマスコミに伝えることもいいとは思うのですが、まさしく木口さんもおっしゃっていたようにティラワやダウェイにおられる当事者の人たちが訴えると、またぜんぜん違うと思うのです。

 高田馬場がリトル・ミャンマーといわれるようになって、難民の認定数は日本は非常に少ないですけれども、認定されたなかでは、ミャンマーの人たちは結構おられますし、在日のミャンマーの方たちは頑張っておられます。そういった方たちとの連携はどうなのでしょうか。

 

木口)もともと民主化運動をしていたなかで、政治犯、政治的な難民として出てこられた方たちもいらっしゃるので、そういう方たちが民主化を問うメディア活動をしていたりします。実際にティラワの方たちが日本に2回ほど来ていただいた際には、そういったメディアの方たちが取材に来られました。

 また以前、ミャンマーが民主化したら、それがどんな政権になったとしても開発をすると様々な社会問題が起きるという前提で、民主化運動をしている方たちに、開発が本来持っている問題を理解し、実際に自分たちが政権をとったらどうなるかを考えてもらい、新しい政権ができて帰国した時に備えるような研修を日本でやろうと仲間が努力していたこともあります。突然の民生化前には軍事政権があまりに長く続き、最後は立ち消えになってしまいましたが。

 

 

黒田)ティラワのことだけでなく、先ほどアフリカの話もありました。農業投資や開発投資というのは、かなり大規模で相変わらず進んでおりますし、日本政府も質の高いインフラというのをひとつ大きく掲げているという状況があります。最近やっかいなのは、たとえばJBICのお金がここに行っていますという一対一の関係ではなく、そこに民間資金が入っていたり、他のたとえばIFC(国際金融公社)や世界銀行のお金も入っていたりと、さまざまな開発資金が同じ地域に違う事業で入っていて、それぞれにガイドラインを持っているのですが、そこの擦り合わせができているのかどうかです。その地域全体を俯瞰して見るようなシステムがあるわけではないので、非常にややこしくなっているのではないかなという印象を持っています。

 もう一方では、企業側に対して規制をかけていこうというような法律ができています。たとえば英国でできました「現代奴隷法」や、カリフォルニア州の「サプライチェーン透明法」があります。また今、日本政府には、法的拘束力はないけれども国連レベルで作られている「ビジネスと人権に関する指導原則」を日本でも実施していくための国別行動計画を作ろうという流れがあります。

 そういったことが今実際に現場で起きている問題解決にどれほど役に立っていくのかというのは分からない所がありますが、そういったことを利用するところはあるのかなと個人的には思います。

 質問として、実際に人権擁護をするために現場にはりついているNGOがあると思いますが、そことメコン・ウォッチとの連携はどのようなものがありますか。

 

木口)いろいろなレベルで様々な連携があります。

 「ビジネスと人権」という枠組みでは、ティラワのケースは非常に国際的な関心も高く、ビジネスと人権という枠組みで国連で行われている会議に、現地住民が招かれて行ったりということがありました。

 ただ、私たちからすると、ビジネスを成功させるためにその枠組みが動いているというふうに見える時があって、どうお付き合いするか難しいのですけれども、枠組みがあることは非常に重要で、人権に配慮してビジネス活動が行われることも今後大事だと思います。例えば、ティラワの人たちは事業に反対していないので、どんどん参画していって事業を良くしていくという流れにのり、自分たちの生活改善などの要求を通していくというのは良いことだと思いますが、ダウェイの人たちのなかには事業は不要だと思う人たちもいます。そういった枠組みが実は(反対する人に)事業を押し付けることにつながらないか、という懸念があります。

 公的資金については、私たちは納税者として発言しやすいので、活動実績がありそれを踏み台にしてアドボカシーしているのですけれども、現実の世界で今起きていることははるかに大きい民間のお金の動きです。そういったことにも取り組めないと、結局はいろいろな問題が解決しないという現状ではないかと思っています。その点はまだ私たちは力不足です。

 

制度をつくった後のフォローは

轟木)民間のお金の流れを何とか規制する、ビジネスと人権に関することで日本でも行動原則を作ろうという動きがあると黒田さんがおっしゃっていましたけれども、実際にそういうものが作られたとしても、ガイドラインと同じで、作られたら終わりではなく、フォローしていくことまでも含めてつくっていくことが大事なのだろうと思いました。今後ますます民間企業が入っていろいろ大きくなっていく時に、ガイドラインを守らせる仕組みは、どうやって作ったらいいのでしょうか。

 

上村)いろいろな方面に圧力をかけ続けていかなければいけないと思います。

 一つに、企業や金融機関が、ガイドラインがあることを知らないと、指摘がありました。JBICのガイドラインを作っている時に、銀行の人たちがなぜ参加してるんだろうと思い、ある時答らしきものが分かったのです。JBICの人たちは銀行員という仕事をしています、いつも。つまり、彼らの参加目的は何かというと、人権を守ろうという理念に動かされているわけではないのです。全く別の視点で、彼らは自分の銀行の投資を焦げ付かないようにしたい、焦げ付くような社会問題になることを極力回避したいと思っているだけなのです。問題が起きて投資したお金が返ってこないという事態を一番恐れているわけです。

 人権は被害者の救済という面を前面に出しますが、その土台として人権教育は誰に対してもやらなくてはいけないという課題があります。企業人に対する人権教育が浸透するよう、別の課題としてもっときちんとやらないと、ガイドラインなどは生きてこないということだと思います。日本は残念ながら、憲法もある意味そうですけれども、良いものがあっても浸透していないという部分があって、そこをどうフォローしていくかは大きな問題のひとつだと思います。

 もう一つに、それをチェックする第三者機関をつくらなければいけない。日本はややもすると第二者機関になってしまう。政府は自分たちのことをパブリックだと思っているので、政府が作ることで中立になると誤解していますが、国際的には通用しません。政府自身はやはり当事者なので、きちんとした第三者機関という制度を作っていかなければいけないと思います。

 日本も、タイの事例にあったように、国内人権委員会を作ろうとしました。しかし、そこで出てきた案は法務省の職員がほとんどを占めるような委員会の在り方でした。つまり、人権委員会の設立提案に、人権NGOが反対せざるをえないという悲しいことがありました。いろんな面でぶつかっています。ある意味で、いろいろな分野の組織と手をとりながらクリアしていかなければいけないという面もあります。

 メコン・ウォッチも、いろんな面でぶつかっていると思うのです。だからもっとネットワークの広げ方があるとよいのではないかと思いました。

 

人権意識の低い日本、企業が人権侵害を止めざるをえない社会を市民から

木口)最近やはり(こういった問題を)日本の方とお話するのは難しいなと思っています。日本全体の雰囲気の変化だと思いますが、自分がはるか昔に学生だったころと比べると、ODAの話を学生にしてもみなさん関心をあまり持ってくれないですし、あまり共感してくれないですね。現地でこういう人たちが困っていると話しても「あっそう」という感じで流されてしまったり。貧困や格差の問題はいろんなところで形を変えて起きているのですけれども、日本のなかで当事者があまり認識していないなと感じるとともに、日本の人たちの人権意識が非常に低いのではないか――障害者の方たちに対しても、若者に対しても――と感じています。それらが全部跳ね返ってきていて、どう共感を持ってこういった話を聞いてもらえるかが課題となっています。私たちの発信の仕方も問題だと思っていて、いろいろアイディアをいただけたらと思います。

 海外の財団からも助成をいただいて活動をしているのですが、助成の申請を出す段階で、障害者の方や子ども・若者への配慮をすごく求められます。アドボカシーの対象にそういった方たちがどれくら含まれますかとか、あなたたちの団体はそういう人たちにどういう配慮をしていますかとか、事細かに聞かれます。日本の助成ではそういうところはまだありません。

 子どもに対しては非常にセンシティブなイシューもあります。最近私たちも研修を受けましたが、災害等があった時に、ボランティアの人たちが災害現場にたくさん入ってきますが、そのなかに児童を性的に虐待する目的の人たちが入ってきてしまうのが欧米ではかなり問題になっています。そういうことを防ぐためのチャイルド・プロテクションの制度を自分たちの団体のなかに持ちなさい、という指導が(ドナーから)来たりすることもあります。日本と欧米との人権意識の差をそういうところからも感じます。

 

轟木)先ほど上村さんから、企業人に人権教育を浸透しなければいけないという話がありました。これは私の周りでは何十年も前から言われてきたことです。じつは最近になってようやく企業の方たちとお付き合いができるようになって初めて分かったことですが、この人たちもそれなりに大変なんだなと、成果を上げなければいけないわけなのだなと。彼らは人権なんかそんなに興味がないわけです。仕事のなかで企業が人権を守らなければいけないとなった時は人権を守らないとビジネスで損をするんだということを見せなければ、企業は人権侵害を止めないと思うのです。

そういう仕組みを作っていく、考えていく。それこそ上村さんが先ほど、制度は悪意を持った人が出てきても歯止めをかけられるものだ、と素晴らしいことを言いましたが、それと同じで、企業が何か悪いことをやったら自分たちが損をすると分かる、どこかに発表されてそれが非常に恥であると、そういうことを市民側から作っていくことが大事なのではないかと思います。

 

 

――閉会挨拶――

黒田かをり・SJF審査委員) ソーシャル・ジャスティス基金は、助成事業だけでなく、今回この助成先3団体の方たちと、担当の委員と対話事業を進めていこうと、アドボカシーカフェを開催していきます。それぞれみなさん、非常に重い課題に身を粉にして取り組んでおられますが、そういった違うテーマを一緒に話す機会は普段あまり無いかと思いますので、こういった対話の交流の場も大事にしていきたいと思っております。課題がまた別の角度から見えてきたり、意見を出し合うことで新しい気づきがあったりする場を設けられたらいいと私たちは思っています。

 今日、「市民社会」という言葉が何回か出てきたと思いますが、いま、市民社会のスペースじたいに非常に制限がかかってきています。世界でもこの傾向が顕著であり、日本でもそうです。いま社会的不公正を正そうとすることは非常にしにくい環境にあるとひしひしと感じております。

 それだからこそ、ソーシャル・ジャスティス基金はもっと頑張らなければいけないと思っております。この基金じたいも、みなさまのご協力とご支援に支えられているということもありますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 またこういった社会に共感を広めていくということで難しい状況もあろうかなと思いますが、そこはさまざまな活動に取り組みむ方たちと共に知恵を出し合いながら、少しでもよい社会をつくっていければと思います。

(=敬称 略)

 

●アドボカシーカフェのご案内
障害や病気をもつ家族をケアする子ども・若者たちに希望を
【ゲスト】松﨑実穂さん(国際基督教大学ジェンダー研究センター)
     井手大喜さん(草加市議会議員)
【日時】2017年329(水) 18:30~21:00
【会場】文京シビックセンター(東京都文京区)
★詳細はこちらから

 

*** 今回(2017年1月13日)のフォーラムのご案内状はこちらから(ご参考)***

 

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