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ソーシャル・ジャスティス 連携ダイアローグ2025 報告

 

 ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)は、公募により審査決定した第13回助成先の方々(NPO法人アクセプト・インターナショナル海外事業局職員・向出洋祐さん、きりしまにほんごきょうしつ代表・本田佐也佳さん、NPO法人原子力資料情報室研究員・高野聡さん、trunk作家・中島伽耶子さん、NPO法人リカバリー代表・大嶋栄子さん)をプレゼンターに、宮下萌さん(弁護士/SJF審査委員)をコメンテーターに迎えた連携ダイアローグを2025年12月13日に開催しました。

 

 前半はプレゼンターから助成事業の中間期までの成果・効果や課題・展望を報告いただきました。

 アクセプト・インターナショナルの向出さんからは、パレスチナの人が立場の違いや分断を乗り越えて力を合わせ、対話による具体的な和平に向けた道筋がつくられ始めたこと等が報告されました。

 きりしまにほんごきょうしつの本田さんからは、外国籍住民がルールを守って暮らせ、地域と意思疎通がスムーズにできるよう日本語教育を整備してきた歩みが語られました。

 原子力資料情報室の高野さんからは、反対の声があげにくい原子力コミュニティでも声をあげられるように、公正な対話を模索しながら、地域住民や政策推進側との関係構築を進めてきたこと等が報告されました。

 trunkの中島さんからは、差別に反対していく立場を明確に示した展覧会を、多様な人が思い思いのスタイルで参加できる形で開催し、訪れた人が安心して話せる場になったことが詳述されました。

 リカバリーの大嶋さんからは、薬物依存を経験した女性たちの尊厳が保たれ持ち味が活かされることを大切にしながら、就労支援をカフェ運営で、住まい支援をシェアハウスで取り組み始めたこと等が語られました。

 

 後半は、プレゼンターが各々持ち寄ったテーマでパネル対話が展開されました。分断や対立をどう乗り越えていくのか、共生とは何か、自分と相手双方にある偏見に直面するなど、葛藤を共有して知恵を交換し合いました。

 マイノリティの課題をマジョリティがいかに社会的課題として自分事として解決に協力できるようになるか、異なる意見の人との歩み寄りをどう実現できるかが、多くの活動に共通する悩みとして挙げられました。

 マイノリティ側の自分の内にある「また傷つけられたくない」という恐怖や、「分かってもらえるわけない」という偏見と向き合い、問題の背景・原因となっている構造を改善する社会的インパクトを出すステップに進もうとしている大嶋さん。事なかれ主義で新しい取り組みを断られる壁に何度ぶつかっても、別に通れる道を見つけ続けてきた本田さん。独立した第三者として、問題の歴史的な背景も理解し、公正な対話の実現に奔走してきた高野さんや向出さん。当事者・非当事者、賛成派・反対派とは簡単に分けられないものと捉え、大きく「痛み」というテーマでゆるくつながっていける感覚をつかんだ中島さんや、抽象度の高い構造的問題を、地域の人たちの「苦しみ」がなぜ起こるのかという切り口からの対話で身近な問題にできる可能性を見出した高野さん。

 最後に、真の共生を築くためには、相手の尊厳を心から大切にし、あふれる偽情報に惑わされずに相手をめぐる事実から出発することが重要性だと改めて確認されました。

 

 詳細は以下をご覧ください。

(写真=上左から時計回りで、向出洋祐さん、本田佐也佳さん、大嶋栄子さん、宮下萌さん、中島伽耶子さん、高野聡さん)

 

 

――開会挨拶―― 

上村英明・SJF運営委員長) SJFは2011年にアドボカシー活動、社会提案や政策提言につながる市民活動を支援する基金として設立をされました。資金的支援と同時に、助成させていただいた団体とアドボカシーカフェを開催し、公正な社会の実現に向け、社会課題について対話をする場を設けてもきました。そして、助成団体の横のつながりやネットワークの可能性を求めて、2021年に連携フォーラムを開催し、さらに発展させる形で連携ダイアローグを立ち上げて、今日の企画もその一つです。

 グローバル化が社会の表層を流れております。格差を前提に効率化が叫ばれる情勢だと思います。その意味で、人権や民主主義を改めて根付かせるために市民社会の協力が不可欠な時代になっています。今日の連携ダイアローグがそうした機会となることを期待して、私の挨拶を終わらせていただきます。 今日は、よろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

――第13回助成事業の報告――

  • アクセプト・インターナショナル 向出洋祐さん

パレスチナの若者リーダーたちによる分断を乗り越えるための対話と東京宣言の作成―善き第三者としての役割とは何か―

 私たちアクセプト・インターナショナルは、ソマリアやイエメン、パレスチナ、インドネシアなど、いわゆるテロや紛争の影響を受ける地域で、人道支援や武力紛争に関わった若者たちが武器を置いて社会に戻るための支援や、地域における和解や和平の促進などを行うNPOです。被害者も加害者も、誰しもが平和の担い手となって、共に憎しみの連鎖をほどいていくことを目的に活動しています。

 今回のご報告は、当団体として特に注力をしているパレスチナでの活動についてです。2023年10月以降の戦闘激化により、パレスチナ史上、最も多くの市民の方々が犠牲になっています。私たちがパレスチナで活動する背景には、こうした終わらない暴力の裏でパレスチナの人が分断されていることが問題の要因の1つとなっていることがあります。多くの難民が戦火を逃れて世界各地に離散する一方で、パレスチナ内部でもイスラエルとの和平方針や統治のあり方を巡って政党間、世代間で対立が深まっていて、80年近くにわたって地理的にも政治的にも分断されてきた歴史があります。

 1993年のオスロ合意以降、有効な和平の枠組みがないままでしたが、今年10月にトランプ大統領の仲介で一応の停戦が合意されました。しかし実際にはイスラエルからも攻撃が続いており、食料や物資の不足で苦しむ人がいまだに多くいます。そうした中で私たちとしては、紛争の根本原因を解決するために、長期的なパレスチナ和平を見据えてできることを行うということが出発点になっています。

 従来の和平プロセスはシニア世代の男性リーダー主導で行われてきて、若者や女性を含む市民社会の声がほとんど反映されていませんでした。だからこそ現状を打開するには若者主導の新しい和平アプローチが必要です。そこで、給水支援などを通じて1万4000人の国内避難民に人道支援を提供しつつ、パレスチナの主要な政党や市民社会を代表する超党派の若手リーダーたちが主導する和平プロセスの構築に向けた対話も進めてきました。

 そして今年の8月には戦後80年の節目ということで、広島と東京に14名のパレスチナ人リーダーを招待し、日本の専門家や被爆3世の方を含めた市民の方々と対話交流をする機会を通じて、パレスチナ和平の実現に向けたビジョンや、団結に向けて今必要なこと、パレスチナ自治政府やパレスチナ解放機構(PLO)のあるべき姿などについて活発な議論を行いました。また広島では平和記念公園を視察し、原爆によって破壊されてしまった歴史とそこから復興を遂げた今の町並みにガザの状況を重ねる参加者もいました。

 

 

 

 

 

パレスチナの人が、立場の違いや分断を乗り越えて力を合わせ、和平に向けた具体的な秩序をつくっていく

 この対話会合の集大成として、パレスチナ和平に向けた「東京宣言」と「アクションプラン」を採択しました。この宣言には、選挙の民主化の推進、若者や女性の政策決定への参加、日本の戦後復興から学ぶ姿勢の重要性など、和平に向けた具体的な道筋が盛り込まれています。その実現のための具体策としてアクションプランを策定した際には、会合の終了時間を延長するほど議論が白熱しましたが、各地から集まった14名が政治的な立場の違いや地理的な分断を乗り越えて、パレスチナ人が力を合わせられるということを内外に示し、同じ目標に向かって具体的な秩序を考えられたことが、大きな成果だと思います。

 今、米国主導の和平合意の第2段階への移行が見込まれている中で、このアクションプランをさらに具体化してスピード感を持って実行していくために、引き続き彼らと対話を重ねていこうと思っています。

 このアクションプランを実施するにあたって、若手リーダー自身も自分たちが住む地域で似たような取り組みを自発的に進めていくという変化も見られました。当法人としても彼らの活動を後押ししつつ、現地で専門家や若者と対話を進める中で、より具体的な施策を見つけることもできました。

 今後、こうした活動をさらに広げて、より多くの若者たちを巻き込みつつ、私たちがこれまでの活動で築いてきたパレスチナ自治政府側の関係者等ともうまく接続させて、実際の政策に結びつけられればと思っています。

 パレスチナ問題は世界で最も解決が難しい問題と言われる程様々な要因が絡んでいて、即効的な解決策もない中で、究極的には当事者であるパレスチナとイスラエルの人々が自分たちで解決策を作っていくしかないと考えています。だからこそ、私たちの団体が第三者として関わるのは大きな意味を持つと思いますので、本日のイベントの後半でも、皆さんと意見交換をさせていただけたら幸いです。

 

 

 

  • きりしまにほんごきょうしつ 本田佐也佳さん

共生とは何か:“知らなかった”が変わるとき—外国籍住民と地域がつながる瞬間—日本語教育支援と生活オリエンテーション整備から見えた、誤解・孤立・共感のリアル

 霧島市は日本全国でも大変珍しく、日本語教育を児童生徒にしていない市町村です。大人にもしていないですけれども、それは放置してはいけないことで、できれば幼稚園の段階から――就学となると完全に日本語を勉強し始めてしまいますので大きなハンディをもらう前に――その問題を解決したいと思っています。幼稚園や保育園、小学校に、もうSJFからの助成が決定となった瞬間から文章を作成して訪問したりメールしたりしました。

 その反応としては、幼稚園の園長さんや先生からは「日本語の支援は、幼稚園がすることじゃないと思います」とか、小学校の教頭先生や校長先生からは「担任の先生が頑張っていますから、大丈夫です」とか、教育委員会からは「困っているという声は現場から上がってきません」とか、「でも来年には(外国人の児童が)入ってくるけど、来年は(既にカリキュラムが決められた)来年度が始まるからすぐには無理」とか言われました。どこに行っても、やらない方向・変化させない方向で意見がほとんど合致していました。

 彼らはそう思っているかもしれないけれど現状は違うと私は分かっていたので、ずっと訪問をしたりメールをしたり電話を続けていました。一校、私が再三訪問をした時に、「ちょうどよかった」と教頭先生に声をかけられて、「困っている子がいるみたいで、担任の先生から相談がありました」ということで、すぐ「面談させてください」と言って担任の先生にお会いできました。すると、「いや、現場はこんなに困っているのに、なんで上は知らないのですかね」という話で、現場と上の意思決定する場との齟齬が大きい状況がわかりました。

 教育機関は子どもが一番であるはずなのに、子どもの現状や困り事というよりも、事務作業や先生の負担軽減が最優先になってしまっている現状にどこに行っても直面しました。「外国人児童の人数が少ないから大丈夫」とか、「担当者がいないから無理です」とか、「そのお金はどこから来ますか」とかいろんなことを言われました。市がダメなら県に問い合わせようと思ったら、県も同じようなものでした。

 ゼロのところから何ができるかというのを私はずっと模索していました。いつも「予算がないです」、「日本語を教えられる人がいません」、「どうしたらいいかわからないので今すぐにはできません」等と言われるけれども、待っていられないと思って、SJFの助成金を活かして小学校を訪問して教えています。

 多くの自治体では日本語教育をボランティアにさせているのですけど、それでは教育の質が確保できなかったり、ボランティアに大きい責任を負担させてしまったりします。それは良くないと私は思っていたので、日本語教師の資格を持っている方に謝金を支払うことで、責任を負って教えてもらう形にしております。日本語教育は専門家が行うことだと自治体にも示すことで、現場に日本語教師が入りやすくなる基盤をつくっていこうと思って活動しております。

 

 日本語教育を受け始めた子どもの様子は、例えばアフガニスタンから来た子はすごく活発に話してくれるけれど、一般の授業となると先生が「理解できているか」や「ついてきているか」という確認に時間を割かなければならず、この子が悪いわけではないけれども、この子が一時帰国している間は、先生は教室の他のケアが必要な子に目が行き届いて負担が軽かったと。でも私たちの日本語教室ではいい笑顔で算数の問題を解いたりしていて、安心して自分のレベルに合ったことに取り組めているようです。

 もう1人の例として、ベトナムから来ている男の子は話し始めるまでに1年半ぐらいかかり、それまで黙っていました。だから先生はどんな支障が出ているのかがわからず、彼が話し始めた時に日本語が少しずれているみたいだということに気づいて、私に相談が来るようになりました。私たちですと専門家なのでどういう時点からどういうケアが必要なのかが見えているけれども、こうした児童に接したことがない先生方だと判断が難しいようです。しかもこの子は算数の問題が解けるので、発達障害や知的障害として特別支援教室に移すこともできないと教頭先生と判断されてしまい、にっちもさっちも行かない状態になっていました。

 本来、その子がつまずいたところからゆっくりやっていく必要がありますので、私たちの日本語教室では、その子のレベルに合わせて、例えば、掛け算を今2年生でやってもできない場合は足し算の理解が追いつくように教えています。そういうところに気をつけながら、子どもたちの日本語教室での活動が楽しいものになっていくようにと思って日本語教室を丁寧に続けています。

 

 

 

 

 

外国籍住民がルールを守って暮らせ、地域と意思疎通がスムーズにできるよう日本語教育の整備を

 もう一つ私たちが取り組んでいることは外国籍住民への生活オリエンテーション整備です。外国籍の人が地域で暮らす時によく起きるのは、ゴミのルールを守らないとか、日本のルールを理解してないとかいうことです。生徒の保護者の方に対しては、忘れ物がとにかく多いとか、持ち物チェックをしてくれないとか、お知らせを出しているのに読んでくれないとか、いろいろ起こります。でも私たちが日本語教室を行っている小学校等では、児童は教育委員会がケアするけれども、保護者はケアの対象ではありません。

 外国籍住民が日本語を勉強して日本のルールを学べるためには、地域で開かれている日本語教室が必要なのですが、霧島市にはこれもありません。

 ちょうど、私たちが地域で日本語教室を立ち上げた頃は参議院議員選挙があった時期だったので、「日本人の税金を使って外国人のことをするなんて許せない」とか、「日本に貢献できなければ外国人は日本にいる意味はないので帰ってください」とか風当たりの強い時でした。でも外国籍住民が霧島の産業を支えているのも事実なので、そこをわかってほしいけれども、対話をする機会を持てるところまではたどりついていません。

 ただ、外国籍住民がルールを守って暮らしたいとか、自分の意思表示をしたいと思っても、日本語を学べる場がなければ無理なので、このギャップを埋めるために私たちは無いものを新たに創っていこうと、子どもたちには学校訪問型の日本語教室、大人には地域の日本語教室を実施しています。

 生活ルール、特にゴミに関して外国籍住民が分かっていないという問題について霧島市でどんな取り組みをしているか、市議さんたちにもお願いをして調査をした結果、霧島市からのコメントとしては、転入してきた時に「外国人のための生活ガイドブック」(令和2年、市民課作成、ふりがな付き日本語・英語・中国語簡体字・中国語繁体字・韓国語・ベトナム語)と年金機構が作成した資料(多言語版のQRコードが掲載された用紙2枚)を配布したというものでした。ですが外国籍住民たちにヒアリングをしたところ、「見たことがない」や「知らない」が続出し、外国人目線と日本人目線には大きなギャップがありました。ここから今、霧島市議が「生活オリエンテーションの霧島市の実施」を一般質問しい、改善を政策として挙げるという方向で進んでいます。

 ちなみに、霧島市は、資源ごみの分別が特にややこしく、缶用とペットボトル用とプラスチック用に袋を分ける必要があり、ペットボトルはキャップやラベルは別の袋を準備する必要があります。その説明を地域の日本語教室でした時に、「知りませんでした」と言って、家に帰ってから、「分別をやり直しました」と、私に喜んで動画を送ってくれたのです。私はこの動画を見たときに、わざとルールを破りたかったわけではなくて、知らないからこそ破ることになってしまったのだと実感しました。中国籍の彼女は「今まで全部混ぜて出していて、すごく恥ずかしい」と言ったのです。それは常識がないからルールを破ったのではなく、ルールに対する知識がないだけだということが、私は活動を通してわかりました。

 

 今後の課題についてお話します。私の日本語教室にはお父さんもお母さんも外国籍の子どもを先生方が対象だと思って連れてくるのですが、両親の片方だけが日本人の外国籍の子どもも日本語の強化が追いつかないことがあります。そういった子たちにも日本語教室が必要だと認識を広げてもらえるよう、助成期間の残り1年かけて働きかけをしたいと思っています。

 そして、制度が不足していることについては、霧島市議や市長に提言をして、生活オリエンテーションなどいろいろなことが整備されていくように働きかけたいと思っています。

 大きな問題は、地域の方が現状を知らないということだと思っていますので、私はSJFアドボカシーカフェに参加して感銘を受けたので、自分たちでも地域でやって、みんなが話し合える場所、お互いを知る場所をつくり上げていきたいと思っております。

 私が今取り組んでいる“分断を超えた共生”というのは、地域に住む外国籍の方々が、日本語を話せないからとか、日本のルールを知らないからとか、日本国籍ではないからということで差別を受けることなく、“どんなルーツであろうとも一緒に暮らしていく仲間だ”という社会をつくっていくことだと思っております。

 

 

 

  • 原子力資料情報室 高野聡さん

核ごみに関するよりよい社会的議論はどうすれば可能か

 核のゴミ問題の基本構造には、ごみ処分場建設の調査が進む地域だけの問題として限定され矮小化されてしまうという問題と、そういう地域は小さなコミュニティが多いので他の地域の人びとの関心は低く、コミュニティの分断など深刻な被害が起こっているにもかかわらず認知されないという問題があります。政府やNUMO(原子力発電環境整備機構)の立場は、政府の基本方針にもよく現れていますが、今まで使ってきた原発から発生する核のゴミは現世代の責任として取り組もうという形で、一見正しいように見えますが、環境政策の基本が後退しています。特に問題なのは、原発を無期限に肯定したまま責任感だけを押し付けられてしまうことです。

 NUMOの理事長は「対話を重ねて(核ゴミ処分場建設の調査の)候補地を掘り起こし」と言っており、「対話」という言葉を使っていますが、それは推進側にとって都合の悪い政策変更はしない前提での対話であり、それを「対話」とは言えず、「対話」という言葉を乱用していると思っております。特に最近、NUMOは若い世代へのアプローチを強化していて、いわゆるインフルエンサーをシンポジウムに登壇させて、若者が果敢にチャレンジをする課題だとフレーミングをしているようなところがあります。

 この政策の前提で特におかしいと思うのは、お金で釣るというようなやり方をしていることです。核ゴミ処分場建設の前には3段階の調査があり、その第1段階が文献調査といい、この調査を受け入れるだけで交付金20億円が下ります。この20億円が魅力的に映るような自治体は過疎地などで財政状況が厳しい自治体になるので、そういうところをお金で釣っているという構造があります。しかも地域住民の合意を取るプロセスが制度的には保証されていないので、お金に釣られた首長が一方的に調査に応募してしまうことで地域の分断が起こってしまうという構造になっています。

 そのような調査を受け入れた北海道の寿都町では、反対派・賛成派の住民たちがお互いの店に行かなくなるとか、いろいろ深刻な地域の分断が起きたということです。長崎県の対馬市は応募の動きがあり、最終的には市長が拒否したのですが、一部の地域で深刻な分断が生じました。両方の住民がもう時間で解決できるような状況ではなく、以前のコミュニティには戻れないのではないかという程の根深い問題を起こしてしまっています。

 「じゃあ、その地域の人たちが頑張って反対すればいいじゃないか」と思う人もいるかもしれないですが、資金が乏しくて自分たちだけでは反対もできなかったり、原子力関係の施設がすでに立地していたり周辺にある自治体(原子力コミュニティ/核のオアシス)では原子力産業への依存もあったりして、不平等な力関係の中でなかなか声を上げられない状況です。これに該当するのが、神恵内村と玄海町です。玄海町は文献調査が進んでいる地域で、まさしく玄海原発がある地域です。そういうところでは、反対する住民組織すらありません。

 

 

 

 

 

反対の声があげにくい原子力コミュニティで声をあげられるよう関係構築

 そういうような状況の中で助成事業を行ってきたのですが、その内容と成果をお話します。

 まずは寿都・神恵内・対馬・佐賀で現地調査をし、意見交換をして得られた住民の声を政府の審議会に伝達してきました。私は経済産業省の審議会である特定放射性廃棄物小委員会の委員でもあり、そこでも伝えました。また、地域住民が要請行動をする時に、事前にオンライン会議をして情報を共有したり、その現場に私も参加したりしました。

 あと、非常に反対の声が上げにくい原子力コミュニティの中でも、声をあげられるようにオーガナイジングを試みました。今年の夏には玄海町で「みんなで考えよう地層処分!」という勉強会のような小さなシンポジウムを開きました。原子力コミュニティでそれをやるだけでも画期的なことではあったと思います。数名ですけれども玄海町民も来てくれて、町議1人とも知り合いになったので、そうやって地道にオーガナイジングし、ネットワークを築いていければと思います。

 さらに、政策推進側とも関係を構築していくことが必要で、私がいろいろコーディネートして企画し、今年の初めに東京でNUMOと環境団体の合同で北海道における文献調査についての説明会が開かれました。また、寿都・玄海・神恵内の現場に赴いたときに、そこにあるNUMOの交流事務所で意見交換をしてきました。

 

 そうした中でいろいろ課題はあります。まだ地域住民のエンパワーメントが足りないですし、事業推進側による若者へのアウトリーチ活動に対抗できるほどのオーガナイズができてはいない。一度夏にイベントをやりましたが、20代半ばの新人スタッフが今年入ってくれたので、そういう人たちと来年はもう少し企画したいと思っております。

 あと、政策へのアクセスが限られていて、今年は特定放射性廃棄物小委員会が1回しか開かれませんでした。ロビイングもして、立憲民主党との相談や超党派の議員会合に出たりしましたが、こういうマイナーな問題にはなかなか動いてくれません。私の知り合いで、寿都で最近アンケートを実施した学者がおり、このアンケート調査からは、政府による調査の進め方に関して住民が不信を持っているし、地域のコミュニティに悪影響を及ぼしたというような結果が出ています。それを政府や事業者に突きつけて政策変更を促すようなシンポジウムを企画する等、努力していきたいと思っております。

 地域に不当に負担が押し付けられているこの問題について、よりよい社会的な議論はどうすれば可能か、皆さんと考えていきたいと思います。

 

 

 

  • trunk 中島伽耶子さん

例えば「天気の話をするように痛みについて話せれば」2025

 trunkという団体は秋田を拠点に「すべての人が生きやすい環境・生活とは何なのか」ということを、自分たちの安全性や過ごしやすさから出発して、多様な視点で考えていきたいと思っている団体です。いろんな活動をしていまして、ラジオをやったり、お話し会をしたり、展覧会を毎年やったりしております。

 

差別に反対していく立場を明確に示した展覧会 思い思いの参加スタイルで安心して話せる場に

 この展覧会はトランスジェンダーの人たちへの差別に明確に「No」と言っていくという意思を形にするための企画です。ずっと秋田でやってきたのですが、今年はソーシャル・ジャスティス基金の助成をいただいて東京で開催しました。トータル7日間の展覧会で、前半と後半で場所を移動するという、なんとも騒がしい感じの展覧会になりました。

 自分たちの知り合いに声をかけて、その人がまた知り合いに声をかけてという感じで、口コミで趣旨に賛同してくれる方を募集して、いろんな作品を出してもらいました。もちろん、絵画や彫刻という表現をとらない、そんなもの作ったことないという方も多くいらっしゃるので、そういう方は自分のお勧めの本や、今大流行しているZINEという自分で作る冊子を持ち寄ったり、自分のぬいぐるみを出品したり、いろんな参加の仕方がありました。

 後半は1階と2階が使える古い洋館(東京藝術大学陳列館)を使いました。前半よりスペースが広くなり、参加した作家も少し増えましたし、作品数を増やした作家さんもいました。本やZINEをリラックスして楽しめるラグやソファー、クッションがある場所も設けました。

 「バスルームソング」という企画も作りました。いろんな理由で会場に来られない方もいっぱいいましたので、ラジオのようにリクエストしていただいた曲を会場で流すという形で、遠隔でも参加できる企画にしました。

 こうした展覧会プロジェクトは2021年から秋田から順番に毎年形を変えながらやってきたので、それのアーカイブも展示しました。

 出品するモノがなく、イベントで参加したいとか、パフォーマンスしたいという人もいたので、イベントもたくさん行いました。例えば、詩を読む会も盛り上がりました。船木敏美さんというハンセン病患者で性的マイノリティでもあった方の詩集が今年刊行されて、その『どこかの遠い友に』という詩をみんなで読みました。

 

 

 

 

 

 この展覧会を開催後に、小田原のどかさんという彫刻家・批評家である方が、今年の展覧会トップ3の1つとして選んでくださって、ちょっとした手応えを感じております。

 参加した作家が、「50人とか集まったらいいのにね」とみんなで言っていたけれど、実際は64人も集まりました。バスルームソングの応募数も70曲でいい感じではないかと思っています。それに、来てくれた方の滞在時間が長かった。作品数が多いというのもあるし、読み物があるというのもあったのでしょう。いろんなテーマで作品を出しているので、ジェンダー問題に興味がある人以外の層も来たのもよかったと思っております。

 何より嬉しかったのが、クローズドな人たち、自分のセクシュアリティなどの立場を人に言ってない人たちが「実は私・・・」と話しかることが多かったことです。私たちが、明確に差別に反対していること、トランス差別に反対しているしそれに関するさまざまな差別に反対しているという立場を明確に表明することによって得られたことだと思います。ただ、それは同時に、安心して話せる場の少なさの表明でもあると思いました。

 課題としては、3人が中心となって運営してきて、少し規模を大きくしたいという欲望はあるものの、限界も感じるということと、形を変えて継続していきたいものの継続の難しさを改めて感じていることです。

 

 

 

  • リカバリー 大嶋栄子さん

薬物依存女性を取り巻くスティグマの解消ならびに日本の薬物政策の見直しに向けたアドボカシー事業

 まず、「塀のなかと外はつながるのか?」という、2019年から2024年まで5年間行った女子刑務所モデル事業を振り返るシンポジウムを、成城大学の修復的司法研究センターの協力を得て今年の2月8日に行いました。このモデル事業は、処遇を行って出所したあとの伴走支援をするという事業でした。

 その後、イギリスのエセックス大学のフェローである藤田早苗さんを5月に札幌へお招きしました。今回のSJFの助成は、違法薬物を使う女性たちの置かれている状況をどういうふうに変えていけるのかがテーマで、そもそも自分たちに生まれながらにあるはずの人権について日本ではきちんと教育される機会がないと思って、以前から活動を注目していた藤田さんに来ていただきました。「世界から見た日本のヒューマンライツ」という講演会を3日間、札幌の各地で開催し、いろんな方にご参加いただきました。

 その女子刑務所モデル事業の修了生はその後もいろいろな困難を抱えたまま塀の外に出てからの生活をしています。その辺に関しては昨年の12月に、『傷はそこにある』(日本評論社)という本の中で詳しくまとめました。すでに、このモデル事業は終わりましたが、その後も札幌刑務所の中では同じプログラムが継続されています。

 

 違法薬物を使って服役した女性たちが出所後どんな困難を抱えたままコミュニティに戻ったのか、2人の状況を簡単にご紹介したいと思います。なお、これはいくつかの事例を重ね合わせて加工したものです。

 例えば、30代のRさん。2回目の服役が今回のモデル事業による特別なプログラムでした。境界知能といわれるようなIQで自分の置かれている現実を客観的に捉えることが難しく、出所後、妊娠・出産をして周りの方たちが彼女の困難に気がついて援助の手を差し伸べようとするけれども、それを上手く受け取れない。それは、覚醒剤を使用してきたということや服役したということは周りの人からスティグマを付与されて見られているに違いないという思い込みが出発点にあるからで、間に入って通訳のような活動をしないと支援を受け取れないのです。

 もう1人は、今回の服役が3回目だった40代の方です。知的にすごく優秀なのですが、刑務官の先生たちの指示を理解しているようでいてことごとく理解できていなかったので、心理の専門家にお願いをして刑務所内で調べていただいたら、自閉症スペクトラムの特性があることが分かりました。刑務官の先生たちもストレスだし、彼女自身もすごくストレスを感じていたということでした。外に出てからお仕事に就いても長続きせず、薬物の再使用が繰り返されてきたので、今のところヒヤヒヤしながら見ているところです。

 

 

 

 

 

尊厳が保たれ、持ち味が活かされる就労をカフェ運営で 生活の場をシェアハウスで サポート

 では、どういうふうにこの人たちをサポートしていこうかなということで、今年の1月から東京の駒込駅すぐのところのカフェを1か月に一回だけお借りして「軒先カフェ」を行っています。そこでは、出所された方たちだけではなく、処方薬・市販薬依存の若年女性もお仕事の体験をしています。いきなり働いてみることから始めています。これまで他にやってきた障害福祉サービスという事業では、いろんな段階を踏んで仕事へ送り出していくという手法をとっていましたが、それと真逆の方法です。まず働いてみる中で彼女たちの困りごとを彼女たち自身で感じてもらいながら、次のステップへ歩き出していこうということをやり始めました。

 就労に関して、リカバリーが大事にしたい点は、働く彼女たちの尊厳が保たれて、彼女たちの持ち味が活かされることです。リカバリーはこれまでカフェを札幌で長年やってきているので、そうした自分たちの強みを活かして、他の支援団体ともつながりながら、こうした取り組みを本格的にやっていきたいと思っています。

 さらに、働く場だけではなく、生活の方にも目を向けて、都内でシェアハウスをオープンさせようと思っています。こちらは別の財団から助成金をいただいて、建物を現在探しているところです。

 

 課題も見えて参りました。1つは、これは大事な取り組みであると思うけれども、1つの団体だけでは難しいことがたくさんありますので、コンソーシアムを作って、より社会的インパクトの強い事業に育てていかなければいけないことです。それから、ファンドレイジングの問題です。寄付にも限界があるから、どうやって新しい財源を発掘していくかということです。そして、当事者の方たちを置いてきぼりにしないように、当事者の方たちと共同創造しながらこの問題に関わっていこうと思っています。

 

 

 

――パネル対話――

宮下萌さん・弁護士/SJF審査委員)

「分断をどう解消していけるのか」、「どういう熟議の在り方がありうるのか」

 まず高野さんから「核ゴミに関するよりよい社会的議論はどうすれば可能か」という対話のテーマをいただいております。これは核ゴミに関わらず、「分断をどう解消していけるのか」、「どういう熟議の在り方がありうるのか」という形で、広く皆様にも関係する話題かと思いますので、まずこちらからディスカッションできればと思います。

 この社会的議論、熟議というテーマについて、きりしまにほんごきょうしつの本田さん、先ほどの報告では、最初は現場の学校側はリソースを割きたくないと全然取り合ってもらえなかったところから成果があったというお話をいただいたので、何かヒントになりそうなコメントいただけますでしょうか。

 

 

 

 

 

本田佐也佳さん・きりしまにほんごきょうしつ)

 ありがとうございます。鹿児島も原発があり再び稼働しようとしているという話を聞いていたので、自分事のように聞いていました。

 この分断の間に入る人、パイプ役になる人が——高野さんもされていると思いますが――絶対に必要だと感じています。私たちがやっている役割もそうなのですけれども、これは私たちでなくても、例えば学校現場だったら、教頭先生や校長先生、学年主任の先生も、ボランティアをしてくださっている方々も、つなげる人になれるということを伝えていく必要があると感じています。私は活動をしながら自分がパイプ役になることを頑張っていたけど、私一人ではどうにも回らなくなってしまったので意識改革して、皆さんが横につなげませんかと呼びかけていけたらと思っております。

 

高野聡さん・原子力資料情報室)

 本当に共感いたします。私も地域の人たちをつなげようと努力をする中で、やはり難しいと感じているのが、賛成・反対で分かれている中で、賛成派の人たちにはなかなかアプローチできないところです。

 では、いろいろな住民の人たちをどういう形でつなげばいいのかというところも結構難しいです。例えば寿都で反対している人たちは、勝手に応募してしまった町長などに対する怒りがあるけれども、外部の私みたいな人が反対の人たちの立場を100%尊重して同じ怒りを共有したらいいのか、それとも、怒りをより良い対話の方向に持っていこうと働きかけたらいいのか。方向を間違えれば、地域住民の感情を尊重していないことにもなりえると思うので、どういう形でつなげるのかというところも、私は活動しながら悩みを抱えています。

 

宮下萌さん) 

 この問題は非常にセンシティブで、一歩伝え方を間違えるだけで一気に分断が進んだりします。だからこそ、こういう場も通じて、他の団体さんでどうされているかという経験知的なものを共有できるネットワーク作りも必要なのではないかと思いました。

対立を乗り越えるために第三者はどのような役割を果たすべきか第三者が関わることにどのような意義があるか

 それでは次にいただいているテーマに移りたいと思います。先程の高野さんからのテーマとも関わってきますが、こちらはアクセプト・インターナショナルの向出さんからいただいているテーマです。「対立を乗り越えるために第三者はどのような役割を果たすべきか、第三者が関わることにどのような意義があるか」。これも普遍的な問いだと思いますので、何かコメントある方いらっしゃいますでしょうか。

 

大きく「痛み」というテーマでゆるくつながっていく

中島伽耶子さん・trunk)

 今回自分たちで展覧会をして一歩進んで思ったのですけど、思いのほか第三者じゃないなと。賛成・反対とか、当事者・非当事者とか簡単に分けられないというのは薄々感じていたのですが、なおさら感じました。展覧会を創るときも当事者だけを前に出さないようにしたいとは思っていて、そのテーマは、トランスジェンダーの差別に反対するというところから出発しているけれど、大きく「痛み」にしてみました。すると、みんなが当事者だし、一つの法制度で反対・賛成と分かれていて自分たちは賛成だと思っていたけど賛成グループ内で感じ方が結構違っていたりする。何か緩くつながっていく時の一つのヒントとして、あまり明確に分けすぎないというのも一手ではないかと思いました。

 

宮下萌さん)

 マジョリティ性はどこかで持っている人は多いと思うのです。ある問題に関してマジョリティ性を持っている自分をどう引き受けていくか、ということも考えていかなければいけないかなと思いました。

 向出さん何かコメントございますでしょうか?

 

向出洋祐さん・アクセプト・インターナショナル)

 当事者と非当事者をあえて曖昧にすることで、自分ごとのように感じてもらうというのは、特に日本などパレスチナの外で多くの賛同者や協力者を集め、活動の波を大きくしていくうえで重要な視点だと思います。私はパレスチナの事業と並行してインドネシアでいわゆる元テロリストと呼ばれていた人たちが上手く社会復帰できるように支援する事業にも携わっているのですが、インドネシア社会でも、そうした人々に対して差別意識や偏見が根強く残っています。彼らが社会に戻った時に実際に接するのは地域の人々になるので、彼らの社会復帰は地域住民自身の問題であり、重要だということを理解してもらえるように試行錯誤しながら取り組んでいます。当事者と非当事者の区別を曖昧にするというお話を聞けて活動のヒントをいただけました。ありがとうございます。

 一方で、パレスチナ現地の人々にとって日本人は、当然パレスチナともイスラエルとも異なる第三者と見られることは紛れもない事実です。むしろ、どちらとも適度な距離を保っており、また政府からも独立したNGOというユニークな立場だからこそ、仲介役として機能する側面もあるのかと思っています。そのうえで、私たちも和平促進に向けたアイディアはいくつかあるものの、他者から与えられた解決策に頼るのではなく、自分たちの国の問題を自分たちで解決する気持ちを常に持っていてほしいという思いもあり、若手リーダーたちにも伝えています。そんなことも踏まえつつ、善き第三者としての関わり方を模索しながら、より良いあり方を探していきたいと思います。

 

独立した第三者 問題の歴史的・構造的な背景を理解し、公正な対話の実現を

高野聡さん)

 私が取り組んでいる核ゴミの問題も第三者あるいは第三者機関が重要だと感じています。調査を担当する事業者のNUMOと地域の人という形で対立してしまう中で、調査プロセスをチェックしているのが経済産業省です。でも、経済産業省とNUMOは原発推進の目的を共有しているので、まやかしの第三者的な形になっています。本来、第三者というのは二項対立になっていく中で権力やリソースのある方が勝つような形になってしまうところに上手く入って、葛藤から対話の方へ持って行くものだと思います。では、まともな第三者をどうやってつくるかというのが、私が取り組んでいる分野で抱えている問題だと感じました。

 もう一つは、その問題の歴史的な文脈や背景をきちんと理解しないと、第三者の役割が果たせないのではないかと思っています。原子力発電は構造的に不平等や不均衡がある中でいろいろ起こってきた問題なのです。 そういう背景を理解しないまま第三者が介入すると、不当な妥協を強いて力のある者の方を公認してしまう可能性もあるので、そういった理解が必要だと感じております。

 

宮下萌さん)

 日本には国内人権機関がないというのが大きな問題だとずっと指摘されています。日本は包括的な差別禁止法もない、国内人権機関もない、個人通報制度もないという形で、国際人権基準のスタンダードとされているこの三つの制度が全くない点で、人権に関しては遅れていると感じているところです。

 独立した第三者機関がどの分野でも求められていますし、救済や紛争解決も独立した第三者がいるからこそできる部分もあると思います。高野さんのお話を聞いて、国内人権機関の予算・設置を国に対してきちんと求めていくことは重要だと思った次第です。

 

活動の中で抱える葛藤や、活動継続について

 それでは次の話題に移りたいと思います。これはtrunkの中島さんからいただいているテーマです。「活動の中で抱える葛藤や、活動継続について」。先ほど素晴らしい成果について言及していただいたけれども、このテーマについての示唆を中島さんからいただけますでしょうか。

 

中島伽耶子さん)

 安全に話し合う場所すら不足している中で、今回の展覧会はいいものになったけれど、全く知らない人たちに情報を持っていけたというよりは、自分たちの安全を担保した場所をつくれた、自分たちの団結を強くできた展覧会だったと思っています。対立している法制度を現実的に変えていくためには、反対意見を持っている人に接して発信していかなくてはと思いつつも、自分たち自身をケアしていかないと継続もできない。「継続って難しいなぁ、皆さんどうしてるのかな」というところからこのテーマが出ました。

 

異なる意見をもつ相手の存在を否定しない積み重ねが多様な人たちの支持に

大嶋栄子さん・リカバリー)

 私たちは活動を開業したのが 2002年で、NPO になったのが 2004年ですから20年以上、団体を継続してきたのですけど、やはり難しい問題として、挑戦する時はどういった財源でそれを回していくのかを考える必要があります。どんなに正しいことでも、それを支え続けられるお金があるかどうかが大きな問題かと思います。この辺はアクセプト・インターナショナルさんもビジネスモデルが使えるわけでもない事業を戦略的なやり方で支持を集めて寄付型でやっていらっしゃって、動向をウォッチさせていただいています。

 継続については、私は中島さんたちの「小さく始める」、「安全なところから始める」というのも大事だと思っています。私たちも、ものすごく小さく始めました。だけど、私たちの支援を必要とする人たちはきっと長いスパンで支援が必要だと思ったので、国の財源を使えるような立てつけにしようと決めたのです。その代わりに妥協したこともたくさんありました。本当は嫌だったけど受け入れなければ長いスパンで専門職に生活を保障するだけの賃金を支給することが難しいだろうとか、ありましたので。

 だから、全部が叶わなくても、何を自分たちのミッションとし、何は譲れるけど何は譲れないのかを選ばなければいけない場面を何回も経てきました。制度の枠組みに入るのか・入らないのかとか、寄付で行くのか・ビジネスモデルでいくのかとか、たくさんのせめぎ合いを乗り越えてきました。

 その中でずっと一貫して、異なっている相手の存在を認めるという練習がすごく必要でした。長いこと活動をやってくる中で、意見は違うし考え方も全然違うけど、志しているところは同じでアプローチが違うだけだということで、相手の存在を否定しないという積み重ねが、結果としていろんな方の支持を得てきたかなと思いました。だから、小さく始めながら、譲れないものをはっきりさせていって、譲れるものは妥協していくのも一つなのかなと思って聞いていました。

 

向出洋祐さん)

 パレスチナでの活動を継続的に実施する上でも、財源はやはりネックになるところです。今まさに現場で食料や水を求めている人がいる一方で、リソースが限られる中ですべてをパレスチナに割くことができず、また助成金の活用だけでは申請に時間を要してしまうので、皆様からのご寄付をどうにか集められないかと団体として常に考えています。寄付キャンペーンに関連して、ガザにいる若者たちや、実際に日本に来てもらったパレスチナ人たちとオンラインでつないで、「彼らが今どんなことを思っているのか」、「どういったことを日本の方々に求めているのか」という声を意識的に届けることで、支援者の方々もご寄付がどのように使われるかをイメージしやすくなると思います。東京にパレスチナ人若手リーダーを招待した時も、都内にあるモスクで地域の方々と直接お話しする機会を設けました。このように支援先の人たちと実際に交流することは、自分たちも一緒に何かしたいと思っていただくには結構大きいことだと思っています。

 

自分の中にある偏見に目を向ける

宮下萌さん)

 はい、ありがとうございます。それでは次のテーマに移りたいと思います。これはリカバリーの大嶋さんからいただいているテーマで、先ほどから一貫している「異なる意見の人とどう対話していくか」に関わるところですが、「自分の中にある偏見に目を向ける」といただいております。 この点については大嶋さん、少し補足をお願いできますか。

 

自分の内にある「また傷つけられたくない」という恐怖、「わかってもらえるはずない」という偏見と向き合い、社会的インパクトを出していく

大嶋栄子さん)

 今回、ソーシャル・ジャスティス基金さんからご支援いただいて、私たちもアドボカシーカフェを2人の当事者にご登壇いただいて開催しました。この当事者は違法薬物の使用で塀の中を体験された2人で、皆さんが支援している人たちに共通していることだと思いますが、社会的に声が大きくてメインストリームを歩いてきた人ではなく、ともすればそこから弾き出されてしまいがちな人たちなのです。

 私はこの領域での活動が長いのですが、被害の体験が重なっている人が多いのです。日本の社会ではシス女性であったとしても、いくつもの逆境を体験せざるを得ないような構造はまだあって、中島さんたちは性的マイノリティの人たちにも目を向けてらっしゃるから尚更だと思います。そういう傷つきを繰り返し体験した人たちと付き合っているので、私の中にも「もう傷つけられたくない」という思いがあるのです。

 それで、「どういう偏見が私の中にあるか」というのが、アドボカシーカフェの構成を考えたり段取りを準備したりしている時に、私の中にふっと浮かんだのです。関心を持っているのだけど不躾な質問をする、といったことが起こったら嫌だなと思ってしまったので。関心を持ってもらうことと紙一重なのです。傷つけられるということは。私はマイノリティ性の高い人たちとの伴走があまりにも長いから、マジョリティの人に対する偏見が強いのです。

 「わかるはずない」と思っているのですよ、どこかで。でも「わかるはずない」と思ってしまったら、もう対話はそこで終わってしまうから、いつもそこのせめぎ合いなのです。そういう「わかるわけない」という自分の中にある偏見と向き合いながら、今回のソーシャル・ジャスティス基金の助成を通じていろんなことをさせていただいて、次のステップへ行こうとしているところです。本当は「わかるわけない」と私が思ってしまう相手とは付き合わずに小さくやり続けたいけど、それでは社会的インパクトが出せないので、次のステップへ行けないのです。そのジレンマを改めてこの一年痛感しました。「また傷つけられるのではないか」と自分はすごく怖いのだということを、改めてこの一年の助成期間を通じて確認できた、とても意義のある一年だったなとも思います。

 

宮下萌さん)

 本当にアンチな人には、こちらが「わかるはずない」と言おうが、「わかってください」と言おうが、おそらく届かないと思うのです。だから、そういう層にアプローチしてもあまり効果がなくて、支援者になってくれる可能性が潜在している人に対してアプローチしていくのが一番効果的だとみなさん考えていらっしゃると思います。そういう時に「わかるはずない」と言ってしまうと逃げられてしまうのではないかというご指摘だったのかなと思っています。

 他方、先ほどの「第三者が何をできるか」という視点だと、「わかるはずない」と言われた第三者が、そこから何をできるかというのも、重要な問題だと思います。「あなたにわかるわけないでしょ」と言われたマジョリティの人は、その問題を引き受けた上でどう支援していくかということを考えなければいけないと思っています。それは支援の場にマジョリティが関わる時に結構起きることかと思っています。

 だから二つの側面から捉える必要があると思います。「わかるはずない」と思うマイノリティ性のある側から見た視点と、そう思われても支援を続けるにはどうしたら良いかというマジョリティ側の視点と、どちらの側からも重要な視点だなと思いました。

 

 現場の中で伴走していらっしゃる本田さんに、この問題について伺いたいと思います。教育現場の人に「あなたたちに何がわかるんだ」というふうに言いたくなることも結構あったと思うけれども、そういう場面も乗り越えて、すごく成功したご報告をいただいたと思います。本田さんに、これにまつわる葛藤を伺いたいと思います。

 

壁にぶつかったら別の道を通る 横のつながりや仲間の存在を支えに

本田佐也佳さん)

 私もいっぱい壁にぶつかって、霧島市内のありとあらゆる機関に行って断られて、をずっと続けてきているので、いろんなところで葛藤はありました。でも自分のモットーとして、「できない」と言われた時でも、私の中では「できないってことがわかりました。じゃあ、できる方法をまた考えてきます」みたいな感じでやってきました。「できません」と言われた時に、「扉が閉ざされた」というよりも、「別の道を通ってきますね」とお話を伺うのです。そうでも思っていないと、正直やっていられない。どこへ行っても、「現場、知らないでしょ」とか、「こっちが大変なの、知らないでしょ」とか、「そんなにお金ないんだよ」とか、いろんな問題を並べ立てられましたけど、「じゃあ私、この問題をクリアしてきます」と、また戻っていったのです。

 ソーシャル・ジャスティス基金の助成を受けられてからは、学校教育課にお願いする時に、「今回は私たち、お金も準備してきましたし、私も日本語教師なので教える人も揃えました。ただ、学校に行く許可だけください」みたいな感じで話せるようになりました。

 私の仲間にも、これまで日本語教師の立場で「地域日本語教室を作りましょう」とか、「子どもたちの日本語教育をしましょう」と働きかけても、「ダメ、無理です」と同じように言われて心が折れてしまった人がたくさんいるのです。壁にぶつかって、拒絶だと思って、止めてしまった。その心もわかりますが、「私たちが止めるたら、目の前で実際に困っている人たちを救う手はなくなる」と思うと、「私が止めるわけにはいかない」と。

 せっかく大人になって仕事をして誰かの役に立てるような存在になれるのであれば、そして何か自分のパワーとか持っているものが生かせるのであれば続けたいと思っています。私を支えてくれているのは、精神的なものも多いですけど、横のつながりや仲間の存在がすごく大きいです。外国籍のみんなが偏見を受けることが多くなってしまったけれど、でも「先生がわかってくれるから」とか、「他の子も頑張っているから私も頑張ります」とか、そういう「誰かが自分を支えてくれている」というのがあってこそ、次のアクションに続いていけるのだと私は感じております。

 

宮下萌さん)

 月並みな言葉になってしまって恐縮ですが、どこかで諦めない心と、ある種のしつこさや粘着さというものは、いい意味で大事だと改めて思った次第です。

 分断や対立の狭間でずっと活動されてきた高野さんにも、この点についてコメントいただきたいと思います。

 

抽象度の高い構造的問題を、地域の人たちの「苦しみ」がなぜ起こるのかという切り口からの対話で身近に

高野聡さん)

 私が取り組んでいる課題においてマジョリティからの偏見でありがちなのが、「その地域で反対している人たちのエゴでしょ」というものです。それをどう解いていくのかが課題ですけど、有効な手段がまだ見いだせていません。

 まず政策の前提が間違っているのです。そういう構造的なところを認識してもらわないといけないのですけど、構造的な問題となるとどうしても抽象度が高くなるので話が難しくなるところは課題です。私の一つのアプローチとして、地域の人たちの「苦しみ」がなぜ起こるのかというところを話すと、抽象的な構造的問題が割りと身近に感じられるようです。例えば、「こういう地域の分断がありますよ。もし、それをあなたが体験したら、あなたは耐えられますか? この政策がおかしいからこういう被害が起きてしまっていると思うので、それは、政策に由来する誰にでも起こりうる問題なのですよ」という形で言うことによって、その地域のエゴという偏見を多少は解いていけるのかなと考えています。

 もう一つは、ある程度こちら側の主張を伝える手がかりとして、これは政府やNUMOに対する私のアプローチですけど、政府やNUMOも「対話」とか「共生」とか言ってはいるので、それらが主張していること、信じている価値観にとりあえず乗っかって、「対話と言っていますけど、私たちにとってはこういうことが対話と思っていますよ」とか、「共生って言っていますけど、こういう地域の苦しみに対して当事者としてどう思っているのですか」という形で、こちらの主張を展開していくことによって、少しは有効な対話ができることもあるのかなと考えております。

 

宮下萌さん)

 どの問題でも対立構造が起こる時というのは、相手の視点にまずは立つことを試みるというのは大切なことだと思うので、非常に貴重なご示唆でした。

 大島さん、お二方のコメントを踏まえて何かいただけますでしょうか。

 

大嶋栄子さん)

 本田さんの、できるような形に整えてもう一回交渉するという粘り強さは事業を進めていく上で必要だし、その時にいろんな人のつながりが自分を支えてくれるというのは、本当にそうだなと思います。

 私たちは、毎年今ぐらいの時期に、100の一人親家庭にクリスマスオードブルを届けるという事業をやっています。いつも発注してくださるのが一人親家庭を支援しているNPOで、いろんなところで一緒に活動させていただいているところです。そのNPOは、冬休みに子どもが学校を休みになると食べるものが極端になくなってしまうので食糧支援をしているのですが、今年は貧困の家庭が非常に多いので予算をかなり使わなければいけないということで、いつものクリスマスオードブルを発注できないかもしれないという話が出ています。でも、これは本当にささやかな贅沢で、子どもたちが楽しみにしてくれているので、やめるわけにはいかないと思って、  今クラウドファンディングに挑戦していて、もう少しで目標額に到達するというところまで来ました。

 先程、自分がマジョリティに対して、「困難を抱える人たちの状況をそう簡単に伝えられるはずがない」と思いがちだという偏見に気づかされると話したけれども、今回クラウドファンディングに挑戦してみて、大きな寄付を1人がドーンとくれるというよりも小さな寄付をたくさんの方がしてくださるという経験をしました。寄付してくださった皆さんご自身の生活もきっといろんな大変さがあるだろうけれども、私たちがやろうとしているミッションに共感したメッセージがたくさん寄せられました。それを読んだ時に、理解をしようとする人たちにちゃんとメッセージが届けられたと感じました。

 これは、本田さんがおっしゃったように、「こっちがダメだったら、別のやり方を考えてみよう」というように私たちもすぐ頭を切り替えることができたので、ギリギリ間に合いそうです。本当に諦めないで、もう一回別の角度からトライすること、そういう自分たちを支えてくれる人たちとのつながりが大切であることは、おっしゃる通りだなと思います。

 あと、高野さんのコメントも私はよくわかります。私は今まで何冊か本を出したり編集をやったりしてきましたが、どうしてかというと、この難しい社会課題について、周辺化されてしまう人たちが生まれるのがなぜなのかをわかりやすく解きほぐして社会構造の問題と引きつけて説明していくためです。今、情報は流れるようにどんどん出てきて、でも頭にきちっと留まって腑に落ちるような情報は少なくなっていると思っています。

 「やっぱり自分のやろうとしてることは、それでいいんだな」と力をもらった発言でした。ありがとうございます。

 

共生とは何か

宮下萌さん)

 あともう一つ、いただいているテーマがあります。これは本田さんからですが、ダイアローグに相応しいテーマだと思います。ずばり「共生とは何か」です。副題として、「“知らなかった”が変わる時――外国籍住民と地域がつながる瞬間——、日本語支援教室と生活オリエンテーション整備から見えた誤解・孤立・共感のリアル」をいただいています。本田さん、補足をお願いできますでしょうか。

 

本田佐也佳さん)

 外国籍の子は日本語の支援の対象になるのにミックスの子は対象外だとか、子どもの学校からのお知らせを親が読めなくて困るのは子どもなのに親への日本語支援は対象外だとか、制度が縦割りで、横につながってくれれば包括的なケアができるのにと、私は活動から実感しています。共生が分断されているのは、制度が分断されているせいでもあるのではないかと思っています。

 でも私は、小さい穴から落ちてきた子たちをキャッチする活動を続けています。そういう制度の狭間にいる人たちの存在は見落とされがちです。大多数の人が自分のことで精いっぱいになってしまって、落ちてしまった人のことを「自己責任」とか「もう仕方ない」とか、そういう言葉で済ませてしまって、分断を助長していたり、偏見を加速させていたりしていると感じております。

 「日本のルールに従えない奴は出て行け」という風潮が強まっていて、「そもそも日本のルールを教えてもらう場所はどこにあるんですか?」と言うと、「自分たちで勉強しないのが悪いんだよ」というような返答が返ってくる社会なので、それでは外国籍の人はルールを知りようもないと私は気づいて、これは制度化していくべきだと、提言活動につながっていきました。

 皆様が思われる「共生とは何か」ということ、すごく大きい枠になってしまったけれど、お聞かせいただけますと嬉しいです。

 

宮下萌さん)

 「制度が分断されているから住民に分断が生じる」というのは本当にその通りだと思います。お役所等の対応はたらい回しで自分たちの責任にしたくないというのが強い社会だと思っています。

 そういう土壌がある中で今、排外主義の時代を迎えていると、非常に危機感を抱いています。アメリカもそうですけれども、トップが排外主義的なことを言うと影響力があって、「差別をしてもいいんだ」とか、さらには「自分たちが差別をされているのだ」という言説が浸食してきていて、「日本人が差別されて、外国人が優遇されてきたんだ」、「日本人への差別を是正するのが正しいんだ」という風潮が、トップをはじめ政治にも浸食してきているのを感じています。

 今こういう日本社会の中で「共に生きる」とはどういうことなのか、皆様から広くディスカッションできればと思います。

 

真の共生を築くために 相手の尊厳を心から大切に 偽りの情報に惑わされず事実から出発

高野聡さん)

  私が取り組んでいる問題に引きつけると、NUMOは「地域との共生を大切にします」と言っているのです。でも、実際にやっていることは結局、核ゴミ処分場建設の調査を受け入れれば経済的にいいことあるよという形の温情主義、パターナリズムと言いますか、何か施してあげるよというアプローチなのです。

 それは、共生ではないと思います。基本は、「相手の尊厳」だと思うのです。大嶋さんも「尊厳が大事」と言いましたけれども、お互いにどうやって存在を認め合えるかが重要だと思います。心から相手の尊厳は大切だと思えないと、真の共生にはつながらないと思っております。

 

大嶋栄子さん)

 支援する私たちが知っていることよりも、相手から教えてもらうことの方がたくさんあって、どんな困難があるのだろうとか、その困難はどういうところで大きくなったり少なくなったりするのだろうとか、目の前の現実からスタートすることが大事だと思います。そして、その背景にある大きな総体の中に目の前の現実があるという関係性にも目を向けながら、まず事実から出発することが大事だと思います。今は情報化社会で、流れてくる情報の正しさについて精査なく受け取ってしまう人が少なからずいますが、きちんと事実から出発することが大事だということです。

 あと、私たち今日登壇している全員に共通することだと思いますが、当事者の声を大事にすることも見落としたらダメなことだと思うのです。私も仲介する役割が長いので、つい私が聞いてきたことを伝えたりすることもあるけれども、私の解釈や考えの影響も多分に含まれた話になってしまうことも事実なので、本人の言葉で伝えることを常に忘れないようにしたいと思っています。

 

宮下萌さん)

 最初のご指摘はフェイクニュースの問題の観点から伺っていました。流れてくる情報をそのまま受け取ってしまう社会に突入していて由々しき問題だと思っています。真の共生を築くためにも、情報にデマやフェイクニュースが乗っかるのは、共生を阻害する要因だと思っています。中島さんもおっしゃっていましたけど、トランスジェンダーに対する誹謗中傷や、本当にとんでもないデマがあふれている状況です。「嘘の言説に踊らされないようにするために私たちができること」というのも考えなければいけないと思いました。

 もう一つは、当事者の声を聞くというところで、私は弁護士をやっているのにクライアントの声を反映しきれているのかどうなのか。私自身に都合よく切り取ったストーリーの解釈を裁判所等に伝えているところも否定しきれません。ストーリーを整合性のある形で語るためにしないといけないところもあるけれど、勝手に私が解釈をねじ曲げているところもあるのではないかと。人間は複雑な生き物ですし、理想的な被害者なんていないですし、でもそこに理想の当事者、理想の被害者というものを求めてしまう。そういった構造があることを、支援者、第三者、マジョリティだからこそ考えていく必要があると思った次第です。

 

 そろそろ時間となりましたが、皆様と非常に意義のある対話できてよかったと思います。ありがとうございました。    ■

 

 

 

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