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ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)アドボカシーカフェ第96回開催報告

 

仮放免高校生の声を「ノイズ」に

しないために市民社会ができること

     

 2026年4月25日、ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)は、稲葉奈々子さん(反貧困ネットワーク理事)、エマさん(仮放免高校生<3月末まで高校に在学>)、加藤美和さん(仮放免高校生プロジェクト・チューター)、村宮汐莉さん(地域・教育コーディネータ)を迎えてSJFアドボカシーカフェを開催しました。

 

 仮放免の子どもたちは、親が就労を許可されていなくても就学支援金は義務教育期間のみであり、高校無償化の対象外とされ修学旅行の参加も困難な場合が多く、さらに大学進学は法令上問題ないというのが文科省の見解ながら受験拒否をする大学・専門学校が多いという実態が稲葉さんから説明されました。仮放免が許可されるのは、難民申請中などにより在留資格はないが入管施設に収容しきれない人たちですが、就労不可だけでなく、健康保険など社会的サービスの利用不可、居住する都道府県の越境は許可制であるなど、「檻のない牢屋」だと仮放免の人は感じているそうです。

 仮放免高校生の進学を、寄付による奨学金プロジェクトによって、反貧困ネットワークはサポートしていることを稲葉さんは詳説しました。非人道的な法律には従わないことが市民の義務という考え方、「市民的不服従」の気持ちでサポートしているそうです。「不法滞在」外国人の長期収容問題に対して、難民申請が2回を超えたら強制送還を可能にする入管法改案が23年に強行採決される形となったことへの異議でもあります。この時、日本生まれで小学校以上の学校に通う子どもには在留資格を法務省は出しましたが、これに当てはまらない仮放免の子どもたちも含めて同プロジェクトはサポートしています。学生チューターが仮放免高校生に伴走しており、加藤さんもその一人です。

 仮放免の子どもたちには「こども基本法」および「子どもの権利条約」が実質的には適用されていないことを関係省庁は黙認していると加藤さんや村宮さんは指摘し、関係機関の連携不足や集約する機関の欠如を問題に挙げました。

 仮放免の学生当事者のエマさんは、命の危険にさらされてナイジェリアから日本に小学生の時に逃れてきました。「帰れ」と怒鳴る入管職員に怯え、小中高で差別や貧困に苦しんできましたが、「学べることは希望」だとエマさんは強調しました。現在は看護専門学校生であり、「私を助けてくれた人たちのように、困っている人に手を差し伸べられる人でありたい」と学んでいます。

 25年5月に公表された「ゼロプラン」によって入管による送還が強化されており、強制送還されて命の危険に遭うかもしれないという恐怖に怯える日々の仮放免の子どもたちは、「人間として扱ってほしい」と、入管庁・文科省・こども家庭庁に対する省庁交渉や院内集会を行いました。エマさんもその一人であり、「いつもは入管で攻撃をされる側だったけれど、実際に入管庁に行って、自分の思っていることを話せた」そうです。

 こうした同じような境遇の子どもたちが自分の思いを伝えられる場を通じて力づけられており、存在の可視化は重要だと加藤さんは強調しました。それと共に、難民の背景をもつ子どもたちがアイデンティティを開示して「おかしい」と上げた声を聴くだけで終わりにせず、どう応えていくのか、と加藤さんは自身の悩みを問いかけ、グループ対話でも多く取り上げられました。今日、自分の状況を理解してくださる方が多くて、話を聴いていただけたのがすごくうれしくて、これからも頑張ろうと思えました、とエマさん。仮放免の子どもたちの声を聴いて、伝えていこうとする人が今日もいらっしゃったことを灯火にしていきたいと加藤さん。この問題を新たに知って、共感して動いてくれる人たちとできるだけ出会えるように活動を展開していきたいと稲葉さんは表明しました。

 詳しくは以下をご覧ください。


 

 

 

 

 

 

 

 

目次

——稲葉奈々子さん(反貧困ネットワーク理事)のお話——

 私からは全体の概要をお話しします。まず私たちが取り組んでいる「仮放免高校生奨学金プロジェクト」にどういう高校生が参加しているかをお話ししていきたいと思います。

 在留資格がない子どもは――実はこの統計を入管庁は発表していないのですが――、入管庁の資料から2019年の段階では大体300人位と推測できます。私たちは在留資格がない高校生に奨学金を出しているのですが、子どもの人数はおそらく今も300人ぐらいかと思います。

 

難民申請中等で在留資格がないが入管施設に収容できない人は仮放免に 健康保険など社会的サービスの利用不可・就労不可・居住都道府県の越境は許可制など「檻のない牢屋」 

 ではなぜ在留資格がないまま日本に居続けるのかということなのですが、まず、多くの人は難民申請をしていて、難民であるために出身国では安全で安心な生活を送ることができないから帰国ができない。 次に、親の中には2000年代の初めや1990年代に来た人がけっこういて、ずっと日本で生活をしています。

 在留資格がないままどのように日本に居続けるのかという疑問があるかもしれませんが、最初は難民申請中で在留資格があったとか、あるいはずっと在留資格がないままだったけれども仕事は続けていたという人たちがいます。2015年・16年ぐらいまでは在留資格がなくても雇ってくれる社長さんがたくさんいましたので働き続けていて、そのうちに子どもが生まれて、子どもが小学校に行くようになると、「子どもは日本人になってしまっているから文化や言葉の観点からしても、もう帰れない」と多くの親が言います。「自分は外国にルーツがあって、親とは、親の国の言葉で話しているけれども、自分は日本人だ」と思っている子どもに私は多く出会っています。

 子どもは小さい時に来たり、ましてや日本で生まれたりすると、「帰れ」と言われても、行ったことがないほぼ知らない国なので「帰国」ですらないのですが、在留資格がないために強制送還命令が出されています。入管施設に収容するのが原則だと日本政府は言いますが、収容できる人数は全国で3000人位でしかないので、他の人たちは仮放免許可を得て、地域社会で普通に生活していて、学校にそういう子どもがいたとしても分からないと思います。人に会った時に最初に「あなたの在留資格は何ですか」と聞くことはないので、普通に生活していると周りにいる人も気がつかない状態です。

 仮放免許可を得て生活している時は、仕事をしてはいけないとか、入管に届けた住所地の県を越えて移動する時は入管に届けて許可を得なくてはいけないとか、いろいろな制約があって、「仮放免許可を受けて生きていても、檻のない牢屋に入れられているみたい」と言う人も多いです。ほとんどの社会的なサービスが使えないので法的な保護の外側に置かれていて、民主主義国家ではありえない例外的な状態に置かれたまま何年も生活している人がいます。

 

在留資格がないまま数十年を日本で暮らしてきた事情 法政治的には「いないはずの人」でも市民社会では共に生活してきた隣人

 この問題の複雑さをわかってもらうために事例を挙げます。いろいろな人の例を組み合わせて、個人が特定できないようにモンタージュしてある「みどりさん」です。日系の5世です。日系人は日本にたくさん住んでいる印象をみなさんお持ちかもしれませんが、日本に日系人として来られるのは日系3世まででした。そして日系4世のビザに関しては、日系4世は「日本人」とはいえないと法務省は判断して、「日系4世ビザ」というワーキングホリデーのようなビザを 2018年に作りました。それまでは日系4世が日本に来る唯一の方法は、未成年の時に日系3世の親の扶養家族として来ることでした。みどりさんの場合はお母さんがすでに日系4世で、お母さん一家が日本に来る時に、みどりさんのおじいさんに当たる日系3世の親と一緒であれば、当時未成年だったお母さんの妹だけは来られましたが、みどりさんのお母さんはもう成人していたので日本に来られなかった。でも一人で国に残りたくないので、短期滞在で日本に来てオーバーステイになった状態でみどりさんが生まれました。そういうわけで、みどりさんは生まれた時から在留資格がないまま、大学にも入学して卒業する年齢になりました。このように同じ家族なのに、年齢が 1歳違うだけで在留資格が認められる人と認められない人がいて、でも家族なので認められない一人だけ来ないというわけにはいかなくて、もう20年・30年が経ってしまいました。

 個々に事情は違うけれども、私たちが一人ひとりから話を聞くと、20年・30年間ずっと在留資格なくても、日本にいなくてはならない理由があったのだと思える例ばかりです。

 法律的・政治的には「いないはずの人」と言われてしまっていますが、社会的には私たちの隣人として、クラスメイトとして、職場の同僚として存在しているのです。ところが政治的にはその声は全然聴く必要がないということになってしまっています。しかし、すでに日本人と結婚している人もいますし、日本社会にしっかり根を張っていて、それを取り出して国に帰ることはできないと、彼らと密な人間関係を築いている人たちは思っています。

 2015年ぐらいから当事者たちが在留資格を望むいろいろな運動が起きていました。

 

仮放免の子どもたち 親が就労不可のため生活資金が枯渇 就学支援金は義務教育期間のみ 高校無償化の対象外 修学旅行の参加も難しく 大学進学は法令上問題ないが受験拒否する大学等も 

 そういうわけで、私たちが支援している仮放免の高校生たちは学校に行っているけれども、在留資格がないのです。私たちがその奨学金を作った理由をお話します。義務教育までは就学支援金の対象になっているので、仮放免であることを親が子どもに言わないで、子どもも気がつかないで中学校は終わる人もいます。でも、高校になった途端に、文科省が作成した高等学校等就学支援金の事務処理要項(法律ではない)で「不法滞在者」と呼ばれるようになって、高校無償化の対象から外されてしまいます。反貧困ネットワークはそういう家族の支援をしているので、高校の学費が払えない高校生に出会って「高校をやめなきゃいけないかもしれない」と相談を受けて、初めてその存在が分かりました。私は最初「そんなはずないでしょう」と思いました。「無償化なんだから、みんな払わなくていいんだよ」と思ったのですが、ある自治体の教育委員会に電話で問い合わせると、この事務処理要項を根拠に対象外だと言われてしまいました。

 その後、大学に進学をするようになると、これも法的な根拠がなく、文科省は「国立大学も含めて大学に進学することは法令上何の問題はない」と言っているのですが、専門学校や大学の中には在留資格がないために受験を拒否したり合格を取り消したりするところもあります。私たちは、専門学校でそういう経験をした高校生のサポートを今年もしています。

 このように、子どもの時は気がつかないでいても、大人になるにしたがって、やれないことが増えていくのです。普通は、子どもは大きくなるほど一人でできることが増えていくのですが、そういう例外的な状態なのです。反貧困ネットワークはちょうどコロナ禍の時にそういう家族に出会うようになって、高校生に話を聞き始めると、修学旅行に行けない子がほとんどでしたが、その高校生はすごく嬉しそうに「コロナなので、みんな行けませんでした」と言ったのです。コロナ禍で修学旅行ができなかったことは日本の子どもたちの心に多大な悪影響を及ぼすとメディアでもかなり言われたと思います。だけど、その時に仮放免の高校生は初めてみんなと同じ状態になったのです。仮放免の子どもたちはコロナ禍の「例外状態」を日常的に経験してきて、世の中ではコロナ禍はすでに去ったかのようですが、仮放免の子どもは今も「禍」の渦中を生きていると言っていいと思います。


 

 

 

 

仮放免の高校生に扉を開く寄付による奨学金プロジェクト 学生チューターが伴走

 そのように仮放免の高校生は授業料無償化の対象から外されているということで、私たちはこの「仮放免高校生奨学金プロジェクト」を作り、2022年の冬から始めました。奨学金は公立高校の授業料相当です。これは寄付を集めて給付をしています。

 同時に、今日コメンテーターで発言してくれる加藤さんもそうですが、大学生あるいは自分も仮放免だったけど専門学校に行った人が、チューターとして仮放免の高校生に伴走して、進学の相談にのったり学校での悩みを聴いたりしてくれています。

 仮放免の高校生たちに作文を書いてもらっているのですが、「一生懸命、頑張っているんだけど、お金もないし、将来やりたいことができないんじゃないか」という不安の声がみんなから聞こえてきます。 経済的に大変なだけでなく、「仮放免というのを学校の先生にもわかってもらえない」、「どうやって説明したらいいかわからない」、「友達には言えない」という悩みを書いてくれる高校生も多いです。

 そうした子どもたちが成長とともに扉が閉ざされていく状況が伝わってくる「みさきさん」の作文を紹介します。

「中学3年生の頃、受験など将来を見つめていかなければならないことが増えたことで、いっそう不安になり、人が集まる教室に入れなくなりました。夜は不安で眠れず、朝も起きられない生活が続いて、生きている心地がしませんでした。それ以上につらかったのは、相談できる人がいなかったことです。本当に相談したかったのは、仮放免でいることの恐怖だったのですが、誰にもわかってもらえないし、入管のことを一から説明するのも難しくて、先生にもカウンセラーの人にも言えないし、身近にいる友だちにも自分の今の境遇を話せず、ずっとひとりで抱え込んでいました。教室に入ろうとすると、無意識に手が震えたり、足が動かなくなったりして、中3の途中から相談室で自習をするようなりました。」(2022年11月2日院内集会「生きられない!―在留資格のない外国人の声と支援現場からの提言―」資料)

 チューターはそういった事情をわかって話を聴いてくれるので、年齢が近くて何でも話せる存在だと思います。

 

不法滞在外国人の長期収用問題 難民申請が2回を超えたら強制送還可能とする入管法改案の強行採決で対処 日本生まれで小学校以上の学校に通う子どもにのみ在留資格が出される

非人道的な法律には従わないことが市民の義務という考え方「市民的不服従」で仮放免の高校生をサポート 

 国家は「不法滞在者」として存在を認めなくても、私たち市民はそもそも在留資格があるかないかで友達になるわけではないですから、この国家の論理は市民が人間関係を形成する論理とはだいぶ違うと思いますし、今の入管法の方が現実に合っていないと思っています。

 国家の法律が非人道的な時に、それに従わないことが市民の義務だという考え方、「市民的不服従」があります。私たちはそういう気持ちで在留資格がない高校生たちをサポートしています。法律の方が変わるべきだろうと思っています。

 直面している問題は、在留資格がないために親が就労を禁じられているので学費も払えないことです。まして進学するときには多額の入学金があることも問題となっています。ただ、こういう問題は在留資格さえもらえれば本人もアルバイトできるし、親も働けるので、在留資格の問題がやはり最大の問題だと思います。

 2019年まで日本政府は在留資格がない外国人を長期収容していて、それが国会でも問題になっていて、これを解決するために入管法の改正案が2019年に出されました。ところが、蓋を開けてみてびっくりだったのですが、長期収容を解決するためには、難民申請の回数を2回までに制限し、それ以降は申請を認めず強制送還を可能にすればいいという内容でした。これに対して反対運動が起きて、これは本当に大きな声になって、一度閣議決定された入管法改悪でしたが、撤回されました。でも、結局2023年に再び法案が提出されて強行採決されてしまいました。

 こうして難民申請も2回しかできなくなり、外国籍の人が住みにくくなるように法律が変わっています。ただ、子どもについては法務大臣が 2023年に「本人には責任がない。だから日本生まれの子どもについては小学校以上の学校に通っていれば在留資格を出す」という趣旨の発言をしました。これで私たちがサポートしている高校生の中にも在留資格をもらえた人がいたけれども、小さい時に日本に来た人たちは――今日のゲストのエマさんもそうですけれども――対象になっていません。また、私たちの仮放免高校生プロジェクトに参加してくる人たちの中には、難民申請が却下されて仮放免に新たになる人とか、今年から高校生になって仮放免扱いになったとか、毎年新しくメンバーになる人がいて、まだ在留資格のない子どもがたくさんいます。

 このプロジェクトの現状は、これまでにサポートした64人のうち20人は在留資格をもらえました。今、在留資格がない高校生と専門学校生が合わせて28人いて、私たちはサポートしています。でも他には、行きたい大学が決まっていたのに強制送還された人とか、着のみ着のまま送還されるよりは自分たちで引っ越した方がいいと自主的に帰国した人もいますし、専門学校が終わって就職先の内定をもらっていたのに在留資格がもらえなくて結局帰った人もいました。

 そういったまだ在留資格をもらえていない高校生たちや、この後でコメントをくれる加藤さんたちが、この政策はおかしいと訴えていきたいと省庁交渉を提案していきました。この辺りは後で加藤さんからお話いただければと思います。まず次は、「帰れ」と言われているひとりであるエマさんに話をしてもらいます。

 

 

——エマさん(仮放免の学生)のお話——

命の危険にさらされてナイジェリアから日本に逃れる 「帰れ」と怒鳴る入管職員

日本の小中高で差別や貧困に苦しみながらも「学べることは未来への希望」 

 こんにちは。私はナイジェリアから小学校の時に避難してきました。専門学校 1年生の18歳です。 現在、在留資格はなく、仮放免です。仮放免高校生プロジェクトに参加しています。

 私の出身国では、宗教を理由に命の危険にさらされて、多くの教会が焼き払われ、女性には基本的な権利すらない状況が続いています。ボコ・ハラムによる攻撃も日常的で、毎日のように銃声が聞こえ、自分や家族の命を守ることだけで精一杯でした。ボコ・ハラムなどの武装勢力による襲撃は、いつどこで起きるかわからず、外を歩くときでさえ周囲を警戒しなければなりませんでした。女性としての権利も十分に守られず、学校へ通うことすら命がけでした。ナイジェリアで2025年11月21日にカトリック系学校が武装集団に襲われ、300人以上の生徒や教師が拉致されました。17日にもキリスト教会が襲撃されて2人が死亡、38人が襲撃された他、北西部の学校で25人の女子生徒が拉致されました。

 9歳で日本に来たのですけど、命を守るために私たち家族はすべてを捨てて日本へ逃れてきました。日本にたどり着いた時、初めて安心して眠れた夜のことは一生忘れないです。怖くないというだけで眠れることがこんなにも温かく幸せなことだと感じました。

 小学校で日本語がわからず、授業についていけず、毎日悔しい思いをしました。 肌の色や日本語の発音を馬鹿にされ、差別を受けました。絶対に日本語を勉強して見返してやろうと思い、必死に毎日勉強しました。

 言葉の壁や文化の違いで不安なこともありましたが、周囲の温かさが私を支え、「この場所で頑張りたい」と「日本が第一の故郷だ」と思うようになりました。私は勉強が大好きです。学べることは私にとって未来への希望そのものでした。

 中学校に入り、私は「仮放免」という言葉と「入管」という場所を知りました。入管に親と一緒に行って、そこにいる外国人がみんな「帰れ」と怒鳴られていて、「こっちにはいつでも帰らせる権利があるんだよ」と言われて、「これやばいんじゃね、うちら何したの」と恥ずかしくて、悪いことをしたのかと思いました。周りに人がいるところで怒鳴られる気持ちはわかりますか? 犯罪者扱いだったので入管が怖くて行きたくなかったです。

 親は働くことができず、家にはお金がありませんでした。正式にいつ仮放免になったのか覚えてないのですが、日本に来てから小学年まで普通の生活でした。小学校6年生ぐらいになると家賃が払えない、お金がないといった親の言葉を耳にするようになりました。友達と遊ぶ時に駄菓子屋に行くのですが、その時に300円くらいもらっていたのがそのお金さえもらえなくなりました。親に対して「なんで働かないんだろう」と思っていました。入管の書類を読んでも言葉の意味がわからなくて、「仮放免」が何であるかは理解していませんでした。中学校に入る時、制服が買えなくて、お姉ちゃんが近所の人に2着もらっていたので、自分もそれを使わせてもらっていました。

 そこから生活が大きく変わりました。生活のためにお金を借りることが多くなり、入管には定期的に行かなければならず、自由に県外を出ることもできませんでした。学校では、日本語はある程度はできましたが学校の勉強が難しく、授業についていくことができずに、なんのために頑張ればいいのかわからなくなる時もありました。

 私には、一つだけ続けてきたものがありました。それがバレーボールです。バレーしている時間は自分らしくいられて、私にとって大切なものでした。進学してもバレーを続けたい、あのチームに入りたいという目標ができてからは、その学校に入るために勉強を頑張ろうと思えるようになりました。

 高校生に進学し、ずっと目標としていたバレーボール部に入部することができました。大好きなバレーに打ち込めることが本当に嬉しかったです。しかし、遠征や道具など思っていた以上にお金がかかり、家庭の経済状況では続けることが難しくなり、退部をすることになりました。夢中になっていたバレーを手放さなければならなかった時、目の前が真っ黒になって何も頑張れなくなりました。

 そんな時に私の心を動かしたのは姉の姿でした。姉も仮放免という不安定な立場の中で進学できるかも奨学金に受かるかもわからない中、それでも前を見て勉強に励んでいました。その姿を見て、自分も負けていられないと思うようになりました。そこから私は生徒会・学級委員・体育委員など様々な活動に積極的に取り組み、勉強にも本気で向き合いました。自分にできることを少しでも増やしたい、希望をつなぎたい一心で努力をしてきました。

 

看護の専門学校で「私を助けてくれた人たちのように、困っている人に手を差し伸べられる人でありたい」と学ぶ 

 今は看護の専門学校に通っています。将来、人の命や生活を守るために働ける人になりたいと思っています。私を助けてくれた人たちのように、困っている人に手を差し伸べられる人でありたい。その思いが私を支えている希望です。私は移民の背景のある人や人種マイノリティ、性別やアイデンティティを尊重する看護師になりたいです。医療に従事する人に、移民や人種マイノリティが病院で困っていることを伝えられるような看護師になりたいです。

 そのために、在留資格に関わらず、誰もが基本的人権として医療を受けられる社会にしたいです。また、異文化理解を深めるための教育プログラムを作成したり、移民の声を広める活動を行ったりもしあいです。

 そのように考えるようになった背景には、チママンダ・ウンゴズィ・アディーチェの作品があります。アディーチェの『アメリカーナ』を読んだとき、移民の経験や文化的なアイデンティティの葛藤、アメリカという異文化の中で自分を見つけようとする主人公イフェマルの姿が、私の日本での経験と重なり共感しました。『アメリカーナ』は、単なる物語ではなく、異文化交流・移民問題・アイデンティティの形成といった重要なテーマを扱っており、私が社会問題に対する関心を深めるきっかけとなった作品です。

 しかし現在、私は仮放免で医療が受けられず、仕事やバイトができず、家庭生活や食事の費用と学費は支援がないと払えず生きていけない。自由に移動や活動もできません。それから、受験したかった学校に仮放免という理由で受験を拒否され続けた経験もあり、進学費用もなかったです。

 皆さん、どうか私が未来への一歩を踏み出すために、お力を貸していただけないでしょうか。皆様の支援は私たちにとってただの支援ではなく、「生きていい」、「夢を持っていい」という大きな励ましです。 私はこの恩を決して忘れません。学び続け、必ず社会に貢献できる人間となります。心よりお願い申し上げます。

 

 

——加藤美和さん(仮放免高校生プロジェクト チューター)のお話——

 エマさんを含め仮放免高校生の状況は、いつ送還されるかわからないという、明日が全くわからない不安な状況に置かれています。それは 2025年5月に公表された「不法滞在者ゼロプラン」というものによって、入管がより一層、送還を強化する政策を行っているからです。実際に私たちが関わっていた仮放免の高校生やその家族・親戚・友達がどんどん送還されているという相談を25年7月ぐらいから多く受けるようになりました。

 

強制送還されて命が危険な状況に遭う恐怖に怯える日々の仮放免の子どもたち「人間として扱ってほしい」と入管庁・こども家庭庁・文科省に対する省庁交渉や院内集会 

 そのゼロプラン以降、仮放免高校生や大学生チューターや稲葉さんたちがどのように声を上げてきたのかについてご紹介いたします。

「送還された」という話を私が最初に聞いたのは 25年7月末ぐらいです。高校生と一緒に飲み物を飲みながら雑談をしている時に「いとこが突然送還された」という話になって、そのいとこの一番下は日本生まれの小学校1年生で夏休み中で公園に行っていたところ、入管の職員が突然その公園にその子を連行しに来て、入管にいた家族と一緒にその日のうちに飛行機に乗せたという話でした。その後、他の高校生からも「入管に行ったら送還されると言われた」みたいな話が多くありました。

 私たちはその対策を話し合い、院内集会と省庁交渉をやろうということになり、25年8月に入管庁・こども家庭庁・文科省に対して省庁交渉を行い、その後に院内集会をやるという企画を行いました。そこには15名の仮放免あるいは元仮放免の小学生から大学生・専門学生までが集まって一人ひとり発言をしました。

「肌の色以外で、ここにいる私とあなた(入管職員)たちと何が違うんですか」とか、「(他の子どもと変わらない生活をしているだけの)子どもがどういうふうにルールを守ればいいんですか」とか一人ひとりが入管職員に対して聞いたのです。その仮放免の10代・20代の子たちは、「私たちのことを人間として見てほしい」、「なぜ私たちは人間として扱われないのか」ということを訴えていました。本来であれば、法律はそういう子どもたちの権利も守るためにあるにも関わらず、その法律によって、生まれながらにして、ないしは日本に来てからずっと違法な存在とされ、それによって生活が奪われて、まして送還されて命が危険な状況に遭うかもしれないという恐怖に怯えるようになってしまっているのです。「私たちの状況を想像し、人間として扱ってほしい」と訴えていました。

 それに対する入管庁の回答は、基本的には「何もお答えはできません」というものばかりで、「質問の意味がわかりません」とか「お答えを差し控えさせていただきます」みたいなことを連ねていました。


 

 

 

 

入管で尊厳を奪われてきた日常に対して 当事者アンケートや省庁交渉で声を上げる仮放免の子どもたち 自分の思いを伝えられる場で力づけられる 存在の可視化へ

 この省庁交渉について後日、一緒に企画をした人たちと振り返りをしました。これに中心的に関わっていた元仮放免の大学生からは、「声を上げても聴いてもらえない」、「入管たちは聴いたふりをして全然聴いてくれない」、「どうせ何も変わらないじゃないか」といった声がある一方で、他の高校生の中には「話ができてよかった」とか、「普段は自分たちが入管で高圧的に入管職員から『勉強しても無駄だよ』とか『いてはいけない存在だ』とか言われているが、この自分と同じ境遇の仮放免の10代・20代の子たちと一緒に自分たちの思いを伝えられる場で、他の子たちが話す姿を見て勇気をもらった」と話す人もいました。

 その後、この「どうせ何も変わらないじゃないか」と言っていた元仮放免の大学生が、その人自身も仮放免という経験があり、「当事者の子どもたちの声をちゃんと届けたい」というような話をしている中で、「省庁交渉のような場で話せる子どもたちもいるけれども、大勢の前で入管職員に向かって話をするというのは勇気がいることなので、そうではない子たちの声もちゃんと拾い上げて届けたい」という話になり、「ゼロプランと生活に関する当事者アンケート」を実施することになりました。

 このアンケートに対して、17人の(仮放免の6人も含む)子どもたちが回答して、そのうち15人が、「自分たちは子どもの権利が守られているとは感じられない」と答えていました。

 そういった声を集めて、省庁交渉を11月にもう一度行いました。これは、8月に行った省庁交渉の後、入管庁が「ゼロプランの実施状況」というものを出して、それに基づき強制送還が強化されていて、「私たちの言っていることが全然聴かれていない、子どもの強制送還が止まらない」ということで、もう一度企画をしたのです。この時は、「私たちは声が聴かれるまで」――強制送還されずに在留資格が出るまでということですけれども――「絶対にやめないし、ずっと声を上げ続ける」という話をしました。

 こういった省庁交渉等で自分たちの存在をオープンにして自分たちの思いを訴えることによって社会的に可視化されていくということが必要であると、仮放免当事者の子たちも認識しながら一緒にやっていると思います。

 

 ここからは私の個人的な意見ですけれども、私たちが仮放免当事者の子どもたちの声を聴いてどう応答するのかということは、私は応答ができているとは思えておらず、話をして訴えても入管政策は厳しくなる一方ではあるし、社会からの排外主義的な風潮は加速する一方であり、私たちの声は聴かれていないと思ってしまう社会的状況にあります。そういった子どもたちの声を私たちは搾取しているんじゃないかとも思えてしまうほど、声を上げてもあまりにも変わらない現実があります。それに対して、その声を聴いた私たちが、今ここにいる皆さんがエマさんの話を聴いてどのように応答するのか、その声をちゃんと受け止めて、表面的に連帯するのではなく、本質的にどう向き合っていくのかというころは大きな課題だと思っています。

 

 

——パネル対話(稲葉奈々子さん・エマさん・加藤美和さん・村宮汐莉さん——

村宮汐莉さん) ここからそれぞれのお話について深掘ったり、より聞きたいことを私の方から伺わせていただいたり、後半のグループ対話に向けて参加者の皆さんに問題提起したいこととかがあれば共有したいと思っております。

 まず、稲葉さんのご視点から、エマさんと美和さんのこれまでの活動も含めて、今のお話についてコメントいただいてもよろしいですか。

 

普段は入管で攻撃される仮放免の学生たち 入管庁との省庁交渉で思っていることを言えた

稲葉奈々子さん) 私たちは当事者のエマさんたちの声をもっと聞こえるようにしていこうと活動してきたわけですが、現状では法律も変わっていないし、制度は悪くなっていくばかりです。だから、先ほど加藤さんからも投げかけられていたように、「当事者の声を搾取しているのではないか」という悩みはあります。これはもう、当事者が声を上げようが上げまいが、選挙権を持っている日本人みながやっていくべきことと考えます。

 

村宮さん) ありがとうございます。では、加藤さんにお伺いしたいのですが、これまで皆さんと一緒に声を代弁しながら伝えてきた中で大変だったこともお話いただきましたが、当事者の方からは特にどういった声が多いのでしょうか。

 

加藤美和さん) それぞれ感想は異なりますが、良かったという声もありました。仮放免の更新に定期的に入管に家族や自分だけで行く普段の時は、全入管職員がそうとは言わないですけれども、窓口で非常に高圧的な態度を取られ、「出て行け」とか脅すようなことを日々言われていて、圧倒的なパワーの差がある状況です。それに対して、一緒に入管庁に交渉に行った時は、同じ境遇の子たち、仮放免当事者の子たちと一緒になって、自分たちが言いたいことを言えるのが、良かったと言っている人もいます。でも、それで何か法制度や施策が直接的に変わったわけではないので、「どうせ私たちは声を上げても変わんないじゃん」という話もあります。その交渉会場ではエマさんも話をしたので、エマさんが実際に入管庁等を相手に話をしてどう思ったかを聞いていただくのがいいと思います。

 

村宮さん) 私もお話を聴いていて、「仲間」という意識の高まりとか、そこからの安心感とかもあるのかなと思っていたのですが、エマさん、どういうふうに感じられましたか?

 

エマさん) いつもは入管で攻撃をされる側だったけれど、実際に入管庁に行って、自分の思っていることを話せたと感じました。

村宮さん) やっぱり一緒に声を上げてくれる同じ境遇の人たちがいてくれる安心感とか、心強さも感じますか?

エマさん) はい、すごく感じます。


 

 

 

 

 

 

 

難民の背景をもつ子どもたちがアイデンティティを開示して「おかしい」と上げた声を聴いた後どう応えていくか

村宮さん) ありがとうございます。

 皆さんそれぞれ、どういったきっかけでこの社会課題に出会って、そして取り組んでいこうと思ったのか教えていただいてもよろしいですか。私自身がこれまであまり向き合ってこられなかったテーマでもあり、まだ関わりの薄い、当事者からも距離があるような人たちにも声を届けていくためにはどうしたらいいのかという自分自身の疑問もあります。

 

稲葉さん) 私はこの活動以外に大学に勤めていて、もともと移民研究をやっていたのです。そのフィールドはフランスで、こういった在留資格がない移民の社会運動について研究していました。そして、私が日本で勤めている大学に仮放免の学生が入学してきたのです。その時、「私、何やってたんだろう」と思いました。その子は小さい時に日本に来て、大学入学後も在留資格がありませんでした。私は、在留資格が無いままそういう年齢になっている人が日本にいると認識していなかったので、外国の研究をしている場合ではないと思いました。大学は入学試験をやって高校生を選抜する側ですけれども、高校生の中にそういう人がいることを想像したことがなかったと、反省の気持ちでいっぱいでした。そこがきっかけですね。

 

加藤さん) 私は、難民の子どもたちの学習支援ボランティアをやってきた経験があり、今もやっています。その中で、特に仮放免の子どもたちが声を上げられる場を作らなければいけないと思うようになったのは、そういった難民の背景を持っている子どもたちの声を、私がただその場で聴いて終わりというのが、私自身とても辛かったからです。入管の面会活動とかも同じですけれども、一回会って話を聴いただけで終わりになってしまう。ただ聴くことを続けるだけでいいのかという思いがありました。

 もう一つは、自分のアイデンティティをオープンにして、おかしいと思っていることに対して「おかしい」と言うことは本当に勇気のいることだと思っていて、それをやっている仮放免の10代の当事者の子たちは率直にすごいなと思っているからです。そういう姿に私自身もエンパワーメントされていて、ちゃんと声を聴く場を作らないといけないし、声を聴いただけで終わらせないためにはどうしたらいいか考え続けないといけないと思うようになりました。

 

村宮さん)この活動を始める前にも、そういった当事者の声を聴く機会があったということですか。

 

加藤さん) 2015年ぐらいに欧州難民危機が報道されるようになった時に、「難民」という存在を初めて知りました。高校生の時に、日本社会で難民の人たちが暮らすなかで特に言語的な問題が大変だということを知り、当時の私にできたことが学習支援ボランティアでした。

 

村宮さん) では、エマさん、「おかしい」ことをどうにかしたいと思った時の心境とか、声を伝えて終わりではなく、動かしていこうと思う原動力はどんなところから来ているのか教えていただいてもいいですか?

 

エマさん) 自分が置かれている立場では、どうにかしないといけないので、やるしかないという感じです。

村宮さん) 他の当事者の皆さんも「今、生きるために」というような状況なのでしょうね。

エマさん) そうです。「考える」というよりも、「もう、やるしかない」という感じです。

 

仮放免の高校生がケアする小学生の妹弟たち 強化される送還に突きつけられている「お母さんがいなくなるかもしれない」「自分は、いてはいけない存在」  

村宮さん) 活動のコアメンバーに高校生以上がなっていると思うけれど、それよりも下の年齢の、例えば小学生・中学生の当事者の子たちはどういった状況なのでしょうか?

 

加藤さん) 私たちの「仮放免高校生奨学金プロジェクト」は、高校生の学費を支援するところから始まったけれども、高校生と関わる中で、高校生がヤングケアラーとして妹弟の面倒を見ていたりすることがわかりました。そのお家に訪問した時に子どもたちに会うと、小学生が夏休みに家から一歩も出ずにゲームをしていた。最寄り駅までもバスで40分ぐらいかかるし、もちろんお金もないし、行く場所もないのだと。子どもたちが友達と遊ぶなかで人と関わり、いろんな人と出会うということがあまりにもできないということを知りました。

 どうしたらいいかというのは難しい。でも声を上げるという点でいうと、仮放免であるということを小学校低学年の子たちは知らされていなかったり、それはなんとなくわかっても理解できなかったりしている。それで、25年に送還が強くなってから、小学2年生の子が、入管に親が行く度に、行く数日前になると「お母さん、いなくなっちゃ嫌だ」と言って泣いて離れないという話をそのお姉さんから聞いたことがあります。どういう在留状況で、どういう政策によってそれが行われているのかというのは、小学校低学年では理解するのは到底難しいかもしれないけれども、「家族がバラバラにさせられちゃうかも」、「親がいなくなっちゃうかも」、「自分たちは、いてはいけない存在なんだ」ということが突きつけられている子どもたちがいます。

 

村宮さん) ありがとうございます。「ぼんやりとは分かっている」とか、「理由はわからないけど、寂しさとか苦しさを感じている」子どもたちの動きづらさ、やるせない気持ちも共感できるなと思いました。

 

   一件コメントがいただいたので共有させていただきます。

「排他的な動きの背景には、日本人自身の中での格差の拡大、生活の困難への不安、不満の増大が、より弱い立場への攻撃に向けられていると理解しています。自分自身の困難の原因は外国籍の人にあるのではないのに、悔しいです。どう世論を押し戻せるかですが、日本もいわゆる難民条約を批准しながら難民を排除し、その動きを強化している。高所得国の中でも著しく人権意識のない政策をとっていて、そもそも国際法に違反している国ですよね。」

  いかがでしょうか?

 

稲葉さん) 生活が苦しい人が特に排外主義的になっているとは思っていなくて、何らか排外主義的な意識を持っている人は他にたくさんいると思うのです。それを「言ってもいいんだ」と正当な発言のようにしてしまうのは、政府の政策やメディアだと思います。それを声を大にして言っている人は、そこまで生活に困っていなくても、政権がこうなっているから、「堂々と言っていいんだ」とお墨付きを得たような気持ちになって言っている人がいると思っています。そういう意味では、政策を変えていくことの方が重要だろうと思っています。

 

村宮さん) ありがとうございます。

 この後のグループ対話で参加者の皆さんにもご発言いただく機会がありまして、ご登壇の皆さんから参加者の皆さんに聞きたいことや、今最も課題感を持っていらっしゃるところで問題提起はございますか?

 

稲葉さん) 率直に感想などはお伺いしてみたいです。

 

加藤美和さん) 仮放免の当事者の声を搾取せず、どのようにその声に応答するのかは、私の中では今大きな課題であり、声を聴くだけではなく何ができるのだろうと悩んでいます。当事者の声に対して、見せかけの連帯ではなく、本質的に向き合うということはどういうことなのだろうか。皆様のお考えを聞いてみたいです。

 

仮放免の子どもたちに「こども基本法」および「子ども権利条約」が実際には適用されていないことを黙認する省庁 関係機関の連携不足と集約する機関の欠如

村宮さん) こども家庭庁が発足してから「こども・若者を中心に置いた施策」が進められているにも関わらず、なぜこの仮放免の子どもたちにはそうした施策が進んでないのか、というのが私自身も疑問に思っておりまして、グループ対話で皆さんに問いかけさせていただきたいなと思っています。

 加藤さん、こども家庭庁やいろいろな機関との対話の機会をつくっておられるというお話もあったと思いますが、そういう国の組織間で認識の違いは感じられますか。

 

加藤さん) こども家庭庁には、仮放免の高校生・専門学生・大学生と一緒に乗り込んで話をした機会があります。でも、こども家庭庁は、こども基本法はすべての子どもに適用されるとしていて、非正規滞在あるいは仮放免の子どもも排除されないとしているものの、実際には、こども基本法および子ども権利条約がそういった子どもたちには適用されていないということに対して黙認をしています。

  これについて、こども家庭庁は何て言っているかというと、「それぞれの仮放免の子どもたちに対しても入管庁および司々(つかさつかさ)の省庁で法律に基づいて対応しています」という趣旨の回答をしています。「こども家庭庁として非正規滞在の子どもに対する政策を実行できる権限はなく、入管庁および司々の省庁が子どもの権利を守って制度運用をしていると認識している」というのが、こども家庭庁の見解かと思います。

 

村宮さん) それぞれの関係機関が何もしていないというわけでは決してないとは思いますけれど、連携が取れていないことやそれぞれの役割が集約される機関がないからこそ、真っ向に当事者の意見が届かず、それらの意見に対しての返答を誰もできないという状況が起きているのではないかと思いました。

 

 最後に皆様から参加者の方々に伝えたいことはございますか。

 

稲葉さん) 20年ぐらい前に比べると在留資格のない人の人数が少なくなっているので、私たちも発信しているつもりですけれども、見えなくなっていると感じます。なので、私たちも声を大にして発信していくので、それに対してポジティブな反応を世の中に見えるような形で発していただけると、「在留資格のない人たちを応援している市民がたくさんいる」ということが政府に見えるようになって、少しは違うかなと思いますので、ぜひ一緒に声を上げていただきたいなと思います。

 

加藤さん) 少なくともこども家庭庁は何もしていないと私は思います。それは、こども家庭庁自身が「非正規滞在の子どもの権利については、司々の省庁で」という趣旨のことを言っていて、「こども家庭庁では何もできません」と明言してしまっているようなものだからです。それに対して訴え続けるのが必要だとは思いつつ、その間にも子どもたちも含めてどんどん送還されてしまっているのが現実で、それを食い止めるには、市民社会がもっと声を大にしなければいけないと思っています。

 

エマさん) 私は仮放免、不法滞在という状況に置かれていて、それを知っている市民の方がすごく少ないと思うので、何らかの方法で広めていただけたら嬉しいです。

 

村宮さん) それでは、一つは、こういった社会や国家組織の現状に対して当事者の声をいかに伝えていくか、そしてどのように応答していくか。もう一つは、こういった活動をポジティブに社会に伝播していって、皆さま自身も声を上げる当事者の一人になっていくか。という2つの問いかけもご参考にしていただきながら、グループ対話を楽しんでいただけましたら幸いです。

 

 

――グループ対話とグループ発表を経て、ゲストからのコメント―― 

※グループにゲストも加わり、グループの方々に感想や意見、ご質問を話し合っていただいた後、会場全体で共有するために印象に残ったことを各グループから発表いただき、ゲストからコメントをいただきました。

 

この問題を新たに知って共感して動いてくれる人たちとできるだけ出会えるように

稲葉奈々子さん) 私たちの発信も足りなかったなと思うと同時に、排外主義的な風潮は強まっているのですが、その人たちの考え方を変えるのは難しいと思っています。排外主義的な人たちの数より、まだこの問題を知らなかったけど新たに知ったことで共感して動いてくれる人の方がはるかに多いのではないかと思っていますので、そういった人たちにできるだけ出会えるように活動をしていきたいと思っています。

 今日も皆さんに話を聴いていただいて、また裾野が広がったなと思っています。これがきっかけとなって、更に広げられたらと思っています。ありがとうございます。

 

仮放免の子どもたちの声を聴いて伝えていこうとする人がいることを灯火に

加藤美和さん) 仮放免の10代・20代の子たちと関わって省庁交渉などを行いながらも、「私がみんなの声を搾取しているんじゃないか」というモヤモヤがずっとありました。でも、今日聴いていただいた皆さんの中に、聴いたことを何らかの形で自分たちの周りに伝えていこうと思ってくださった方が少しでもいらっしゃったことがすごく有難いことであり、そこに微かな灯火を見出せたらいいなと思った次第です。ありがとうございました。

 

エマさん) 今日、自分の状況を理解していただける方がすごく多くて、話を聴いていただけたのがすごく嬉しくて、これからも頑張ろうと思えました。

 

村宮汐莉さん) ご参加の皆様の中にも、今日初めて知った、または改めて深く考えさせられたという方もいらっしゃったのではないかなと思います。こういう小さな一歩でも、さらに知っていこう、一緒に発信していこう、声を形にしていこうと思ってくれる仲間を少しずつ作っていけたらいいなと思っていて、私もその 一員になれたらなと思います。皆様、本当にありがとうございました。

 

 

 

●次回SJFアドボカシーカフェのご案内★参加者募集★
「懲らしめから立ち直りへ」~拘禁刑の開始1年を経て~刑務所の内と外の人権意識と実態から考える支援の実践

【日時】2026年7月4日(土)13:30~16:00 
詳細・お申込み】 こちらから  

 

 

※今回26年4月25日のアドボカシーカフェのご案内チラシはこちらから(ご参考)

 

 

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