ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)第8回助成最終報告
NPO法人Our-PlanetTV(2023年3月)
◆団体概要:
2001年に設立した非営利のオルタナティブメディア。インターネットを利用して、ジェンダーや子ども、環境や人権などのテーマを中心に独自に制作したドキュメンタリー番組やインタビュー番組を配信している。また子どもから大人まで、誰もが映像制作やメディアリテラシーなどを学べるようワークショップを行っている。
◆助成事業名・事業目的:
「可視化プロジェクト〜甲状腺がんになった私たちの声を聞いてください~」
本プロジェクトは、社会から孤立し、隠された存在となっている小児甲状腺がん患者の声を可視化し、患者の存在を社会に伝えるためのプロジェクトである。書籍を通して、これまで封印されていた患者と家族のリアルな声を、国内外に広く発信することを目指す。
(1)現在までの体験の記憶を喚起して、初期被ばくの状況を詳細に映像証言として残す。
(2)患者と家族が、ライフストーリーを口にすることで、低下している自尊心を高め、エンパワメントに繋げる
(3)患者の声を可視化し、低下している社会的関心を喚起する
以上の3点を目的とする。
*当初の計画はビデオプロジェクトだったが、当事者が名前や顔を出しての発信が現時点で難しいため、タイトルおよび可視化するためのアプローチを変えた。
◆助成金額 : 100万円
◆助成事業期間 : 2020年1月~23年3月
◆実施事業の内容:
1、「証言記録」インタビュー
2020年の夏以降、甲状腺がん当事者および家族に対し、原発事故当時から甲状腺がんの診断、手術、現在に至る証言を記録する映像インタビューを段階的に行った。これまでに甲状腺がん当事者6人、6家族のインタビューを重ねた。
2、「可視化する」イベント
2021年3月、OurPlanet-TV通常総会に合わせて開催しているイベントにおいて、甲状腺がん手術を受けた患者をゲストにトークイベントを実施した。また2021年9月の「福島映像祭」では、甲状腺がん患者と家族の声をつないだショートドキュメンタリーを上映し、甲状腺がん患者をゲストにしたオンラインイベントを開催した。https://www.youtube.com/watch?v=vDwfEW046bg&feature=youtu.be
3、意見陳述の書籍化
甲状腺がん当事者の書籍は現在、企画・制作中段階にあり、2023年12月に発売予定。当初、「311子ども甲状腺がん裁判」の原告が文章を書くのは苦手との認識にあったため、活字の少ないフォトエッセイとする計画だったが、1年間をかけて、苦しい胸のうちをまとめた意見陳述書を作成することができたことから、その意見陳述を軸とした書籍とする。
(写真上=「311子ども甲状腺がん裁判」支援集会 記録撮影の様子)
◆助成事業の目的と照らし合わせた成果/効果・課題と展望:
【Ⅰ】次の5つの評価軸それぞれについて、当事業において当てはまる具体的事例。あるいは、当てはまる事が現時点では無い場合、その点を今後の課題として具体的にどのように考えるか(自力での解決が難しい場合、他とのどのように連携できることを望むか)。
(1)当事者主体の徹底した確保
当初は、OurPlanet-TVが映像化に取り組む予定であったが、残念ながら、甲状腺がん患者を取り巻く状況は日に日に悪化している、このため、裁判に立ち上がった患者の意見陳述を書籍化することとした。
(2)法制度・社会変革への機動力
取材者と当事者との対話を通して、当事者が裁判の原告となる意思を固め、裁判を提起したことで、恒久的な救済策への具体的な道筋が拡がった。
(3)社会における認知度の向上力
・国内外に大きなインパクトを与え、知名度が大幅に向上した。当事者の裁判を支援するクラウドファンディングでは、約2000人の支援者から1800万円もの寄付が集まっている。
・弁護団やOurPlanet-TVに対する講演依頼も増えており、全国で学習会等が開かれ、福島における小児甲状腺がん問題への関心が深まりつつある。
・ただし、報道機関は、甲状腺がん裁判そのものをタブー視しており、メジャーな媒体に掲載されることはほとんどない。このため、原告の手による本を発売することで、原告のおかれた状況について、認知が広がることが期待される。書籍後は、映像化についても、さらなる検討を進めて行きたい。
(4)ステークホルダーとの関係構築力(相反する立場をとる利害関係者との関係性を良好に築いたり保持したりする力)
22年1月、小泉元首相らがグリーンタクソノミーをめぐり、EU 議長に宛てた手紙に福島原発事故の影響で、「多くの子どもたちが甲状腺がんに苦しん」でいると記載したところ、岸田首相をはじめ、環境大臣や内堀福島県知事らが、この発言を事実無根であると過剰反応した。このように、相反する立場を取る利害関係者と友好関係を築くことはほぼ不可能に近かったが、甲状腺がんの問題を封印したいという立場をとる関係者にも書籍を広げて行きたい。
(5)持続力
・4年間の蓄積の上に、ようやく本プロジェクトを始動し、そこから紆余曲折を経て、裁判提訴に到り、書籍化の企画が進んでいる。当事者の長期間の関わりが不可欠であったことを鑑みると、持続性こそが、本プロジェクトの最大の特徴ともいえる。
・本プロジェクトは、少なくとも50年程度は取り組みが必要となるものと考えており、さらに幅広い社会化、法整備につなげるための一歩と考えている。
【Ⅱ】Ⅰの評価軸はいずれも、強化するには連携力が潜在的に重要であり、その一助として次の項目を考える。
(1)当事業が取り組む社会的課題の根底にある社会的要因/背景(根本課題)は何だと考えるか。
・原子力推進勢力による様々な専門家(御用学者)を活用したプロパガンダが社会全体に浸透し、マスコミが鵜呑みにしている。
・日本では、自由に議論する公共圏が発達しておらず、また個も確立していない。
・家族や血縁を重視し、女性が子を産むことを強いる社会構造にあり、遺伝的影響のある「被ばく」へのスティグマ、差別が根強い。
(2)その根本課題の解決にどのように貢献できそうだと考えるか。
当事者の言葉が解決に大きく貢献できる。被害者のイメージを転換し、「身近な若者」像を示し、当事者意識(自分ごと)に転換させることができれば、状況を改善できると信じて、本プロジェクトを行ってきた。
(3)そのような貢献にむけて、どのような活動との協力/連携が有効だと考えるか。
・過去の公害、原爆被爆者などの被害者や関係者との連携。メディア関係者への啓蒙と連携。
・原発事故、甲状腺問題に関心の高い一部の層以外がまるで関心がないため、多くの人へ問題点を訴求し、理解を広げ深める必要がある。
◆関連するSJFアドボカシーカフェ:『忘れられた小児甲状腺がん患者たち
~声を上げられない当事者にどう寄り添い、可視化するのか~』の報告はこちらから