ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)第5回助成最終報告
NPO法人 メコン・ウォッチ 活動報告(2018年3月)
◆団体概要:
メコン河流域国における開発事業や開発政策の影響を監視する活動を行う政策提言型NGO。メコン河流域の人びとが開発によって被害を受けることなく、河川や森林など豊かな自然資源に根ざした暮らしを続けられるよう、開発事業によって影響を受ける人びととの対話を通じて、人びとが直面している問題を理解し、そうした問題を援助政策決定者・実施者と議論し、政策や計画に反映させる提言活動を行っている。
◆助成事業名:『日本の公的資金が格差社会を生まないために―ミャンマーで日本が関与する大規模開発事業に関するアドボカシー活動』
ミャンマーでは、「民政移管」後、援助や海外投資による開発事業が急速に進み、立退きや環境破壊等の問題が頻発するなか、同国が経済発展を遂げたとしても、格差の大きな社会が生まれることが懸念される。日本がすでに2012年から開発を開始したティラワ経済特別区(SEZ)開発事業では、移転による住民の貧困化や、事業開発スケジュール優先で住民参加が不十分な状態での環境アセスメントの実施等、さまざまな問題が起きてきた。事業を支援する国際協力機構(JICA)は、人権や環境に配慮するガイドラインを持ち、それを守る義務があるにも関わらずである。
本活動では、ティラワSEZに加え、国際協力銀行(JBIC)が関与するダウェイSEZなど、日本が関わる大規模開発事業が益々増えていくなか、JICAおよびJBICが持つ環境社会配慮ガイドラインを人権侵害や環境破壊を回避するためのレバレッジとしながら、現地住民の抱える問題の解決に貢献するとともに、日本社会に対しては、日本をモデルにした経済開発の海外輸出を再考する機会とする。
具体的には、両SEZ開発対象地で現地調査を行い、現地住民の置かれた状況や事業への参画の意思や懸念点等を把握し、それらの情報を基に、JICAやJBICにガイドラインに沿った対応を促していく。現地では、影響住民と現地NGOと連携し、効果的な提言に向けた支援を行い、内外のメディアには、英語・日本語で情報を提供する。一般にもセミナーやメールニュース、フェイスブック、ウェブサイトを通して発信していく。
◆事業計画 :
1)ミャンマー現地訪問と聞き取り調査(年3回。1~2月頃、6~7月頃、10~11月頃に各2週間ほどを予定。ミャンマーのNGOや現地で活動する国際NGOとの協力関係により、現地調査を実施)
2)日本政府/JICA/JBIC/国会議員等への働きかけ(通年で必要に応じて適宜)
3)影響住民/現地NGOのキャンペーンへの情報提供・提案などの支援(通年で必要に応じて適宜)
4)内外のメディア(現地の必要とするタイミングで実施)/日本の市民社会への働きかけ(アーユス仏教国際協力ネットワークと、国内のセミナー開催)
◆助成金額 : 100万円
◆助成事業期間 : 2017年1月~2017年12月
(写真)ダウェイ、開発計画地の近くで栽培した檳榔(びんろう)の実を収穫する家族
◆実施した事業と内容:
1)ミャンマー現地訪問と聞き取り調査
本活動の実施期間中6月下旬までに、2月、4月、6月(各回ともに2週間程度)、10月(会合参加のため3日間)の4回、ミャンマーを訪問した。また、助成終了後ではあるが、1月に2週間訪問した。
○ティラワSEZ
毎回の訪問で、ティラワSEZフェーズ1の開発により移転を余儀なくされた住民から、移転後の生計回復について聞き取りを行なった他、現地NGOから情報収集を行なった。移転後3年強も課題だった清潔な生活用水の確保は、ようやく2017年2月に実現した。また、本助成期間中に移転地の各世帯の公式な土地の使用権の配布手続きに向けた準備もようやく進み始めた。住民が菜園などに使える共有地については、本来、移転前に準備がなされているべきものだったが、移転後1~2年が経過したのちに準備が始まり、使用権や土地利用方法を巡る議論に時間を要し、未だに有効に活用できない状況である。このような生計手段の回復措置の遅れは、日々の暮らしのために膨れ上がった借金を返済できない移転世帯が家屋を売却せざるをえないケースの増加につながっており、移転住民の貧困化に歯止めはかかっていない。
JICAは移転対象のフェーズ2の住民に対し、透明性の高い協議や十分な情報提供を行わず、フェーズ1で起きた問題の教訓を十分に活かしていない状況が続いている。フェーズ1、フェーズ2ともに、住民には、移転や補償に関して個人の事情に合わせた様々なニーズがあり、これに対して、JICAと企業、ミャンマー政府はきめ細かい対応が必要である。今後もNGOによる緊密なモニタリングが必要な状態となっている。
○ダウェイSEZ
SEZ開発事業ではミャンマー南部、タニンダーリ管区で大規模な工業団地と深海港、付帯道路の建設が予定されている。タイ・ミャンマー政府の合意でタイ企業イタリアン・タイ・デベロップメント(ITD)社が先行して整地や道路開発を行ったが、同社の活動は環境配慮、住民への説明や合意形成を欠くきわめてずさんなもので、現地ではすでに様々な人権侵害が起きている。同社の資金調達失敗で事業は頓挫したが、ITDを含むタイ企業が、再開した工業団地と付帯道路工事の初期フェーズ開発に着手することが決まったと報道されている。
2017年2月の訪問では、JICAが道路建設の事前調査を行った地域に暮らすカレン少数民族の村、また、タイ企業によって進められる初期開発区域の移転対象の村で住民の開発に対する考えや要望について聞き取りを行うとともに、日本側の事業関連主体の動きについて情報提供を行った。
その後、EIAドラフト版の公開以外、事業は大きな動きを見せていないため、情報収集に注力した。
2)日本政府/JICA/JBIC/国会議員等への働きかけ
○ティラワSEZ
フィールドワークと現地からの情報をもとに、4月にJICAとの会合を持ち、適切な対応を働きかけた。特に、フェーズ1の移転世帯がJICAガイドラインの規定する生計回復のために必要としているきめ細かい対応について意見交換を行うとともに、フェーズ2での移転・補償措置を実施する上での透明性の確保を求めた。また、住民への聞き取り情報をもとに、フェーズ1とフェーズ2の懸案事項と現状をまとめ、国会議員への情報提供を行った。
2019年にJICAの環境社会配慮ガイドラインとガイドラインの遵守のために設けられた異議申し立て制度の改定が予定されている。2018年に改定を判断するための現地調査が行われる。当団体の働きかけで、現地調査の対象にティラワで行なわれている関連インフラ整備(港湾など)の円借款事業が加えられた。JICA宛に提出した8月28日、9月15日の2通の要請書は以下の通り。
http://www.mekongwatch.org/PDF/rq_20170828_JICA-GL.pdf
http://www.mekongwatch.org/PDF/rq_20170915_JICA-GL.pdf
また、要請書に関連した17点の添付資料はこちらに掲載している。
http://www.mekongwatch.org/resource/press.html
○ダウェイSEZ
ウェブ等の情報収集からJICAが5月にSEZ、道路建設、深海港を含む「タニンダーリ地域開発計画にかかる情報収集・確認調査」を開始することがわかったため、JICAガイドラインの精神に則り地域住民および現地市民社会への情報公開や協議を行うこと、また、現地での既存の問題の把握に務め、その解決を含めた提言を行うこと等を求める要請書を提出した。
http://www.mekongwatch.org/PDF/rq_20170425.pdf
また、6月にはJICAと会合を持ち、同要請書に関する意見交換を行うとともに、同調査の進捗状況等について情報収集を行った。助成期間外だが2018年1月にはミャンマーでの報道で、同調査がマスタープランとして開発に利用される、との報道があり、JICAに事実関係を確認した。2018年2月には、現地CSOsからダウェイSEZ再開の再考を求める声明も出たため、JICA、JBIC等に市民社会に対する透明性と説明責任を求めた。
3)影響住民/現地NGOのキャンペーンへの情報提供・提案などの支援
ティラワSEZについては、日本側の動きを逐次現地NGOにメールで伝えるとともに、現地訪問時に住民に対し、JICA会合での結果等、情報提供を続けている。
ダウェイSEZについても、JICAの新たな開発計画に関する調査について、調査方法等の概要を英語にして現地NGOに情報共有を行った。また、当団体の要請書やJICAとの会合の結果もメールや現地訪問時(6月)に共有している。
4)内外のメディア/日本の市民社会への働きかけ
○セミナーの開催
6月7日にセミナー「ミャンマー経済特別区開発の今:環境と暮らしへの影響」を特定非営利活動法人アーユス仏教国際協力ネットワークとの共催で行い、ティラワSEZとダウェイSEZの現場の状況について報告し、住民の願いと日本の関与の仕方について考える機会を設けた。参加者は33名。
9月28日に明治学院大学で「格差を生む経済開発を防ぐには−ミャンマーでの経済特別区を事例に」というテーマで、両経済特区の開発が地域住民に与える影響に関して約80名の学生に講義。
10月13日に熊本学園大学「タイ・ミャンマーにおけるクロスボーダーな工業化・人権侵害と域外責務・環境民主主義」研究会で、「ミャンマー・ティラワ経済特区の現状と課題」と題してこれまでの問題と現状について報告。
11月26日にセミナー「ミャンマー:ティラワとダウェイ、2つの経済特別区開発」をODA改革ネットワーク・関西と京都で開催し、現地での問題を共有した。参加者は19名。ヒューライツ大阪のメールニュースで内容が紹介された。
○海外メディアへの発信
現地住民やミャンマー/タイの市民社会に正確な情報と日本型発展モデルの課題・リスクを伝えることを目的に、ダウェイSEZ開発に関する投稿記事を作成。8月5日に、タイ市民グループのネットメディア、メコン・コモンズに掲載され、当団体の英語ブログにも転載した。この記事は、メディアChannel New Asia7-8月版にも再編集する形で掲載された。
◆事業計画の達成度:
【目的】ミャンマーのヤンゴン郊外で進められているティラワ経済特別区(SEZ)開発事業の影響を受ける住民に対し、日本の国際協力機構(JICA)がその環境ガイドラインに規定している配慮や影響緩和策を実現し、JICA、および、ミャンマー政府が住民の意見を反映しながら事業を進めるようになること
⇒ 70%の達成と考えている。当団体は住民グループと現地で活動するNGOとの協力で問題を常時把握し、現地訪問で確認、住民の状況や要望をJICAに伝えてきた。当団体の働きかけがなかった場合、現地で起きている問題が十分にJICAに伝わらなかったと思われる。しかし、第2期の開発でもJICAは移転問題に事前に十分な対応をとらない傾向が強く、達成度を7割とした。
【目的】ミャンマー南部のダウェイSEZ事業、および、関連事業の実施前、実施中、モニタリングといった各段階において、国際協力銀行(JBIC)、および、JICAが各々の環境ガイドラインに規定されている配慮を行い、住民の意見を反映した決定・措置をとるようになること
⇒ 現地ですでに起きている問題について情報をまとめ、JICA、JBICに注意喚起を行ってきた。政権交代後に事業自体が停滞しているため、環境ガイドラインに求められた配慮を両機関が行っているかは確認できていない。ミャンマー政府の政策や方向性が明らかになるまで、もう少し時間がかかるものとみられる。当団体で予定していた働きかけは実施できたが、助成期間中に成果をはかる段階に至らなかった。
【目的】ミャンマーの開発問題を監視する内外の市民団体が、ティラワやダウェイでの経験や教訓から学び、自らの活動に活かすこと
⇒ 現地で活動するNGOが住民をサポートし、チャオピューSEZを含むSEZ影響住民のネットワークが立ち上がった。そこにメコン・ウォッチと活動した経験のある住民グループも参加しており、その経験がネットワーク内で共有されるものと考えている。
【目的】ミャンマーでの日本の企業活動がより人権・環境に配慮したものになること
⇒ ティラワの事例では2013年から、住民の声を元に様々な提言を行ってきた。助成対象期間中での劇的な変化はないが、住民組織が継続して企業に働きかけるための間接的なサポートができたと考える。期間中、住民が問題解決を訴える苦情申し立ての制度が確立し、目に見える成果が上がることを想定していたが、住民とJICA・企業側の合意形成に時間がかかり、実現しなかった。
【目的】1980年代と同様の開発援助に伴う問題が、現在も発生していることを日本の社会に伝えるとともに、日本自体の経済開発の方向性に関する議論に貢献すること
⇒ 今回助成をいただいたことで、京都でもセミナー開催が可能となり、ODAによる開発の問題に関心を持ってきた東京以外の方たちにも、現在の状況を伝え、議論することができた。少人数であったが、東京よりも学生の参加が多かった。また、発行は2018年1月になったが、12月に準備をしてERIがまとめたティラワの状況をメールニュースで紹介した(1/24ミャンマー・ティラワ経済特区 4年が経過した移転地で続く困難)。
http://www.mekongwatch.org/resource/news/20180124_01.html
しかし、これらの情報が広く一般に波及するには至っていない。
◆助成事業の成果・助成の効果:
・ティラワでは、フェーズ1における移転世帯の生計回復の問題が長引くなか、その経過を継続してモニタリングし、詳細な個々の事情も含めて把握できていることで、JICAへの働きかけにおいても説得力のある議論をできている。影響地域がフェーズ1から2に進み、影響住民が増えていることから、今後、どのように状況把握していくかは一つの課題である。
・ダウェイでは、予測より事業の進捗が遅れているため、助成期間中に当団体が日本の政府機関に対してできる提言活動には限りがあったが、戦略会合への出席などで、現地の市民社会との顔が見える関係を構築できたことは大きかった。また、JICAによるタニンダーリ地域全体の調査開始やその内容・方法など、日本語でしか発信されない情報・動きを現地NGO・市民社会に適宜情報共有できた。
・ティラワ、ダウェイともに、活動を継続できたことで、現地NGOや住民グループとの信頼を醸成・維持できている。影響住民の方々にとっては引き続き厳しい状況が続くと思われるが、日本の市民社会の中に懸念を持つ人々がいることは伝わっており、軍政時代には限られていた草の根レベルでのつながりが育めているのではないかと考える。
◆助成事業の成果をふまえた今後の展望:
・ティラワでは、今後、影響住民の現状について、現地NGOらによる詳細調査の結果が出ることになっており、当団体としては、開発による移転と生計回復の問題について、同結果内容と自分たちでのこれまでのモニタリングによる経過・状況把握を合わせ、より包括的なデータ・情報・分析を日本の関係者に示すことができると考えている。そうした提言活動を通じ、年を追って増加する見込みの影響住民の生活被害を回避・低減する一助になればと考える。
・ダウェイでは、今後、事業そのものやJICAの調査(報告書の完成・公開など)にも動きが出てくることが見込まれるため、構築してきた現地の市民社会との関係や提言活動での連携がより一層重要になってくる。
・日本をモデルにした経済開発の海外輸出を再考することについては、今回の助成期間中、過去のODA由来の問題を知っている方たちに、未だに同じことが繰り返されていることを伝えることができたが、議論を深めるところまでは到達できなかった。ミャンマーだけでなく、広く「開発」や「発展」モデルそのものを見直すため、フランスや南米の思想とそれに基づく実践例を含めNGOの中で勉強していく会を立ち上げる予定で、新しい展開を考えている。皆様にもご参加いただければと考えています。