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   ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)アドボカシーカフェ第58回開催報告

 

虐待の連鎖からの離脱

~幼少期の逆境体験をうけとめ~

 

 2019年3月5日、浜田進士さん(児童自立援助ホーム「奈良あらんの家」ホーム長)、坂東希さん(大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程)をお迎えしたアドボカシーカフェを、SJFは東京都文京区にて開催しました。

 虐待を受けるなどの逆境的環境で育ち、お腹が空いた、悲しい、みじめ、そういった感情も受けとめてもらえなかった子どもたち。気持ちを表す言葉も知らずに育ち、自分の気持ちに気づかない、気づいても表現の仕方が分からない、表現してもケアされないので感情を封印していきます。

 封印された感情は、トラウマとなって大人になってから顕在化する事例を浜田さんは話し、封印された感情は反社会的行動に表出すると坂東さんは指摘しました。ありのままの自分を受けとめてもらえず育った親は、わが子のありのままを受けとめられず、子どもが自分を否定する存在にすらなります。なぜなのかとの浜田さんは問いかけました。
 認められたい、愛されたい、安心させてもらいたいとの思いが満たされることなく育ち、精神的に自律できず、子どもを認め、愛し、安心させてあげることができないのではないかとの意見が会場から出ました。マイナスの表現をする感情が否定されない環境でこそ、揺らぎながらも自律的な生活を築いて行けると浜田さんは話しました。虐待をした親を処罰したいという感情を抱えたまま大人になった人の話も出ました。
 虐待を受けた人のトラウマへの理解を社会システムに組み込むトラウマ・インフォームド・ケアの考え方を坂東さんは提示しました。また、封印した自分の感情を認められるよう、自分が受けた逆境的体験が認められ、人を傷つけた反社会的行動にも目を向けられるようなプログラムが紹介されました。
 助けを求められたら助けてもらえる関係、アタッチメント形成から信頼の基盤を育むことが虐待の連鎖を止める上で重要だと強調されました。

 自立とは何でしょうかと浜田さんは投げかけます。自立とは、新たな依存先を見つけて増やしていくことで、依存先を分散することであり、たった一人でも、自分を否定せずに、共に居てくれる関係にある人がいることに気づけば、人は生きていくことができるとのメッセージを発しました。

 詳しくは下記をご覧ください。

※コーディネータは、寺中誠さん(SJF企画委員)

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――浜田進士さんのお話――

 こんにちは。奈良から来ました。最近は、300年ぶりに興福寺が中金堂を再建しました。ここの柱が最高に美しいのでぜひ見に来てください。この近くに若草山から歩いて15分程のところに佐保川沿いの桜並木があり、うち(浜田さんがホーム長をしている児童自立援助ホーム「あらんの家」)の子どもたちは1週間、ろうそくの提灯をつける作業をするのです。たくさんの灯篭が等間隔に並んでいるのですが、地域のボランティアの人たちと一緒にライターでつけて周るのです。地域ボランティアの人たちが「君らライターをつけるの上手いな!」とほめて下さるのですが、私は心の中で「実は この子たち小学校から煙草吸ってますねん」とクスっと思いながら手伝っています。地域の人たちに支えられながらそんな日常を過ごしています。

 

 現在、自立援助ホームは全国に164か所あります。今は厚労省から賃貸料は実費払いになっていますが、当初は10万円しか補助がもらえなかったので、できるだけ賃貸物件で行いました。結構広いのですが、2階に6部屋と倉庫があって、1階に台所と多目的スペース(卓球台とか)と事務職員が泊まるスペースがある1戸建てを借りております。そこで6年間やっており、準備から言うと8年間になります。私はこのホームをやる前は、結構やんちゃな15歳の女の子の里親をしていましたので、だいたい7年間ぐらいこのことに携わってきました。今日はこのことをお話したいと思います。

 

 私たちは奈良で初めての自立援助ホームということで、今から6年前に男子ホームとして10名定員で始めました。6年間で27名の子どもたちを受け入れています。現在は、19歳が3名、18歳が1名、17歳が2名の子を預っています。

 「あらんの家」という名前は、アルファベットで奈良(NARA)を逆に読んだら「あらん」。学びなおし、「アンラーン(un-learn)」の意味あいでやっています。 

 ホームの2階に上がりますと、子どもたちの個室があって、それぞれ鍵がついています。2階のリビングには、こたつがありますが、こたつで寝るので最近は布団を外しました。

 一昨日はうちを出ていった子が窓から入ろうとして阻止しました。退居した子は既に20人いますけれども、いろんな戻り方をします。「給料無いから、なんか食べさせてくれ!」と窓から入って来るのはまだよくて、新しい子が来たら、窓から連れ出して深夜のカラオケをして、窓からまた戻すという儀式を昔やった子どももいました。

 職員と子どもが面談する部屋もあります。そこでは、女子職員が泊まる時には次から次から面談の要望があって、「不幸合戦」をします。「おれ死にたいねん」とか、「おれが(家庭環境が)一番不幸やねん」とか、親とどんな目にあってきたのかを12時過ぎて深夜まで語ります。

 バイトをクビになった子たちが次にどういうような仕事をするかミーティングをすることもあります。

 食は胃袋をつかむと言いますが、私は料理が下手なので「ホーム長の時は出来合いが多いから」と子どもたちが代わりに作ってくれることもあります。

 

 このような自立援助ホームは全国に増えていまして、国は190箇所位を目標にしています。おおむね15歳位から20歳位までを受け入れています。(20歳未満で就学を継続している場合は満22歳まで入居できます)

 厚労省の児童自立生活援助事業という形でやっております。これが1998年に児童福祉法で第2種社会福祉事業に位置付けられて、20歳までの保護措置制度に組み込まれて、もう少しで170箇所になります。

 東京に<カリヨン子どもセンター>という坪井さんがやっているところがあります。担当弁護士が子どもひとり一人について、居場所をあかさずに民間一時保護委託という形でやっている「子どもシェルター」で、これも自立援助ホームの一形態です。

 社会的擁護や、施設はいろいろあります。乳児院から、里親、児童養護施設などさまざまあります。うちは、「自立援助ホーム」という厚労省の15歳からの施設と、保護観察の子を預る「自立準備ホーム」と、家庭裁判所から試験観察処分中の子どもを預る「少年補導委託先」と、民間の一時保護委託、この4つを兼ねた施設としてやっています。

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 入居相談はさまざまな理由から来ます。多くは虐待が理由ですが、虐待にともなうさまざまなことがあります。知的障害、愛着形成、さまざまな複合的問題を抱えた子が来ます。なかにはアスペルガーの子なのですが、ひとり親家庭でお母さんが十分なサポートができないまま亡くなってしまって、2次障害になっている子がいます。

 最近、少年院から帰ってきても、軽犯罪を冒して試験観察や保護観察になっても自宅で引き取らない親が増えていますので、そういう司法機関から来る他罰行為をした子がいます。一方で、ひきこもりや自傷・自死企図行為をする子がいますので、混合処遇が難しいなと思っています。

 女子の相談は多いのですが、うちは男子のみを受け入れていますが、全国的には女子のホームが満杯になることが多いです。

 児相から特別に依頼を受けた14歳の子もいます。基本的には、児童養護施設で高校を中退したり、児童養護施設で暴れたり、里親不適応になったりします。あるいは家庭から「お母ちゃんがアルコール飲んだら、ビアジョッキーを俺に投げてくるから」という警察への通報を受けて来た子。あるいは奨学金を得て児童養護施設を出てから大学に行ったものの、家に帰ったとたん、「奨学金と財団からの助成金を全部、親がギャンブルで使いこんだので、代わりに奨学金の保証人になってください」とうちに来た子もいます。

 

 実際に入居にいたる直接の理由は、27名中3名が保護者との死別で、なかには生活保護で明らかに栄養状態が悪くて亡くなられた保護者の方もいます。保護者による身体的虐待がいちばん多く、20名。保護者によるネグレクトが8名いて、「新しいお母さんが自分の子にはご飯を食べさせるけど、お父さんに前からいる子たちは2階に上がらせたままで必要な時にしか食べさせないから、ここから出たい」と、うちに来た子もいます。いろいろなネグレクトもあります。

 施設内暴力という形で、児童養護施設での器物損壊などでも来ますし、犯罪行為、性加害などでも来ます。

 ただ、子どもたちには、親子虐待や面前DV・いじめなどの迫害体験、発達障害や軽度の知的障害、自傷行為など、発達上の深刻な課題が複合的に存在します。うちに来た子どもの中には、自死企図する子がいまして、職員もダメージが大きかったのですが、調べていくとネグレクトが原因でした。この子がバイク事故にあった時にお父さんもお母さんも生活が大変で十分な対応ができませんでした。病院で癲癇(てんかん)であることは明らかだろうと言われていたのに、親は余裕がなく、高次の機能障害になってしまったのです。あらんの家に来てからわかったことは、この子が衝動的に自死企図をするのは癲癇が原因だということでした。やっと病院に行って癲癇の治療を受けるようになったら、ぴたっと自死企図は無くなりました。だから、これも一つのネグレクトの影響です。

 

親の家族への依存度の高さがDVや虐待を生む

 家庭環境は、実子家庭3名、母子家庭3名、父子家庭7名、ステップファミリー7名、死別3名ですけれども、DVのケースが実子の場合でも多いです。今回の野田事件のように、夫が虐待とDVがセットになっているケースがあります。

 加害者である父親は仕事を通して誇りやアイデンティティが持てないから、家族だけが唯一のアイデンティティになっているのです。家族への依存度が高いが故によけいに空回りして、お母さんが出ていくとか。母子家庭の場合は、お母さんが統合失調症だとか、明らかにDVの後遺症の人が多いです。父子家庭は父親の行方不明が多いです。だから、うちの自立支援ホームを出ていって一人暮らしをするのに家を借りるとき、私は今3人の保証人になっていまして、どうしても未成年の保証人として親を探すのが難しいケースがあります。

 ステップファミリーの場合には、継父・継母からの身体的虐待やネグレクト、金銭的欲求を受けているケースがあります。

 

 就労状況は比較的良好です。あらんをやっていると、日本中、人手不足というのがよくわかります。先日も、ある造船所から、「あらんの家さん、是非これからも、子どもたちを紹介してほしいので、うちと専属契約むすびませんか?」と話があり、「いやいや、18歳未満の子は、児童労働において、2メートル以上の高いところで金属を運ばせたらいかんのを知っていますか」と丁重にお断りしました。コンビニからは、「浜田さん、もうすぐこの子たち18歳ですよね、17歳で夜勤させてもバレませんよね」とか、無理な依頼が来るときもあります。高齢者デイサービスで働いている子も増えています。

 就学状況は、入居時点では、高校中退17名、高校在学中10名(全日制6名、定時制3名、通信制1名)、短大在学中1名です。これまでは就労支援のみでしたが、中学卒や高校中退では安定した就労機会が得られないため、児童養護施設や里親並みに特別育成費(就学支援金)等が支給されるようになり、あらんの家でも就学するケースが増えています。入居中に、高校に再入学した児童や、大学に進学した児童もいます。

 

 厚労省との約束で、2万円から3万円の寮費を徴収しなければならないのです。だから、全国の自立支援ホームのルールは、働くことです。働いて稼いで、できたら住みたい家賃の10倍を貯めたら一人暮らしを始めようと自立計画を作っています。働くこと、寮費を納めること、貯金をしていくこと、他人に迷惑をかけないことをルールにしています。

 

マイナスの表現をする感情が否定されない環境で、揺らぎながら自律的な生活へ

 あらんの家では、中には路上で3カ月いた子もいますけれども、3度3度の食事があって、安心して寝られる。鍵付きの個室がありますので時々夜に見ますけれども、丸くなって寝ていた身体が――私がバングラディシュでストリートチルドレンをやっていた時と同じなのです――安心感が得られると丸まらずに寝ます。非常に痩せていた子がどんどん太っていく。

 マイナスの感情を以前は受けとめてもらっていなかった。でも、ここでは夕食を作ってくれる。静かにみんなでテレビを見ていたら、テーブルを叩く子がいて、「おかしい、食卓が静かすぎる」と。子どもたちからは、「ここでは食卓が静か」、「みんなテレビを見て笑うんだね」とか、「大人って働き者なんだ」、「朝、お弁当を作ってくれるんや」とか、「帰ってきたら、『おかえり』と言ってくれる」、「『ありがとう』と返してくれる」という言葉が出てきます。泣いたり、否定的なことを言っても、その感情が否定されないということです。そうすると子どもたちは、「ほっとした」、「うれしい」、「甘えさせてくれる」、「こんな大人もいるんだ」、「ここなら、将来のことを考えてもいいかな」と。

 ここから甘えが始まります。何買ってくれとか。最初の甘えは物の差です。あの子には誕生日にこれをくれてやったのに僕には千円だけくれたとか。今度は人に対して甘えてきたりします。中には18歳ぐらいでも膝に乗ってきたり、赤ちゃん返りする子もいます。

 そうするとその反動が出てくる。嫌われたら追い返されるかもとか、過剰に真面目にアルバイトをしたかと思うと、ほっとしすぎて別人になったりとか、急に刺激的な買い物依存になったりとか、そうかと思うと引きこもりになる、幽霊みたいになる。

 「ここでは殴られへん」ということになると、いわゆる支配者・優位に立つ人が無く、はじめは自律的に生活ができないのです。最初は真面目にやっていたのに急に仕事を辞めるといったことが起こります。やる気が起こらなかったり、過剰に太ったりということが起こります。そうやって、揺らぎが少しずつ収まっていくのだなと思います。

 坂東さんがその辺のところを、安心、アタッチメントの観点から話してくれると思います。

 

 内閣府参事でダイバーシティ研究所の田村太郎さんがよく「フレームワークとケースワークの組み合わせ」と言いますが、大学教員をやめて6年間ホームの活動をやっていますと、ケースワークからフレームワークをどう作っていくかがつぶさに見えるなと思います。

 

虐待のトラウマ 大人になってから顕在化

 ここで大事なのは、退居後の支援です。ここからが大変なのです。一人暮らしがうまくいかない。実はうちから少年院に行った子もいます。

 いったん自立ができても、途中で仕事を辞め、このあいだ大森さんが亡くなられたケースもそうですが、一人暮らしが始まって就労できても、途中で見に行ったら仕事を辞めていたというケースがあるのです。うちも途中で辞めて、全く安否確認ができない子がいて、部屋を開けようとしても無理で、警察に言いました。警察は「中で死んでると分かったら、開けるわ」というのですが、「死んでたらどうするんですかっ」。でもフードバンクの配食サービスを活用して彼のアパートのドアノブにお米など置いておくと翌日には無くなっているので、「ああ、生きているんだな」と思いました。ある出来事があって、ようやく会うことができました。怒りたいけど、生きていてくれたことがうれしくて、とても怒れることができませんでした。

 退居後に困難となる背景には、虐待のトラウマなどさまざまなことがあります。やっとアフターケアのなかで、子ども時代に受けたことが、二十歳過ぎてから顕在化されることも多いんです。この間も、退居した子と一緒にラーメンを食べていたら、その子は赤ちゃんがいるのですが、「おれは絶対にこの子は首を揺さぶったり殴ったりせん。おれ、ほんまにされてきたことがあるから、絶対にうちの子は殴らん」と言うのです。ただ「自分は父ちゃんに殴られていたと思っていたら、母ちゃんと兄ちゃんからも、3人から殴られていたことを子育てしながら思い出した」と言うのです。その子は小学校6年のころは、気が付いたら友達が目の前で血を出して倒れていたというのです。どうしてそんなことになったかと言ったら、小学校1年生の時に、父ちゃんと母ちゃんと兄ちゃんの3人にタオルに巻かれて殴られ続けていたことを二十歳過ぎてから思い出したと言っていました。本当の傷というのは子ども時代に受けたことがアフターケアのなかで20歳すぎ、30歳を過ぎて顕在化するということがあるんだなと思いました。あるいは子どもを産んだ後にフラッシュバックすることも多いのだなと気づいています。

 退居者支援については、アフターケア事業「ゆずりは」の高橋さんからいろいろ教えていただきながら今やっています。わたしも二人の息子がいますが、この子らにどういうサポートや金銭的支援をしてきたかといえば非常に多くのことをやっています。そのことを思えば、あらんの家に来ている子どもたちにも一人ひとりのニーズにあわせて個別に支援をしていかないと、出たら放っておくというわけにはいかないのです。

 生活支援や住居支援、就労支援を行い、フードバンクや、シェアハウス、ステップハウスなど新しい取り組みを全国の児童自立援助ホームと連携しながらやっています。

 退去者が安心で安全な生活を自立して送れることを目指しています。

 

依存先の分散 ありのままの自分を受け入れることから 大切な存在へ

 自立とは何でしょうか。

 自立とは、新たな依存先を見つけて増やしていくことで、依存先を分散することだと思っています。

 成就した依存とは、「あなたができなくても、頼める関係があればいいんだよ」ということです。弱さの情報公開ができて、弱くてもいい、中途半端でもいい、要領が悪くてもいい、弱さもチカラになるような関係があればいいのです。

 ありのままの自分を受け入れた時、自分を変えていくことができ、そんな関係も作りやすくなります。だれか、たった一人でも、自分を否定せずに、共に居てくれる関係にある人がいることに気づけば、人は生きていくことができると思っています。

 

 「社会の一員」と思えるのは、ゆすりはの高橋さんから教えていただいたことですが、自分自身を「誰かから支えられている存在」であるとともに「誰かの支えとなれる存在」である「価値ある大切な存在」と思えるときです。

 そのためには、①地域の中に安心・安全な居場所をつくり必要に応じて多様な支援を用意すること、②子どもの暮らしに発生する様々な事態に即応し、子どもの生きる地域や時間や絆を分断しない包括的な支援策を講じること、③そのようなシステムが「親も支え、親とともに育てる安全拠点」となることが重要です。

 

 

 

――坂東希さんのお話――

 

 私はもともと反差別国際運動(IMDAR)という国際人権団体で大学時代からインターンをして就職しました。その時に、マイノリティ当事者の人権状況を国連に訴えたり国内法の制定を目指すなど政策提言の活動に関わっていました。当事者の人たち個々人のストーリーなど聴けていない人の声があるのではないか、対人援助の仕事がしたいと思って大学院に行き、非行犯罪の心理臨床の研究室に入りました。今は、大学院を続けながら対人援助の仕事に関わっています。

 大学院で関わってきたフィールドは二つあり、一つは刑務所です。日本に4つある官民協働刑務所の一で調査研究に携わり、回復プログラムに参加している受刑者の方たちにインタビューをしました。もう一つは非行などを理由に児童自立支援施設(教護院)で生活をしている男子と女子のグループワークに関わってきました。また、生活困窮者自立支援法が日本で2015年にでき、その相談員もしていました。そうした現場で学び感じてきたことをもとにお話できればと思います。

 

 今日の私の主なテーマは、子ども時代の逆境体験です。18歳までの逆境体験が生涯にわたってどのような影響を及ぼすかについていろいろなことが明らかになってきています。そして、それがどういうふうに暴力の連鎖につながっているのかを一緒に考えたいと思います。具体的には、子ども時代の逆境体験とも関連するアタッチメント形成のことや、感情の封印について触れたいと思います。逆境体験をどうやって受けとめていくかについて、いくつか取り組みを紹介しながら、私たちに何ができるのかを考えたいと思います。

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幼少期の逆境体験(ACEs) 虐待、ネグレクト、家族機能不全が心身の疾患をもたらす

 幼少期の逆境体験はACEs(Adverse Childhood Experiences)と言われています。子ども時代の逆境体験に関する研究が、アメリカで1998年に発表され(Felitti、Anda ほか)、10項目(後述)の逆境体験が生涯にわたって、心身の疾患や、社会適応、暴力の連鎖に関連していることを明らかにしました。米国疾病予防管理センター(CDC)が1995年から1997年にかけて実施した調査に基づくもので、この調査は、南カリフォルニアの健康保険加入者17000人以上を対象に、18歳までに家庭内での逆境体験がいくつあったかをスコア化(ACEスコア)し、成人期における精神健康や身体健康、社会適応との関連をみたものです。アメリカは国民皆保険ではなく、保険会社が医療関係の情報を把握して管理しているそうで、そのデータと子ども時代の逆境体験のデータを掛け合わせたら関連性が見えてきたということです。

 ACEの10項目とは、①心理的虐待、②身体的虐待、③性的虐待、④心理的ネグレクト、⑤身体的ネグレクト、家族機能不全として⑥母親に対するDV、⑦家族構成員による物質乱用(アルコール依存や薬物依存など)、⑧家族構成員による精神疾患、⑨両親の別離や離婚、⑩家族構成員の収監(服役)です。いま研究が進んでいて、これ以外にも関連する項目あるのではないかということで、例えば、きょうだいの虐待の目撃や、居住地での頻繁な暴力、貧困家庭などが加えられています。

 浜田さんのお話にもありましたが、「あらんの家」に来られている子どもたちの家庭環境をみると、お母さんに精神疾患があったり、アルコール依存であったりと、このACE項目にあてはまる子どもたちが多いのではないかと思います。私が関わっている児童自立支援施設の子どもたちにも当てはまる項目が多い実感があります。

 このACEs研究の結果わかったことですが、成人の67%が少なくとも1つのACEを体験し、成人の40%が2つ以上を体験しています。多いですよね。さらに、ACEスコアが高くなるにつれていろいろな病気のリスクが高まることが分かっています。例えば、ACEスコアが4つ以上の方は癌の診断が2倍で、うつ病は4.6倍、自殺願望も12倍位。6つ以上当てはまる人は寿命が20年短くなるといわれて、大きな驚きをもって見られた結果です。

 この研究をしたフェリッティさんは精神科医ではなく内科医で、肥満の治療をしていたそうです。肥満治療のプログラムをたくさんやって改善してもリバウンドしてしまう人たちがいて疑問だった。その200人位にヒアリングしたら、子ども時代の経験が見えてきたそうです。虐待、とくに性的虐待を経験している人が多く、太っていると性的な対象として見られにくいこともありメリットもあるわけで、健康面で痩せたほうがいいと言われてもなかなかそうはいかないことが分かってきました。このように、子ども時代の体験がいろいろな疾患に関連しているのではと大規模調査を実施したそうです。

 実際に、精神疾患や、身体疾患である肺疾患や心疾患といった病気に関連していることが分かってきました。さらに、社会適応、仕事を欠勤してしまうとか、経済的問題に影響していることも見えてきたそうです。

 このCDCという団体がホームページ上に公開しているACEピラミッド(Deathピラミッドとも言われている)があります。胎児の状態から死に至るまでの間、生涯にわたってどんな影響があるかを示した図です。ピラミッドの一番下に子ども時代の逆境体験があり、それが神経発達を阻害し、社会的・情緒的・認知的損傷が起こって、それから健康を害するようなリスクの高い生活行動をとり、そこから疾病・障害・社会不適応があって、一番上の早すぎる死につながります。

 どうしてこういうことが重なっていくのか。実際に見ていくと、子ども時代に親の暴力を見ているといった常に危険な状態にあると、いつ襲われても逃げられるか戦える態勢を整えるために、免疫システムなどをずっと活性化させている。すると脳や神経の発達がうまくいかず、情緒面や脳の損傷が出てくるということが明らかになっているそうです。

 

見えにくい逆境体験

 子ども時代に逆境体験を受けた人たちが社会福祉サービスなどさまざまな相談窓口に現れていることも分かってきました。でも窓口に現れた段階では、その人が子ども時代の逆境体験を抱えているということは分からない。現れる場は例えば医療の場かもしれませんし、生活保護の申請窓口かもしれませんし、仕事にすぐ失業してしまい就労相談に来ているかもしれませんし、まさに自立援助ホームかもしれませんし、もしかすると刑務所かもしれません。いろいろな司法の場、対人援助の場に現れるけれども、逆境体験は見えていないということがあります。

 

アタッチメント形成と信頼関係づくり

 アタッチメントは特定の養育者とやりとりする中で形成されていきます。とくに不安や恐怖の状態があった時に、特定の養育者とくっつく(アタッチする)ことで、不安の感情がなだめられて落ち着いて、「自分は大丈夫。自分は誰かに助けを求めたら助けてもらえる。だから自分は大事な存在だし、他者は信じられる。世界は危なくても何とかやっていける」と思える。誰かに助けを求めたら助けてもらえることで自分への信頼や、他者への信頼、社会への信頼がアタッチメント形成を通じて作られていくと言われているのですが、それができなかった子どももいます。

 浜田さんのお話にもありましたように、不安だったり、お腹が空いているのにネグレクトでケアされず援助ホームに来ている子どもたちからすると、簡単に他者を信頼したり、大人を信頼したりすることができない。そのまま大人になって支援窓口に来たときに、支援者とうまく関係がつくれず、自分から離れたりして支援が中断してしまうケースもあります。そういったことともアタッチメント形成は関係していると思います。

 

感情の封印に至るプロセス

 次に、感情の封印に至るプロセスと状態について3つに分類されると考えています。官民協働刑務所と児童自立支援施設のなかで見聞きしてきたことからお話します。

 ①感情の快・不快・欲求とが未分化で、何を感じているのか分からない状態。例えば、赤ちゃんのおむつが濡れていて気持ち悪い状態というのは、最初から「気持ち悪い」わけではなく、誰かにオムツを変えてもらって「気持ちよくなったね」と言われて、快と不快が分けられていく。「お腹が空いていたんだね」とか、「怒っていたんだね」、「悲しかったんだね」と言われて、だんだん自分の感情に名前が付けられていくのですが、それらの気持ちが区分できず、感じていることすら分からない。

 ②感じてはいるがどう表現していいかわからない状態。感じているのだけれども名前がつけられていないので、どう表現していいかわからない。

 ③感情的苦痛をだれにもケアされなかった体験を繰り返すことで、自ら感情に蓋をしようとする。そんなことなら感じない方がましだと、回避していく。そして封印していく。

 ①の事例を、私が刑務所で聞いた話を統合して個人が特定できないようにまとめてお話します。「人の虐待された話を聞くけど、そんなにつらいかなって思う。俺も小学校1年生の時から毎日親父とけんかして毎日殴られて殴られて、近所中逃げ回っていたけど、べつに家に帰るのが怖いとか思わなかった。誰かから、なんで帰ろうと思うの帰るの怖くないのと聞かれたけど、そう言われても分からない。怖いも嬉しいも嫌もない」。この方は、プログラムのなかでいろいろな人の虐待体験などを聴くのですが、なかなか自分の感情が動かないとも話をしていました。強盗事件を起こした時もぜんぜん怖くなくて仲間からは「おまえ、すごいな」と言われたと言っていました。「このプログラムを受けるようになって、自分が感情を感じられてなかったことに気づいた」と話していました。

 もう一つは、③の事例です。「幼い弟を置いて出ていったまま親が帰って来ない。いつ帰ってくるかわからない不安を抱えたまま何時間も過ごす。お母さんが帰ってきた。うれしくて駆け寄ると、ほっとして泣けてくる。『お腹空いた』とつぶやいてみる。お母さんは『ちょっと待って』と言って、いつものように寝てしまった。続いてお父さんが帰って来る。たぶんダメだろうなと思いながら『お腹空いた』と言ってみる。そうすると『飯ぐらい自分でできないのか、しょうもないヤツだ』とボコボコにされた。毎日こんなことばっかり繰り返している。お腹空いたとか、悲しいとか、寂しいとか言ってもどうにもならない。かえって損をするだけ。それなら気持ちに気づかないほうがいい。そのほうが楽に生きられる」。こういった話もよく施設のなかで聴きました。

 児童自立支援施設でのプログラムで、男子はどちらかというと②が多くて、どう感情を表現してよいかわからないパターンで、感情に名前をつけるゲームをしたりすると喜んでやってくれるのですが、女子は、「こんなプログラムをやって何の意味があるのか。そういうことに向き合わされるのが嫌だ」と、私たちスタッフに反発抵抗が向けられる印象です。

 感情を動かさそうとしない背景には、被害体験や無力感、絶望感、恐怖などがあって、自分でもどう感情を表現していいかわかない。表現したら自分がどうなるか、表現したことがないから分からない。そうして壁をつくっていく。その壁を維持するために反社会的な行動や、表情や気持ちを動かさないことで乗り越えてきたという点があると思います。ですので、感情に目を向けていく工夫が必要なのではないかと思います。そういう点から、これから何ができるかと考えれればと思います。

 

自分の逆境的経験が認められることから
封印した自分の感情を認め、人を傷つけたことにも目を向け

 暴力の連鎖に歯止めをかけるにはどうしたらよいか。非行犯罪の領域のなかで、加害行動を変えていくためにはどうしたらよいか。

 実感としてもそうですし、研究としても裏付けがあるところでいくと、まずは、加害をした人が安心や安全を感じられる場所をつくって、そうすることで自分の素を出せるようにする。誰かに批判される、ボコボコにされるという構えがあるので、そこをほぐしていくために安心安全な場をつくっていきます。

 そのなかで仲間やいろいろな似た立場にいた人たちの話も聞きながら、自分がどういう子ども時代を送ってきたか振り返りながら、どう向き合うかを考えていく。そういう仲間との関係のなかで自分自身を振り返って、これからの人生をどう選んでいくか話をしていくのです。

 そういう手法として、治療共同体(Therapeutic Community)があります。治療共同体は人の変化や成長を支える安心安全の環境をどうつくるかについて経験や実践があるところです。イギリスでは精神医療のなかで、アメリカでは薬物依存症の自助グループのなかで発達してきました。日本のある刑務所では、アメリカベースのアミティ(Amity)がやっている治療共同体プログラムを導入しています。

 このアミティで重要視されているのが、安心安全な場で当事者が過去を振り返り、経験を語りあうことです。自分の経験が否定されるのではなく認められるという経験を通して、抑圧してきた自分の感情、封印してきた自分の感情に気づいて、それを認めることから始めます。それによって、自分が人を傷つけていたということにも目を向けられることに重点を置いています。それを促す仕掛けがたくさんあり、教科書カリキュラムがきちんとあるので、それを翻訳して日本に導入している形です。

 アリゾナ州にあるアミティの施設では、椅子をサークル状に並べて、間に机は置かず隔たりを設けない形で、始まりもなければ終わりもなく、上も下もなく、対等な関係性のなかで語り合うかたちでプログラムが進みます。また、アリス・ミラーのパラダイムというのが、アミティの治療共同体プログラムで重要視されています。それは次の5点にまとめられます。①小さな子どもの時に傷つけられたが、そのことを誰にも知られていない。②そうした被害を受けたことに対して怒りをぶつけることができなかった。③傷つけられたことが相手の善意によるものだとして、むしろ感謝で応えようとしてしまう。④すべてを忘れてしまう。⑤大人になってから、内にためた怒りを他人や自分に向けて吐き出してしまう。

 プログラムの中でこういうパラダイムを紹介しながら一緒に考えていくということをやっています。

 

よりよい人間関係や人生を築いていくために

 児童自立支援施設(元教護院)で、非行行動のある子どもたちを対象にしたグループワークをしています。基本的には非行一般のリスク低減をしていくことが目的ですが、それだけではなく、よりよい人間関係や人生を築いていくためにはどうしたらよいか、ポジティブなアプローチも入れて自分バージョンアップ計画のような形でプログラムを作っています。ベースとして認知行動療法と治療共同体のエッセンスを取り入れて、安心安全なグループ形態のプログラムを行っています。扱うテーマは多く、信頼関係づくりから始めて、プログラムでの個々人の目標を設定したり、感情の調整と機能について心理教育をしながらワークを通して感情の名前を学んでいきます。

 このテーマのなかで「感情の機能と調整」については、感情の名前付けゲーム等を行った後に、「怒りの氷山」というワークシートを用います。たとえば表面的に見えているのは怒り、先ほど会場から出た「だる・うざ」なども表現の一つかもしれません。関西だと「しばく」とかよく出てきます。「怒りの氷山」では、実際にはどんな気持ちが隠れていたかを考えていきます。たとえば、先生に話しかけたのに「ちょっと待ってて」と言われて「こいつ、しばいたる」とキレたのは、「自分が後回しにされた」、「周りに見られていて恥ずかしかった」、「みじめ」、「やるせない」など、本当はいろいろな気持ちがあるのですが、そういう言葉を持っていなかったために表現が「しばく」になったりする。そういうことに気づいていきます。

 またテーマの一つ「自分を取り巻く人間関係」は、アミティの治療共同体で実際に行われているプログラムでソーシャル・アトムというものです。紙に自分を中心に描いて、自分の周りに例えば5人書いてもらいます。自分が信頼できる人や、自分に影響を与えた人などを書きます。実際には、お母さんの存在が大きくて棘のある円で描かれていたり、ペットの猫が書かれたり、お父さんが小さくて遠いところに書かれていたりします。自分の人間関係がどのようなものか、どう変化してきたかなどを振り返ります。

 

幼少期に負の感情を否定されてきた親 わが子の負の感情を受けとめられず 子どもが自分を否定する存在になるのはなぜか 

浜田さん) 坂東さんに聞きたいのは、小さい時に不快な感情やマイナスの感情を<あらんの家>の子どもたちは受けとめてもらえなかったと思います。そのことが被害者的な認知に変わっていく。負の情動や負の感情が受けとめられなかったがために、今度、目の前に赤ちゃんがいて、負の感情、泣いたり駄々こねたり嘘ついたりすることに対して、自分をいらだたせているものとなるわけです。その関連はどう説明したらよいのですか。

 アタッチメントを得られなかったお父さんやお母さんが子育て中に被害者的な認知行動に入るのは、なぜかなととても気になっています。自分が生んだ赤ちゃんにもかかわらず、自分をいらだたせるもの、自分を否定するものという存在になる。一時保護に連れて行かれた子のケースではステップファミリー的な役割の子だったので実の子どもではないのですが、子どもを何か自分をいらだたせるものとして捉える被害者的な認知に変わっていくのです。

 小さい時に負の情動や負の感情が小さい時に否定されたのです。たぶん小さいころに、僕らだったら「それはたぶんオシメが濡れているから泣いてるやろな」と思うような時でも、「泣くな!」とか言われてきたのだと思います。自分の中で負の感情を否定されてきたお父さんお母さんは、何かを内に入れているのですが、子育てをしたとたん、自分の目の前にいる子どもが私を否定するもの、私の加害者であるととらえる被害者的な認知をするように変わるのです。それはケースワークとしてはわかるのですが、それがどう連関するのかがわからない。

坂東さん)んー、難しいですね。考えさせてください。

寺中さん)このポイントは、ぜひみなさんのそれぞれのテーブルで考えてみて、後でみんなで話してもよいかなと思います。

 

 

――グループ発表とゲストのコメント―― 

~グループ対話を行い、それを会場全体で共有するために発表しあい、ゲストにコメントいただきました~

信頼でき協力することができれば虐待の連鎖を止められるのでは

(参加者)「実際に現場で働いている方もいて、どうやって逆境を乗り越えるかヒントを得るために集まったというところがあります。まず、それぞれの体験を話すことが乗り越える一つのプロセスになるだろう。実際に話すことで同じような体験をした人がいると認識をして、一人でないと感じられる。また話さなくても参加すること自体、居場所になるだろう。

 快・不快の未分化という問題は共感できる。これが分からなければ次の段階として善悪の判断もすることが難しくなってしまうだろう。そして親になった時に、子どもにどうすることが善くて悪いのかの判断も難しくなってしまう。そこに虐待の連鎖というものがあるだろうと考えました。

 虐待を受けていなかったとしても、それぞれ人は足りない部分があると思うけれども、誰かを信頼できて、協力することができれば、その連鎖を止めることができるだろうと思います。けれども、まず人を信頼するためにアクセスする、そこに至る体力や気力がなくなってしまうと、もう難しくなってしまって本人次第というところになってしまうので、そこは周りからの働きかけとして難しいところではあるなと考えています。」

 

逆境体験によって自律できていない親 自分を満足させてくれない子どもに対して被害感情をいだく

認められたい愛されたい安心させてもらいたい思いが満たされないまま育ち、子どもを認めて愛して安心させてあげられない

「逆境体験のある環境で育ち成長していくなかで、居場所や、受けとめてくれる味方、大人の存在が大事だ。

 困難な状態で生活してきたなかで、犯罪に手を染める、あるいは手を染めない、その違いはどこからきているのか。

 浜田さんが最後にお話されて意見を求めた点について。私は普段インターネット上で、虐待を受けた人や、虐待をした親御さんから毎日連絡をいただいており、いろいろな声や体験の話が集まってきます。これはいろんなケースがあるなかでの一つと考えていただければと思います。
 逆境体験がある、例えば虐待を受けて育った、何か辛い状況で育つなかで、本来であれば親から得られるべきであった関心や愛情など、いろいろなものが満たされない状況で育ってきて、誰かに認められたい愛されたいと思って生きた。まだ結婚に至る前、お付き合いする段階から、恋人に対して何か自分の親代わりになる存在を求め、そういう状況の延長上に結婚をする。自分を必要とし愛してくれる、自分の満たされない感情を満たしてくれる、依存できる相手を探して結婚をすると。でもまだ自分の心の問題が解決されたわけではないので、自分の心を安定させる安心させるために誰かから自分が安心させてもらいたいと思っていて、精神的に自律できていない。他者に自分を満足させてもらいたい、要求を埋めてもらいたいと。
 そういう状況のなかで、子どもが生まれた時に、自分が母親であることで自分が満たされたいとなった時に、子どもが泣いたりわめいたり言うことをきかないとなれば、親としてはストレスがたまると。この子が言うことを聞いてゆっくりしてくれれば自分は満足できるのに、でもこの子は言うことをきかない、ずっと泣いていたりする。この子のせいで自分は不幸だというかたちで子どものせいにしたりする。というところが話として結構出てきます。
 このように、逆境体験によって自律ができていない、他者に自分を満足させてもらいたい、他人のせいにしたり攻撃したりというところがある。そういうケースがあります。」

 

「現場で働いている方や、ボランティアで子育てに関わっている方、貧困というところで自分が何かできないかという方、虐待というところでどう関わったらいいのかと問題意識をお持ちの方が集まったグループでした。フリートークの形で自分が関わっている現場から自分が考え感じたことを自由に話し合いました。貧困や虐待、生きづらさを感じているところに向けて、何かできないか、方向性は同じなのだけれども立ち位置が違うところからいろいろな話が出ました。

 最後は、『うざ・だる・無理』と若い子よく言うよねというところが共有できました。すごく短い言葉で短いセンテンスで参ってしまうということろから始まりましたが、そんな言葉でもそこから子どもたちと関わっていって、そこから共感して、その子たちの何かを受け入れることができたら、そういうところから変わっていけるのかもとお互い共有できました。」

 

「虐待の連鎖を断ち切るために焦点になったのは親です。トラウマ・インフォームド・ケアを子どもに関わる人たち、教育学部の人、社会福祉学部の人、児相の職員さんなど、若い現場の人たちに理解してもらって、虐待を受けて育ってしまった親のケアも含めてやっていくことに焦点を絞って話が進められました。

 ちょうど今、国会で体罰禁止法が議論されているので、虐待をどう止められるかという特集が報道されるそうで取材を受け、ACEsの話や、親へのプログラムが大事だという話をしました。」

 

見えない虐待 理解されない被害者

「なぜ虐待の連鎖、どうして虐待が起こるのか。その部分で話がループしました。暴力はすべて悪いのか。暴力はいけないという大前提がありますが、本当にいけないのか。数十年前は暴力は当然だった。風潮が変わった。

 貧困の問題から虐待につながる部分もあるが、必ずしも虐待は貧困だからとは限らない。裕福な家庭でも虐待が起こる。どうして虐待は続いていくのか。

 親を逮捕しても、虐待の連鎖は変わらないので、逮捕すればよいという問題ではない。虐待している親を、もしくは虐待されている子どもたちを、何らかの形でそこで修正する、虐待に進まないような何らかのプログラムが必要だろう。

 何よりも、虐待は私たちの目の前にある。でも見えていない。僕はついこの間、虐待を受けていましたと告白されて、すぐそばにそういう人がいたと初めて知りました。虐待は蓋をされている部分が多いかな。虐待をもっとみんなが見えるようになって、みんなが集中して考えるような時代にならないと、虐待は無くなっていかないのかな。」

寺中さん)重要なポイントを出していただいています。とくに虐待を受けた被害者の立場からすると、それはあまりにも明らかで、こうなのに誰も分かってくれないという状態、にもかかわらず、それを周りは本当に分かっていない、本当に見ていない、見えないという状態になって、このギャップです。これがいろいろな問題の根底にあるだろうということは、虐待の問題を考える時に避けて通れないと思います。

 

アタッチメント形成の重要性

「父親から性的虐待を受けた30代ぐらいの女性から、なぜ父親は逮捕されないのかと質問されました。虐待を受けた子どもたちのなかには同じような思いを持っている子もいると思います。この思いが心のわだかまりになったり、社会への不信になったりという状況にあるようです。この問題にどう関わっていけばよいのか教えていただければと思います。

 いま胎児から乳児期のアタッチメント形成の重要性が指摘されていますが、虐待経験のある人が望まない妊娠をした場合等ではその子どものアタッチメント形成が困難な場合があると思います。それが虐待の連鎖になっていくと思いますが、そこを何とかしたいなと思いますが、そのあたりの対応についてアドバイスいただければと思います。」

 

「浜田先生が最後におっしゃった被害者的認知について話しました。実際に虐待を受けた方が親になって、芽の間えで子どもが泣いたり騒いだりして自分を苦しめるというのが被害者的認知だと仰ったかと思います。逆も考えられるのではないか。つまり、泣いている子どもに対して暴力をふるってしまう自分の可能性もあるのではないか。けれども、暴力を実行してしまうか、暴力をとどまれるか、その違いは何なのか。その結論が出ず、そのあたりが分かれば虐待してしまう人へのアプローチも可能なのではないか。」

 

「NPO職員の方や、大学教員の方、これから就職する方が集まっていました。主に3つの話になりました。

 一つは、被害者意識を出せるような居場所に関わっている方がグループにいて、自分はなぜこうなのかその居場所では出せるけれども、外では出せないという話がありました。二つ目は職員側についてです。職員側であえて自分の中で感情に蓋をする専門家もいるのではないか。これと、虐待を受けた人が感情に蓋をすることとはいったい何が違うのかという質問が出ました。また職員がこうしたアカデミックなことを学んだらどういう意味があるだろうという話もされました。三つ目は当事者視点、当事者がこの報告を聴いたらどう思うだろうかということについても話し合われました。」

 

子どもの意見表明は多様 安心安全な場で
インケアと第三者アドボケイトの役割


坂東さん) 被害者意識を出せる居場所が外になくて、居場所のなかで感情などいろいろなものが出てきてぶつかり合うことが、当事者が複数集まる場では起きるかと思います。基本的には、見ず知らずのところで出すよりは、支援をしている関係者がいる場所で出せた方が、そこが安心安全であればその方がいいし、だからこそ出せているのかもしれません。そういうふうに何かしら負の感情などが出たときに、どういうふうにそこを成長の場に変えていけるのか。負の感情の表出が悪い方向になってしまわないか不安も職員にはあるかと思うので、現場にいらっしゃる方と一緒に考えたいテーマの一つです。

浜田さん) 子どもの権利条約のことをやってきまして、地域でいろんな子ども参加の仕組みをつくってきました。自立援助ホームをやったり、三重県や奈良県の里親研修や、権利擁護の研修をしていると同じような課題はあると思うのです。

 本当にインケアのなかでしか言えない子どもがいて、信じてくれているからこそマイナスの感情も言えるかと思うのですが、出し方、出方もいろいろです。私たち<あらんの家>で例えば「今から子ども会議しようか」と言ったからといって出るはずはないし、「門限破ったから今日はお弁当抜きにする」と私が言った後のケンカの中からものすごい1時間・2時間、夜中までいい意見が出て、例えばお弁当にまつわるエピソードが出てきたり、お弁当抜きだとか、お弁当を食べさせてもらえなかったとか。思わぬところから子どもたちの思いが出てくるので、本当にインケアの中で出てくる子どもの意見表明は多様な出方をするなと思います。それをどう受け止めるかは施設内でのチームワークの問題とか、臨床心理の先生たちとか、ケース会議とか、そういう形があると思います。

 堀正嗣さんや栄留里美さんが厚労省の資金協力を得て、厚労省が「施設訪問型子どもアドボケイト制度」を進めようとしています。民間レベルでの第三者が施設の中に入っていったり、里親とヒアリングをしたり、子どもの完全なる味方になって聴き取りをしていくという制度です。厚労省も乗り気ですが、この外部から入ってくる民間アドボケイトの役割の有効性を認めつつも、本当にこの子どもたちが感情を出すにはいろいろな時間がいるのだろうと思いますし、そのことを制度改善につないでいくにはどのような仕組みを作るかについては厚労省も十分にできていないと思います。オンブズパーソン制度のようなものとの組み合わせを私たちは提言していますけれども、民間の第三者の大人が子どもたちからいろいろな思いを聴き取っていくことの難しさと、それを受けとめたとして、どう制度を改善していくかは難しい課題かなと思います。

 

虐待を受けた子どものトラウマへの理解を社会システムに組み込んで
虐待の加害者への処罰を求める感情も受けとめ
虐待の連鎖を止める 

寺中さん) 被虐待児に処罰欲求がある、ご質問の場合には性被害ですけれども、その処罰欲求をどうするかという問題が出ました。処罰欲求は、加害者は通常は処罰されず、場合によっては加害者は死んでいるので、宙に浮くわけです。残された被虐待児はその処罰欲求をどう扱うのかという問題があります。

坂東さん) 一つは、加害を加害者本人が認めていないこと。それに加えて周りが認めてくれないことは、性犯罪、性暴力についてはよくあると思います。だからなかなか被害者の立場からも言えなかったり、大人になってから「あれは性暴力だったんだ」と気づいた段階ではもう立証することができなかったり、リアルタイムで母親に言えたとしても「そんなはずはない」と認められなかったというケースも多いと思いますので、そういった認められなかった状況をどう変えていけるのかが大事です。
 じっさいに性暴力は見知らぬ人からよりも、家族や親戚、学校教員からなど関係が近い人からの性暴力が多いということがあり、「その人に限ってそんな」という社会の反応もある。性暴力・性加害を知った人たち、親も学校関係者など周りにいる人たちもショックで、どう対応してよいかわからない。
結局、被害者が置き去りにされる、そこをまず解決していかなければいけないと思います。処罰は、こういうことをしたら処罰されるんだという社会へのメッセージになるので、処罰も一つの方法ですが、先ほど会場から話があったように、処罰だけでは改善はしないと思いますので、加害に対してどういう対応をしていけるかということが併せて大事かと思います。


 

寺中さん)トラウマ・インフォームド・ケアの話が関連してくると思いますので、お願いします。

坂東さん) ACE研究が出て、トラウマ関連障害に苦しむ人々や、小児期逆境体験のために心身の健康不全や社会不適応状態に陥る人々がいることが次第に社会で認知され始めています。そういう人たちが社会福祉サービスにつながってくることが多いと思われるのですが、支援機関にたどり着いたにもかかわらず、そこで再トラウマ体験をしてしまうことが実際に起きているのではないか。それに対してどういう対応策があるのか、検討されて模索されてきた中で、トラウマ・インフォームド・ケア(TIC)という実践が広がっていると理解しています。

 トラウマ・インフォームド・ケアとは、インフォームド・コンセントのように、トラウマはどういうことかを情報としてきちんと本人にも、支援者にも、組織全体にも知らされている。トラウマを抱えた人がどういうことでフラッシュバックが起きるのか。たとえば虐待を受けた子どもが先生や大人からいきなり後ろから「おい、おまえ」と声をかけられただけで虐待をしたお父さんを思い出してしまうとか、ちょっとした声に反応してしまうとか、過覚醒や感情の麻痺などの反応があることを知っていると、学校などでの対応も変わってくる。なんでいきなり教室から出ていったのか、友達といきなり喧嘩になったのか、あの子はよく分からないという問題が、トラウマというレンズを通してみれば違った理解ができるのではないかというものです。

 トラウマについての理解をサービス全体に組み込んでいくことで、その中でケアしていく、サポートしていくという風土を強化していくものです。トラウマ・フォーカスト認知行動療法などの専門的なセラピーを行うというものではなく、組織全体、システムの中にトラウマへの理解を組み込んでいくというものです。学校の先生や福祉的支援のスタッフがこれを知っていることで関わりが違ってくるというものです。

 トラウマ・ケアの3段階とTICのなかで言われているものは、一番上の段階は「トラウマに特化したケア」で、PTSDの症状があったりしてトラウマ・フォーカスト・セラピーなど認知行動療法のトラウマにフォーカスしたケアを受けるようなケアです。その下の段階の「トラウマに対応したケア」は、リスクを抱える人が対象で、被害の影響を最小限に抑えて健全な発達と成長を促していく働きをしていく。例えば、虐待のある家庭に育っている子が学校にいるとしたら教員はどのようにその子に関わっていくかになると思います。一番下の段階である「一般的なトラウマの理解と基本的対応」は、たとえば福祉サービスなどいろいろな相談窓口でスタッフがそれを知っていることで、窓口で毎回スタッフにキレる人や、居場所のなかでスタッフや利用者とよくぶつかる人がいた場合にトラウマの可能性を念頭において関わることが目指されています。

 ACE研究のなかで、予想以上に多くの人がトラウマを抱えていることが分かってきました。先ほど会場からお話があったように、見えていない虐待がある、そこを無理やり明らかにしようというわけではなく、そうかもしれないという形で関わっていく、トラウマの眼鏡で見るという方法です。

 

感情に蓋をする支援者 トラウマ・インフォームド・ケアに含めて

 もう一つ質問にあった、あえて感情に蓋をする支援スタッフがいるのではないかという話について。「地域で支える子どもの回復ネットワーク」という大阪の団体のホームページで、サンドラ・ブルームさんがトラウマ・インフォームド・ケアのことと、どうやって安心安全を築くかというサンクチュアリ・モデルを紹介している動画が見られます。ブルームさんは、トラウマを抱えている人を支援すると、トラウマというものが支援者にも影響するし、組織にも影響すると言っています。システムの中でトラウマ体験が再現されていく、もう一度同じようなことが起きていく。例えば無力感や諦め、不安や不信など、子どもたちが感じてきたことをスタッフも感じるようになってしまったり、過覚醒――常に戦っているような状態、使命感と言われるかもしれませんが、ふわふわした状態で常に走っていなければいけない状態――に似たようなことが組織のなかで起きていないか。そして誰かがスケープゴートになっていくようなことが起きていないか。「トラウマ支援の並行プロセス」と言われているものがあります。

 トラウマ・インフォームド・ケアの中では、トラウマを抱えているかもしれない人だけがターゲットではなく、支援者もトラウマを抱えている人かもしれないということも含めて、トラウマの影響をチームできちんと見ていく必要があります。トラウマは、回避や麻痺が起きるので、そういうことも組織の中で起こる可能性があることが紹介されています。

 

寺中さん)いろいろなところに関係している問題が提示されました。浜田さんから話に出ました民間アドボケイトの問題は、障害児のアドボカシーをテーマに昨年アドボカシーカフェを開催しました。今後とも、自由闊達にそれぞれの方がお話をして、講師の方から話題提供をいただき、問題への取り組みを深めていければと思います。ありがとうございました。

 

 

●次回アドボカシーカフェのご案内

当事者の声を「移民基本法」に ~移民一人ひとりと共に生きる社会へ~

【登壇】 高山ゆきさん・ゲスト
(ベトナム難民となり来日し30年余、技能実習生や留学生の救済や支援活動に奔走中)

     山岸素子さん・基調講演
(NPO法人移住者と連帯する全国ネットワーク事務局長)

     黒田かをり・コーディネータ
(一般財団法人CSOネットワーク事務局長・理事、SJF審査委員)

 【日時】2019年6月18日(火)  13:30~16:00 (開場13:00)
 【場所】文京シビックセンター
 【詳細】こちらから

 

 

*** 今回の2019年3月5日の企画ご案内状はこちら(ご参考)***

 

 

 

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