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第1回アドボカシーカフェのご報告


 2年間にわたって準備してきたソーシャル・ジャスティス基金(SJF)が、いよいよスタートしました。記念すべき最初は、アドボカシーカフェという少人数の“ゆるやかな対話の場”です。
 その第1回は、「原発事故と子どもたち」。人権問題の専門家である上村英明さん(恵泉女学園大学人間社会学部教授、市民外交センター代表)を司会に、福島県などで活動をしている中手聖一さん(子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク)と大河内秀人さん(原子力行政を問い直す宗教者の会、江戸川子どもおんぶず、など)をゲストにお迎えしました。

   

告知時のイベントの詳細はこちらをご覧ください。


はじめに

 アドボカシーカフェの目的は、来場者が単に講演会を聞くのではなく、問題を共有して私たちに何ができるのか、何をすべきなのか話し合い、次につなげることです。そのため参加者は30人限定とし、会場の皆さんは4つのテーブルに座って、お茶とお菓子を食べながらのスタートです。





 最初に、司会の上村英明さんからSJFについての説明がありました。上村さんは人権問題や市民社会の実現をテーマに長年活動してきた方で、「これからの日本の社会正義を、市民がどう創っていくのか」、「社会的な不公正を生み出す、世の中の枠組み自体を変えていくにはどうするか」というSJFのミッション実現には最もふさわしいお一人です。

第1部; 中手聖一さん

 第1部は、中手聖一さんのお話しからスタートです。中手さんは、福島の障がい者自立生活センターでお仕事をされている一方で、「子どもたちに顔向けできる大人でありたい」という気持ちから、震災後すぐに今回の運動を始めました。
 中手さんが、原発事故後に4名の仲間とお子さんが通っていた学校の校庭を測ったところ、数十マイクロシーベルトという通常の何十倍の放射能が測定されるなど、大変な事態であることが分かったそうです。そして、学校や行政に状況改善の訴えかけをしました。その後、福島県が県内の1600の小中学校や幼稚園で計測したデータを中手さんたちが集計したところ、75.9%の学校で放射線管理区域になっていたということです。
 放射線管理区域というのは、原発の中のいわゆる被ばく労働者の人しか入らないエリアのことで、それと学校が同じ状態になっていたのです。4月19日にその危険性を「小中学校での授業中止及び学童疎開ならびに除去等の措置について」という進言書にまとめ、福島県知事、教育委員長、教育委員会に提出しました。

 しかし、文部科学省は「この状況では何もしない」という意味の、「子ども20ミリシーベルト基準」を出しました。このまま声をあげているだけではだめだ、自分の子どもは自分で守らなければならない、と思った中手さんたちは、実際に行動を起こすことにしました。この時に250人の市民が集まってできた団体が、「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」です。
 現在では、600人のメンバーになっています。会では子どもたちを放射能から守るためのあらゆることを行おうということで、自主避難の提案や相談、疎開案の政策提案、市民のできる除染活動、個人で出来るマスクの配布による防御など、思いつく限りの活動をしているとのことでした。



 福島では現在5万人の自主避難者がいて、夏休みには8万人程度の人たちが避難するといわれています。しかし150万人の人たちが住んでいる中で、子どもたちを自ら力のみで疎開することができる人は、5万人が限界だと思われます。そして夏休みが終われば、多くの子どもは家に戻らざるを得ません。これを考えると心が痛むと中手さんはいいます。
 この問題を解決するために、中手さんたちは「選択的自主避難政策」を提案しています。チェルノブイリは広大な大陸での事故だったため、離れた場所に集団移転が可能でした。しかし、日本は島国で国土は広くありません。この提案は、汚染された土地の除染を進めることと、除染が終了するまでの間、国内の安全な場所に様々な形で疎開することが両立できる政策を作るべきだという内容です。

 中手さんは、SJFの主張が話を聞いているうちに少し分かってきたといってくださいました。「困難な状況を負わされてしまった人たちが、理不尽にも苦労をしなければならない状況があります。今の社会の中で誰かが負ってしまった困難に対して、市民自身がその理不尽な問題を解決する道筋を作るという意味では、SJFと私たちの活動は同じものを目指していると思います。」




第2部; 大河内秀人さん

 第2部は、大河内秀人さんのお話しです。お寺の住職である大河内さんは、難民の救援からNGOの世界に入り、「江戸川子どもおんぶず」、「 NPO法人パレスチナ子どものキャンペーン」をはじめ、地域を中心に多くの活動を行っています。
 大河内さんが原発問題に関わり始めたきっかけは、20年前、キリスト教関係のお知り合いから「原子力行政を問い直す宗教者の会」に誘われ、被ばく労働者の問題を知ったことでした。日本中の原発立地地域には20代、30代で亡くなる方が多く、そのほとんどはガンか白血病が理由であり、多くの方は原発で働いていました。
 このように、人の命を犠牲にすることを前提に成り立っている産業が原子力発電だということを知り、反原発/脱原発という活動を始めたそうです。これまで、日本全国の原発立地地域の「現場の人たち」と地域で活動するとともに、電気の最大の消費地でありエネルギー政策を形成する中心である東京でも活動を行っています。東京では省庁への申し入れや国会議員への学習会などを行ってきました。



 今回の事故について、これまで勉強を続けてきた会のメンバーには本当に大変なことが起こったということがすぐに理解できたため、まず知識の蓄積があると思われる米軍に協力を求めるよう行政に要請するとともに、西日本と北海道にある教会やお寺などの施設に放射能汚染地域の皆さんの受け入れを依頼しました。そして長年この問題に関わってきた宗教者の皆さんから、「とにかく今は危険すぎるから、自分たちのところへいらっしゃい」と40軒ほどの返事をもらったそうです。
 しかし、すでに問題意識を持っていた被ばく地域の方たちは、呼びかけと関係なくすぐに避難したのですが、特にこれまで問題意識を持たなかった方たちはほとんど避難しなかったそうです。放射能被害が進む一方で、政府は安全だというキャンペーンをしていましたし、文部科学省も大丈夫だと言っている中で、簡単に避難することはできなかったのでしょう。

 これまで、大河内さんたちが原発立地地域でいろいろお話しをしていく中で分かったことは、原発が悪いということが言いにくい地域の状況でした。放射能汚染のことを強く言うと「反原発の人たち」というレッテルを貼られてしまい、原発が危ないという理由で逃げることが地域への裏切り行為だと受け取られます。
 このように、放射能の恐怖よりコミュニティで裏切り者あつかいされる方が恐ろしいという状況が、原発立地地域や日本のいくつかの産業には、当たり前のようにあります。それがこれまでの日本社会の一つの姿でしたし、またこれは原発だけに限った話でもありません。

 そのような福島から避難しにくい状況の中で、大河内さんたちは「夏休みに子どもが北海道に行く」という形ならば無理なく避難できるのではないかと考え、「寺子屋合宿プラン」を立ち上げました。旭川市の東川町や剣淵町では、町を挙げて迎え入れてくれています。
 しかし、ある福島県の県立高校では、部活で県外合宿することは許可できないということで話がつぶれてしまいました。先生方は、少しでも子どもたちの状況を良くしたいという気持ちで努力を重ねていたのですが、上からの圧力でうまくいかなかったそうです。
 大河内さんは、努力してきた若い先生に、「あなたのしたことは正しいんだ」「絶対にここで挫けてはいけないんだ」ということを伝えたい、そして未来に希望を持とうとして活動している人たちの話を多くの人に聞いてもらいたいし、自分の含めてその思いを受け止めていきたいと話していました。



第3部; 大河内さん、中手さん、会場とのダイアログ

(省略)

会場ダイアログからのシェアリング(ダイアログの共有)


中手さん
「社会の仕組みやルールを変えるだけではなくて、権利を行使できるように、私たち自身が変わらなければならない。」




大河内さん
「原発の問題は、日本の社会構造の問題であり、多くの人たちが絡めとられている現実の問題であり、何よりもそこで犠牲となる人の声がつぶされる社会の闇の問題である。この構造に乗ってきた、私たち市民のこれからの責任が問われている。」



まとめ; 上村英明さん

 最後に上村さんが、SJFの視点からまとめをして下さいました。
 「今の時点で3.11以後の世界を考えた場合、そのほとんどは、どう節電をするか、脱原発後のエネルギーシフトをどうするか、という議論になるでしょう。しかしSJFが目指しているのは、それだけではなくてもっと具体的な政策を提案しなくてはいけないのではないかということです。市民が自主的に活動することは、とても大事なことです。しかし同時に、地方自治体や国がしっかりものを考えなければ、その活動を普遍的な原理にすることはできません。」

 このような面から、今日のポイントを3点にまとめて下さいました。
1、 「子どもの権利」を日本社会が取り戻す機会にする
 最初は市民が主導するかもしれない「子どもが避難する権利」は、その次に政策的な対応にしていく必要がある。今後、放射能汚染が何十年続くのか分からない状況で、行政の役割は決して小さくない。そういう意味でも、私たちは「子どもの権利」を当たりとして扱う取り組みを、政策にのせて行く必要がある。

2、 避難政策の抜本的な改革を行う
 従来の同心円状の避難区域という考え方が適切でなかったということを、すでに私たちは知っている。それに対して選択的避難区域の設定のような提案を、福島だけではなくて東日本全体、あるいは日本全体できちんと測定した上で考えていくべきだ。同時に避難の権利が保障されなくてはいけない。それは子どもたちだけではなく、お年寄りも同様である。人権とは、そういうものだと思っている。このように、避難政策はかなり抜本的な所から考えなくてはならないだろう。

3、 放射能管理システムを行政の責任で構築する
 農業者や地域づくりとの関係性の中で、放射能管理システムを行政がきちっと作らなくてはならない。これをしっかり行わないと、様々な形での地域における分断が、互いに意図しないところで、どんどん生まれてきてしまうだろう。





会場アンケートから

 このような会が、色々な所や物事とつながっていったら良い世界になるのではと希望を持てました。ソーシャル・ジャスティスとは?皆さんにゆっくりお聞きしたいです。
 原発や福島の問題のもやもやした部分が、中手さん、大河内さんのお話しを聞くことや、ディスカッションを行う中で明確になった。考える指針ができたことが大きいと思います。
 社会構造の変革の必要性を、強く感じました。
 国より国民が危機感を抱いていたとしても、一つの勢力や対案がなければ対抗できないと思った。市民が集結することが必要。
 シリアスな会話をしていると、前後左右動けなくなっている自分の状況を再び実感して、避難(帰省)したくなります…。しかし、やらなきゃ。Take actionだ!
 なんともぜいたくな時間でした。こんなに難しく、厳しいテーマを扱っているのに、何て対話の中に笑いが多いのだろう!創造はこういう時間から生まれるのだと深く実感できました。


会が終わったあとに、中手さんからメッセージをいただきました!

ソーシャル・ジャスティス=社会正義」。ほとんどスローガンとしか聞こえない“言葉”を、市民が“実体”として作り上げようと、その仕組みを作ろうとする試み。私がこれまでやってきたこと、今やっていること、これからやろうとしていること、それらをもう一度「市民による社会正義の仕組みづくり」の視点から捉えなおしてみよう、そんな気にさせてもらった会だった。
手法としての「アドボカシーカフェ」。まだよく分からない。でもそれで良いはず。新しいことをやっているんだから。2年後にブレークしているかも。その時にまた呼んでもらえるよう、自分を磨いておきます。

次回のアドボカシーカフェ

アドボカシーカフェは11月19日(土)の設立フォーラムに向けて、あと2回開催します。次回は、9月上旬(平日)18:30に新宿ASKビル会議室で行います。今回と同様に少人数の会(30名限定)になりますので、ご関心のある方はお早目のお申し込みをお願いいたします。

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