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ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)アドボカシーカフェ第25回 報告

 

 


裁判員制度がなげかける死刑の情報開示

 

 

 袴田事件・袴田巌死刑囚の再審開始を静岡地裁が認めた2014327日、SJFは第25回アドボカシーカフェを都内にて開催しました(共催:公益社団法人アムネスティ・インターナショナル日本)。 この事件をふくめた「再審開始を通した死刑廃止の世論喚起事業」に取り組んでいるアムネスティ日本から迎えた若林秀樹氏(事務局長)から、えん罪に結びつく自白の偏重を改める重要性が指摘され、国際人権基準を満たさない日本の刑事司法制度を見直すきっかけへの希望が表明されました。

 東京地裁で裁判員を経験した田口真義氏からは、市井の一般人が裁判員制度をとおして死刑に関わりうる時代は、その葛藤と重圧に正面から向き合うべき時代であり、死刑制度について単純な二元論ではなく、私たち一人ひとりの真摯な議論を広めることが重要で、その前提として正しい情報の公開を徹底することが必要だと提言されました。

 さらに会場との対話のなかから、情報公開は、被害者と加害者双方について心理的側面のケアも含めた権利を守ることにつながるような形で優先順位を考えること、そして市民自身が刑事司法にかかる情報を強く求めることで行政を変えていくことの重要性が指摘されました。また、国民的な議論が高まるよう、死刑について語れるような文化の醸成のあり方も問われました。悪いことを死んでお詫びをするような日本の文化に対し、極悪な憎しみに対してもどれほどの愛を示せるかという姿勢で対峙するような文化や、最後には人は更生する可能性があるという信頼感のある文化の例が示されました。

 最後に、そうした信頼感のある社会実現のためには、透明性のある社会制度が必要であり、情報開示を限界までやるという方針を、政治家も一般市民も共にどこまで追求できるかが問われていると締めくくられました。

 死刑制度について、情報公開による国民的議論の徹底と、その間の死刑の執行停止への提言が共有され、硬直していた日本の刑事司法制度が変わっていく槌音が聞こえたような対話の場となりました。

 

◆ モデレーター 上村英明(SJF運営委員長/市民外交センター代表)

 

◆ 概要と映像アーカイブ ◆ (敬称略)

~ 完璧な裁判制度はない ~

◇  袴田巌さんは、逮捕後20日間にわたって、毎日十数時間にわたる深夜に及ぶ取り調べを受け、自白を強要された。袴田さんは後に自白を撤回し、取調官から激しい暴行を受けたと証言している。

袴田さんに死刑を言い渡した第一審の裁判官3人のうちの1人は、当時、袴田さんが無実であることを確信していたと、2007年に公表した。

えん罪の可能性があるにもかかわらず47年にわたって袴田さんを拘禁し続けた結果、真犯人を逃したことになる。被害者のご家族はどんなにか無念なことだろう。えん罪を防ぐのは困難な人間社会で、完全な死刑制度はなく、長期的には被害者感情にも添わないのではないか。(若林)

◇ 被害者感情について、一律で語ることの功罪を考えたい。例えば、遺族間で温度差がある場合や、遺族がいない場合、近親間での事件の場合など多様な状況に応じたグリーフケア(grief care)が大切ではないか。被害者遺族は世間でつらい思いをしているのに、加害者は塀の中で守られているという感情もあるようだ。死刑廃止について議論するには、お互いに言葉を伝えていくとともに聴く姿勢が大切だと思う。(参加者)

◇ 遺族の被害者感情にたいして、そのことをより考慮した運動が必要であると思っている。また国としても、もっと寄り添うようなシステム、社会のコミュニティのあり方を真剣に考えなければいけない。(若林)

◇ 被害者の司法における権利として、被害者が裁判に参加する制度(被害者等参加制度)が日本にはあるが、参加者の選択など運用方法は十分なのだろうか。(参加者)

◇ 裁判員の中には、被害者等参加制度で参加した遺族の感情が余りに強く、裁判中に違和感を持った人もいる。被害者の救済について、当事者どうしが別の方法で話し合えるような寛容な社会はできないだろうか。(田口)

 

~ なぜ、死刑について国際人権基準の潮流と日本はかい離しているのか ~

◇ 今日は、世界同一で、アムネスティ・インターナショナルの死刑廃止統計が発表される日だ。その統計によると、あらゆる犯罪に対して死刑を廃止している国の数は1980年代から急増し、2013年12月末現在、98カ国となっている。10年以上執行がない事実上死刑を廃止している国36カ国、通常の犯罪に対してのみ死刑を廃止している8カ国も合わせると、死刑廃止国は世界全体の70%となっている。

日本における近年の死刑執行人数は、平岡秀夫法務大臣の2011年には0人だったが、小川法務大臣になってから増加し2013年は8人執行された。

2012年の国連総会において、4回目となる死刑の執行停止決議がなされ、賛成国は111カ国に対し反対41カ国、4回連続で反対したのはアジアでは日本、中国、朝鮮民主主義共和国のみ。また、G8加盟国のうち、死刑を存置しているのは、日本とアメリカのみ。アメリカでは南部の州に執行数が多いが、廃止した州はワシントン州など全州の3分の1を超えた。(若林)

◇ ヨーロッパでもフランスなどかつては死刑を存置している国が多かったが、どのように世論を形成し死刑を廃止したのか、日本は学ぶところがあるのではないか。(参加者)

◇ イギリスでは、死刑執行後に冤罪(えんざい)が判明したエヴァンス事件が契機となり1965年に死刑が廃止された。フランスでは、ミッテラン大統領が死刑反対を選挙で公約して当選し、ロベール・バダンテール法務大臣のもと死刑廃止を提案し1981年に決定した。モンゴルは、共産政権の時に、共産主義に反対する人を死刑に処してきたことへの反省の意識から、現大統領がリーダーシップを発揮して死刑が廃止された。いっぽう日本では、民主党のマニフェストには死刑廃止を視野においた、「国民的議論を行う」ことが書かれていたが、あまり進展せず、最後は死刑執行を頻繁に行った。一法務大臣に要望しても死刑廃止は困難で、首相も含めて内閣全体で取り組むことが必要で、政治がリーダーシップを発揮するよう提言したい。このままでは、日本は世界の死刑廃止の潮流からますます孤立していく。(若林)

◇ 政治的な体制が変わると死刑が廃止される傾向が、世界の事例からはよみとれる。日本では、1966年に死刑廃止法案が参議院に出されたころは民主化のうねりがあったが、そのような歴史的記憶を今一度よみがえらせたい。(参加者)

◇ 国際会議や国連の場で、死刑について日本がどのような指摘をうけているのか、またそれに対して日本の法務官僚がどのような態度だったのかを知った上で議論することも必要だと思う。私たち国民一人ひとりが死刑というものにきちんと向き合って真剣に議論をした結果であれば、国際的な場においても堂々と主張ができるはずだ。(田口)

 

~ 国民の判断による国民への死刑 ~

◇ 2014年2月、死刑判断をした方を含む20名の裁判員経験者が署名した「死刑執行停止の要請書」を法務大臣と法務省に提出した。その目的は「私たち国民に今一度この死刑の問題を直視し、議論する機会を与え」るため、死刑の執行停止を要請することだ。

裁判員制度が2009年にでき、国民が裁判に関わり、死刑判断に関わるようになった意義を見出したいというのが、要請書に署名した裁判員経験者の共通意見だ。きちんとした国民的議論がなされていないなか、法律に定められているから選択肢はそれしかないと死刑判断をした裁判員もいる。死刑判断をした裁判員のなかには、「お前、人殺すの?」と言われて認識が変わった裁判員もいる。今一度、死刑制度について単純な二元論ではなく、私たち一人ひとりの真摯な議論を広めることが重要で、その前提として正しい情報の公開を徹底することが必要であり、この議論の間、死刑の執行を停止すべきだ。

谷口法相は、要請書提出を受けた翌日の記者会見で、法治国家では法的措置がとられない限り死刑の執行停止はできないと発言していたが、逆に、法的措置さえあれば執行停止できるのかと少し期待している。要請書を提出してから、一度も死刑は執行されていない。また、今日、袴田裁判の再審決定が認められ、釈放にまで踏み込んだものだった。今まで硬直していた司法制度が変わっていくのではないか。(田口)

◇ 死刑についての国民的議論を盛り上げるためにできることは?死刑について話せる雰囲気を作るには?(参加者)

◇ 死刑について、世論調査で国民の大多数が支持しているという議論はマジョリティの論理だ。人権侵害はマイノリティだから起こりうるのであり、ここに社会として光を当てることが大切だという教育がなされていない。どう理解を得ていくか日ごろ悩んでいる。ノルウェーでは、1人で77人を殺害した事件が起きても、死刑を復活させず、禁固21年という判決だった。伝統的に、最後には人は更生する可能性があるという信頼感のベースがある。(若林)

◇ 文化や教育の面では、一昨年から、裁判員制度を軸に法教育が学習指導要領にとりいれられた。先のノルウェーの事件では、生き延びた17歳の少女が「彼は、これほどの憎しみを示したのだから、私たちは、どれほどの愛を示せるか見せたい」という趣旨のことを言ったのが印象的だった。ノルウェーには、日本のように悪いことは死んでお詫びをするという文化がなく、日本もそうなることを願っている。(田口)

◇ 国民的議論という際に注意したい点は、「国民」から排除されてしまっている外国人がいるという点だ。死刑囚の中には外国人もおり、アメリカでは人種的偏見に満ちた判断で死刑とされてしまうケースがある。また、裁判員は選挙人名簿から選ばれるが、そこに含まれない人がいる。(参加者)

◇ 誰もが議論に参加できるよう、国会内にオープンな死刑制度に関する調査会などを設けて、両方の立場から議論し、議事録もオープンにしていけるとよい。そして、議論する間、死刑の執行停止をすべきだ。(若林)

 

~ 死刑制度に関する情報公開の欠如が最大の問題 ~

◇ 死刑が確定すると情報がほとんど出てこなくなる。死刑の執行の順番について基準は不明だ。また、死刑囚の処遇については終わりの見えない拘禁であり、死刑囚どうしや外部との交流に対して厳しい制限が加えられている。さらに、処刑時の精神疾患の審判のルールはなく死刑囚の心身の健康状態は不明だ。

執行の状況についての情報も乏しく、東京拘置所を訪問したことがあるが、刑務官が抱える重圧も課題だ。執行に際しては3人の刑務官が同時にボタンを押すことで誰かわからないようになっている。(若林)

◇ 情報開示の優先順位は何だろうか。刑務所の検証、更生のサポート方法など色々な情報も併せて必要だと思う。ロジックに偏らず、心理的な面も含めて、被害者と加害者それぞれが置かれている状況や変化についての情報をふまえた議論が必要ではないか。(参加者)

◇ 「『死刑執行停止の要請書』で求めている『情報公開』とは何か」、とマスコミに聞かれて、「全部です」と答えた。「あなたは死刑について何を知っていますか」と、街ゆく人にきけば「電気椅子です」と答える人がいるように、死刑制度そのものが余りに知られていない。(田口)

◇ 裁判員裁判の評議の時点で、裁判員の方は、死刑や刑務所に関する情報あるいは量刑相場についてどのような説明を受けているのか。最高裁のデータベースがあるときくが、いつどのような形で見ることになるのか。(参加者)

◇ 量刑データベースを評議のどの時点で見るかについては、裁判長の判断で異なるようだ。刑務所に関する情報は、裁判官は実情を知らないようだ。無期懲役は約10年で仮釈放となると説明を受けた裁判員がいる。更生に関して、「被告人と文通して社会復帰を支えたい」と裁判官に聞いたら、「裁判所は裁く所で、社会復帰や更生を考える場所ではないので、そのようなことは適切ではありません」と言われた。(田口)

◇ 警察や国家の情報が一方的にマスコミを通して報道されているのではないか。一般市民は、直接的な一次情報を自ら得ようとする努力が必要だと思う。(参加者)

◇ 国民が情報公開を求めるような社会になっていかなければいけない。もし、死刑問題に取り組めば選挙の票につながるような社会なら、政治家も取り組むだろう。国民が、死刑問題について見て見ぬふりをするのではなく、判断するために必要な情報を求め、民主主義の意義を生かしていかなければいけない。アムネスティに入った理由は、自分自身が労組、行政、立法等の人権のフロントラインにいた時には、人権問題を少し避けていたという思いがあったからだ。政治家も市民も同じ人間、なんとか課題を解決するために市民からもプッシュして欲しい。(若林)

◇ 国民的議論のために、死刑に係る情報が必要だ。(上村)

 

~ 生命、だれもがもつ人権と関わる最大で最初の結節点 ~

◇ 生きた人間を、国家は殺していいのか。死刑はリベンジ、仕打ちであり、残虐だ。憲法36条で禁止する残虐性の観点からも問題だ。生命に対する固有の権利を誰でも持っている。99.7%有罪判決となってしまう日本の刑事司法制度では、裁判官すら有罪にすることに慣れてしまっている感すらある。(若林)

◇ もし、自分が裁判員に指名されたとしても、死刑判断が問われた時、自分は死刑に反対だと言い通せる自信がないので初めから拒否するかもしれない。このような考え方について相談したい。(参加者)

◇ 最近は、死刑が予想されるような裁判では、裁判員の選任手続きの中で、「あなたは死刑の判断をできますか?」といった恣意的な質問がなされているときく。しかし、死刑に反対だから裁判員を拒否すると言うのは、逃げていることになると思う。その葛藤と重圧に正面から向き合い、「人として、国が人を殺すこと、生命を奪うことには反対だから、自分は死刑に反対だ」という態度をとおすことでいいと思う。(田口)

◇ 裁判員の経験者と経験していない人とを、いかにつなげていったらよいのだろう(参加者)

◇ 日本の社会は、人権意識のある方ばかりではないだろう。しかし、全く関係のない人はいないはずで、誰もが何らかの形で人権と関わっている。自分たちの周りで共通項を見出していって、そこから人権を考えていけるといいと思う。(田口)

◇日本の社会制度に対する信頼感をいかに高めるかが問われている。本当に国民的議論を進めるなら、情報開示はぎりぎりまでやるという方針をどこまで追求できるのか、我々の社会制度をきちんと見つめ直していかなければいけないと思う。(上村)

 

◆ 今後の企画 ◆  ~ 参加募集中 ~
  • (4/9開催)『27年目のチェルノブイリから考える、日本の子どものいまと未来』 
    詳細やお申込みはこちら  http://socialjustice.jp/p/20140409/
  • (4/18開催)トルコへの原発輸出から、日本の原発政策を考える

    詳細やお申込みはこちら  http://socialjustice.jp/p/20140418/
 

◆ ぜひSJFをご支援ください http://socialjustice.jp/p/shien/   ★認定NPO法人としての税控除がご利用できます★
当日の様子ダイジェスト版

***2014年3月27日企画のご案内資料はこちら(保存用)***

 

 

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