ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)アドボカシーカフェ第87回開催報告
ジェンダー平等と包括的性教育
―自分の人生を自己決定する力を育む学びを広げるために―
2024年8月3日、ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)は、染矢明日香さん(NPO法人ピルコン理事長)、納田さおりさん(一般社団法人Spring幹事/西東京市議会議員)、澤柳孝浩さん(公益社団法人プラン・インターナショナル・ジャパン アドボカシーオフィサー)を迎えてSJFアドボカシーカフェを開催しました。
子ども・若者が直面している社会課題を解決する手段として包括的性教育を導入する海外政府の事例が澤柳さんから提示されました。G7広島首脳コミュニケでは「性と生殖に関する健康と権利」(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)を達成することへの完全なコミットメントが再確認され、包括的性教育に前向きな国が増えているとも話されました。
包括的性教育は、健康と幸福(ウェルビーイング)に向けて発達段階に応じて学び、知識を受け身で学ぶのではなく、性にまつわる問題についても自己決定できることも目的とした、人権アプローチに基づくユネスコのガイドラインが染矢さんから解説されました。日本でも増加している性感染症や予期せぬ若年妊娠の予防、性暴力やデートDV防止にも、権力によって強要されない対等でジェンダー平等な関係を含めて学ぶ包括的性教育は効果があることが紹介されました。
日本では、刑法性犯罪規定が23年に再改定され、性的同意の有無や、地位関係性の利用が性犯罪の成立要件として確定したことを納田さんは詳説し、性犯罪の被害者にも加害者にも傍観者にもならないために、「同意」がしっかり根付いた社会になるような性教育の重要性が強調されました。
また、内閣府で「こども・若者への性被害防止のための緊急対策パッケージ」が策定され、「生命の安全教育」が全国の学校で展開されることとなったことに納田さんは触れ、その実質的内容を「同意」やジェンダー平等も学べるよう「包括的性教育」に引き上げることが染矢さんからも望まれました。
包括的性教育の海外実践からの学びとして、保護者・学校・地域住民全てを巻き込んで対話することの重要性が澤柳さんから挙げられ、学校教育だけで背負うのではなく、協力して開かれた取り組みにしていくことが勧められました。納田さんからは刑法改正運動の実績を基に、社会変革の機運醸成は、共に学ぶことで人を巻き込み、仲間や味方を増やすことが基盤となると語られました。性の問題の当事者である子ども・若者を中心とした性教育のあり方が大切であると染矢さん・澤柳さん・納田さん共に強調し、参加者の共感を呼びました。
詳しくは以下をご覧ください。 ※コーディネーターは濱田すみれさん(SJF審査委員)
—染矢明日香さん(NPO法人ピルコン理事長)のお話——
ジェンダー平等と包括的性教育をテーマに、日本の性教育の現状と課題についてお話をさせて頂けたらと思います。
性にまつわるお話をしてまいります。敢えてごまかしたり、ぼかしたりしない表現で説明することも出てまいりますが、無理せずご自身のペースでご参加いただけたらと思います。もし気分が悪くなりそうな時は席を外したり休んでいただいたりして大丈夫です。
まず簡単に自己紹介をさせていただきます。
大学生の頃から避妊の啓発活動をしていて、そのきっかけになったのが、私自身、大学3年生の時に思いがけない妊娠を経験し、中絶という選択をしたことです。その際に、性や妊娠によって人生が大きくこんなにも変わってしまうのに、きちんと学ぶ機会がなかったと痛感しました。周りの友達と話した時に、知識がなかったり、知識を持っていたとしてもパートナーと話すのが難しかったりする友人たちを見てきて、でもすごく大事なことだから広めていきたいと、学生団体として初めは活動していました。
大学を卒業した後は、もともと働きたいと思っていて、民間企業でマーケティングに関するお仕事をしてきたのですけれども、世の中で本当に必要だと思うことを広げることを仕事にできたらいいなという思いが強まり、「世の中に本当に必要なことって何だろう」と思った時に、学生時代にやっていた性教育や性の健康に関することはすごく大事で必要なのにまだ日本では余地があるのではないかとNPOを立ち上げました。もともとメーカーのマーケティング職をしていたということもあって、どんなことが求められているのかをリサーチしながら、楽しく身近に感じてもらえるような発信を心がけてきました。
その後、大学院に行ったり、他の法人で女性や子どもたちの相談支援等に関わったりして、公認心理士の資格も取ってあります。市民団体等に関わりながら活動していて、緊急避妊薬のアクセス改善を求める活動等も行っております。
ピルコンの特徴は、若い人たちが活動に参画し、私たち自身も学びながら性の健康を学ぶ場づくりや情報提供をしている団体で、今60名ほどのスタッフと一緒に活動しています。もともと「ピエ・エデュケーション」という、若い人から若い人へ身近な立場から伝える教育方法で、中高生向けに性教育プログラムを直接学校に行って、1時間から2時間でお話をする講演を中心にやっていました。
そして、大人向けにも性についてどうやって教えたらいいのかというご要望をいただくことが多くなり、教員や保護者、PTAの方向けの講演や、今日お話しするような政策提言や、海外の教材を日本語に翻訳して学校の先生とか性教育に関わる方々に使っていただきやすいような教材制作・情報発信もしています。今日では、相談支援ということで、事業グループの運営や、メールでの相談も行っています。
学校での講演では、約50名のユースのスタッフと一緒に、年間で2万名程の学生に実施をしています。初めはそわそわしていたり、聞く姿勢が難しいと感じたりする生徒さんも中にはいらっしゃるけれども、「身近な経験談を聞けてよかった」とか「今までネットの知識で、何が本当か、何が嘘かよくわからなかったのが具体的に知れて安心した。将来のために覚えておきたい」というような声を多くいただいています。1時間から2時間の講演で伝えられることは限られることから、SNSでの情報発信や相談支援等も行っています。
政策提言については、緊急避妊薬を薬局で買えるようにしてほしいという活動と共に、「中学生にも健康と安全のための包括的な性の教育を」という署名キャンペーンを行っていて、現在4万筆のご賛同いただいています。2022年に一度、文部科学省に署名を提出したことがあります。
文科省の対応は、「要望として受け取りはするけれども、今やっている『生命の安全教育』や学習指導要領に沿った性教育を粛々とやっていきます」というような内容で、「日本でも性教育を力を入れてやっていきます。国際スタンダードに合わせた内容をしていきます」という積極的な姿勢が見られない状況にありますので、「自分たちがどんなことをできるのか、市民社会からの声を伝えていくには?」と、今考えているところです。
今の日本の性教育でどんなことが教えられているのかというと、例えば小学校では、4年生に男女共修で教えられる所もありますが、宿泊学習前に男女別に女子だけ生理ナプキンの付け方の指導を受ける所もまだ多いと思います。そして、小学校5年の理科で受精をやって、中学校1年生になると生殖に関わる機能の成熟で妊娠を学ぶのですが、ここでは膣の中に精子が入ったところからスタートして、どうやって精子が膣の中に入るのかは取り扱わないことになっています。中学校3年生で性感染症、コンドームが出てくるのですけれども、避妊のためではなく、あくまで性感染症予防のためのものという紹介で終わっています。高校になると家族計画や中絶というところで避妊についても取り上げられるのですが、高校生向けの講演で見ていると、自分事として捉えられていない生徒さんも多いという印象を得ています。
日本では学校での性教育というと、2000年代に性教育バッシングがあり、伝統的な家族観を守りたいという思いを持っている保守系の議員と旧統一協会のような宗教右派が結びついて、性教育は家族を破壊する不適切なものだと攻撃をしたこともあります。
その際に「はどめ規定」と言われる規定が学習指導要領に入り、小学校5年の理科で受精を扱うけれども人の受精に至る過程は取り扱わないとか、中学校1年生の保健体育で妊娠の経過を取り扱わないという規定が入りました。これが性交や避妊は教えてはいけないというふうに未だに多くの先生に解釈されているけれども、NGワードを教えてはならないということではなく、「すべての子どもに共通に指導するべき事項ではない」という主旨だと説明されてはいます。
性交や避妊を中学生以下の人に指導する際には次の4点を留意しましょうということになっています。
・児童生徒の発達段階を考慮すること
・学校全体の共通理解を図ること
・保護者や地域の理解を得ること
・集団指導と個別指導の内容の区別を明確にすること
ちなみに、中学校での性教育の講演も多くしているのですが、学校によって対応はバラバラで、学校の先生方の判断で性交を扱っている所もあれば、やらない所や、「悩んでいる子どもたちはインターネット上でいろんな情報が見られる今だからこそ、きちんとやってください」という所等、先生方の一存によって左右されてしまうのが課題かと思います。
でも、地域によって自治体の教育委員会と地域の医師会が連携して積極的に性教育をやっている所もあり、秋田県はその一つです。そういった地域独自の取り組みについては、先述の4点が留意されているということで、文科省も「地域が実状に応じた取り込みをすること自体は、否定をしたり反対をしたりはしません」という趣旨のことを言っています。
ただ、日本のどこに生まれたかとか、どんな学校かによって性教育が受けられるかどうかが左右されてしまう。多くの場合、先生方は学習指導要領に沿った指導をしますので、性教育を受けられるチャンスを持った子たちがまだ少ない現状にあります。
政府主導の「生命の安全教育」 ジェンダー平等や「同意」も学び、性暴力やデートDVの根本解決に寄与するものに引き上げを
その中で、2021年から「生命の安全教育」が政府主導で実施されています。性暴力の当事者にならないことを目的に、全国の学校で行われている教育です。文部科学省のサイトに資料等も掲載がされていて、子どもたち向けの資料もあれば教員や大人向けの学習ができる内容もあります。
ただ、内容を見ると、性暴力を防ごうという姿勢や、全国の学校で行う姿勢自体はとても進歩かと思う一方で、「距離感を守ろう」というような形で、他の人と近づくのはダメなこと、しないようにしようという否定的なメッセージが中心になってしまっているのではないか。実際は、お互いの境界線を尊重し、対等かそうではないかを見極める、同意を含む必要性があるのではないか。
あと、デートDVで描かれているのが、男女のカップルで、見た目で典型的な女性・典型的な男性の組み合わせのみで、性の多様性や、デートDVが起こる背景にジェンダーギャップがあることや。女性への暴力の多さをもっと補足してもいいのではないかとも考えられます。
生命の安全教育についても、学校や教員に実施が任されるところが多いので、地域や学校によってバラつきが大きいのではないか、というところも課題です。
子どもたち自身がどんなことを情報源にしているかというと、性交についての情報源は、友達・先輩が一番多く、高校生以上になるとアダルト動画が増えますし、ネット・SNSや漫画からも情報を得ている子も多くいます。逆に、全然情報を持っていない子もいて、学校での保健体育の授業だけで得られる知識のみで、自分自身の性の当事者性や自立になかなか結びつかない生徒さんもいらっしゃるのではないかと思っています。
私たちが性教育講演を実施する際に、無記名での事前事後アンケートをとっていて、子どもたちの悩みはそれぞれですが、一番多いのは恋愛についてで、恋人が欲しいとかです。生理のトラブルについて悩んでいる子も多いですし、最近はネットやSNSの使い方、セクシュアリティについて同性愛や性別のあり方を悩んでいる子もいます。アンケートの選択肢には該当がないという子もいて、子どもたちの間でもバラつきが大きいと感じています。
健康と幸福のために発達段階に応じて学ぶ「包括的性教育」 人権アプローチに基づいたユネスコガイドライン
教育を受ける人が中心のアプローチ コミュニケーションスキルを身につけ自分の人生を自分で選択
ジェンダー不平等な権力関係の解消により性感染症と予期せぬ妊娠を予防
日本における性にかかわるさまざまな社会課題としてどのようなものがあるか。
年間の人工妊娠中絶件数自体は減少傾向にはあるものの、今も年間で約13万件起こっています。10代の妊娠だけで見ても1日約39件起こっている状況があります。生まれたばかりの子どもを置き去りにしてしまって母親が逮捕されるような事件も後を絶たない状況です。また、性感染症が広がっていて、今特に梅毒の感染者数が急増しています。
SNSに起因する子どもの性被害も課題になっています。インターネットを通していろんな性のリスクが増えているのは世界で共通でもあるのですが、他の国ではどうしているかというと、長い時間をかけて幼い頃から繰り返し性について幅広く教えるというふうに変化していっているのです。
このように幅広く伝える性教育のことを「包括的セクシュアリティ教育」とか「包括的性教育」と言います。「性教育」と言った時にイメージされるのが生殖を中心とする内容かと思いますが、もっと幅広く性について捉えて、健康・幸福(well-being)に向かって発達段階に応じて繰り返しより深く学習していくことをイメージしていただけるといいと思います。
何歳の段階でどんなことを伝えたらいいのかというガイドラインをユネスコが国際機関と連携して作成発表していて、5歳から18歳以上までの子ども・若者を対象にしたカリキュラムを示しています。通常の日本型の性教育というと、「知識」がまずあって禁止事項の多い教育になりやすいですが、「包括的性教育」では、知識をつけるのも大事ですし、自分自身で行動を選択していくために、相手に伝えたり相手の意見を聞いたりするスキルを身につけさせることも目的として含まれています。非常に幅広い内容になっていて、人間関係や、態度、価値観、ジェンダーも含まれてきます。
ポイントとされていることは、科学的に正確であること、徐々に進展すること、年齢・成長に則していること、カリキュラムベースであること、人権的アプローチに基づいていること等です。ですので、例えば特定の講座や特定の本だけを取り上げて包括的性教育の教材だと言われることがありますが、ある意味で少し正しくはない。ユネスコの包括的性教育の定義を見ると、年齢層に応じたカリキュラムに基づく性教育で、もっと重層的なものであると考えていただいた方がいいと思います。
また、受け身で知識を得るだけでなく、自分で選択していけて、パートナーや周りの人と伝え合うスキルを身につけていくために、学習者が中心となるアプローチ、教育を受ける人たちが居心地よく参加してプライバシーが保護されていることが重視されています。相手とのコミュニケーションや、社会を変えるために声を上げていくことも重視されています。(ユネスコ『改訂版国際セクシュアリティ教育ガイダンス』全文こちらから)
このような包括的性教育によって、リスクが減るだけではなく、自分はできるんだというような自己肯定感、自己効力感も増えることが調査によってわかっています。さらに、ジェンダーと権力の問題に明確に注意を払う場合、予期せぬ妊娠と性感染症予防に成功する可能性が5倍高くなることも示されています。
こういう「性と生殖に関する健康と権利」、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR)が注視されてきている背景として、もう1994年の段階でSRHRは大事だということが共有されていて、自分自身で子どもを産むか産まないかを選択することや、安全で満ち足りた性的経験をする可能性を持つことができるためには適切な情報や必要なサービスを得られることが重要であり、全ての人に包括的な性教育、質の高い性教育を受けられるようにすることも、このSRHRの中に入ってくるということで、国際的に広がってきた経緯があります。さらには、「SRHR + pleasure」が2019年の性の健康世界学会で宣言されて、喜び・楽しみ・幸せ・心地よさも大切だということも共有されてきています。
包括的性教育をより深く学ぶための教材として、アメリカの性教育団体が作っているアニメ動画を翻訳していて、今50本ほど翻訳をしており、3分から5分くらい短い動画ですが、ユーモアを交えながら楽しく見られるものになっていますので、ぜひご活用していただけたらと思います。(「AMAZE」 こちらから )
教員向けに包括的性教育をお届けするため教材サイトも作っておりますので、もっと広めていけたらなと思っています。(「ライフデザインオンライン」 こちらから)
もともと中高生向けの性教育講演をやってきたのですが、より幼い年齢から段階的に学んでいけるような教材として「ここからかるた」(こちらから)という教材も作っています。
また、いろんな専門家と連携をして「セイシル」という10代の性のモヤモヤに答えるサイト(こちらから)を作り、このセイシルでもいろんな方とのコラボレーションで教材制作も行っています。
インターネットの良さ、利点を活用して、もっと広げていくことにもチャレンジしていけたらと思っています。
これはピルコンではないけれども、保護者向けの性教育サイトで「命育」(こちらから)というのもありますし、若者と支援者をつなぐ支援のあり方についての考え方「ユースフレンドリー」について学べるサイト(こちらから)も作っています。
いろいろチャレンジをしているところですけれども、日本が国としてどんなふうに性教育をより充実して広げていけるのかという点について、皆さんと考えていけたらと思います。
濱田すみれさん) 染谷さんありがとうございました。 包括的性教育とは何かというところから、なぜそれが世界に広まっていて重要なのかということをわかりやすくお話ししていただきました。日本政府の後ろ向きの姿勢が逆に不思議に感じられる人もいたのではないかと思います。
続きまして、澤柳さんよろしくお願いいたします。
—澤柳孝浩さん(公益社団法人プラン・インターナショナル・ジャパン アドボカシーオフィサー)—
私どもプラン・インターナショナルは国際NGOですので、国外で展開している活動を話題提供でご紹介ができればと考えております。
まず、プラン・インターナショナルは元々1937年のスペイン内戦における戦争孤児を保護する活動から始まり、85年以上にわたり世界80カ国以上で活動している国際NGOです。活動領域は、教育・子どもの成長・性と生殖に関する健康と権利・生計向上・子どもの参加・子どもの保護・緊急支援の7分野です。現在、「救われた人は、救う人になる。」というキャッチコピーで公益社団法人ACジャパンさんに支援キャンペーンを展開していただいており、CM等々でもやっておりますのでぜひご覧いただけたら幸いです。
私が所属しているアドボカシーグループでは政策提言をユースと共に進めております。ユースというのは国連で定義されている15歳から24歳の若者で、ジェンダー課題に関心のあるユースが全国から集まっており常時約20名います。そういったメンバーと一緒に、ユースが当事者性を持っているジェンダー課題を独自調査して、それをまとめて省庁あるいは議員さんにロビイングをする活動をしております。例えば、コロナ禍当時に男女共同参画局長の方に提言を持って行きました。また、ジェンダー教育ワークショップというのを展開させていただいており、「ジェンダーって何だろう?」というところから考えて、構造的なジェンダー不平等についてデータ等も示しながら理解を促していく活動をしております。それから、議員さんへのロビイングや国際会議等に参加させていただいた折には、その話の内容をみなさんに啓発をしています。
アドボカシーグループとして、特に日本の若年女性が抱える課題を提起する形で調査をし、報告書を発刊して、省庁や議員にロビイングすることもやっております。少し前ですが、「生理の貧困」が話題になって、施策も変わってきていると思いますが、その調査にも携わらせていただいております。
包括的性教育のプログラム基準 ジェンダー不平等な社会構造を変えていく
本題に入りたいと思います。
包括的性教育、Comprehensive Sexuality Education、略してCSEと呼ばれており、包括的セクシュアリティ教育とか包括的性教育とも呼ばれています。どう包括的なのかというと、セクシュアリティ――これは性のあり方ということだと思うけれども――の認知的・感情的・身体的・社会的諸側面について学んでいくことだと、ユネスコの国際セクシュアリティ教育ガイダンスで定義されています。
プラン・インターナショナルはCSEについて2016年から特に力を入れるようになっており、専門のスタッフを2018年には雇用して、団体として優先的に取り組む分野にしています。2020年にCSEに関するプログラム基準「Putting the C in CSE」――ComprehensiveのCをSE:Sexuality Education(性教育)に入れて包括的にやっていきましょうと謳っている――を国際セクシュアリティ教育ガイダンスの基に開発し、これに添って様々な活動を展開しているというところです(「Putting the C in CSE」詳細 こちらから)。2021年には、3か国のCSE実施国、ジンバブエとラオスとエルサルバドルで調査を実施してツール開発に生かし、2022年からは本格的な展開を開始しました。現在80カ国以上で活動している中で約30カ国においてCSEに取り組んでいます。
「Putting the C in CSE」では、包括的で、人権ベースであり、ジェンダー・トランスフォーマティブ(ジェンダー変革的——ジェンダー不平等な構造も変えていく――)であり、セックス・ポジティブ(性をポジティブに捉える)なアプローチを採用しており、14の基準を設定しています。プラン・インターナショナルはずっと子ども支援をしてきた中で、女の子が難しい状況にあることが分かってきたので、構造的にジェンダー不平等を変えていくことが団体の取り組みの中心になっていて、この基準のスタンダード3で示している「ジェンダー・アンド・パワー」は必ず入ってきます。
取り組みの柱としては、セオリー・オブ・チェンジと言われるものですけれども、3つあります。
まずはユース、子どもたちがしっかり知識を身につけていく。それから、態度も変容させて、スキルを強化させるというようなところです。学校を中心にやるのですが、いろいろな事情で学校をやめてしまう子たちもいるので、そういった子ども・若者もしっかり対象に入れていくことはポイントになっています。
次に、CSEをコミュニティで支えていく。コミュニティ住民の方々に理解を促して、しっかり実施ができるような環境を作っていくというのが2番目の柱です。特に保護者や親をしっかり巻き込むことが重要です。
3番目として、教員がしっかりと力をつけていくことも大事ですし、学校教育の中で実施していくために重要な政策的裏付けに向けて活動していことも大事になっています。
これらに横断的なものとしては、教育ばかりしても途上国だとサービスが不足している所もありますので、「性と生殖に関する健康と権利」に関するサービスを拡充していくことが両輪でやっていく項目になっております。
社会課題解決のために包括的性教育を導入する海外政府 NGOが政府をサポートする視点
CSEの実施のためには入り口を見つけていくことが必要であることが我々の調査から示されていました。ジェンダーやセクシュアリティに関する社会問題をしっかり捉えることが入口になっている所があり、調査した3か国の例で、ラオスですと、早すぎるあるいは強制される結婚、またそれに伴う中途退学が社会課題として上がってきていて、それを解決するためにCSEを実施していくと。
エルサルバドルでは、思春期の妊娠やHIVはじめ性感染症の防止という社会課題がCSE実施の入り口となっています。
ジンバブエでは、思春期の妊娠、性感染症、十分なSRH(性と生殖に関する健康)サービスを受けていない人たちのニーズ対応という課題解決のためにCSEに取り組んでいます。
重要なのが、政府の教育省や関連する保健省、ジェンダー平等を扱っている省庁等々が前向きにCSEを捉えていることです。これら3カ国の政府と協調してプラン・インターナショナルは活動しており、むしろ政府から要請を受けているような部分もあり、この辺りは日本と若干違うと感じております。
CSEの説明責任に関するツール(CSE Accountability Tool)というのがあります。政府の多くがCSE導入に関して前向きに捉えていて、政府をサポートするためにアプローチする視点が整理されているツールです。プラン・インターナショナルが中心になって他の団体さんと一緒に開発したツールです。
このツールで言われている3点が、「政策と予算」、「協働と調整」、「内容と展開」です。1点目の政策に関しては、政府関係者をできるだけCSEの議論に巻き込むべしというようなことが書いてあり、ここが結構重要だろうと思っております。教育省だけではなく関連する省庁の人たちを巻き込んでいくことが重要と書いてありました。2点目については、複数のセクターが参加することが重要で、教育実施者だけではなく、例えばセクシュアルマイノリティの権利の向上や女性の権利の向上等に取り組んでいる団体さん、後は宗教者等のコミュニティで力を持っている人たちも入れていく――言うは易しではあるけれども――視点も大事になっています。包括的性教育で若い人たちが主体的に学習していくことが大事だということもポイントとして入っております。
保護者・学校・地域住民と対話して取り組む包括的性教育
ジェンダーに基づく暴力防止、ユースが教育を受ける権利・健康である権利の阻害防止に
CSEを実践してきたところから学びがありました。
社会課題であるジェンダー・ベースド・バイオレンス(GBV:ジェンダーに基づく暴力)や早すぎる結婚等を防止していくためにはCSEは欠かせないと指摘されています。それから、ユースが教育を受ける権利や健康である権利が阻害されないようにするためにも必要です。途上国の文脈として多いのですけれども、CSEはそういった基本的人権を気づかせる意味でも必要であると言われております。
プランが別途2~3か国で実施したユース対象の調査によると、「性的にアクティブになるよりかなり前の段階からCSEを実施してほしい」というようなことをユース自身が答えていたり、「保護者とCSEに関する話がしたい」というような回答があったりしました。ジェンダーの課題など価値観を揺さぶる部分が入ってくる取り組みに関しては、やはり保護者やコミュニティ住民との対話が欠かせません。また、CSEは学校やコミュニティ全体で取り組むべきです。単純に1教科にポンと入れるだけではCSEの実践にはつながらないのでカリキュラムでやっていき、それを学校内だけではなく保護者や地域住民の理解も促進した形でやっていくべきです。
それから、危機状況下というのは、少し日本の文脈から外れてしまうかもしれませんが、紛争下などでもオンラインツール等を活用してCSEは実践すべきだということが学びとして出てきました。
濱田すみれさん) はい、澤柳さんありがとうございました。本当に、途上国の取り組みに学ぶことは私たちにもすごくあるなと感じましたし、この包括的性教育を前向きに捉えている政府が多くの国であることを知れてすごく良かったです。
それでは次に、納田さんよろしくお願いいたします。
——納田さおりさん(一般社団法人Spring幹事)のお話——
まず自己紹介をさせていただきます。西東京市議会議員として2007年から現在で5期目となります。2010年に米国のニューヨーク市役所の児童保護課を、大学院の関係で視察したことをきっかけに、日本における性虐待を受けた子ども、特に性犯罪被害者への対応の遅れというものを痛感し、最初の刑法改正が2017年にありましたが、この前段となります2015年からSpringの前身である「性暴力と刑法を考える当事者の会」に参加いたしました。その後、多くの政治家の皆様にロビイングを行う中で、政治の行間にあるさまざまな要素を共有しながらの活動を重視しながら、今に至ります。それから、西東京市議会からも性犯罪に関する刑法について、被害の実態に即した改正を求める意見書などを今まで3本提出してきたのですけれども、地方議会からの働きかけということも重視して活動を行ってまいりました。
さて、私ども一般社団法人Springに関してご紹介をさせていただきたいと思います。日本で初めて法人化された性暴力被害当事者団体です。実態にあった刑法性犯罪規定となるように、被害当事者、つまり実際に性被害を受けたことがある当事者が自らの体験を、立法を実際に行っていく国会議員・政府・行政関係者に伝えていくことで、政策提言につなげる活動をしてまいりました。
面談とヒアリングを、2017年から2023年に2回目の刑法改正が行われるまでに、延べ590人以上の国会関係者・行政関係者に行ってきた実績もあり、イベントでは1100人以上の参加がありました。そして、性暴力の実態調査を2020年に行っており、この時のアンケートに5899件の回答をいただいております。
被害当事者が生きやすい社会をつくるために、私たちのこの経験というもの、特に今までいろいろな状況の中に埋もれてきた性暴力被害の実態というものを、社会資源として刑法改正に生かしてきた。これが昨年の刑法改正につながったと考えております。
2017年の刑法改正から2023年の改正に向けて、刑法に関する性犯罪規定が大きく動いてまいりました。このことをご説明したいと思います。
2017年の改正以前は、明治時代に成立した刑法が約110年ずっと続行していたのですけれども、この時には強姦罪ということで、女性のみが対象の性犯罪。罪刑の下限も3年と短いものでした。性交同意年齢も13歳と低く、公訴時効も10年と短い。そして、親子を含む地位関係性に関しては、性犯罪の規定は全く無く、親告罪ということで告訴しないと起訴できない状況でした。
本当に国際的に遅れた状況だったのですが、2015年に当時の法務大臣が、これは国際基準に合わせていかなくてはならないということで刑事法検討会が立ち上がり、2017年の最初の改正では、女性のみが対象の強姦罪が強制性交等罪と罪名変更され性別規定が撤廃。そして、刑法の罪刑の下限が5年に引き上げられ、監護者性交等罪という、実の親や養親——義理の親等でも親のように同じ家で育てている者——が性暴力を行った場合は強制性交等罪に無条件で問える罪が新設されました。そして、告訴しないと起訴できないという親告罪が非親告罪になりました。
しかしながら、暴行脅迫がなければ認められないという抵抗を前提とした条件が残りました。さらに、性的同意の年齢に関しても13歳のままで、国際基準に比べて非常に低い状況が続いた。そして、公訴時効も10年ということで短いままでした。監護者性交等罪ができたのですが、地位関係性はさまざまあり、地位関係性の性犯罪というものも確立されていないといった様々な課題が残りましたので、2017年の7月7日にSpringを設立いたしまして、国会議員や行政に対するロビイング活動を繰り広げ、2020年の刑事法検討会にSpring初代代表理事の山本潤という性暴力被害の当事者が初めて入り、その後の法制審議会という実際に法律を成立させるための審議会の委員にも山本潤が就任し、2023年の大きな改正の原料力となる意見を伝えてまいりました。
そして2023年改正で大きく変わりましたのが、強制性交等罪・強姦罪という形で成り立っていた刑法が、「不同意性交等罪」ということで、同意・不同意が初めて罪刑の条件となった。それから、激しく抵抗しなければ罪に問えず無罪をたくさん生んできた暴行脅迫要件が、暴行脅迫要件も含まれた「同意しない意思の形成、表明、まっとうが困難」、つまり同意しないということが明らかである「8類型」の例示列挙となり、この例示にそった内容であれば罪に問える。性交同意年齢も「5歳差要件」はついたけれども16歳まで引き上げられた。公訴時効に関しては、18歳までの性犯罪は18歳までは時効の停止ができ、公訴時効が15年までと、プラス5年引き上げられた。地位関係性の性犯罪については、「経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力による不利益」、つまり今までは同居の親のみが対象だったけれども祖父母から孫ですとか、会社の中での上司から部下に対してとか、学校であれば教師から生徒など、具体的な地位関係性に基づく性暴力性犯罪の前提条件が確立いたしました。
もう少し「不同意性交等罪」を踏み込んで見ていきます。暴行脅迫要件の他、「同意しない意志を形成、表明、まっとうすることが困難な状況にさせること」とは、心身に障害がある、アルコールまたは薬物が与えられた、睡眠その他の意識不明瞭ということで、寝ていて不意に襲われてしまったということも今まででこれが無罪判決につながっていたこともあるのですけれども、こういったことも犯罪成立要件になっています。それから、「同意しない意思」、不同意であるということ。それから、「予想と異なる事態との直面に起因して恐怖または驚愕」、フリーズしてしまって不同意の意思を示せないということが無罪につながっていたことを避けるためにも、これも要件の一つに位置づけられています。また、「虐待」に起因して心理的にフリーズしてしまう。そして最後が、「経済的または社会的関係上の地位に基づく影響力による不利益の憂慮」、不利益が心配になって抵抗できなくなってしまったということも要件として入っています。
また、「わいせつな行為ではないと誤信させたり、人違いをさせたりすること」、または「相手がそのように誤信をしていることに乗じること」も、要件として入っており、不同意性交等罪ということで罪が成り立つことになりました。
性的同意年齢の13歳から16歳への引き上げですけれども、13歳未満の子どもである場合、これは17年改正以前と変わらないのですけれども、それにプラスして、13歳以上16歳未満の子どもで相手が5歳以上年長である場合は無条件に13歳未満の子どもと同じように他の要件がなくても不同意性交等罪または不同意わいせつ罪に問えることになりました。性的同意が単なる「はい」・「いいえ」ではなく、能力に基づく選択としての性的同意、つまり子どもで「はい」・「いいえ」がなかなか言えないという能力段階も考慮していることが理解され反映された重要な結果となっております。
さらに新しく新設された「面会要求等の罪」ですけれども、もともとは「グルーミング罪」として私たちが求めていたものですが、今SNSを通じた性犯罪が非常に多くあり、グルーミング、つまり面会要求のために嘘をついたり誘惑したり、拒まれたのに脅してくるとか、いろいろな手段を講じて犯罪に巻き込んでいくようなことがあったのですけれども、このような面会要求を行うことを罪とするということで、刑法182条として新設されました。
また、「わいせつの目的で脅迫、偽計、または誘惑、拒まれたのに反復、利益供与またはその他の申込や約束」をしたら、これは罪に問えるということです。この結果、「わいせつの目的で会うこと」、それから、「性交等をする姿、性的な部位を露出した姿などの写真や動画を撮影して送るように要求する」段階で罪に問えるということで、非常に厳罰化されています。
地位関係性の利用については、この中に教師から生徒への関係性というものが例示されたということは非常に大きくなっております。ただ、課題が残っており、医師から患者ですとか、スポーツ現場でのコーチから選手、それから塾の講師から生徒ですとか、障害者施設の職員から利用者さん、そういった関係で「不利益の憂慮」が問えるかというのは課題が残りました。
性的同意の有無が性犯罪成立要件 地位関係性を利用した性犯罪も成立
性犯罪の被害者・加害者・傍観者にならないために性教育の重要性高まる
このようにいろいろ見ていくと、児童生徒への性犯罪の処罰規定、これは16歳の性交同意年齢の引き上げや16歳未満の者への面会要求罪も含めて、また「性的同意」といった要件も含めて、性教育が本当に重要な場面になっていることをご理解いただけるのではないかと思います。
まず、「同意」の有無が性犯罪の成立要件になったのですけれども、「同意」の意義を知らない限り被害者にもなり得るのですが、加害者にもなってしまう。これは非常に考えていかなくてはなりません。性的同意によって犯罪が成り立つことを正しく知る必要性がより増しております。
また、性的同意年齢が16歳に引き上げられたということは、立法する間の話し合いの中で、義務教育期間において性の知識を正しく得るまでは法的保護を行うというような大きな意義も述べられていました。つまり、16歳になるまでにしっかりと性の知識を得ることによって、それまで知識を得られていないということ前提に保護法益を強化しているということになっております。
それから、地位関係性を利用した性犯罪とか教員による児童生徒への性暴力というものがありますので、何が禁止されていて何が犯罪になるかを児童生徒自身も知る必要があるということです。子どもたちが性犯罪の被害者、加害者、傍観者にならないため、発達段階に応じた正しい性の知識を学ぶ必要がますます増しているのはもう言うまでもない状況になっています。
そのことを政治家も意識しているという証拠になるのが、この刑法改正案に提出された衆議院の付帯決議であり、この中で、とりわけ「子どもに対する性犯罪の深刻性及び性に関する教育等の重要性に鑑み、初等教育から高等教育に至る全ての学校段階において、子どもの心身の発達段階に応じ、十分な教育等を行うこと」と示され、性教育の必要性を、衆議院全会一致で可決されていることです。これは本当に重要な付帯決議であると考えております。
教員による児童生徒への性暴力の増加 教員に対する性教育も重要に
さて、子どもに対する性教育の重要性もそうですけれども、同時に教員に対する性教育も非常に重要になっております。令和3年に、教員による児童生徒への性暴力が増えている現状を鑑みまして、教職員等による児童生徒への性暴力の禁止を明記した「教員による児童生徒性暴力防止法」が可決されました。
学校の定義は、幼稚園から特別支援学校も含む高等学校となります。それから、児童生徒というのは、学校に在籍する幼児・児童・生徒で、学校に行っていない18歳未満の者も対象となりました。学校の先生たちが、教職員等として加害者の対象となるのですけれども、この中で、やはり重視しなければならないのが、ここで禁止されている行為の「児童生徒等に刑法177条1項に規定する性交等をすること、性交等をさせること」で、刑法性犯罪の性交をしっかり禁止しているということ、性交というものを明記していることは重視しなくてはなりません。さらに、わいせつ行為ですとか、児童買春も含むさまざまな類型の性犯罪・性暴力が禁止されていることを踏まえていきたいと思います。
しかしながら、実際に教員による児童生徒性暴力禁止法が施行された初年度の2022年、全国の公立学校で同罪で処分された教員の数が119人で、前年度より25人増えているのです。内訳は男性がほとんどですけれども、中学校が多く、20代の教員が多い傾向があります。この中で、性交が42人、行われた場所は勤務外が多いにしても30%は学校内。いろいろな形でグルーミングされながら性暴力が行われていたことも明記されています(文部科学省2022年度人事行政状況調査)。
これ、本当に由々しき事態で、しっかりと子どもだけではなく教員たちも性教育されることも鑑みなくてはならないと考えています。
しかしながら、先ほど来、染谷さんと澤柳さんからご指摘があったように、日本において性教育はなかなか充実しません。「寝た子を起こす」議論は未だに脈々と続いている。さらに「はどめ規程」も全然変わりません。さまざまな場面で私たちはロビイング活動をしてきましたけれども、性犯罪への対応や性犯罪被害者への対応は大きく前進をしている部分があるにもかかわらず、性教育に関しては、今年の6月7日の参議院本会議で述べられた盛山文部科学大臣の答弁にあるように1mmも動いていないと感じられるのが実態で、「包括的性教育」を学ぶことについての質問があったとしても、「共通して指導する内容としては妊娠の過程は取り扱わないこととしており」というように「はどめ規定」は必ず述べられています。こういったことを縷々と述べると拍手が起こり、保守系の政治家から賛同されている状況になっています。
内閣府「こども・若者への性被害防止のための緊急対策パッケージ」 「生命の安全教育」を全国の学校で展開 実質的に子どもを守る「包括的性教育」に引き上げを
待ったなしの子どもへの性暴力対策が必要であることは間違いないので、「こども・若者への性被害防止のための緊急対策パッケージ」が23年7月26日に内閣府男女共同参画局で決定されました。この中で重要視されているのは、子どもは被害に遭っても性被害と認識できず、いつどう対処すればよいか分からず、保護者も子どもの被害に気づくことや適切な対応が難しいことです。これは、今までの法改正に向けたロビイング活動の中でも、子どもが性被害とは何かを知らないと自分も被害者にも加害者にもなると言ってきた内容でもありました。
また、緊急パッケージの中で明記されたのが、学校で性被害防止を教える「生命の安全教育」を全国で展開するということです。さらに、自民党の令和7年度骨太方針の子ども分野に関しても、「生命の安全教育」を展開していくと明記されております。
「生命の安全教育」の指導内容は、自他の尊重、プライベートゾーン、SNSの危険性、性暴力について、デートDV、JKビジネス、セクシュアルハラスメント、レイプドラッグ/酩酊に乗じた性暴力、AV出演強要等があり、年齢段階に応じたものになっています。
さらに、東京都が、性教育のハードルが本当に高かったのですけれども、令和6年度は東京都安全教育プログラムの中に明確に「生命の安全教育」を位置づけまして、全都内の全小中学校の教育カリキュラムで実施されています。神奈川県、千葉県でも同じように実施されています。
この「生命の安全教育」をどんどん進めていきたいのですけれども、課題もあります。性の問題について、性暴力からのアプローチとなっていること。それから、はどめ規定を踏襲して、性交については触れていません。そして、刑法性犯罪規定の内容にあります性的同意などの範囲が乏しいということと、学校の都合等により変更できるといった課題があります。
しかしながら、「生命の安全教育」は、包括的性教育を目指してゴールに達するための武器になっていくということは間違いないのではないかという思いもあります。なぜなら、文部科学省を含む政府が唯一「推進する」と明言している性教育が「生命の安全教育」だからです。それから、性的同意が刑法性犯罪の成立要件になった以上、この性的同意を幼少期から学ぶ必要があることは、もう社会的課題としてどんどん高まっている。そのためにも性交を教えないと「性的同意」が何かということがはっきりと分かりませんので、はどめ規定の撤廃につなげていくきっかけになるのではないか。結果として、「生命の安全教育」を実質的な包括的性教育に引き上げていくことによって子どもを守れるということをエビデンス・ベースで示せるのではないかと展望を描いております。
そのためにも、全国で今行われようとしている生命の安全教育指導カリキュラムを分析し、また、教員による児童生徒性暴力の動向を把握しながら、2027年改定の学習指導要領に「包括的性教育」の内容を踏まえた「生命の安全教育」を位置づける必要性を説いていく。こういったロビイング活動をしていくことが必要ではないかと思います。
濱田すみれさん) はい、納田さんありがとうございました。特に2023年に刑法が改正された内容について詳しくご説明いただいたと共に、残された課題についても解説いただきました。それから、生命の安全教育を全国展開すると政府が言っておりまして、これを使って包括的性教育にどのように今後アプローチできるかということについてお考えをお聞かせいただきました。ありがとうございます。
——パネル対話(染矢明日香さん・澤柳孝浩さん・納田さおりさん・濱田すみれさん)——
濱田すみれさん) まず、各講演者のお話を聞いてのコメントやご質問ですとか、また補足などがもしあればお願いできればと思います。それでは講演いただいた順で染矢さんからお願いできますでしょうか。
染矢明日香さん) ゲストのお二方から素晴らしい講演をいただきまして、ありがとうございます。
プラン・インターナショナルの澤柳さんからは、どうやって効果的に性教育を広めていくかという話の中で、教育実施者だけではなく、いろんな方々をコミュニティの中で巻き込んでいくところの話もすごく参考になりました。
「G7広島首脳コミュニケ」の中でも、SRHR(性と生殖に関する健康と権利)を達成することへの完全なコミットメントを再確認するという文を発表したことについても再認識させていただけたと思います。
納田さんのお話も大変参考になり、教育による児童生徒への性暴力防止法や、教員向けの性教育、あと保護者も含めて大人の認識もより深めていく必要性というのもありましたし、2027年が学習指導要領の見直しのタイミングであるというお話もありました。だいたい10年に1回ぐらい学習指導要領が見直されている中で、今ちょうど次回の学習指導要領に向けての話し合いの時期であり、今後、政府や委員会にも要望書を出していけたらと思っています。そのあたり、「生命の安全教育」を中心に広げていったらどうかという具体的なご提案を伺えて、私も大変参考になりました。
改めて、澤柳さんにお伺いしたい内容として、発展途上国か先進国かに関わらず包括的性教育を積極的に進めようとされている国や地域が複数あると思うけれども、何がきっかけなのか、どういうモチベーションで推進していくことになっているのか。国によって違うところもあるかもしれませんが、もし共通するところがありましたら教えていただけたらと思います。
納田さんにもぜひお答えいただきたいのが、この刑法改正をしていく機運がすごく高まったのが、ここまで刑法改正が進んでいった一つの要因かと思ったのですけれども、どんな形でそういう機運になっていったのか、市民活動に関わられる中で感じたことがあったら教えていただけたらと思います。
G7広島首脳コミュニケで確認された「性と生殖に関する健康と権利」(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ) その手段として包括的性教育の推進を
澤柳孝浩さん) 「G 7広島首脳コミュニケ」では、染矢さんがおっしゃったように、SRHRの促進やジェンダーに基づく暴力の防止にしっかり取り組むということで、その手段としての性教育というのは残念ながら載っていないけれども、課題への対応はしっかりやっていくということは合意が取れているので、そういう意味で、性教育を推進していくという切り口にはなると感じています。
ご質問いただいた、モチベーションについては、社会課題ありきというところだと思います、先ほどお話したプラン・インターナショナルでつくった基準の最初に示しているのが、「文脈をしっかり踏まえた分析」というようなことで、入り口となる社会課題を見極めることがポイントだと思います。例えば、ラオスですと早すぎる結婚・妊娠があって退学があるとか、エルサルバドルだとそこにHIVの問題が入ってくるとか、国として問題と感じているところや解決したいと思っているところを見極める。NGOもそうですけれども、国の職員やいろんな方とディスカッションしていく中でそうした機運が育ってきていると思います。
私どもは現地で長い時間をかけて支援をしている団体ですので、政府と共にやってきた経験から話しやすいことがあるとは思います。それはプラン・インターナショナルのみならず、地域開発を中心にやっているNGOに強みがあるのではないかと思って聞いておりました。
これはお2人から今いただいた質問に対してですが、課題を解決するための手段としての性教育という入り方が非常にスムーズなのだろうと思っております。翻って日本の場合は、どこにその入口を置けばいいのでしょうか? 今はどちらかというとジェンダー平等であるとか、男女平等を目指すことによって家族の価値観が変わっていってしまうというイデオロギー的な部分で反対をされている方がいらっしゃると思うのですが、もっとユースあるいは子どもたちが直面している課題に取り組むためにやっていく必要があるのではないでしょうか? 既にお2人からも出ているとは思いますが、改めてどこに一番重きを置くと上手くいきそうか、お聞かせ願えればと思います。
子ども・若者が直面している課題を解決する手段として性教育を
機運醸成は、共に学ぶことで人を巻き込み、仲間・味方を増やすことから
納田さおりさん) まずいただいたお題は、刑法改正していくために機運醸成をどう高めていくのかということかと思います。2017年から2023年の改正まで6年の期間があったけれども、どうしても目標を見失いがちな時期が出てきてしまう。そういったことを避けるために、米国で培われたプログラムのコミュニティ・オーガナイジングという手法を使いまして、ゴール設定とそこまでのチームワーキングをどういうふうにしていくかということを何度も繰り返し行ってきました。
この機運醸成をどの段階でどういうふうにしていくのか、そのためにはどういう人を巻き込んでいくのか。マスコミの方々こそ性暴力被害当事者の方々に対する接し方がなかなか分からないとか、表現の仕方が分からないというのも実際ありましたので、対話の会も行いました。そのマスコミの方々と早期の段階で一緒に、私は行かなかったのですが、英国の性暴力被害者支援組織を視察に行ったりしました。そこには、Springの人間とマスコミの方々、また国会議員も参加していました。そのように共に学ぶことで、人を巻き込み、仲間、そして味方を増やすことが非常に重要だったと思っています。
それが機運醸成の大きな土台になったことは間違いないと思っています。また、性教育は間違いなくこの世の中にとって必要なので、どういう同じ目線が持てるのか、今日のような取り組みは非常に重要だと思っています。
先ほど澤柳さんから、今の課題を解決する手段として性教育を、という話もあったので、お答えします。これも、どういう課題を解決するための手段なのか、この課題を解決するというゴールに対してどこに入口を置けばいいのか。Springとしての視点になってしまうけれども、Springはあくまでも刑法改正を求めていくロビイング団体でありますので、性犯罪が起きない社会の実現のためにいかに性教育が重要かということが入口になります。
今、不同意性交等罪という形で大きなターニングポイントを迎えておりますので、「不同意性交等罪を発生させないために、同意がしっかりと根付いた社会になっていくことを促すのが性教育である」というような位置づけで考えています。実際、不同意かどうか分からなくて、罪に問われる若年層がたくさんいますので、そういう加害者を生まないことは大事だと思うのです。
それも含めて、加害者も被害者も傍観者も生まないという論点に立っている「生命の安全教育」というのは大きなツールだと思っていますので、それをどういうふうに引き上げていくか。実質的なたくさんの課題があるのです。しかしながら、これを、社会課題を実際に解決するための包括的者教育に引き上げていくためにどうするのか、入口はそこかなと思っています。
染矢明日香さん) 澤柳さんのご質問で、どういった課題を解決するツールとして性教育を持っていくのかについては、私としては、ジェンダーギャップがこれだけ日本にあって、平等な社会に、となっている中での包括的性教育への期待値はあるけれども、そのジェンダーギャップがこんなに広まってしまった背景に、政治家たちの無関心もあるので、私の個人的な課題意識と政治に関わる方々の課題意識がどのくらい合うのかというところのギャップがまだあるのだろうとも感じています。
日本の社会課題として今注目されていることとしては、やはり少子高齢化や、産むための施策としてのプレコンセプションケアというものもあるけれども、その少子高齢化の解決のための包括的性教育、とは私はあまり言いたくはないです。「産む・産まない、を含めて自分自身で決めていける社会」という人権のところと人工施策のところは分けて考えたほうが、それぞれが自分らしく過ごしていくことにつながるだろうという認識ですので。ただ、そこがまだ整理できていないところが、今の私自身の課題だと思いながらお伺いをしておりました。
Springの刑法改正、性暴力のない社会づくりということについても、性教育は非常に大切だと思いますし、狭義での性交を取り扱う教育ではなくて、もっと前段階の「同意」やお互いの意思を表示し合って確認し合うという基本的なところからの積み重ねが幼少期からもっと必要だと思うので、もっと充実させていく必要があるのではないかと思っています。
この後のグループ対話でぜひ皆さんにお話しいただきたい点としては、じゃあ日本の政府に対してどんな性教育を求めていきたいかということや、何をどう動かしていくことがジェンダー平等、包括的性教育につながっていくのか、みたいなお話が皆さんと深められると嬉しいです。
――グループ対話とグループ発表を経て、ゲストからのコメント――
※グループにゲストも加わり、グループの方々に感想や意見、ご質問を話し合っていただいた後、会場全体で共有するために印象に残ったことを各グループから発表いただき、ゲストからコメントをいただきました。
染矢明日香さん) 皆さま、グループ対話もありがとうございました。さまざまなお立場の中で、現場の話や、議員の方も多くいらっしゃって、議会に提案したけどなかなか上手く通りません、みたいなお話も伺えて、でもそうやって前進させようとしてくださっていること自体がすごく心強いと思いながら伺っていました。
地方自治体でできることと、国政の中で政府に求めることと、それぞれのアプローチがあると思うけれども、自治体でいうと、秋田県が教育委員会と自治体が連携して性教育をもう10年以上やっていて、この7月に教育委員会が主催の講演会でお話をさせていただきました。「性教育が地域に根付いていて、もう教えるのが当たり前になっている」とおっしゃっていて、それが日本でも実現可能なのだと改めて感じたところでした。
世田谷区で、リプロダクティブ・ヘルス/ライツに関する有識者会議にも入らせていただいて、学生向けのあの冊子を作成したりしていますので、そういった取り組みも参考にしていただき、皆さんで機運を高めていくのはすごく大事かなと思っていますので、引き続きどうぞよろしくお願いいたします。今日はどうもありがとうございました。
澤柳孝浩さん) グループ対話も非常にいろいろなご知見をいただき、大変参考になりました。ありがとうございます。
私の印象に残ったのは、性教育へのニーズはやはり保護者からはかなりあって、ブロックしているのはどちらかというと権力を持っている方ではないかというご意見です。本当は性教育を実施してほしいという方々がいっぱいいるので、そこは汲み取って、学校で専門家を呼ぶのか、スタイルはいろいろあると思いますが、実践していくことが涵養です。ただ、保護者はどうしても自分たちの生活でいっぱいいっぱいなので、保護者の気持ちをいかに形にするかという部分に関してのサポートは必要で、NGOとして何かできることがないのかなと思いながら聞いていたところです。
それから、もしこの場に先生がいらっしゃったら大変恐縮ですが、グループ対話では、学校教育が硬直しているというご意見も出てきました。学校内で全部やろうとしてしまうこと。それは逆に言うと素晴らしいけれども、そこで無理が出ているところもあって、学校をもっと開いていく必要があるのではないかと思いながら聞いていました。
そこで思ったのが、プラン・インターナショナルの活動です。現地では、例えば子どもだけのクラブや、女の子のクラブを作って、性教育を課外活動として実践していく取り組みもあります。日本でも、社会教育の一環として地域での学びがありますが、その辺りとの連携を含めてやっていくことができると良いのではないでしょうか。ピア・トゥ・ピアの教育は、子どもたちのエンパワーメント、子どもたち自身のやる気、自己効力感を高めるので、効果的だと思います。そういうことの仕組みができていくと、性教育もそうですし、いろんな文脈で楽しいことが起こっていくのではないかと思いながら聞いていました。本日はありがとうございました。
性の問題にも自己決定権 性の問題を人権問題として考えていくことが性教育の基本
性の問題に直面していく子ども・若者が性教育を受ける権利を守る
納田さおりさん) グループ対話でも非常に幅広い環境にいらっしゃる方のお話を聞けて、「性的自己決定権」や「はどめ規定」の話を全国の方とできるというのは非常に重要な機会だったと思います。
性的自己決定権ですけれども、皆さんからのグループ発表でも何名かの方がそのようなワードに触れていただいていましたが、刑法改正に長年取り組んできた中でも非常に重要視されていったものなのです。自分のことは自分で決めるというのは当たり前なのですけれども、性の問題はなかなかそういう思考回路に行かない、そういうマインドに行かないところです。
しかしながら、性の問題そのものは人権の問題でもあります。国の流れとしても、全体的な教育分野を除いてという感じですけれども、例えば、AV新法が2年前に成立し、これもやはり、AVに出演する方々の人権をしっかり守っていこうということで、かなり法律の常識を乗り越えたような成り立ちにしていったということもあって、性の問題と人権の問題を合わせて考えていく状況がみられました。性教育を考えていく上でも非常に重要だと思いました。
子どもと若者、性の問題にこれから直面していく一番の当事者を真ん中に置いていくことが重要で、性教育を受ける権利を持っているのは彼らであって、大人の都合によって性の問題を学ぶ機会を奪われてはいけないということが根本にあるのではないかと思いました。このような権利をしっかり守っていくということで、今回のこの取り組みは非常に重要だったのではないかという印象を受けました。ありがとうございます。
濱田すみれさん) 性を取り巻くことになると「自分のことは自分で決める」のが当たり前ではなくなってしまうという社会をぜひ変えていきたいと思いますし、どこに生まれても、どんな学校に通っても、どんな先生に当たっても自分自身のことを大切にできて自分の周囲のことも大切にできる可能性がたくさん広がっている包括的性教育を、ここに集まった皆さんと一緒にぜひ広めていきたいなと思いました。ありがとうございました。
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