ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)アドボカシーカフェ第71回開催報告
ジェンダーと民族が複合する差別
―在日コリアン女性自身による実態調査―
2021年7月27日、李月順さん(アプロ・未来を創造する在日コリアン女性ネットワーク<アプロ女性ネット>代表)、元百合子さん(大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員研究員)、梁優子さん(大阪市立大学人権問題研究センター特別研究員)をゲストに迎え、SJFはアドボカシーカフェをオンラインで開催しました。
国連の女性差別撤廃条約委員会が日本政府に勧告し続けてきたマイノリティ女性の生活と人権状況の実態調査を当事者自身が行ってきたことがテーマです。在日コリアン女性はマジョリティ女性とも、在日コリアンの男性とも異なるより困難な状況に置かれており、その原因である複合差別を実証したのがこの調査です。同時に、この調査に関わった在日コリアン女性たちにとって、奪われていた力を回復して自らをエンパワーする機会にもなりました。
「日本に人種差別はない」と考えている方が多いですが、在日コリアン、被差別部落、そして先住民族(琉球民族、アイヌ民族)という主要なマイノリティ集団は、人種差別撤廃条約が定義する人種差別を受けている集団です。しかも、これらの集団に対する差別は、日本が朝鮮半島の植民地支配、身分制度、先住民族に対する土地や資源の収奪と同化の強要といった国策によって歴史的に作ったものであると元さんは強調しました。
日本は、人種差別撤廃条約と女性差別撤廃条約を誠実に履行する義務を果たして来なかったので、未だにマイノリティ女性たちは、その二つの差別の複合に苦しんでいると説明されました。
上記3集団(沖縄を除く)の女性たちが連携して2004年から同時に取り組んだ初めての実態調査以後、その結果を携えて共同で行ってきた省庁交渉は、徒労感のみが残るものでした。しかも、在日コリアン女性は選挙権を持たないために政府が徹底的に無関心であり、3集団の連携があればこそ、そうした活動が出来たと李さんは話しました。
グループ発表では参加者から、マジョリティの中にもそれぞれマイノリティの面があるのではないかという問いが投げかけられました。マジョリティとマイノリティの溝を壊していきたいと李さんは語り、元さんも、マジョリティとマイノリティの分断を乗り越えるには人間同士として出会い、付き合い、気付き、共感することが大切ではないかと、ご自分の経験をもとに提案しました。また、マジョリティかマイノリティかという事は、差別の種類によって、その差別をめぐる力関係に応じて変化するものであって固定的なものではないことも指摘されました。
在日コリアン女性の実態調査の自由記述欄は、どこにも語ることができなかった思いを吐露できる場となったと報告されました。本名での生きづらさを訴える自由記述が多く、それは、選択的夫婦別姓制度が認められない日本社会の生きづらさも写しており、マジョリティとマイノリティに共通するものがあると李さんは指摘しました。
介護の場における実態と意識を、ジェンダー・階級・エスニシティ・国籍が「交差」する場として調査し分析していることを梁さんは報告し、家族や親族内における介護負担にジェンダー不平等が在日コリアン間にもあることが指摘されました。
一人暮らしが多く孤立しやすいなどの特徴が、ニューカマーの在日コリアン女性のコロナ下における暮らしについて調査分析した結果から浮き彫りになりました(洪ジョンウンさん録画)。
詳しくは以下をご覧ください。 ※コーディネーターは上村英明(SJF運営委員長)
(写真=上左から時計回りで、李月順さん、元百合子さん、上村英明さん、梁優子さん)
――李月順り・うぉるすんさんのお話――
まず講演内容について紹介する前に、実態調査について現在私たちは報告書の作成にとりかかっておりますので今回の報告は各個人の見解であることを始めに断っておきます。
最初に「なぜ実態調査をしようとしたのか」を李月順が、次に「介護の場における実態と意識――交差性から考える」を梁優子が、そして「ニューカマーのコリアン女性たちのオンライン調査から――暮らしとコロナについて」を洪ジョンウンが報告(録画)いたします。
では、「なぜ、実態調査をしようとしたのか」のお話を始めます。
在日コリアンについて数字から考えてみます。2020年の総在留外国人は2,887,116人でした。そのうち、韓国籍・朝鮮籍者は約45万人で、総在留外国人の約16%を占めています。そして、在日コリアン「帰化」許可者数、すなわち日本国籍をとった者は、1952年から2019年の間に約38万人となっています。国際結婚の比率は、約85%で、主に日本人との結婚となっています。そのことから、国籍における在日コリアンというのは、単に韓国籍・朝鮮籍者だけではなく、日本籍者も含むものと考えています。
韓国籍・朝鮮籍者の在留資格は圧倒的に特別永住者が多く、次いで一般永住者となります。
ここで、皆さんに考えていただきたいのは、「在日コリアンとは外国人なのか、それとも住民・市民なのか?」ということです。
在日コリアンは、いわゆるオールドカマーといわれる、植民地支配を背景に、朝鮮半島から移住してきたコリアンとその子孫と――私もその一人ですが――、ニューカマーと呼ばれる主に1980年代以降に留学や結婚、仕事などで日本に居住するに至った人々を指します。
オールドカマーであれニューカマーであれ、在日コリアン女性はいわゆる民族差別と女性差別という複合差別のなかで生きてきました。
アプロ女性ネットについてお話します。アプロ女性ネットは国籍に関わらず朝鮮半島をルーツとする、私たち在日コリアン女性が主体的に自らをエンパワーし、よりよいアプロ(朝鮮語で「未来へ、前へ」という意味)を目指すために立ち上げたグループです。
これまで、アプロ女性ネットの前身である「アプロ女性実態調査プロジェクト」が2004年に実態調査を始めてから、これまで3回実態調査を行ってきました。
女性差別撤廃条約の日本審査が勧告してきたマイノリティ女性の実態調査を当事者自身で
では、なぜ私たちが実態調査に取り組んできたのか。理由は大きくは二つです。
一つは、日本社会で不可視化されてきた私たちの問題を可視化することです。「見ない・見えない・見ようとしない」問題を、「見る・見える・見ようとする」問題として明らかにする必要があると考えたからです。
もう一点は、女性差別撤廃条約の日本審査で、マイノリティ女性の実態調査をするよう3度勧告が出されてきました。しかし、日本政府はこの勧告を無視し続けています。
そのことから、当事者である私たちが実態調査をするしかないということで取り組んできました。
実態調査をする目的も大きくは二つあります。
一つ目は、日本社会や在日コリアン社会への問題提起をすることです。
二つ目は政府や自治体、国連の女性差別撤廃委員会などへの働きかけをする際のデータを提供することです。
今回、第3回在日コリアン女性実態調査についてお話します。
調査方法として3本柱を立てました。アンケート調査と、オンライン調査、インタビュー調査です。昨年から続くコロナ禍の制限や困難の中での調査となりました。
まずアンケート調査ですが、その対象は主としてオールドカマーの在日コリアン女性を対象にしました。配布方法はこれまでと同様、知り合いを通して配付していき回収するという方法を取りました。回答は553名の方から得ることができ、その回答者の居住地は17都道府県に渡っています。
次にインターネット調査ですが、対象はいわゆるニューカマーの在日コリアン女性としました。結果、133名の方から回答を得ることができました。ここで、アンケート調査かインターネット調査か、どちらの調査に回答していただくかは回答者自身に委ねることを基本といたしました。
そして、これら調査の肉声をもっと拾い上げようということで、インタビュー調査をこれまで18名の方に行うことができました。
アンケート調査から少し紹介したいと思います。
回答者の年齢を見ますと、50歳代が最も多くなっています。国籍は朝鮮籍者が16%、韓国籍が74%、日本籍者が10%でした。
質問項目の中で、18歳以下の子どもがいる方を対象とする質問も設けました。その中で、「子どもが学校・幼稚園・保育所などに通う時、子どもの名前はどうしていますか」という質問に対して、「民族名・本名で」が63%、「日本名・通名で」が29%となりました。今回、民族名・本名を子どもの名前に使っているのが非常に高い比率ですが、この背景には、「子どもを民族学校に通わせていますか、日本の学校ですか」というような質問に対して、民族学校に通わせている回答者が45%いたことがあると考えられます。
しかしながら、「民族名(本名)を名乗ると、将来、就職で差別されるか心配」という質問項目に関しては、「大いにある」・「少しある」という回答者が合わせて約6割いました。また、「在日コリアンであることで、将来、就職や結婚で差別されるか心配」という質問には、「大いにある」・「少しある」という回答者が合わせて約7割近くいて、民族名・本名を使うか否かに関わらず、在日コリアンであることで民族差別を受けるのではないかと心配している方が非常に多いということが分かりました。
さらに、「子どもがコリアンであることでヘイトスピーチを受けるか心配」という項目に関しては、「大いにある」・「少しある」という回答者が合わせて実に7割以上いました。
このヘイトスピーチに関しては、2016年の実態調査(『第2回在日コリアン女性実態調査―生きにくさについてのアンケート』報告書)で次のことが分かっています。一つは、ほかの外国人より在日コリアン女性がヘイトスピーチに関して不安を感じる比率が高いことです。もう一つは、ヘイトスピーチが、直接自分が体験する・しないに関わらず、日常生活に影響を与えているということです。
第2回の実態調査から、民族名に関して、少し結果を報告したいと思います。一つは、日本社会ではルーツを表象する本名・民族名を使用することが難しく、約8割が通名・日本名を使用していること。二つ目は、65%の回答者が、民族名を使用すると差別の対象になると認識していること。三つ目は、約40%の回答者が、職場で民族的ルーツや国籍による差別を経験していることが結果としてわかりました。
このアンケートの自由記述からは、民族名に関して、「それは記号ですか」と言われたり、入居の際に「朝鮮人は入居できない」と家主から言われたり、就職の面接において民族名で面接をしているにもかかわらず「日本名を名乗らない理由/国籍を変えない理由/北朝鮮と韓国のどちらを支持するか」などを聞かれたり、「日本名(通名)はありませんか。あるのなら通名がいい」と言われたり、民族名の名前で仕事をしていると「顧客から民族差別的なことを言われた」ということがあったりしました。
そしてさらに2016年の結果から、約7割の回答者が「民族名・本名を名乗ると差別の対象になるからといって本名を使いたくないとは必ずしも思っていない」、できたら名乗りたいこと、しかし実際には、民族名を名乗ると民族差別に直面することが、民族名・本名を名乗ることを難しくしている状況が明らかになりました。
本名で生きづらい日本社会 マイクロアグレッションの自覚を
最後に、今回第3回の実態調査の自由記述から少し紹介したいと思います。
「地域の人たちとも仲良くやらねばと足を運んでいるが、在日コリアンに対する悪口や陰口を聞いてしまうと、もう行きたくなくなる」。
「ヘイトスピーチや北朝鮮バッシングの影響で、朝鮮籍者であることを公言しづらくなり、隣近所に対して隠し事をしているという一抹の不安や後ろめたさを感じるようになった」。
「現在の日本社会で在日コリアンだと名乗ること自体に少し恐怖を感じる」。
「本名で生活していますが、マスコミなどで流れる放送を見ていると萎縮してしまう」。
本名で生活していることから、民族的アイデンティティをすごくお持ちの方だと言えますが、そういう方でも萎縮してしまう状況があるということです。
さらにコロナ禍の出来事ですが、「病院のホームページに、『外国人の方、帰化された方は、患者本人が日本国籍を持つ日本永住者で、日本語を100%理解できる方のみ限定』と書かれ、行けなかった」。このように明らかな外国人差別を打ち出している病院というのもどうなのかなと思いますが、コロナ禍の中で、そういう病院が存在しているのです。
「本名で生きていこうとしたときには、通名を名乗っていた時とは違うしんどさがあった。アルバイトや住むところを探す時に苦労を少しし、結果として、アルバイトを辞めることになった」。
「在日コリアン女性であるということで、日本社会で生きていく上では、本名を名乗ることが一つの大きな壁であると思う」。
「本名で40年生きてきて、そのことに抵抗もなく自分なりに当然だと思っていますが、今でも『日本人と変わらないね』と言われることに軽く失望します」。この言い方は、言っている日本人の方は善意で言っていると思うのですが、明らかな「マイクロアグレッション」と言われる無意識の偏見や無理解、差別心であると言えると思います。私もこれと似た経験を何度もしていまして、例えば、数年前に病院に行ったときに、私と同年代である年配の看護師さんから「日本語が上手ですね」と言われて「あ、来た、来た」と思った経験があります。
「仕事上、名札を付けなければいけないので、(民族名の名札を付けていると)いつ来日したのか聞かれることが増えた。しかし、その聞き方が不快に感じる聞き方なので、憤りを感じる」。いわゆる在日外国人に対する差別を感じる聞き方なのでしょう。
韓国籍・朝鮮籍の在日コリアンは政治にアクセスする権利が全くありません。ということで、「日本名で生活していても、友人に、実は在日コリアンであることを言っているにもかかわらず、選挙権がないことを何度説明しても理解してもらえないのが残念です」。そういう私たちの状況を、私たちに原因があるのではなく、日本社会に原因があるということを理解してもらえない、ということだと思います。
「行政の人たちが在日コリアンのことを知らなすぎるので、役所に行くと時間がかかってイライラする。せめて役所の人たちは少しぐらい知っていてほしいと思う」。
また、「子どもの口座を作ろうとしたら、名字が違うからと断られるなどいまだに不便なことが多い」。これなどは、まさに日本社会における夫婦別姓の問題、民法における問題を、在日外国人である私たちへも同様に適用している無理解・無知だと思います。
「在日が何かを知らない、知ろうとしない人が多すぎる」という自由記述の言葉をもって、私からの報告を終わりにしたいと思います。
―梁優子やん・うじゃさんのお話
「介護の場における実態と意識――交差性(intersectionality)から考える」―
まず、なぜ「介護」と「交差性」を問うのか、について3点申し上げます。
1点目は、私自身が約6年間に及ぶ母の介護を経験してきたからです。母が79歳位に難病を発症し、6年間自宅で介護し、自宅で看取ったという経験があります。
2点目は、介護の社会化や、介護労働者不足・介護離職など、高齢者の問題は誰もが直面している問題だと思います。これは、在日コリアンに於いても同様です。2020年の在日コリアンの高齢化率は約28%で、日本全体の高齢化率と同程度です。
3点目は、視点についてですが、ジェンダー・階級・エスニシティ・国籍が「交差」する場として、介護の意味を考えたいと思っています。これは、さまざまな差別の軸が組み合わさり相互に作用することで生じる抑圧構造を分析する枠組みです。私自身が1980年代から民族差別撤廃運動に関わり始め、運動に内包されるジェンダー不平等を問い続けた結果、たどり着いた考え方です。
では具体的に調査結果を見ていきます。
有効回答者数553名のうち、現在介護している方が49名(9.2%)、以前介護していた方が136名(25.6%)でした。
現在介護している人と以前介護していた人はともに50代・60代に集中しています。
「どなたを介護していますか」という質問に対しては、複数を介護している方も同様に、父母・義父母が最も多い結果となりました。
介護保険サービスを利用していることについても尋ねました。介護者のほぼ8割(77.9%)、134名の方が介護保険サービスを利用しているという結果が得られました。無回答は取り除いております。
介護保険サービス利用料の支払いについて複数回答で尋ねました。被介護者本人が支払っているのは42.9%ありますが、それ以外を見ていくと注目すべき点として、生活保護の介護扶助を利用している人が12.3%おられること、回答者の夫・パートナーが支払っているのが12.3%、回答者自身が支払っているのが11.7%というように、被介護者本人以外による支援をもって介護保険サービス利用料が支払らわれている現実があります。
利用されているサービス事業者については、日本人が最も多く73回答、ついで在日コリアン、そして在日コリアンと日本人という結果になっています。このことから何が言えるかというと、介護サービス事業者の中で、在日コリアン高齢者のことがどの程度理解されているだろうか、そのことが課題として上がるということではないでしょうか。
次に、介護における負担と働き方の調整について申し上げます。
介護における負担については、複数回答で、「自分の時間がとれない」というのが最も多くて約42%ありました。次に「肉体的に負担」、そして「経済的に負担」という順になっています。
働き方の調整については、本調査では、仕事についても別項目で尋ねていますが、ほぼ8割弱の方がペイドワーク(賃金労働)に就いていますが、特に調整を行っていない方が47.4%となっていて、それ以外は何等かの形で働き方を調整している実態が浮かび上がり、退職したという方が5.6%います。介護離職の問題が、在日コリアン社会にもあるということが確認できると思います。
高齢者介護 家族・親族内におけるジェンダー平等を
「介護や介護保険サービス利用に際し、ご自身やご家族の悩みや不安などを自由にお書きください」という自由記述の結果についてです。
約90件の記述があり、5分類――経済的不安/家族・親族内部の性別役割分業・ジェンダー差別への不満/被介護者のサービス利用への抵抗感/在日コリアンへの理解不足からくる不安や不信/家族に迷惑をかけたくない――をすることができました。
最も記述が多かったのは「経済的不安」です。先述の、介護における負担のところでは経済に関しては3番目でしたが、記述においては経済の不安が最も多かったです。「親に年金がないため、費用面での負担が心配」、「父が認知症で心療内科に入院しています。母の手持ちの資金が尽きると入院費を払えない。両親ともに年金はないので不安です」。
次に「家族・親族内部の性別役割分業・ジェンダー差別への不満」という点では、「義母が自分の世話は嫁がするものだという認識と、それに同調する娘たちの感覚に自分とのずれを感じた。親と夫が一番の理解者であったことが全ての救いだった」というように書いてくださった方がいます。
自由記述からさらに、30代の在日女性の声を紹介したいと思います。
「父が在日コリアン2世、母は結婚するために韓国から日本へ1970年代に来日。父は戦後の差別が厳しい中、精神疾患を患い、入退院を繰り返していたため、母は言葉も文化も分からないまま、日本で仕事・育児・看病と多重苦のなか生きてきました。
そんな環境の中、母からは『差別は絶対にされるものだ』と教えられ、生きていくために医療の資格をとり、経済的には仕事に困らなかったです。
ただ、20代前半までは、国籍のこと、親の病気、経済的不安など、受け入れ、乗り越えていくことが苦しかったです。カウンセリングや、父の死別、資格取得を経て、少しずつ変化してきました」。このように、30代の在日女性が厳しい現実を抱えながら生きてきたことが浮き彫りになりました。
最後に、在日高齢者介護における「ジェンダー・階級・エスニシティ・国籍の交差性」という視座を用いて考えた場合に見えてきたこととして4点申し上げておきます。
一つは、生活困難を抱える在日コリアン高齢者への固有の生活保障施策が必要ということです。
二つ目は、家族介護におけるジェンダー平等と労働報酬。
三つ目は、権利意識を堕としこめるヘイトスピーチの根絶。
四つ目は、これはインタビュー調査も含めて考えていることではありますが、介護を通じ形成された世代間支援や連帯への社会的承認。
このようなことが今後考えられて行かなければならないと思っています。
――洪ほんジョンウンさんのお話
「在日コリアン女性実態調査:暮らしとコロナについて」――
李月順さん)ニューカマーの在日コリアン女性に対する調査について、元留学生で現在は大学等で働いている洪ジョンウンさんに報告いただきます。本日は仕事の関係で出演できないため事前に録画を準備していただきました。
(以下、洪ジョンウンさんの録画より)
本日、ニューカマー女性を対象とする調査を報告させていただきます、大阪市立大学人権問題研究センターの特任助教、洪ジョンウンと申します。
「在日コリアン女性実態調査:暮らしとコロナについて」お話いたします。
この調査の特色は、オンライン調査で、韓国のポータルサイトを活用し呼びかけました。
133人が回答してくれました。
調査内容は7つの分野(基本属性・生活について・教育について・日本にいる家族との生活 など)と1つの自由記述となっています。
回答者の年齢構成は、オンライン調査であったために20代・30代が76%を占めているというバイアスを示しました。
出生地は韓国生まれが97%(129人)を占め、ソウルとソウルを囲んでいる京畿道など首都圏の出身者が過半数を超えており、韓国の南部圏から多く移住しているオールドカマーとは異なる地域背景を持っていることが確認できました。
在留資格は、就労を認められている人々が55%で、居住目的の永住・定住/配偶者などの在留資格より多かったです。
滞在期間は、1年未満の短期滞在者がとても少なく、中長期滞在者が多かったです。印象深かったのは、日本生活が長くても、韓国のポータルサイトを利用して情報を共有している人々が多いことでした。
移住目的は、教育が最も多く、次いで就労でした。家族形成が主な移住目的であった過去と違って、女性の自己実現が近年の移住の特徴と言えると思います。
未婚の人が、回答者の年齢バイアスの影響によって多かったです。また、一人で居住している人が多く、子どもがいないケースが多かったです。
ニューカマーの特徴 孤立しやすい・労働保険加入率の低さ・デジタルネイティブなど
このようなバックグラウンドから、困った時――例えば手術や災害の時――に頼りになる人が日本にいるかという質問に、15.8%もの人が「いない」と答えています。1年未満の短期滞在者が5人いることを考慮しても、孤立しやすい状況を示しているデータだと考えられます。「隣近所に手伝ってもらえる」との答えが10件に過ぎないなど、助けてもらえる人、人間関係の狭さが表れています。
生活上の困難についても聞きました。「各種手続きを、インターネットを使って処理できない」、「家族や知人がいない」と訴えている人が多かったです。それは、従来の生活上の困難として「在留資格が不安定」や「日本語でのコミュニケーションが困難」と答えた人が多かったことと比較して、特徴的な結果でした。
そういった回答の違いは、回答者のバックグラウンドから理解できると思います。今回の回答者の80%近くが大学以上の学歴を持っていました。また現在正社員として雇用されている人は56%に及んでいます。
しかし、仕事中の回答者115人のうち、社会保障(労働保険)に加入している人は、雇用保険が66人(57.3%)、労災保険が27人にとどまっていて、公共事業労務費調査(H29年10月)の社会保険加入状況調査では、雇用保険に加入している労働者が91%となっているのと比べると非常に低く、劣悪な条件で労働していると考えられます。
家計の収入を見ますと、コロナ以前の収入が200万円から299万円と答えた人が22.5%を占めていましたが、これは、国税庁の年齢階層別の平均給与において、20歳から24歳の女性の水準に過ぎません。20代から30代の回答者が多かったとはいえ、40代・50代の回答者も含まれていますので、給料水準が日本の女性より低いと言えます。
コロナの影響についての質問に対する回答結果です。
収入については、正規雇用の人が回答者の多くを占めていたために、「あまり不安ではない」/「まったく不安ではない」と答えた人が35%近くいましたが、「とても不安」/「少し不安だ」と答えた人は60%を超えていてやや高い水準になっていると思われます。
コロナによる生活の不安や困難については、「出入国・再入国の制限によって家族・親戚に会えなかったり、仕事に支障が出たりしている」と答えている人が多かったです。
コロナ関連で信頼している情報源は、「韓国政府の発表」が「日本政府の発表」より2倍以上多かったのですが、これは、韓国の情報を信頼しているという意味で解釈するよりは、日本の情報を信頼することが低くなっていることを意味しているのではないかと考えられます。日本の場合、表現の自由とはいえ、ヘイトスピーチの一種である嫌韓書籍が本屋等でベストセラーになっているなど、韓国人にとっては排他的に感じられるメディア傾向が影響しているのではないかと認識しています。それは、信頼する情報源として「海外メディア」との回答が60件に上っていることから推察されることです。
では、日本生活で最も心配しているイシューはコロナなのかといえば、そうではなかったです。地震や放射能が、新型コロナ感染症より高かったのですけれども、自由記述を参考に考えますと、地震については十分な知識や訓練ができていなかったことからくる不安、放射能については十分な情報が提供されていないことからくる不安が提起されていると考えられます。
今回の調査で明らかになったことは、調査目的と関連付けて、次の3点と言えます。
一つは、学歴や正規雇用の割合は高いが、給料の水準や労働保険の加入状況が著しく低いことから伺われる複合差別の状況です。
二つ目は、これまでとは異なるバックグラウンドから移住しており、制度的側面より生活文化的側面からの困難を訴えている傾向があるということで、在日コリアン女性の中の違いが明らかになっています。
三つ目は、家族から離れて一人で暮らしている人が多く孤立しやすい状況にあること、そして、インターネット基盤での情報取得や公共サービスへのアクセスについてのニーズが高いことが表れているのが特徴でした。
――元百合子もとゆりこさんのお話――
私は国際人権法を勉強し研究してきた者ですが、とくに民族的マイノリティの権利と、人種差別とジェンダー差別の複合の問題を研究テーマとしてきました。国籍は日本なのですが、アプロ女性ネットに入れていただきたいとお願いして2006年位から共に歩んできました。個人的に、国籍で日本人とか何人とか分類することに抵抗がありますし、元という名字から私の祖先はおそらく渡来人であると思いますが、当事者の社会運動体であるアプロ女性ネットに日本人の参加を特別に認めて下さったことは、ありがたいことでした。
平和と人権の実現を目指して戦後に設立された国連ですが実は、複合差別の視点は無かった時期が長いのです。ようやく2000年に近い頃から、国連を中心とする国際人権保障システムの中で、複合差別ということも考える必要があるという議論が高まってきました。その背後には、1980年代半ばから1995年まで4回開かれた世界女性会議があり、そこには経済的な困難をはじめ多くの困難を乗り越えて、先進工業国のマイノリティ女性や途上国の女性たちが回を追って大勢参加するようになり、声を大にして、複合差別の問題、途上国の問題を訴えたということがありました。
なぜ日本人である私がアプロに加わってきたかも話してほしいというご要望も頂きましたのでお話しするのですが、きっかけは、そうした展開に注目した「反差別国際運動」という国際的人権NGOが1999年末から東京で始めた複合差別研究会に私も研究者として出席を許されたことでした。そこでは、日本各地の様々なマイノリティ女性がご自身の被差別経験を率直に怒りや悲しみを抑えずに語っていました。複合差別という言葉も概念も知らなかったマイノリティ女性たちが瞬時にそれを理解したのです。それは、私にとって文字通り目から鱗が落ちる気付きや学びに満ちた空間でした。
そこで大いに魅力を感じた参加者のお一人が、第1回のアプロ実態調査を着想し、想像を超える困難な調査を熱意と努力で成功させた李榮汝(い・よんにょ)さんでした。彼女には、それ以前からマイノリティ女性に対するジェンダー差別への強い問題関心と、在日コリアンのコミュニティ内でも男女平等を実現する必要があるという意識がありました。複合差別研究会に呼ばれる前から、北京で開かれた世界女性会議が採択した「行動綱領」という文書の勉強会を大阪で主催なさっていた方です。その頃、李榮汝さんは、「女性差別撤廃条約があるし、「北京行動綱領」にはいろいろ書いてあるけれど、(在日コリアン女性である)私たちとは隔たりがある。」と言っておられました。
その後、私が仕事の関係で大阪に移転したのを機に、アプロ女性ネットの第1回調査結果の報告会等に参加させていただき、榮汝さんと数人の仲間たちがやり遂げたことの大きさに驚き敬服し、アプロ女性ネットに強い興味を持ったわけです。個人的には、国連に勤めていた時代もあり、退職後は人権NGOのスタッフとして、国連にマイノリティの方々をお連れしてニューヨークやジュネーブの人権関係の会議でアドボカシー活動のお手伝いをしてきた経験などがあり、多少お役に立てるかもしれないと思ったのですが、あくまで当事者主体の運動であるから非当事者として口を出すことはできるだけ慎むべきだとは考えてきました。
歴史的に、日本の国策が生み出した被差別集団である在日コリアン、被差別部落、先住民族
これらの3集団の女性がおこなった実態調査の目的は、自らの「不可視化」を打ち破って存在を「可視化」することであると強調してきましたが、まず日本がマイノリティ女性にとってはどういう社会であるかを考えてみたいと思います。
先ほども言いましたが、「人種差別はアメリカやヨーロッパなど他国の問題であって、日本には無い」というのが日本の常識とでもいうべき状況があります。他方、国際人権保障システムにおいては、在日コリアン、被差別部落、アイヌ民族や琉球民族という日本の先住民族といった集団の人々には、差別されない権利を含めて人権を平等に保障する義務が政府に課されているのです。しかし、政府は「日本は単一民族国家で、マイノリティはいない」という幻想を信念としているかのように繰り返してきました。
国連の「自由権規約」という条約にマイノリティの権利に関する規定がありますが、その条約の実施を監視する機関(自由権規約委員会)に対して「日本にマイノリティはおりません」という報告を繰り返してきた政府が、マイノリティの人権実現の上に重石のように乗っているのです。自由権規約委員会はそれらの集団を日本社会の主要な民族的マイノリティと認識しており、政府に対して再三、認識を改めるよう求めて来ましたが、政府は頑なです。アイヌ民族だけを2年ほど前に「少数民族」と認めただけなのです。
実態調査が明らかにした複合差別状況
在日コリアン女性の生活および人権状況の実態を当事者がていねいに調査し、その結果を集計・分析した結果は、「女性」というカテゴリーにおけるマジョリティ女性のそれとも在日コリアンのコミュニティ内の同胞の男性とも異なるものであり、より困難な状況を生きることを余儀なくされていることを実証するものでした。すなわち、複合差別はマイノリティ女性を「マイノリティの中のマイノリティ」という地位に置いていることが明らかになったと言えるでしょう。
これまでアプロ女性ネットが2回実施した実態調査の結果はその都度、政府に届けて検討と政策や措置の策定に活かすように要請してきたわけですが、お話ししたように政府は徹底的に無関心であり、被差別部落女性やアイヌ民族女性の代表と共に繰り返しおこなってきた関連省庁との交渉も、文字通り「のれんに腕押し」であって効果はほとんどなく、徒労感が残るだけでした。他方、国連の人権機関、特に女性差別撤廃委員会に対するロビー活動では大きな手ごたえがありました。当事者として問題状況を具体的に伝え、日本政府に対する勧告をお願いするというアドボカシー活動です。省庁交渉とは異なり、同委員会の委員である専門家は、真剣に耳を傾けてくれますし、信頼できる情報が提供された問題については、委員会としての勧告につながる可能性が高いのです。
近年、とくにその成果が顕著に見られるようになり、直近の2016年に同委員会がおこなった日本政府報告書の審査後に出された「総括所見」という文書では、懸念と勧告の総数50パラグラフの半数がマイノリティ女性に関するものでした。ただ、日本政府は一貫して、マイノリティ女性の人権状況に無関心なだけでなく、国連の勧告には背を向けて無視するか、ごまかしで切り抜けるといった対応に終始しています。マイノリティ女性たちが自ら実態調査を余儀なくされたという状況が改善していません。
実態調査に関わった在日コリアン女性 奪われていた力を自ら回復
アプロ女性ネットの実態調査の成果の一つは、三つの抑圧軸を在日コリアン女性が自力で認識するようになったことです。その抑圧軸とは、①朝鮮半島と日本の歴史と政治的軋轢に起因する抑圧、②日本社会の民族差別と女性差別に基づく構造的・制度的抑圧、③在日コミュニティ内のジェンダー不平等です。
二つ目には、政府や国連へ、その調査の結果をもって働きかけてきて、国連からの勧告が増え続けていることです。
三つ目には、恐らく回答者を含めて、この実態調査に様々な形で関わった女性たちが目覚ましい勢いで、自らをエンパワー(奪われていた力を自ら回復するということ)したことです。それを目の当たりにし、当事者主体の社会運動がもつ力と効果を目にしたように感じています。
四つ目は、直接的な成果ではありませんが、李信恵さんなどの反ヘイトスピーチ裁判闘争があります。2009年あたりから、在特会のような排外主義的な集団によるヘイトスピーチが路上やネット上ですさまじい勢いで全国に吹き荒れ、暴力的な、聞くに堪えないような言葉が氾濫することがありました。その中で、マイノリティ女性が集団の中の弱者として、そうした言葉の暴力の標的にされたのでした。大阪では李信恵さんが執拗な集中攻撃の標的にされ、肉体的にも精神的にもぼろぼろになりながらも、泣き寝入りするわけにはいかない、自分のような苦しみを他の女性に味わわせたくないという強い気持ちで、数年に及ぶ苦しく困難な裁判闘争を闘い、勝利しました。高裁判決は、日本の裁判史上初めて、加害行為が「民族差別と女性差別の複合差別」であると明確に認めたのです。歴史的偉業でした。
複合差別には、集団に対する暴力や迫害のターゲットにされやすいのが集団内の相対的弱者であるマイノリティの女性や子どもであるという問題があります。ヘイトスピーチの標的にされるだけではなく、男性よりも頻繁に路上やインターネット上で暴力の対象とされてきたという傾向が世界中で見受けられるところです。
国際人権保障制度における複合差別の扱いについては、冒頭で触れたように、国際社会が複合差別に注目するようになった経緯から、当初は人種差別とジェンダー差別の複合にフォーカスされていました。しかし、被差別者は別の事由による差別も受けやすいという事実が明らかになると共に、人種とジェンダーだけではなく、障害や病気、年齢、性的思考、社会経済的地位とくに貧困など、多種多様な差別が複合することも分かってきました。また、二つに限らず、三つ以上の差別が複合する状況があることも認識されています。
女性差別撤廃条約や人種差別撤廃条約の誠実履行義務違反の日本 分断を越えた出会いを
そうした複合差別状況を改善し、問題を解決するにはどうしたらよいかということも、国際人権保障システムのなかで熱心に議論され、さまざまな人権機関が提案し、各国に実施を要請しています。
まず、複合差別の実態調査をして、報道や政府広報などで市民に知らせ、啓発し、社会問題化する必要があるということです。
次に、歴史が絡んでいる根深く、構造的な差別が多いわけですから、正しい歴史教育や人権教育を行う必要がある。それを通じて、マジョリティの意識を変革する必要。無関心から関心へ向かうと共に、どのような形でどの程度この問題に関与してきたのかを、各人が自分の問題として考えてほしいということです。
3番目には、全ての政府に求められていることですが、包括的で効果的な方針を政策として策定すること。そして実際に、複合差別の様々な事案に応じたきめ細かな措置を講じることです。
4番目には、複合差別禁止を明記する包括的な差別禁止法の制定です。日本は、人種差別禁止法もなく、女性差別禁止法もないと現状ですから、一足飛びには難しいかもしれませんが、「解消法」といった理念法でお茶を濁すのではなく、方向性としてははっきりと法的に禁止することを目指さなければいけないということです。それと同時に、政府から独立した国内人権機関による個別被害の救済制度を整備しなさいということです。
それでも救済されない人権侵害が残るということがありえるわけですから、主要な国際人権条約に付いている「個人通報制度」を受け入れる必要があります。これは人権侵害が起きた国の国民に限らず、一時的に訪れている外国人でも誰でも、その国の法律が及ぶ範囲に存在する人は全て、自分が受けた人権侵害がその国の裁判で救済されない場合に、国連に通報して審議を要請し、審議の結果によっては国連が救済策を当事国に要請するという制度です。
日本の場合、先述したように、政府の姿勢と方針が最大のネックであり、憲法の定める国際条約を誠実に履行する義務にも違反していることです。ただ、今申し上げたようなさまざまな対策の実施には、政府だけではなく、さまざまな領域の人々が行動する必要があります。地方自治体、教育、メディア、医療、福祉などの分野にかかわる人々など、ありとあらゆる人たちができることに意識的に取り組む必要があります。企業のあり方も無関係ではありません。また、施策や措置の策定には、関係のある当事者の声を必ず聞き、実効的な参画を保障することが重要です。
最後に、アプロ女性ネットにメンバーとして参加し、一緒に活動するなかで気付いたことをお話しさせて下さい。「もう、言い疲れたよ」とか「マイノリティがいくら頑張っても社会は変わらないよ」という嘆息を何度も耳にしました。ですから、マイノリティ女性に対する複合差別を解決するには、マジョリティ女性に関心を持ってもらって、行動してもらうことが非常に重要だと思います。
そのためにはどうしたらよいかと言えば、私がアプロ女性ネットに出会ったように、マジョリティ女性が意識的に、マイノリティ女性の間にある分断の壁を乗り越えて、「出会う、付き合う、そのなかで気付く、学ぶ、そして最終的には心から共感する」というステップを踏むと良いし、できることだと思います。そうしたプロセスが津々浦々で実践されることを期待したいですし、それはマジョリティ女性にとっても自分を差別者の位置から解放することであり、心軽やかになることだと申し上げたいと思います。
――パネル対談――
上村英明さん) 日本社会が在日コリアンの存在や問題に対して無関心であることをゲストのみなさんから伺い、元さんからマジョリティ女性という話もありましたが、その向こう側にマジョリティ男性もいて、この問題はものすごく根深いと思いながら聴きました。
そこがこの実態調査の意味だと思います。日本のマジョリティで権力を持っている人たちはいつも「そんなはずはない」みたいなこと言います。それは、実態をよくわかっていないということを綺麗ごとで言っていて、問題を棚上げしている。
これは、マイノリティ女性だけの話ではなく、いろいろな政策や政治が向き合うためには、事実関係の調査はどこかで必要で、それ自体をまずやらないというのが日本の政治の特徴だとあらためて思いました。
そういう意味で、残念なことですが、我々が実態調査をやらなければならないというところに至り、そのための土台づくりをみなさんで苦労なさって来たと思います。
第1回・第2回の調査と比べて、第3回の調査の一番の違いは何でしょうか。
李月順さん) それぞれの回で、アンケートを取る際のテーマが違います。第1回を2004年に行った時には150項目にわたる質問があり、分野が7つありました。
最初立ち上げた李栄汝さんから私が誘われた時、私の研究テーマは教育でしたので、その時にゼロから質問項目をメンバーそれぞれが関心のあるテーマで立てて、潤沢な資金もない状況で、手探りでやってきました。質問項目は絞りに絞って150項目でした。
その時の思いは、「二度とこのような調査はできないのではないか」というものでした。この過程は、本当に大変でしたが、私自身としては楽しい時間でもありました。私個人が、「在日コリアンとして名前の問題をこう思っているけれど、他の人はどう思っているのだろうか」など、疑問がたくさんあって、だからこそ聴いてみたいと調査をやってきました。
第2回の2016年ごろは、まさにヘイトスピーチが非常に日本社会に蔓延していました。そういう中で、私自身も在日コリアンとして何十年も生きてきて、あの時ばかりは、ヘイトスピーチ以前、2002年の拉致報道(北朝鮮が日本人拉致を認めた報道。しかしこれを契機に在日コリアンの子どもたちに対する嫌がらせが激増した)以後で初めて、「この日本社会で、私の子どもや私は生きていけるのやろか」と本当の意味での危機感をいだきました。
この危機感を払拭してくれたのが、若手弁護士たちによる実態調査だったのです。主に、当時いわゆる朝鮮学校に通う子どもたちに対する暴力事件を調査したということを聞いたことは、私にとって一つの光でした。そういう中で、2016年に在日コリアン女性社会でヘイトスピーチがどういう影響を与えているのかをテーマに調査しました。
ですから、その時代の在日コリアン女性が受けている主要なテーマで実態調査をしてきました。
今回の調査は、コロナ禍における問題、それから福祉、とくに介護の問題に焦点をあてました。
マイノリティ女性たちの連携 無視できないロビーイング活動に
一つ補足します。
アプロ女性ネットはアイヌ女性や被差別部落女性とともに、IMADR(反差別国際運動)を中心にマイノリティ女性フォーラムをつくっていまして、現在はDPI(障害者インターナショナル)の方も加わっていますが、例えば日本政府との意見交換会とかを設定して、私たちの要求を提言したり質問をしたりすることをやってきました。
私たち在日コリアンは政治にアクセスする権利を持っていないため、普段、「私たちは相手にされていないな」と分かるのです。ではなぜ、そういった意見交換の場では相手にされるのかというのは、被差別部落女性やアイヌ女性、すなわち日本人女性と一緒にその場に参加して要求しているから、日本の官僚たちもそれは無視できないからです。これは実感です。
だから私としては、在日コリアン女性だけではなくて、他のマイノリティ女性たちと共同で手を結んでやっていくことが重要だとアプロ女性ネットの活動を通して実感しています。
2016年のジュネーブでの女性差別撤廃条約の日本審査に関しても、マイノリティ女性としての事前の報告書をつくったりしたのですが、その時、JNNC(日本女性差別撤廃条約NGOネットワーク)に初めてマイノリティ女性として参加し、そういうこともロビーイング活動をするにあたって大きかったと実感しています。
マジョリティ女性とマイノリティ女性の溝をどう壊していくか。それをやるには、一緒にやっていくしかない。マイノリティ女性というのは、気づかざるを得ない状況に追いやられているので、声を上げているということがあります。そういう意味で、在日コリアン、とくにオールドカマーは日本と100年近い関係で日本社会で本当に存在し、共に生きてきたのに、以外と知られていない。そのことからまず変えていく。そして共同でできることはやっていくということが非常に重要だと思っています。
上村さん) 今回、3つの調査手法をとられましたが、それぞれの特徴やご感想はありますか。
梁優子さん) 今回、インタビュー・書面アンケート・オンラインアンケートの3種類の手法で調査を行って、まず書面アンケート調査については、第2回と比べて、コロナ禍であったにもかかわらず、回収率が少しだけ高いのが特徴でした。
介護に関する設問を立てましたが、介護施設で働いている方へのインタビュー調査もする機会がありまして、調査結果はこれからさらに分析を進めていきますが、調査結果をつなぎ合わせながらまた違ったものが見えてくる可能性があります。
オンラインアンケート調査は今回初めての試みで、どのような形で届けるのかが一つのポイントでしたが、洪ジョンウンさんが持っているツールをうまく活用できたことがよかったと思います。
これから集計をし、分析をしていきます。
上村さん) マジョリティ男性に対しては、元さん、どう思いますか。
元百合子さん) マジョリティ男性も、マイノリティ女性に対する複合差別に関心を持ち、放置してよいわけはないという意識を持ってくださることが必要ですが、まず、身近なマジョリティ女性に対する差別問題に向き合っていない方も多い状況ですから、それを当面の課題としながら、多様な複合差別に対する想像力も培って下さることを期待します。
マジョリティ女性はほぼ例外なく女性差別に直面して生きざるをえないことから被差別者ですから、マイノリティ女性に対する複合差別の問題も比較的理解しやすい立ち位置にあります。その意味でマジョリティ男性よりは近いグループであるし、連帯できればよいと思います。
――グループ対話とグループ発表を経て、ゲストからのコメント――
※グループにゲスト等も加わり、グループの方々に感想や意見、ご質問を話し合っていただいた後、会場全体で共有するために印象に残ったことを各グループから発表いただき、ゲストからコメントをいただきました。
参加者)
「マイノリティの方の声が届くのはすごく大変であり、それをアプロ女性ネットがしてくださっていることに感銘を受けていると同時に、マジョリティ側が何をできるのか考えました。例えば、教育機関、日本の学校で受ける教育ではなかなか取り上げられない課題もあり、自分たちが調べていくことに限界を感じているという事実もあります。それでも、マイノリティの方が可視化してくださっている課題がいろいろある中で、それをどう生かしていけるのか、という声もありました。
質問があります。
クルド人のコミュニティだと、例えば男性の長と女性の長をダブルで設けることがあり、いわゆるマイノリティ側にも長を設けることが文化として存在していて、こういったマイノリティが声を出せる仕組みがなにか参考になるのではないか。
ベーシックインカムがマイノリティの課題の一部の解決につながるのではないか。それについてどういうふうに考えられているか。
マイノリティの中での、ジェンダーマイノリティ、LGBTQの人たちの問題はどういうふうに受け止められているのか。」
「差別がどうして生じるのか、差別をどう解決していくのか、話し合いました。
まず、差別を禁止する包括的な法律が日本にはないことが挙げられました。理念や理想をいう法律はありますが、実際に罰則をつけて禁止する法律がないことが大きな問題です。
無関心も大きな原因だと言われました。
また、植民地主義に基づいていることも大きな原因ではないかと話し合いました。植民地支配時代から続く偏見が在日コリアン差別を解消していくことを難しくしているのではないか。それに相まって、旧植民地に対する責任を日本はしっかり考えて果たしているのか。
解決法については、一つは、マイノリティとマジョリティが協力して、いま無関心なマジョリティが関心をもつようにすること。二つ目が、差別禁止法をつくることです。今は、差別解消法はありますが、解消法ではなく、はっきり禁止する法律をつくっていくことです。
最後は、教育から変えていくことが大きな解決方法ではないかと話し合いました。大阪では、民族教育というのが公立学校でも行われているそうです。そういう教育をする学校を卒業した人たちは、マジョリティであっても差別に対して深く関心を持つ人が多く、ヘイトスピーチが行われていても嫌悪や怒りを感じるように変わっていくことがわかっています。ですから、教育から変わっていくことが大事だと思います。」
「マジョリティとして何ができるか、感想を述べあいました。
人権問題というと、日本は声を上げづらい、認識しづらい。
歴史的にみて、日本の文化は大陸の方から入ってきて、向こうから教えてもらって、土地としての日本の国で生きてきたということがあったにもかかわらず、元さんがおっしゃったように、国策による差別がある。私はすごく不思議だったのです。なぜ昔から向こうの人たちが来てこういう文化をつくっているのに、なぜ差別があるのかと。今日のお話で納得がいきました。それをどうするか。
とくに男性は、自信が無いゆえに、弱い他者を攻撃して、自分の存在を高め、他者を否定しながらやってきたのかな、そういう日本人のやり方があるのかなと思いました。
働き方についても、男性より女性のほうが平均的に低く、今回のコロナの影響もかなりあったのだとお話の中でも出てきました。
調査をして可視化することはとても重要だと思いますが、それをもっと広めることも大事だと思います。選挙権がない人たち、他のマイノリティの人たちと連携してやっていくこと、まずそこから突破していくことが重要だと話し合いました。応急処置だとしても、やれるところから連携して可視化していくことが大事だと話し合いました。」
「在日家族の中で性別役割分業の意識が根強いというお話を伺って、日本人家族の中でもそういう意識は少し残っているとは思いますが、介護や家事で女性が大変な状況に置かれることがあるということを再認識することができました。
マイノリティの声を聴いてマジョリティが発信することが大事だという話もありました。そういう発信をサポートすることも大事だと話し合いました。
私はこういった会に初めて参加して、在日コリアンや、マイノリティについて、真剣に話し合いたい、知りたいと思っている人がこんなにもいることに感動しました。これから複合差別について卒業論文を書くつもりですが、その中で生かしていきたいと思っています。」
「マジョリティ男性からのご意見で、マジョリティ男性が抑圧構造を自覚していく、そこに気づいていく、そういう想像力を働かせることの重要性を指摘するご意見がございました。
マイノリティといってもひとまとめにするのは違っていて、多様性があることをきちっと組み込んだ上での理解の仕方が大切ではないかという話もありました。
マイノリティ女性自らが声を上げていく大切さも指摘されました。
在日コミュニティの中での在日男性の意識に関して、高齢者介護施設の経営に携わる在日男性が介護施設内におけるジェンダー差別について指摘なさったという事実は、今回の実態調査をしたが故に見えてきた事実だったということも確認されました。高齢者施設の利用者である在日の高齢男性が、介護してくれる在日の女性に対してセクシュアルハラスメント的な行為をし、それに対して在日の施設長が『それは絶対に禁止だ』と徹底したことを今回のインタビュー調査で語ってくださいました。
マジョリティ男性として今日参加してくださった方から、ご自身が教育者としてマイノリティに関して文科省と交渉なさった経験がおありで、マイノリティには多様なマイノリティが存在するのに、役所は一部のマイノリティを羅列して全部きちんとやっているといった対応をする傾向があったというご指摘もありました。」
「大きく3つのことをお話させていただきます。
一つは、当事者の方からの声です。見る・見える・見ようとするという言葉がありましたが、当事者でありながらも見ようとしなかったり、見えなかったりという地点にいることもあり、この会に参加することで、そこを開いていこうという気持ちになれた、という声がありました。
人生の中で人はさまざまな挫折をすると思いますが、日ごろからのスティグマがあるとしたら、それを原因だと思いやすい、そういうネガティブなものに吸い込まれやすいものを当事者は持っている――例えば、就職に挫折した時に日本名でない名前のせいだと思う――のではないかという声も聞かれました。
そういった声に対して、『マイノリティの大変さがあるね』という言葉があった時に、だけれども、当事者、マイノリティとして声を上げる必要があるように思うと。その時に、マジョリティの反応として、他人事ではなく、『大変ですよね』と一緒に考えてくれるリアクションがあれば、声を上げてみたい、声を上げてみようという気持ちが持続するのではないか、という対話がありました。
二つ目として、『複合差別』という言葉を20年位前からご存知だった方もいました。20年前から時を経た今、何が変わったのか、という声が上がりました。上村さんがおっしゃったように、『そんなはずはない』というマジョリティの声があり、政府は法律では男女・国籍・障害など全てカバーされているはずだという対応であるけれども、今日のアプロ女性ネットの実態調査の話では、事実として対応されていないことが伝わりました。
三つ目としては、マジョリティの中にもそれぞれマイノリティの面があるのではないかという投げかけがありました。例えば、当事者のマイノリティでも、ある意味では健康面や在留資格については安定的な方もいて、反対に、日本人の方でもマイノリティの面があるのではないかと。具体例として、昭和30年代後半に東北の方が集団就職で来て、帰れないまま孤立してアパートで数十人が亡くなられたというニュースが紹介されました。その亡くなられた方たちの共通点は無年金で生活保護を受けていることだったそうです。その方たちもマジョリティの中のマイノリティであり、あるいは障害を持っている方もいるのではないか、と交わされました。」
思いを吐露できる場となった実態調査 あらゆる人が住みやすい社会へ
李月順さん) ディスカッションの一つのきっかけになったことは本当に意味があったと思っています。
実態調査に関しては、何が一番良かったかと言えば、普段、理不尽だと思っていても、どういう形で声を上げたらよいのか分からず、できなかった人たちが、自分たちの思いをまさに吐露した形でアンケートの自由記述に書いてもらえたことです。在日コリアン女性の一人ひとりが、この日本社会で自分が考えている理不尽さなどについて語る場がなかなかないのだなと思い、そういう意味でもアンケート調査をやってよかったと思っています。
銀行で、親子で名字が異なるから子どもの口座を作れないと言われたという自由記述を先ほど紹介しましたが、もし日本で選択的夫婦別姓制度が実現していて、お父さんとお母さんの名字が異なっていて当たり前という社会だったら、在日コリアン女性が名前で嫌な目に遭う必要がないでしょう。そういう意味ではマジョリティとマイノリティに共通するものがあり、マジョリティが住みやすくなればなるほどマイノリティである私たちも住みやすくなる。これはまさにそういう例の一つだという気がしています。
梁優子さん) 先ほど質問のなかでセクシュアルマイノリティに関するご意見がありましたので、少し紹介しておきます。今回の調査でもやはりセクシュアルマイノリティのことに触れておられる自由記述がございました。
その方は在日コリアンのコミュニティではセクシュアルマイノリティであることで差別を受け、かつセクシュアルマイノリティのコミュニティでは日本人でないことで差別を受けるというような状況です。複合差別についての教育の徹底と、日本社会・在日コリアン社会にはびこる根強いホモソーシャルの解体打破を目指したいというご意見もグループ対話でありました。
女性の家事労働などはタダだというような考え方がまだまだ根強い、それは在日コミュニティでもそうです。娘や嫁という役割の人に対して、それをスケープゴート化していくような圧力が働かざるを得ない状況がある。まずそこに対してどうしていくのかという問題関心が私の中にあったわけです。
それは、例えば遺産相続の裁判を見ていますと、最後まで介護をしていた人とそうでない人が相続で同じように配分されるのはそれでよいのかという議論もありまして、やはりたとえ家族間・親子間であったとしても、もっと冷静に見ていくことが必要ではないかということを申し上げたかった次第です。
マジョリティとかマイノリティといった位置は固定的ではない
元百合子さん) 私が「マジョリティ」や「マイノリティ」という言葉を必要な説明抜きに使ったことをお詫びしなければなりません。社会に存在する様々な差別の一つ一つに、差別する側と差別される側が存在しますが、それを、力関係における優劣に応じて「マジョリティ」とか「マイノリティ」と表現したのです。したがって、差別の種類によって、被差別者が差別者になったり、その逆が生じたりします。人種・民族差別におけるマジョリティ(数の上での多数者ではなく、力関係で優勢にあるグループ)の人々(男性も女性も)は何の差別も受けずに生きているという意味では全くありません。
ジェンダーや民族による差別の他に、病気や障害、年齢、性的指向、貧困といった様々なことを理由とする差別が錯綜して存在していますから、逆に言えば、複合差別の視点はそうした錯綜状態に光を当てるものです。人間が持つ、他者よりも優越していると感じたい、人を貶めることによって自分を高めたいという欲望は普遍的にあるとさえ感じるところですし、いまは命の選別という問題まで出てきていますから、どんな人でも同じ価値をもつ人間であって、不幸か幸福かは他の人が決める問題ではないし、一人ひとりが自分の命を全うし、自分の望む人生を生きる権利があるということを再確認していく必要があると感じています。
上村英明さん) ありがとうございました。本当に根深い問題です。1年や2年では残念だけど解決しないという問題をどうやって少しずつでも前に進めていくのか、そういう努力をみんながしなければいけないという中にみなさんがいるし、我々のような助成団体があります。
日本社会はオルタナティブをつくっていくシステムやドライブがものすごく弱い。そこを変えていかなければいけない。内容もそうですが、システムを変えていかないとこの社会はなかなか大きな舵切りができないかなと思っていますので。もちろん個別の問題は問題として本当にしっかりやっていく、でも共通できるところでお互いが協力していくということもあると思いますので、ぜひみなさんよろしくお願いします。 ■
●今後のSJF企画ご案内★参加者募集★
『―共に生きる―ソーシャル・ジャスティス 連携フォーラム2021』
【日時】2021年8月20日(金)13:00~16:00
【会場】オンライン開催
【詳細・お申込み】こちらから
※今回21年7月27日のアドボカシーカフェのご案内チラシはこちらから(ご参考)