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ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)メールマガジン2024.8.21配信号・「委員長のひとりごと」

 

「グローバル化社会の『からくり』と社会的公正の役割」

上村英明(SJF運営委員長)

 

1.ジュネーブでの思い出:2024年7月

 2024年7月初旬は、国連の人権関係の会議に出席するため、スイス・ジュネーブに8日ほど滞在しました。当時のスイス・フラン(CHF)の交換レートは、1CHF≒184円でした。日本とほぼ同じマクドナルドのチーズバーガー・セットが12CHF≒2208円です。航空券・宿泊費も嵩む中、ややお恥ずかしい話ですが、朝食は日本から持ち込んだカップ麺、昼食は街中のスーパーで購入したランチ・ボックス、夕食になってやっと普通のご飯(20CHF≒3680円)というのが基本パターンでした。(スイスは、水道の水が美味しく飲める国なので、水は毎日水筒やペットボトルに詰め替えです。)ここでは、スイス・フランの話ですが、米ドルなど他の通貨に対して、この時期、「歴史的な円安」の中でも最悪の時でした。

 大雑把な話をします。日本銀行は、1999年2月に政策金利のいわゆる「ゼロ金利政策」を開始しました。その後解除された時期もありましたが、2001年から06年と、08年からにも導入され、16年1月にはそのまま「マイナス金利政策」に突入します。そして、24年3月には「ゼロ金利政策」に復帰し、現在の経済状況の中、同年7月31日には「プラス金利政策」への復帰が発表されたばかりです。その「プラス金利政策」が発表されるや、株や投資信託が大きく値を下げるなど投資商品の評価が落ち込み、また、為替レートでは円高傾向に逆転し、まだまだ円安ですが、先ほどのスイス・フランはTTS(円を外貨に換える時の為替レート)で1CHF≒172円(8月9日)になっています。(8月7日には、日銀副総裁が急激な利上げはしないと発表したため、株価や為替レートの乱高下が起こっているとみることもできます。)

 

2.「アベノミクス」の「からくり」

 こうした動きで感じたものは、いわゆる「アベノミクス」の「からくり」です。この経済政策は、2013年6月に当時の安倍晋三首相が「日本再興戦略」で掲げた3つの戦略と大きく関係しています。「アベノミクス」は、①大胆な金融政策、②機動的な財政政策、③民間投資を喚起する成長戦略を軸にすると言われました。一言で言えば、政府による規制を緩和し、金融や労働市場を活性化し、国際社会でのそれを含む「競争力」を強化して、グローバル化に対応した社会を日本に作ることでした。その基軸となったのが、「ゼロ金利」・「マイナス金利」政策という「大胆な金融政策」で、その指揮を執ったのが安倍首相に任命された黒田東彦日銀総裁(任期:13年3月~23年4月)だったのです。

 「円安」は海外に出る人間や輸入企業、輸入に大きく依存する産業などには大きな負担ですが、輸出関連の大企業には大きな利益をもたらします。企業の「貯金」にあたる「内部留保」をみると、資本金10億円以上の大企業の「内部留保」の総額は、11年連続で増加し、2012年度に333兆5000億円だったものが、22年度には511兆4000億円を記録しました(財務省「法人企業統計調査」)。過去最高の数字と言われています。(日本の国家予算<一般会計>が、2023年度114兆4000億円であることと比較してみてください。)他方、個別企業の「内部留保(純資産)」も拡大しています。24年度3月期では、金融企業を除けば、トヨタ35兆2000万円、ホンダ13兆0000億円、NTT10兆9000億円、三菱商事10兆1000億円など(みんかぶHP)の額となっています。

 こうした誘導の中で、08年10月には7000円を割り込んだ日経平均株価も、24年7月11日、先ほどの「円安」の真っただ中で、4万2224円と史上最高値を更新しました。同日、東証株価指数も、2929.17で、こちらも史上最高値でした(NHKデジタル24年7月11日)。

 つまり、「アベノミクス」は、輸出関連の大手企業や金融市場に参入できる大手投資家には莫大な利益をもたらしていたといってよいでしょう。では、輸入関連企業、とくにその中小零細企業や輸入品に頼る一般市民には利益をもたらしたのでしょうか。海外からの燃料・原材料に依存する中小企業あるいは輸入食品に依存する市民にとって、「円安」は「物価高」を意味し、その点から「実質賃金」は下がり続けてきました。少なくとも、16年には102.0あった実質賃金指数は下がり続け、22年には98.8にまで低下しました(厚生労働省「毎月勤労統計調査」)。

 そして、この「からくり」には、「アベノミクス」の初期にはよく言及された「トリクルダウン理論」という経済理論が関わっています。「トリクルダウン」とは「したたり落ちる」という意味ですが、裕福層がもっと裕福になれば、その富がしたたり落ちるようにして貧困層も豊かになり、経済全体が成長するという考え方です。本来は18世紀英国で唱えられた理論ですが、新自由主義の台頭で、再登場するようになりました。内容としては、経済を引っ張る富裕層や大企業の意欲を最優先に考え、所得税は累進税率をなだらかにして、富裕層への税率を引き下げます。同時に大企業がしっかり儲けるために、法人税率も引き下げます。当然、所得税や法人税の税収が少なくなりますから、辻褄を合わせるために、消費税を上げることになります。残念ながら、福祉政策の財源にと言われた消費税もこの点所得税あるいは法人税の穴埋めだとみなせます。

 

3.「トリクルダウン」の現実とその失敗

 「アベノミクス」の時代、現実もその通りに進みました。所得税の最高税率は、1980年代の75%(所得金額8000万円以上)から2000年代には37%(所得金額1800万円以上)に減少し、15年以降は45%(所得金額4000万円以上)に落ち着きました。さらに、法人税の基本税率も1980年代の43.3%から順次引き下げられ、現在は23.2%です。この代替とも言える、消費税は、89年の3%に始まり、97年の5%に上昇し、この「アベノミクス」の時代の2014年に8%、19年に10%(軽減税率8%を含む)にまで上昇しました。

 しかし、大問題は上述のような、想定したはずの「トリクルダウン」が起きなかったことです(東京新聞、23年3月14日)。先ほど述べたように実質賃金の上昇も経済成長も起きませんでした。競争力の拡大の一部として、労働市場は流動化しましたが、それは非正規雇用や移住労働者の導入として行われ、富の適正な再配分は実現していません。富は、大企業や大投資家の下に留まり、むしろ、社会ではさまざまな格差が広がってきました。富裕層と貧困層、大企業と中小零細企業の格差はもとより、大都市圏と地方の賃金や雇用格差も拡大しています。また、格差の広がりが、より弱いグループを排斥する差別社会への変質を促進しています。「トリクルダウン理論」の本家ともいえる米国でもこの失敗が、本来民主党支持であった労働者層を、米国第一主義を唱え、排外的な移民政策を取るトランプ支持に導いていますし、今年の大統領選に見られるように、その勢いは決して無視できません。

 もう一点、グローバル化の目標でもあった、良い意味での「競争力」は育成されたのでしょうか。「アベノミクス」の恩恵を大きく受け、24年3月期には最高の営業利益4.9兆円を達成したトヨタでは、次々と認証業務等の不正が明らかになっています。22年に子会社の日野自動車を皮切りに、23年には同じ子会社のダイハツ工業、24年には豊田自動織機で相次いで不正が発覚し、24年8月9日には再発防止策を含めた報告書を、トヨタは是正命令を発した国土交通省に提出しました。(豊田章男社長は24年4月に会長に退任しています。)富の拡大に比例した組織の肥大化が、適正な「競争力」を阻害し、不正を容認する緊張感の欠けた組織を作ったのかもしれません。

 「競争力」を育成する社会が「競争力」を劣化させている現実は、他の社会現象にも現れているのではないでしょうか。たとえば、与党自民党でも、岸田文雄首相の支持率が20%を切った時にも、首相の交替を促す若手の動きはほとんど見られず、むしろ党内で政権を批判することすら忖度されました。現実は長老議員の調整を中心に9月予定の総裁選挙を待つことになっています。また今年11月の米国大統領選挙にしても、バイデン大統領の辞退という決断がなければ、トランプ対バイデンという代わり映えのしない候補者による一騎打ちになるところでした。なぜ世代を超えた「競争原理」が働かないのでしょうか。

 

4.社会的公正の重要性

 グローバル化が「競争力」を強調するあまり、競争自身よりも競争に「勝つ」ことが最優先され、その結果「勝てる候補者」を出すことが重要視されて、「カリスマ性のある者」・「調整の実力のある者」がむしろ現実には前に出る「保守的な社会」が実現されようとしている気がします。

 「保守的な社会化」が進む故に権威主義や差別的な伝統主義、巧妙な暴力主義が跳梁跋扈し、多くの市民は、そうした政治家が操る大規模な見せかけイベントに踊らされています。2021年の東京オリンピックの強行、24年に始まった東京都庁という最大の建造物を使ったプロジェクションマッピング、25年開催予定「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマにした大阪・関西万博、当初27年の開業を目的に進められ、南海トラフ地震の想定震源域とも重なり合うリニア中央新幹線の事業化など、枚挙にいとまもありません。

 そうした華々しい大イベントに隠れて、これまで積み上げられてきた福祉社会や社会保障、人権政策、教育や医療などの公共サービスを「非効率なもの」「無駄なもの」として切り捨てる道が広がっています。こうした社会は、地震や豪雨などの自然災害や異常気象が繰り返される気候変動に対しても脆弱な社会です。

 ともかく、グローバル化の「からくり」を冷静に考えれば、金融政策を軸とした「競争」の促進や「経済成長」だけでは、市民社会の発展は望めず、むしろ逆にそれを阻害してしまうということが分かります。構造はそう複雑ではありません。

 社会的公正を実現するとは、こうした「からくり」の構造に立ち向かい、この流れを転換できる個人やその集まりである中間団体(NGOやNPO)を育成することにあると思っています。

(2024年8月11日脱稿)

 

 

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