ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)第13回助成中間2次報告
NPO法人リカバリー(2025年12月)
◆助成事業名・事業目的:
「薬物依存女性を取り巻くスティグマの解消ならびに日本の薬物政策の見直しに向けたアドボカシー事業」
NPO法人リカバリー(以下、当法人)は、これまでの活動から得た課題感に基づき、下記の二つの目的を達成するためのアドボカシー活動に取り組む。
- 薬物依存女性を取り巻くスティグマの解消
「薬物依存×女性」というカテゴリはこれまで社会から見過ごされてきた存在である。まして、薬物事犯受刑者全体の1割足らずの女性たち(R5警視庁)の7割がDV被害経験を持ち、半数に自殺願望が存在する(R3犯罪白書)ことはほぼ知られていない。被害経験を持つ者として、本来ケアされるべき彼女たちを一方的に「犯罪者」と責める風潮は未だ根強い。これまでの活動や法務省との事業(後述)でこれを実感した当法人は、本事業を通じて強固に根付いたスティグマを溶かすことを目指す。
- 日本の薬物政策の見直し
社会に残るスティグマとともに見直しが必要なのが、日本の薬物政策である。世界的には依存症は処罰ではなく治療や援助の対象とされている。厳しく処罰して薬物問題が解決した事例はない。国内における覚醒剤事犯の再犯者率は約68%(R5犯罪白書)であり、厳罰主義が効果をあげているとは言い難い。米国や豪州など、厳罰化からハームリダクション(刑罰ではなく薬物使用による傷付きを減らしていく手法)に舵を切る国は多い。また、違法薬物のみならず市販薬に依存する若年層が増加する傾向もあり、薬物依存を治療と援助の対象とする世界のスタンダードを日本でも実現することを目指す。
◆助成金額 : 100万円
◆助成事業期間 : 2025年1月~26年12月
◆報告時点までに実施した事業の内容(主に前回の報告=25年6月=以降について):
1.2025年8月24日(日)13時〜17時
『ライファーズ』上映会&トークセッションを実施
ドキュメンタリー映画監督である坂上香さんをゲストに迎え、米国終身刑受刑者が置かれた状況と、コミュニティにおける再犯予防に向けた治療共同体のありようを描く『ライファーズ』を上映。終了後、日本の刑務所を舞台とした『プリズンサークル』(2020)を発表し、現在は少年院を舞台とした新しい映画の編集を行っている坂上監督とNPO法人リカバリー代表の大嶋栄子によるトークセッション「人は自分の犯した罪とどのように向き合えるのか」を実施。一般市民のほか、医療機関専門職、保護観察官など矯正関係も含めて30名が参加した。またリカバリーの利用者とスタッフ(20名)向けに別途上映し、この作品の背景にある米国の犯罪に対する厳罰主義とコミュニティにおける“立ち直り”の必要性について講話を実施し参加者よりフィードバックしてもらった。
リカバリーは2004年当時発表されたばかりの『ライファーズ』上映会を札幌市にて開催している。いわば坂上監督の原点とも言える本作品を今回上映したのは、その後の20年間で日本の刑事司法が変化した部分と依然取りこぼされているものについて、整理しておく必要を感じたからである。その理由として、リカバリーの利用者とスタッフは全員当時とは入れ替わっており、法人が現在取り組んでいる薬物依存女性への支援の背景にある考え方や眼差しを共有する機会が必要だという判断に依る。現在の就労支援系事業所利用者(18名のうち服役体験のあるものが5名)は、初めて知る米国刑務所の実情や、特に終身刑受刑者の多くが家庭内における壮絶な暴力被害を体験していること、幼少期に性被害を受けるといった事実に驚くと同時に、彼らが塀のなかにおける支援プログラムを通じて変容していく様子に深く心を動かされていた。一方スタッフもまた、利用者と同様の感想を持つだけでなく、自分たちの支援内容を整理する機会になったというフィードバックが多かった。上映とトークセッションを通じスティグマの解消という事業目的を再確認した。
また坂上監督とのトークセッションでは参加者からの質問が多く、社会からは受刑者がどのような位置におかれ、人権に十分配慮されていると言いがたい実態があることが見えない、また出所後の支援がほとんどなく再犯に陥りやすい構造的課題があることなどが共有された。リカバリーが現在も継続中の「女子刑務所モデル事業」終了後のフォローアップ支援がなぜ重要なのかにも話題がおよび、トークセッションを通じリカバリーの活動をこれまでつながりのなかった市民に知らせる効果があった。

写真上=8月24日 『ライファーズ』上映会後の坂上香監督とNPO法人リカバリー代表の大嶋栄子によるトークセッションの様子。この日は「国際集団精神療法学会」が札幌で開かれていたことから、スウェーデンとインドから学会参加した二人のセラピストが飛び入り参加し、映画の感想のみならず、加害者の被害者性とトラウマトリートメントについて貴重なフィードバックをしてくれた
2.2025年9月25日(木) 13時〜17時
「Body-centered Trauma Work」研修を実施
この研修は、ニュージーランドで長く臨床を積んだセラピストが日本に拠点を構えたことを機に、法人内部に向けて実施された。その理由として以下の3点を挙げる。初めに法人は2005年より利用者のトラウマケアの一つとして「ソマティクス」というメソッドを導入しており、セラピストに来てもらい現在も継続して実施している。
しかしながら近年、過食による利用者の肥満が大きな課題となっている。その背景には抑うつ気分の解消、睡眠剤の不適切な服用による食欲亢進がある。そのため、「ソマティクス」に加えて身体を“動かす”タイプの働きかけが必要と考え、具体的にはエアロビクスのような激しい動きとは異なるものを探していた。第二に、リカバリーが行なっている農作業は冬季間雪のために休みとなるため、運動不足が質の良い眠りの妨げとなりやすい。精神疾患、発達障害特性があるため、一般のトレーニングジムや体育館などが使いづらいことも影響している(日中時間帯に使っていると他者の目線が気になる、マシンの使い方を聞きづらい、公共性が高い施設なので料金は安いがどのように利用すればいいのかよくわからない等)。そして第三に、「ソマティクス」は筋肉の緊張を意識して緩ませる手法のため、トラウマのなかで特に性被害体験がある場合(床に寝て実施)には、フラッシュバックが起こりやすく参加が出来ないという難点がある。そうした利用者にとっても異なる身体への働きかけが必要である。
リカバリーを支援してくれる外部識者より、セラピストの小幡葉子さんを紹介いただき、相談の結果まずは札幌にて利用者とスタッフに向けた研修を実施してもらうことにした。
利用者には身体を動かすことと精神的な安定がどのようにつながるのかを講義後、音楽に合わせてセラピストの動きを見ながらダンスをおこなった。初めは「自分にできるかな」と不安げな利用者が多かったが、次第に集中して最後は会場となった部屋から笑い声と歓声が上がった。身体がちょうど良く解れただけでなく、「楽しかった」という声が多く「ソマティクスとは違った解放感がとても嬉しい」というフィードバックが多かった。
後半はスタッフに向けた「Body-centered Trauma Work」の講義および実技が行われた。ニュージーランドにはACC「事故補償公社」というシステムがあり性被害事案はすべて無償にてセラピーを受けることが可能であるという。小幡氏は米国にて心理学MA取得後にニュージーランドにてACCのシステムを利用した主に性暴力被害者へ、アート&ダンスを実施してきた。その基本的考え方と手法および効果についてレクチャーを受けた後、スタッフもセラピーを体験した。リカバリーの利用者に導入する場合の留意点を確認し、支援プログラムとして導入することを決定した。
研修後、11月より月に二度のペースでダンスセラピーを開始している。リカバリーでは就労系事業所の利用者に昼食を提供中だが、BMI値の測定を定期的に実施している。利用者の満足度だけでなく、肥満から正常値への変化が見られるか経過を観察する予定としている。
3.2025年11月15日(土)13時〜15時
NPO法人BONDプロジェクト主催『見えない傷と向き合う〜オーバードーズという現象から考える若者支援』企画・広報・登壇者協力
このシンポジウムは、BONDプロジェクトが厚生労働省依存症支援民間団体助成金事業として実施するものである。全国4か所で開催されるが、BONDプロジェクトは東京を中心に、繁華街で性的搾取にあう危険のある若年女性にアウトリーチしながら、支援する団体である。今回は若年女性のオーバードーズをテーマにしているが、札幌・大阪・福岡の三都市で対象女性の支援をおこなう団体、薬物依存に関わる医療機関、自助グループなどとの連携がないことからリカバリーが企画段階から関わったものである。薬物過剰摂取による若年女性の自殺者数増加はこの数年大きな社会問題となっているが、その実態はほとんど知られていない。オーバードーズがなぜ若年女性に選択されているのか、従来の依存症治療モデルでは対応が難しい現状などを知らせる目的で開催された。
札幌会場には精神科医療機関、精神保健福祉センター、学校関係者(教員、養護教諭、スクールカウンセラー)、行政若者相談窓口担当者など、幅広い領域の専門職のほか、製薬会社から参加があった。当日は対面およびオンラインを合わせて70名が参加した。
リカバリーからは代表の大嶋が登壇者として、若年女性と薬物依存の関連、ジェンダー視点をもって現象を捉える必要性などを指摘した。なお会場には北海道新聞が取材に入り、シンポジウムの様子は翌朝の誌面に掲載された。また札幌会場にはリカバリーのスタッフ6名が法人研修として参加した。
リカバリーの強みは、当該女性がオーバードーズを繰り返しながらも、その背景に目を向けながら孤立させない援助を提供することにある。シンポジウムでは具体的な生活に焦点をあてた援助事例などを紹介し、薬物使用を止めさせるのではなく、使用せざるを得ないと若年女性たちが追い込まれる状況への介入をすべきと提示した。本シンポジウムをキッカケにして、普段は交流の少ない行政若者相談窓口担当者とも接点が出来たこと、また今後、制度改革に向けたコンソーシアムを形成する際に、今回の事業企画・広報・登壇という協力関係の積み重ねがそれに生かされることを実感した。
◆今後の事業予定 :
- 2026年上半期:メディアへの露出、市民との対話
2025年第二〜四半期には映画上映会とトークセッションにおける市民への啓発活動を実施し、他団体主催シンポジウムにおける企画・広報・登壇協力をおこなった。しかし、まだメディア露出や市民との対話に関して十分とは言えない。そのため、2026年上半期はその2点についてさらにメディアでの露出を増やすと同時に、市民社会から草の根の理解を醸成するために、イベントを開催する。
2025年11月、東京都豊島区より東池袋にある建物の活用団体として承認された。2026年5月より、リカバリーを含め4団体が建物を活用するが、1階をシェアカフェとする予定である。このほかリカバリーは建物3階部分に薬物問題をはじめとする“困難を抱える若年女性”(おおむね39歳までを対象)の総合相談と居場所機能を併せ持つ場をオープンする。建物の改修工事が終了し引き渡し後に合わせ、シェアカフェを利用したイベントを定期的に開催し、助成事業について今まで出会えなかった市民との対話機会を増やしていきたい。
- 2026年下半期:制度改革へのコンソーシアムを形成
これまでの活動で得た協力者や他の団体と制度改革に向けたロードマップを作成。アプローチを明確にしながら、コンソーシアムとして具体的な活動に着手する(署名、政治家との勉強会、など)。
◆助成事業の目的と照らし合わせた効果・課題と展望:
【Ⅰ】次の5つの評価軸それぞれについて、当事業において当てはまる具体的事例。あるいは、当てはまる事が現時点では無い場合、その点を今後の課題として具体的にどのように考えるか。
(1)当事者主体の徹底した確保
2025年2月より東京都豊島区駒込駅近くのカフェを1日借り受けて、「軒先カフェ事業」を開始した。月に一度という頻度だが、そこで働くのは薬物依存女性であり(合法/非合法)、女子刑務所モデル事業の卒業生も参加している。「軒先カフェ事業」では毎月2名の対象者をアルバイト雇用し、その日のうちに売上高に関係なく賃金を支給する。カフェの売り上げより場所代、材料費、賃金を支出するため、スタッフ人件費分までに至らず、その意味では赤字である。しかしながら「障害福祉サービス」の枠組みを使わずに、働きたい気持ちを持ってやってくる女性たちにとって、即日賃金支払の方式は明らかに働くインセンティヴとなっている。
特に受刑体験がある場合には、リカバリーが推奨する“より安全な職業選択や男性との交流”がなかなか実行されず、結果として違法薬物の再使用が起こってしまう。しかしながらできる限り支援関係を継続しつつ生活環境のヒアリング、「軒先カフェ事業」への誘導などで再逮捕を回避している。一方で処方薬・市販薬の依存および乱用者の相談および「軒先カフェ事業」の利用が増加している。
使用薬物が合法か非合法かによって援助が変わることはなく、当該女性の抱える背景の困難は同質と捉えており、包括的支援の理論化が次の課題となっている。
また坂上監督作品『ライファーズ』の上映を通じ、罪を償うことの意味を捉え直す、加害者がもつ被害者性に目を向けるという視点をリカバリーの利用者がもつ得難い機会となった。今後も当事者が自らの抱える困難さを客観的に捉える機会の提供が重要と考えている。
(2)法制度・社会変革への機動力
2025年9月、仙台市にて開催された日本心理学会においてシンポジウム「女性の再犯防止のために司法と福祉はどのように連携していくのか」に登壇し、薬物依存女性が抱える困難さと出所後の生活支援が必須であることに触れ、処罰だけでは根本的な再犯防止につながらないと指摘した。
また、筑波大学医学医療系森田展彰准教授の監修による教育動画「更生保護施設を出たあとの回復を考える時に参考になる動画集」(厚生労働省科学研究費による)に出演するとともに、監修に協力した。この動画では、特に薬物依存女性の回復過程について詳解すると同時に、刑事司法政策が再発防止を就労することで回避するとしたモデルの限界について言及した。
(3)社会における認知度の向上力
2025年8月に日本財団ジャーナルの取材を受け、記事がインターネット上で公開された。依存という問題系が個人の課題だけでなく、社会で期待されるジェンダー役割、制度的かつ構造的に女性がより多くのケア役割を強いられる現状と経済的自立が未だ困難である状況との相互作用にあるなかで、引き起こされている現状を述べた(詳細はこちらから)。
2025年12月には東京都人権啓発センターより依頼を受け、困難を抱える女性をテーマに講演を行う予定である。薬物依存女性というスティグマの大きな社会課題を人権という角度から捉え直そうとする企画で、社会におけるこの課題に対する問題意識が変容していくことに資する機会となるよう準備していく(ご案内はこちらから)。
(4)ステークホルダーとの関係構築力(相反する立場をとる利害関係者との関係性を良好に築いたり保持したりする力)
2025年から始めた東京における「軒先カフェ事業」は、規模も小さく実験的な要素が強い。だが関係機関からの来訪者が多く、意図せず出会いや交流の場として機能している。2026年5月より豊島区東池袋に新たに開設するシェアカフェは、現在よりも開店日数が増える予定で、定期的なイベント開催によりステークホルダーとの関係構築が促進する予定である。
2025年4月より施行された「困難を抱える女性への支援に関する法律」(女性新法)によって、既存の女性支援団体より薬物使用事例の相談を多く受けた。今後数年はこの傾向が続くと思われ、DV、児童虐待、若者支援と支援分野が分かれている状態を架橋する存在としてリカバリーの発信力が期待されている。
(5)持続力
2025年6月よりマンスリーサポート制度を導入したが、現在の登録者数は20名足らずで低迷している。定期的なイベント開催、収益事業などを通じてサポーター数の増加が事業の継続には必須と認識している。
通常業務との兼務はスタッフの大きな負担となっていることから、プロボノの協力を得て技術的課題は解決できたがサポーター向けの継続的メルマガ発信が今後の課題と認識している。
【Ⅱ】Ⅰの評価軸はいずれも、強化するには連携力が潜在的に重要であり、その一助として次の項目を考える。
(1)当事業が取り組む社会的課題の根底にある社会的要因/背景(根本課題)は何だと考えるか。
日本の薬物政策の問題点は、「ダメ・ゼッタイ」の一点張りであるということである。複層的な困難を抱え、他に安心して依存できる先がなく、自分のために薬物を使用してしまった人々に対して、今の社会は極めて冷たく、無関心ですらある。その背景には、「薬物は一度使ったら終わりである」という大きな“常識”がある。
(2)その根本課題の解決にどのように貢献できそうだと考えるか。
この”常識”を解きほぐしていくには、やはり社会対話しかない。自分がこれまで関わったことがなかった薬物依存者のくぐり抜けてきた「嵐」を知ったとき、市民社会の中に今の薬物政策への疑問が少しでも芽生えるのだとすれば、それはそこに制度改革の機運があることを意味する。そのような土壌を作ることができるよう社会対話を進めていく。
(3)そのような貢献にむけて、どのような活動との協力/連携が有効だと考えるか。
2024年9月〜2026年9月までSVP東京による伴走支援を受けている。2026年はSVPとの協力により「困難を抱える女性をめぐる包括的支援モデルの構築」を東京にてスタートすべく、複数のNPOとコンソーシアムを結成し、大きな助成金獲得に挑戦する予定としている。 ■

