ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)アドボカシーカフェ第70回開催報告
地域から問う持続可能な社会経済のあり方
~リニア新幹線の開発事業をめぐって~
2021年6月19日、原章さん(リニア新幹線工事現場の長野県豊丘村住民)、木下和樹さん(JR東海労働組合 中央執行委員長)、樫田秀樹さん(フリージャーナリスト)、増田卓真さん(スタートアップインターン/リニア問題に携わる)、柳井真結子さん(国際環境NGO FoE Japan 開発と環境チーム)をゲストに迎え、SJFはアドボカシーカフェをオンラインで開催しました。 ※コーディネーターは上村英明(SJF運営委員長)
気候変動や新型コロナによる危機に直面している今、開発は環境や社会を配慮することが求められていると柳井さんは提起しました。社会環境の変化とともに公的事業を民主的に見直すことの重要性を上村さんは強調しました。日本は国家的な大規模プロジェクトを修正できない傾向が強いことが指摘されました。
開発の影響を被る現地住民を搾取し一部の人が利益を得るという搾取構造が、海外開発事業と同じく、リニア事業にはあると柳井さんは指摘しました。リニア建設の現地住民の声にならない声が紹介されました。声なき声を拾い、声を出せる環境づくりをする役割がメディアにはあると樫田さんは話しました。孤立する住民団体の活動をサポートする市民活動が重要となっています。
現地住民である原さんから、リニアのトンネル工事で出る大量の残土が大雨等で土砂災害を招く危険性が強調されました。原さんの質疑に対して開発推進側からあいまいな回答しか得られないままだと報告されました。生態系や水資源への影響が出ていることも柳井さんから報告され、稲作の水源として頼られている大井川の水涸れへの懸念が増田さんから言及されました。東京や愛知など大都市部では、大深度地下の使用による住民の権利侵害が起きていることも柳井さんから指摘されました。
「住民によりそう」とはどういうことなのか。この視点がリニア開発において欠如していると樫田さんは強調しました。
誰のための何のための開発なのか。公共交通機関としての鉄道を守りたいと木下さんは語りました。リニア建設の資金源とされる東海道新幹線に資本を集中し、ローカル線は切り捨てられていることが説明されました。リモートワークの普及などでライフスタイルが変化する中でも、リニアの開業が予定される年には運輸収入がコロナ前と同レベルに回復するという見通しのまま開発事業を進めることによる経営破綻リスクも指摘されました。
まず一人の人間としてどう生きていくかを大事に、日々できることを積み重ねていくことを大事にしてほしい――、大学生の増田さんの言葉が響きました。
詳しくは以下をご覧ください。
上村英明さん) このコロナの時代にあらためて、より速い交通機関が本当に必要なのか、大都市と大都市が結ばれてそれらが便利になれば日本全体がいい社会に向かっていると言えるのだろうかという大きな視点も踏まえて、ゲストの方々をお迎えいたしました。みなさんといろいろな対話を行っていただければと思います。
――柳井真結子さんのお話――
国際環境NGO FoE Japanは、気候変動や森林破壊、エネルギーの問題に取り組みながら、開発によるコミュニティーへの環境社会影響を減らすための取り組みもしております。調査活動や住民のみなさん、専門家の皆さんとのネットワーキング、そして提言活動などを実施しております。
このリニア事業というは、国内最大級の開発事業となるもの。国家的事業とも言われながら、ただし民間事業でもある。そのような開発事業がいかにして環境社会配慮というものを実施することが可能なのかという視点でも注視しております。リニアの問題はいろいろあるのですが、私共はとくに工事による住民の皆さんの生活や環境への影響に問題意識をもって取り組んでおります。
私からは、事業の概要と問題点をご紹介させていただきたいと思います。
リニア中央新幹線は東京都と大阪を1時間強で結ぶという超高速鉄道の事業になります。
目的としては、静岡の太平洋側を通っている東海道新幹線の将来の経年劣化や大規模災害が起きた時の備えとして、日本のもう一つの大動脈を造っておくことだと言われております。
効果としては、大阪・名古屋・東京を1時間程でつなぐことで一つの巨大都市圏が誕生するという経済効果が期待されています。
現在工事が進んでいるのが、品川・名古屋間の285.6kmです。そのうちトンネル部分が86%になるということからも大きな環境影響が生じるのではないかと考えられます。
最高時速が505kmも出るものになります。
下の地図で山梨リニア実験線という緑色の部分はもうすでに出来上がっており、実験線が走っている部分になります。
東京側と愛知側に「大深度地下」という部分があり、都市圏の地上から40mより深い部分は地上で生活されている方たちへの保障や許可なく工事ができる区間になっております。また静岡県の南アルプストンネル、25.0kmは未着工の部分でして、今ニュース等で話題になっている静岡県の62万人が水利用している大井川の水が工事によって減ってしまうのではないかと懸念され、議論が膠着状態になっている区間です。
リニア開発の経緯です。60年ほど前に研究開発が始まっており、1990年代に山梨リニア実験線の建設が始まりました。建設が始まって直ぐに、実験線の周辺で水涸れ等の環境影響が出てきたとの報告もあります。2014年に実施計画が認可され、環境影響評価も報告されています。18年に、40mより深い大深度地下の使用が認可されています。今年になって、難関工事が非常に多いということとトンネルから発生する残土の行き場が無く処理にお金がかかるということで品川・名古屋間の事業費が1.5兆円増加されました。
具体的にどのように工事を進めていくか。東京の工事では、品川から多摩川に向けて、土被り90mや55mという地下を、下の写真のようなシールドマシンで掘っていきます。その中の右下の写真を見ていただきますと、人が中に写っていますが、いかに大きなトンネルが地下を通っていくかイメージがわくと思います。
下の写真は山岳部のものになります。その中の右の写真は南アルプストンネルの長野工区の資料から採ってきた写真になります。左は静岡の未着工の部分です。土被りが1400mで、頂上部分でしょうか。2600m位の高い山の地下深い部分を掘っていくことになりますので、水源への影響などが懸念されているところです。
このように進められてくるリニア事業ですが問題点がたくさんあります。
今日は、「計画・プロセスの問題」、「工事影響の問題」、「操業開始後の問題」に分けてみました。
リニア事業を「計画・プロセス」、「工事影響」、「操業開始後」の観点でみた問題点
計画・プロセスの問題としては、国家的事業といわれる民間事業として、透明性や責任の所在が不明確という問題があります。沿線の住民のみなさんから聞き取りをしていますと、「国の事業だから諦めざるを得ない、どんな影響が出てもしかたがない」という声も聞きますが、国の事業ではなく民間事業です。何かあった時に誰が責任を取るか。
財政投融資を活用しているという問題もあります。事業者のJR東海さんが全て事業費を賄うと当初言っていたのですが、結果的に公的資金も活用することになっています。
にもかかわらず、国会等での国民的な議論が十分にされていないのではないかという点も問題です。
そして、ずさんな環境アセスメントということも指摘されております。環境アセスメントの段階で詳細な計画が出されていなかった。何を評価したのかという疑問がわいてきます。
採算性の疑問も出されています。事業者の見解でもリニアはペイしないものだというコメントも出ています。
また有名な話ですが、リニア事業に関わるゼネコンの談合事件があり、裁判にまで発展しています。
工事影響の問題にいきます。生態系・水資源への影響が出ています。気候変動が起きている時代に大規模な土地改変をするということで、災害リスクが増加していきます。
工事は10年にわたりますので、10年にもわたる生活影響も出ます。大深度地下の使用による住民の権利侵害も起きています。
そして、地方の公共事業依存も起こっております。地方にいきますと、リニアへの期待はリニア自体がもたらす経済効果や高速鉄道を使うことへの期待より、リニア工事によって新しい道路が造ってもらえることへの期待になっています。工事用道路をその先に生活用道路として使うことへの期待という本末転倒な期待が起こっています。
住民への不誠実な対応も見受けられます。場所によって、事業者が住民のみなさんへ対応する方法や姿勢がまちまちなようです。一部の住民にだけ説明して、住民の理解を得たという報告も各地から聞いております。
操業開始後の問題についてです。電磁波による健康被害、建造物などによる住環境への影響、公共交通機関としての安全性への疑問も専門家から出ております。
大量エネルギー消費、CO2の排出という、時代に逆行するような事業でつくる交通手段であるという点も問題です。
大都市への集中と、利便性や経済性ばかりが優先されている事業ではないかと考えられます。
気候変動やコロナの危機に直面している時代、環境社会配慮型の開発やライフスタイルに
すでにあちこちで工事が始まっていて、コミュニティーの破壊や人権侵害と思われること、環境生態系の破壊が起こってきております。
気候変動や自然災害が多発する、そしてコロナ危機というリスクに直面している現代は、生態系を破壊する無理な開発は見直して、気候変動や環境変化を見込んだ環境配慮型の土地利用やライフスタイルが必要な時代になっております。
リニア事業の今のやり方はこういった持続可能な開発とは逆行するような進め方をされていると考えます。
沿線の住民の声にならない声 「国家的」と称せられるリニア事業のもとで
ここからは、私が沿線各地の住民のみなさんから聞き取りをした声にならない声もみなさんにお届けできたらと思います。
国家的事業という名のもとで進められる中で、とくに田舎で反対の声を上げるのは非常に難しく、村八分になってしまったりします。名前を出さない限りで、思いを伝えてくださった方たちの声をみなさんに知っていただきたいと、少し紹介させていただきます。
まだ工事が始まる前の長野県阿智村を訪問した時に聞いたお話ですが、非常に若いお母さんで子どもさんがいらっしゃる。彼女は反対という声を表向きは出せないと、苦しい思いを教えてくれました。
「工事の間だけ我慢すればと思う人もいるだろうけど、子どもたちの大切な10年間が奪われるということ」。
自然豊かな環境で伸び伸びと子育てしたいとここに移住されてきた方だったのですが、「ここにいるべきなのか」と、非常に切羽詰まった思いを抱えていらっしゃいました。
狭い山道を10年間、1日920台のリニア事業のダンプが通っていく。他に生活道路が 無いのです。ここしか通れないのに、そこをダンプが通っていく。
次は山梨実験線の周辺の方です。何か所も水が涸れました。
「だんだん井戸の水が減っていった。わさびも枯れた。でも、もう工事は終わっていて、工事事務所もなくなって、担当者の携帯も通じなくて、居場所もわからなくて・・・」。
水涸れの補償をめぐって地域内でいろいろあって、水涸れの話はタブーになったそうです。
南アルプストンネル、静岡で話題になっているトンネルの長野県側にある釜沢集落の方です。本当に美しい集落です。
「クマタカもオオワシも、前は見上げれば本当によく見たのに、今はほとんど見ない」。
ダイナマイトの発破などが始まったことで見えなくなってしまったと、ぼそっとつぶやいた住民の悲しい思いが心に刺さりました。
長野県駅のための立ち退きの代替地の話です。家の売値と移転代替地の土地が同じ価格で、家は建てられない。若い方はまだいいかもしれませんが、高齢の方たちにとってはまた新しく家を建てていくことは非常に困惑してしまうことです。
「3年先の自分の身体だってどうなっているかわからないのに」。
「近所の友達とも、家族の中でも、リニアの話はできない」。
ノイローゼになって夜も眠れないという住民がいらっしゃるとお聞きしました。
長野県大鹿村です。樹齢300年を越えるブナの木が立つ森。リニアの送電線工事による伐採をやめさせるために住民たちは署名を集め、森を残してほしいと訴えました。ブナは日本の巨木に環境省によって認定され、登録されました。ですが、この春、ブナだけを残して周りの森は伐られてしまいました。
この署名活動をされた方たちは、なぜこういう活動をされたのか。この樹がある森の麓ではリニアトンネル掘削のダイナマイト発破が響き渡っているわけです。どんな思いでブナを守ろうとしたのか、心に突き刺さるようなアクションだったと感じております。
「誰のための何のための開発ですか?」
住民の方たちが語った疑問です。そして行政に向けての言葉ですが、
「『住民によりそう』とはどういうことですか?」
という疑問を投げられておりました。
私からはこういった問題提起、問題の視点をお話させていただきました。この後、いろいろな立場でリニア事業を見ていらっしゃる方からの報告や問題提起をいただければと思います。
――樫田秀樹さんのお話――
リニアをめぐる報道という視点から話しをしたいと思います。
声なき声を拾おうとしないメディア 警鐘を鳴らす役割は
まず、リニアについての報道は非常に少ないです。
リニアの総事業費の予測は今時点でも10兆円を超えています。もしかすると15兆円までいくかもしれない。これだけの超巨大事業なのに誰が取材しているのか。まずマスコミはほぼ取材しません。ただ静岡新聞ですとか、朝日新聞や中日新聞でもそこの地方版の方たちは頑張っている。フリージャーナリストで日常的に取材しているのは、私を入れて4人だけです。
なぜ、こんなに報道されないのか。
一つはスポンサーの壁です。どのテレビ、新聞、雑誌でもスポンサーにJR東海がいます。私もいろんな雑誌に書かせてほしいと企画を出しますが、必ず返ってくる答えが、JR東海が大スポンサーなのでダメだということです。
もう一つは、住民自身が声を上げていない。声を出さないというよりは、出せない。だからこそ、そういった声なき声を拾うのがメディアの役割なのに、そういった声を拾おうとしない。なぜか。それは追々話します。
ただし、大々的に報道されていることが二つだけあります。
一つが静岡。この大井川の水が少なくなるということについて、静岡県知事、副知事、県の事務方、市民団体、あと大井川を水源としている8市2町が本当に一丸となってJR東海と対峙しています。2014年からJR東海と静岡県は環境保全連絡会議を開催していますが、7年経ってもまだ話し合っています。御用学者はほとんどいず、みんなガチで話し合っています。
これがなぜ報道されるのか。これはやはり事件だからです。県知事が国家的事業、ほとんど国策ですけれども、それとガチに対峙している。こういった事例はおそらく辺野古基地に反対している沖縄県知事、オール沖縄しかないのではないかと思うぐらい、国にガツンとものを言う構造です。そこで静岡のメディア、大手メディアの静岡地方版の記者たちは一生懸命報道をやっています。
こういった事件や事故が無い限り、ほとんどのマスコミは報道しません。原発報道がいい事例です。あの3.11以後、原発が爆発しました。それ以前は、たとえば福島県においても一部の市民団体、一部のメディア、一部の科学者が原発は危ないということを一生懸命訴えていました。でもほとんどのメディアはスルーしていました。一般住民の方たちもそういった反対住民を相手にしていなかった。ところが爆発が起こったとたんに、昨日まで原発の「げ」の字も言っていなかったメディアがわぁっと来て取材する。このやり方は間違っていると。いまさら何を言っているんだというような報道をするわけです。もちろん、第2の福島事故を起こさないためにそういった報道は必要です。
ただし、そういった事故や事件が起きないように警鐘を鳴らすのがメディアの役割であるはずです。今、その役割がかろうじて静岡報道でなされているのかなという気がいたします。
報道されないリニア工事の遅延 静岡県以外の沿線県でも
一つだけ言いたい。リニアというのは、1都6県、東京・神奈川・山梨・静岡・長野・岐阜・愛知を通ります。ところが今報道されているのは静岡だけです。これはなぜなのか。
去年の6月27日にマスコミは一斉に、「リニア、2027年の開業は延期に」と報道しました。その前日、静岡県の川勝知事とJR東海の金子社長が県庁で会談したのです。その時に社長は、「6月中に準備工事をやらせてほしい、そうすれば2027年の開業に間に合う」という趣旨のことを言ったのです。ところが、県知事はこれを断り、会談の中でこう言いました。
「なぜ静岡県だけが2027年開業の足を引っ張っていると言われるのか。長野県や愛知県でも1年遅れ、2年遅れの工事はいっぱいある」。
ところが、この日、この県知事の発言を取り上げたメディアは私が知る限りはゼロです。どのメディアも、県知事が断ったことでJR東海が「2027年の開業は難しくなりました」と言った、それを受けてその言葉をそのまま報道したのです。
なぜ県知事の他の県も遅れているという言葉を取り上げなかったのか。それは、記者たちは静岡問題を取材するあまり、他の県を取材していないからです。私はたまたま1都6県で活動している市民団体の方たちに、「あなたたちの近くのリニア工事の現場でどれだけ工事が遅れているか情報をください」とお願いしていたのです。
リニア工事がどれだけ遅れているか、ご紹介します。例えば、神奈川県相模原市にはリニアの中間駅ができます。その中間駅は4つのブロックに分かれています。そのうちかつて第2ブロックといわれていた箇所には、JRの電車が走っていて、その下を半地下式の自動車用トンネルが走っていて、リニアのトンネルはさらにその下を掘るのです。この工事に何年かかるか。JR東海は計画書を持っていて、それによると10年かかるのです。ところがこの工事はまだ始まっていません。仮に明日始まったとしても完成は2031年です。ここだけで既に4年遅れです。さらに、鉄道が完成しても、その後に電気調整試験、そして実際にリニアを東京から名古屋まで走行する試験に1年、合計2年がかかります。ということは単純計算でもう6年遅れなのです。
じつは神奈川県にはリニアの車両基地ができます。相模原市の山の中、ちょっとした飛行場の滑走路のような。ここの工事は未契約です。どこの業者とも契約していない。ところがこれは工期11年といわれています。ということは仮に今日から工事を始めたとしても完成は2032年、ここだけで5年遅れです。
いま静岡の方たちが、知事が声を上げている、県の事務方も一生懸命やっている、さらには県民も昨年、リニア工事の差し止めを求めて裁判を起こしました。つまり、県の行政と市民が車の両輪のようにJR東海と対峙している。これはメディアにとって絵になるのです。
ところが同じようにリニアの工事に困ると声を上げている人たち、もしくは声を上げたくても上げられないでいる人たちがいっぱいいるわけです。その方たちの声がなかなか拾われないわけです。
なぜ声を上げられないのか。これはリニアに限った話ではありません。一つ分かったことは、日本の地域社会では正しいことを言った人は評価されない。日本の地域社会でどういう行動をとったら評価されるのか。これはリニアの取材を通して確信したのですが、みんなと同じことをするか、同じことを言うかなのです。
つまり、一人だけそれまでの地域社会の方向性と違うことを言った、行動したとなると、それが正しい言動であっても叩かれるわけです。それを恐れて、みんな声を出さないわけです。
私も地方に行って住民の方に取材する時は、匿名で顔写真はNGという方たちはけっこう取材しています。
孤立する住民団体の活動をサポートする市民活動を メディアは声を出せる環境づくりを
リニアに関して、いま反対運動は1都6県で15位あるでしょうか。2つの運動があると思います。一つは市民運動、市民団体がやる運動。これは居住地域に関係なく、特定の目的のために集まって活動する。
もう一つは住民団体がやる運動。これはまさしくその地域の方が集まってその地域のために活動する。ただ地方にいったら村八分、もしくは変わったやつだと言われることを恐れて動かない住民がいっぱいいます。
ここで大切なのは、いわゆる市民団体の方々が住民団体の方々を精神的にサポートしたり、こういった情報共有によるサポートをしたりすることです。ところが地域によっては、まだまだ市民団体の手が届かない住民がたくさんいます。そういった住民は孤独です。たまに現れるジャーナリストの私に「やっと話ができる」という方たちがいます。
リニアの課題は、市民団体の横のつながりもそうですが、市民団体が活動する1都6県の中で積極的にそういった住民団体の方と情報共有し、一緒になにか行動すること。「あなたたちは一人じゃないんだよ。意見を出しても私たちが守るよ」。そういった運動をする必要があるのではないかと思っています。
そういった市民団体も住民団体も声を出し合いっこするような環境をつくることも私たちメディアの役割ではないかと思っています。ただリニアをめぐって、そこまでメディアは役割を果たしていないのではないかと思っています。明日、静岡県知事の選挙がありますけれども、どうしても静岡方面に集中しがちですが、静岡以外にもリニアの問題はたくさんあって、声を出せない人もいっぱいいる。そういった方たちの声を拾いに行くのがメディアの役割だと思います。
上村さん) いま樫田さんがおっしゃった、なかなか声を上げられない住民のなかで、次に、原さんにお願いしたいと思います。豊丘村という長野県の南の方から今つながっていますので、よろしくお願いします。
――原章さんのお話――
私は長野県の下伊那郡、豊丘村に住んでおります。その辺りでリニアのトンネル残土が置かれるという話が持ち上がってきておりまして、私はそれに一貫して反対してきた立場です。反対はしているのですが、もう工事は始まってしまっている。それについてのお話ができればと思います。
豊丘村は、名古屋と東京を結ぶほぼ直線上に位置しています。よく旅客機が上空を飛びます。その直線のところにリニアがやはり通る路線が造られるということです。そういう場所の村に住んでいます。この村は、いろんな地方がそうなっていますが、若者が減ってしまって老齢化が進んでいる。そういう状況ですので、リニアが通ってくれれば、なんとか地域が活性化するのではないかという期待感も持たれています。
豊丘村には、天竜川が諏訪湖から浜松に向かって太平洋に流れています。その西側に木曽山脈、中央アルプスがあり、東側には伊那山地、さらに東側に赤石山脈が通っており、真ん中に流れている天竜川は低地になっていて伊那谷と呼ばれています。ふつう交通機関は、飯田線も中央道もこういう谷を通っていますので、回り道をしながら通っているので東京まで時間がかかるのですが、リニアができれば短時間で東京に行けることになります。
豊丘村は天竜川と伊那山地の間に位置しています(写真下)。天竜川の支流の虻川があり、その上流に残土置き場が形成されるということで、本山(ほんやま)と戸中(とちゅう)という2か所の残土置き場があります。村民は比較的、天竜川の流れている低いところに住んでおり、山の上の方に残土を置けば生活に影響が少ないだろうということで工事が始まってしまっています。
リニアのトンネル工事で出る大量残土 山奥に谷埋め盛土 土砂災害をまねく危険性
なぜ私が本山などの残土置き場に反対しているか。
この地域には三六災害が昭和36年にありました。非常に恐ろしい災害であり、この地域は大変危なくなりました。長雨と豪雨により、天竜川の堤防も切れて、水があふれ、虻川も危険な状況になりました。
とくに、虻川上流の伊那山地地域が花崗岩地帯で風化しやすく、100年位たつと、風化したものが伊那山地の麓にたまってきて、大雨で流れ下ってきます。そのため住民が暮らす天竜川や虻川下流域が非常に危なくなるのです。
自然の状態でもそういう危ない状況があるのですが、残土置き場の建設がそういった上流地域で始まっているのです。本山には130万平米、ドーム1杯分位、戸中には26万平米、合わせて156万平米の残土が置かれます。私もいろいろ計算しましたが、村民が暮らす虻川下流域に大雨等で50回流れ下ってくる位の残土が上流域に置かれるわけです。だから非常に危険だと感じています。
JR東海は工事の計画を発表するのですが、いろいろ心配な点があります。1点だけ話しますと、「山奥」に「大量残土」を「谷埋め盛土」をすることです。こういった工事を日本でしたことがあるかというと、ほとんどないということのようです。国の基準もあまりよくできていないところがあって、説明会でその点を聞くのですが、あいまいな答えを返して、そのままになっています。こういうことからも非常に心配しています。
なぜこのようなことが決まってきてしまったのか。
本山生産森林組合で残土置き場の決定をしました。その役員の方たちは非常に少数で決定し、我々は「決まったの?」という感じで決まりました。
その後、この組合は甚だ不適切な運営をしているということで、この決定や、県や国に出たものも認められないということになり、組織変更をすることになりました。非常にいろいろな問題を抱えていて、私も指摘をしたのですが、普通なら組織変更自体が難しかったと思うのです。けれども、リニア推進の村・県、それから後ろに国もあったと思いますが、裁判もして、もう何でもありだったのです。「本山地縁団体」とばっと名前が変わりました。
ここでまた決定をやり直します。その様子は、いったん決まったものだから、大勢の赴くまま。本山の残土はその通りだという感じの方たちがほとんどでした。
山の上の方に置くと危ないよという私のような考えの者はほとんどいないまま物事が進みました。JR東海が計画して国もそれを認可しているので疑うことはないとか、東京や名古屋等へ豊丘村から速く行けるから便利だとか、地域が発展すると考えている人もいました。
下流域の人たちはどうなのか。下流域の人たちは、反対だ、心配だと考えていてもほとんど言い出すことはありません。何かあれば、下の方では命や財産に関わることなのに、取り上げられることもないまま現在まで来ています。
いま本山は地縁団体のところで村も絡んでJR東海と物事をやっています。どういうふうに進んでいるかというと、JR東海は今までは30年位したら村に返すと言っていたのですが、買い取って後の管理をやるということで進んでいます。
この変化の激しい時代ですと、大きい企業でもどうなっていくかわからない。何年もすると残土置き場の管理もいい加減になっていくのではないか、そんなに簡単なものではないという立場でおります。
いま本山の残土置き場の工事が始まっていて、立ち木を取り除いて、表土を剥いだりしています。砂防堰堤も2か所位見えますが、これらも壊して工事を進めています。
残土置き場の中の上流部分では排水管が見えます。これで排水をしていこうということですが、この排水管はいつまで持つのかと思います。
残土置き場の中間点位の箇所では、降りていこうとするとかなり傾斜がきつく転びそうなぐらいです。こういうところに残土を置いて、高いところでは50mぐらいまで積み上げると。両側の谷も険しいので、大雨の時はザーッと残土置き場に流れ込んでくるような所です。
戸中の残土置き場も非常に険しい谷に残土が置かれます。下に虻川が流れており、トンネル非常口も下の方にあります。真ん中に見える構造物は、残土を上に運んでくるエレベーターのような大きな機械で、ここに残土を積み上げていくということです。
豊丘村には残土置き場がもう一か所予定されていたのですがダメになりました。これは、すぐ下に住んでいる人たちが反対をしたので受け入れざるをえなかったということだと思います。
松川町という豊丘村より少し北にある町にも残土置き場の予定地が3か所位あったのですが、ここも下に住む人たちが反対してダメになりました。
飯田市には残土置き場予定地が2か所あり、1か所は工事が進みそうですが、もう1か所はダメになりそうです。
こういうことでダメになったのでJR東海は他の場所を探そうとしていますが、小規模なところはいくつか見つかったのですが、大きな残土は処理しきれないのではないか。また他に運ぼうとすると運搬道路の沿線の人たちがいい顔をしないということで、難しい問題があると思います。
私が反対してきた地域の残土置き場の工事は進んでいますが、何年かかるかわかりませんし、完成しても「これは危ない。みなさんよく考えていただきたい」ということは、私の命がある限りずっと言い続けたいと思います。
――増田卓真さんのお話――
静岡県の出身で、今は長野県在住の大学1年生、19歳です。僕以外のゲストの方よりはるかに年下で未熟者ですが聴いていただければうれしいです。趣味はサッカーとラグビー観戦、散歩、読書です。長野県立大学で、SDGsとビジネスを掛け合わせた起業方法などを勉強しているところです。
生まれ故郷でもある藤枝市の稲川という地域は緑のあふれている農家の多い地域です。祖父も農家です。この地域で、なぜ僕がリニアに問題があると考えているか言うと、稲川地域は大井川から地下を通して水を利用して農業用水にしていて、稲を作るときに非常に必要になってくるのです。稲川地域の稲はぜんぶ大井川用水で作られているものです。ですので、大井川の水が涸れると、これからの生活が困ってきてしまうのではないかと言われています。実際には、この地域の人たちは高齢化によって農業を辞めてしまう人たちも多いので、一概にリニアはダメだとは言えないというのがこの地域の人たちの意見にはあります。
藤枝市の理念に関して今の市長が言っているのは、程よく田舎・程よく都会というところで、自然を守りつつ都会のように発展しているまちにしていこうというものです。夜景が美しく自然も豊かです。
でも問題も抱えています。そこで「fffShizuoka」という学生団体があります。ここはリニア問題だけでなく、オーストラリアの森林火災に対しての募金活動や、世界アクション、海外のごみ拾いも行っているグループです。僕はこのグループに所属しています。fffshizuokaのインスタグラムから、いろんな問題に対しての署名活動を行っているところです。
一人の人間としてどう生きていくかを大事に、日々できることを積み重ねて
これらの活動をやっている時の僕たちの思いとしては、署名活動に参加してほしいとか、声を上げてほしいということよりは、まず自分自身のできることをやってほしいという願いがあります。
リニア問題において水が少なくなってしまうことも問題なのですが、それに至る前に、例えばプラスチックゴミはちゃんとリサイクル用のゴミ箱に捨てるとか、ポイ捨てはしないだとか、そういったところが結局いちばん大事なのではないかというのが僕たちの考え方です。
このリニアが通る・通らない、ゴミを捨てる・捨てないとかという以前に、一人の人間としてどう生きていくかというところを大事にしていただきたいと思っております。今みなさんができることを日々積み重ねていくことでより大きいものをつくれるのではないかと僕たちは思っております。
――木下和樹さんのお話――
JR東海労働組合で中央執行委員長をしております。JR東海には約1万8千人の従業員がおりますけれども、私たちの組合はそのなかでも約200人の小さな組合です。国鉄のころの流れを汲んでJR東海にもいくつかの組合がありますけれども、そのなかでリニア中央新幹線建設および営業に真っ向から反対しているのは私たちJR東海労働組合だけです。略称は「JR東海労」といいますので、今後はこの略称で話させていただきたいと思います。
まずリニア開発事業の成り立ちをお話します。1987年に国鉄分割民営化を経てJR各社が発足します。JR東海会社もその一つであり、国鉄のころの反省を踏まえて、二度と雇用不安のない会社を労使で協力してつくろうということで発足した会社です。
ちょうど1980年からしばらくはバブルの真っただ中であり、JR東海会社は3つのプロジェクトを発表しました。一つは名古屋ツインタワービル、もう一つが東海道新幹線の品川新駅、そしてもう一つがリニア中央新幹線計画。名古屋ツインタワービルと新幹線の品川新駅はすでに開業して、とくに品川新駅は開業によって東海道新幹線のお客さんを増やしたと言われていまして、相当経営に寄与していることだと思っています。
ただ一つ未だに残っているのがリニア中央新幹線計画だということで、バブルの時代の高速大量輸送で儲けるという夢をまだ引きずっていると言ってもよいのではないかと思います。
JR東海会社が2007年になってやっとリニア中央新幹線を自前でつくって運営をしていくと公表するわけです。東京―名古屋を先行して2025年に開業させる。これは延びて2027年になりましたけれども、後6年しかないわけです。
会社がそういうプロジェクトを公表した時に、当該会社の労働組合としてどういう立場を取るべきか検討しました。長野県大鹿村、もしくは山梨のリニア実験線を見学に行ったりですとか、著名な先生にお話を聴いて勉強もしたりしました。公共政策がご専門の橋山禮治郎先生ですとか、今日もご参加されているジャーナリストの樫田秀樹さんにもお話しを伺い勉強させていただきました。また、いわゆるストップリニア訴訟の原告団長であります慶応大学の河村晃生名誉教授にも伺うなど多くの方にお話を聴いて、労働組合としてどういう立場を取るべきかを明確にしました。
検討の結果、JR東海が進めようとしているリニア中央新幹線建設計画には反対であるという結論に達したわけです。その理由についてはさまざまに語られているのですが、
「工事によって環境破壊が懸念されること」
「リニアのルートの安全性の問題、もしくはリニアという乗り物の安全性の問題」
「リニアは相当な電力を使用するのでそれによって発生する電磁波の人体への影響」
そして何よりも私たちは労働組合ですから、この事業を立ち上げて運営した時に
「会社として儲けを出せるのか、つまりそこで働いている私たちの労働条件を守れるのか、国鉄の頃のように赤字の会社に陥らないのか」
ということが大きな理由の4つです。
先に行った環境問題ですとか、リニアのルートの問題ですとか、リニアそのものの乗り物の安全性や電磁波の問題は、労働組合としても会社にさまざま質すわけですけれども、会社がやろうとしているプロジェクトに反対する組合であり、いわゆる仲良し組合ではありませんから、会社も適当にごまかすわけです。すべて大丈夫だからというようなことしか答えないというのが現実になっています。
リニア開業予定年に運輸収入コロナ前100%に回復すると見通すJR東海の経営破綻リスク
経営の問題で言いますと、今年の4月末にJR東海が2020年度の決算を発表しています。この決算では、営業赤字が1847億円、最終赤字が2015億円。JR東海発足以来の赤字決算を計上しました。
その決算を発表した同じ日に会社は、リニア中央新幹線の品川―名古屋間の総工事費が従来言っていた額より1.5兆円増えて7兆円を超えるということも明らかにしています。そして、いわゆる長期債務残高が6兆円になる可能性も示唆しています。会社は今だいたい年間1兆8千億位の売り上げがありますけれども、その3倍~4倍もの借金を抱えるわけです。
それでも会社は健全経営を堅持できると言っているわけです。その健全経営とは、いくら赤字になっても、きちんと株主に配当ができることだという言い方を会社はしています。社員の生活やお給料ということについては全く触れない。
その6兆円の借金を抱えてもやっていけるという前提として、令和10年、名古屋開業の翌年には、平成30年度比で今落ち込んでいる運輸収入が100%まで回復するという見通しがあります。平成30年というのはコロナの前年で、一番お客さんの乗りがあった時なのですが、さてこれから政府も推奨しているリモートワークですとかリモート会議の導入で、運輸収入がそう簡単に戻るとは思えない。海外のお客さんも今は全く来ていませんし、どうなるか分かりませんので、そう簡単に会社が言うほど戻るのかということを懸念しています。
どんな公共工事でもそうですけれども、当初の予定よりだいたい2倍~3倍かかるわけです。ですので、いろいろな条件を入れてみて1.5兆円増えると会社は表明していますが、さて1.5兆円で済まない可能性は十分にあると思います。
ちなみに笑い話ですが、リニアは地下を通るので地震には強いという売りなのですが、この1.5兆円のなかでリニア中央新幹線の地震対策に5千億円まで必要だと言っているわけです。地震に強いリニア新幹線と言われていたのにさらに5千億円もかかるとは、こんなバカな話があるのかと思っています。
つまり、この杜撰な見通しのままリニア中央新幹線建設を進めたら、いつの日かJR東海の経営は破綻すると私たちは判断しています。したがって、先日私たち労働組合の定期大会がありましたけれども、経営が破綻するリニア中央新幹線建設には反対ということを掲げていくということを改めて確認をしたところです。
なにせ1万8千人のなかの200人の組合ですので、なかなか大きなことはできませんけれども、沿線住民が起こしたストップリニア訴訟、川村先生が団長をやっていますけれども、そうした訴訟への協力ですとか、大井川の沿線のみなさんも訴訟を起こしましたので、そのような方々とも労働組合として連携していきたいと思っています。
同時に職場のなかでも、「やっぱりリニア中央新幹線建設っておかしいよね。このままいったら私たちの会社つぶれちゃうんじゃないの」ということを訴えていきたい。今の社員のほとんどは平成採用で国鉄時代のことを知らない人が増えてきましたが、それでもあきらめないで訴えていきたいと思います。
私たちもホームページを持っていまして、「JR東海労」と検索すると出てくると思いますが、私たちの組合は、会社との協議の内容、会社に申し入れた内容、団交をやった内容、あるいは発行した情報の内容など全部オープンにしていますのでぜひ活用していただければと思います。
『NO!リニア』というタイトルでリニア問題に特化した組合誌を書いており、これもホームページに掲載していますので、ぜひご覧いただければ私たちの考えていることや、どういう組合かということもわかると思いますのでよろしくお願いいたします。
――パネル対談――
大規模プロジェクトを修正できない日本
上村英明さん) 凄まじいですね、話を聴いていると。
日本の国というのは大規模開発を、大規模であればあるほど途中で修正できない。決めたということ自体で、それがもう絶対化されてしまう。今のオリンピックもそうですが、どんなに問題があるとわかっていてもそれを修正できない、それに対して情報も収集しないということがよくわかりました。
樫田秀樹さん) 木下さん、先ほどJR東海の3つの目的ということで2つは完成して、残る1つがリニア中央新幹線の品川―名古屋間の建設だと。いまJR東海の中では、名古屋から大阪まではどのように考えられているのでしょう。
木下和樹さん) 先日、リニア問題に特化した労使協議の場があって、その中でも質したのですが、まだ名古屋―大阪をどうするのかは会社曰く「白紙」となっています。会社はもし資金的に大変になったら時間軸で調整すると言っていますので、いわゆる工事を延ばすと。だから今赤字決算の中で、時間軸で延ばすべきではないかとも私たちは主張するのですが、いやいや大丈夫だというところの姿勢を会社は変えない状況です。
上村さん) 増田さん、周りの若い人たちの反応はいかがですか。
増田卓真さん) 僕の地元の静岡県藤枝市や静岡市では、「ちょっと、やばいよね」みたいな、そこまで重くは受け止めていないけど、「自分たちにはぜんぜん影響がないから、どうせだったら造らないようがいいよね」という感じの意見は多いですが、仮に自分たちが東京や名古屋に住んでいる時にはリニアはあった方がいいよね、というのが意見なのではないかと思いました。
上村さん) 東京の人間からすると、「もうそんなに速くいかなくていいや」という気持ちがあるのです。原さんも長野にいて東京や名古屋の人たちは何を考えているのと思いませんか。今日は唖然としたのですが、建設現場の当事者の方たちが本当はすごく困っているのだけれども、東京や名古屋の人には見えないわけです。いちばんリニアを使えそうな人たちはよく分からなくて「なんかできているよね」という感じで。増田さん周りの若い人たちはどんなふうにとらえていますか。
増田さん) 僕たちからすると、静岡から名古屋に行くにしても東京に行くにしても1時間位かかる。車でいくと3時間位。単純ですが、リニアができて時間が短くなれば何回も行けるじゃん、みたいな。例えば、学生気分でいくと、自分が名古屋に住んでいるとして、今日ディズニーランドに行きたいとなったら、40分あれば行けてしまう。となったら、ちょっとうれしいな、みたいなというところがあるわけです。
でも実際、リニアによる時間短縮に関わらない人や、リニアをつくることによって余りいいと思わない人もいるわけだし、リニアを使わないという人もいると思うので、そこはかんがえなければいけないところだと思います。
上村さん) 私は九州の出身で東京に出てきて生活しており、名古屋に仕事で行くことがありますが、新幹線が15分位に1本来て人を運んでくれるのはすごいと思います。田舎は特急が1日に何本来るかみたいな世界で生きていて、それでもみんな生きているのです。
だからこれ以上、速く便利というのは本当に我々にとって必要なのか。なにか生活がすごく流されている気がしますが。柳井さんはどうですか。
柳井真結子さん) 私は長野県飯田市の長野県駅ができるところから車で1時間の場所に住んでいます。1時間かけてリニアの駅に行って、そこからわざわざ乗ってということを考えると、まず使わない交通手段だなというのがあります。
田舎の住民にとってみたら車がまだまだ移動手段として主です。そうなると、リニア工事のおかげで車が移動する道路がきれいになり、トンネルが通ったり、パイパスが通ったり、それぐらいでしかリニアのメリットは地方の人間だと感じられない。行政も堂々とそういうことを言うぐらいです。本当に駅周辺の人たちにしか交通手段としては見られないのではないかというのが一つ。
もう一つは、JR東海の事業に地方の人間としてモヤモヤするところがあるのは、飯田線という私のとても好きな在来線が通っているのですが、本当に飯田線の運行本数は少ないと思います。高校生などの移動手段としては非常に重要なものだと思います。にもかかわらず、飯田線で駅員さんがいる駅はいくつあるのかという状態になっている。リニア建設するほどのお金があるのだったら、駅員さんを高校生のために雇ってあげてと思うのです。
誰のためにJR東海は鉄道を走らせているのか。ものすごく速く移動する人だけのためにお金をかけて、一駅二駅乗る高校生や年配の方たちの交通手段は切り捨てていくのかというのが、一番大きなモヤモヤです。
原章さん) 私はもうある程度の齢ですので、あまり外に出ていこうとは考えていませんが、何かすっと行けるものがあれば、東京や名古屋、その先の大阪にちょっと早めに行こうという時には、リニアができれば確かに便利かなと思いますが、今の交通機関はかなり便利なものがいろいろありまして、そんなに速く行く必要はないかな。それより、ある程度まわりの景色を眺めたり、途中下車もしてみたり、今は生活に時間的ゆとりを持っていますので、そんなに必要ないでしょう。
ここ飯田地域には、三遠南自動車道という豊橋の方に出る道路建設が始まっているのですが、ここら辺の有力者たちは早く通せという運動を盛んにしていますが、そんなにいくつも道路が山の中にできても、維持管理が大変ではないかと思う部分もあります。
上村さん) 木下さん、コロナの時代になり、航空産業はガタガタですよね。飛行機の乗客数が急激に増えるだろうと各地に空港を造って大型化したところ全部ダメになり中型化したのですが、さらに今コロナ禍の中で本当にどうやって航空産業は生き残っていけるのかという課題があると思います。
その意味では、JR東海でも、今の環境の中で、リニアを強行しても会社にとって大丈夫かなというふうな、新しい風は出てきていますか。
リニア建設の資金源とされる東海道新幹線に資本集中 切り捨てられるローカル線
木下さん) 新しい風はあまり吹いていないというのが現実です。会社は、非常にリモートワークが普及してもお客さんは100%に戻るということで、どういう自信があるのかしれませんが、そんなことはあり得ないわけで。
今、東京駅では「のぞみ12本ダイヤ」という新幹線のぞみ号を1時間に12本走らせることができるダイヤを組んでいて、山手線と同じぐらいの間隔で走らせることができているのですが、なぜそこまでやるかというと、リニア中央新幹線建設は東海道新幹線の収入で造るからです。だからとにかく東海道新幹線で収益を上げる。そこに全てを注ぎ込むと。「全てはリニア中央新幹線建設のために」ということで会社は動いております。
したがいまして、柳井さんが言われた通りに「誰のために鉄道を走らせているの」というところにつながると思いますが、やはり投資しても回収できないところには資本の論理でお金を入れないわけです。どこのローカル線もそうだと思いますが、どんどん人減らしをして、IOT等に頼って運営をして、人件費がかかりますのでそれをとにかく削って東海道新幹線に資本を集中して儲けるという構造になっています。
ただいかんせん未だ30%しかお客さんの乗りは戻っていませんから。それと同時に、JR東海はJR東やJR西みたいな面が無いのです。あっても名古屋周りのエリアだけで、東海道新幹線と東海道線という線のところしかなく、多角的経営はやりづらい会社だという気がします。
上村さん) 樫田さん、新しい風という意味でいくと、大手のメディアがこれを報道しないというのは大問題だという動きはないのですか。
樫田さん) 過去のマスコミ報道をみても、テレビでこれを真面目にやったのは僕の知っている限り1回だけではないでしょうか。何年か前に、山梨県の山中の沢がリニア工事で涸れた現場に、元プロレスラーの髙田延彦がやっている環境問題を扱うコーナーで行ったのは見ました。リニアの環境問題ということでテレビがガツンとやったのは、あれが最初で最後ではないでしょうか。もちろん静岡問題はどこのメディアも報道していますが、静岡以外の報道はほとんどないですね。数か月前に池上彰さんのテレビ番組でやっていましたが徹底していたとは言い難かった。
マスコミは、僕の予想ですけど、たぶん原発と同じです。リニアが事件や事故、たとえばトンネルで大水害を起こしたとか、営業後に脱線したとかが起きた時に初めて報道します。日本のジャーナリズムの欠点です。「事故待ちジャーナリズム」です。そういったものを起こさないための警鐘をならす報道が静岡以外ではない、と私は見ています。私は何回も雑誌や他のメディアに記事を書かせてくれというのですが、JR東海がスポンサーのところは一歩も切り分けない。だから、これを取材するフリージャーナリストも出てこない。
上村さん) おっしゃるように原発もそうですよね。実際に電気を使っているのは東京の人たちなのに、原発の周辺の人たちがいろいろな問題を抱えていることには無関心で無関係みたいな感じです。
もし東京に住んでいたらすごく便利かなと増田さんの話しにありましたが、東京にいる人間には「もう、環境を大事にした方がいいんじゃない」という考え方が生じていて、こんなに人間が集中して子育てをしなければいけない中で「そろそろ、違うよね」みたいな流れがあります。
東京や名古屋、大阪の人たちが、この問題をもっと真剣に考えるという構造をつくっていかないと、リニアが通るだけの地域の人たちが残土の問題、水涸れの問題など多くの問題を考えなければいけない。考える人たちは、本当は東京や名古屋、大阪の人たちだと思うのです。それが逆転していると、皆さんの話を聴いていて思いました。
――グループ対話とグループ発表を経て、ゲストからのコメント――
※グループにゲスト等も加わり、グループの方々に感想や意見、ご質問を話し合っていただいた後、会場全体で共有するために印象に残ったことを各グループから発表いただき、ゲストからコメントをいただきました。
参加者)
「日本はリニア問題に限らず原発事故の問題でもそうですが、なぜなかなかきちっとした発言ができないのかということに関する話が多く出ました。
一つに教育の問題として、中教審答申などが出てきた1970年代ころから、何か政治的にまじめなこと、地に足のついたこと、身近な環境の問題などいろんな問題を、自分の頭で考え、自分がどうすれば社会課題について改善できるのかということに対して、積極的に発言して社会参加していき、自分が責任を負うというかたちで人間として、市民として生きていく、ということができない日本社会になっているのではないかという話が出ました。
その原因は、どこかで責任逃れをしているから。世界のどこかの人たちが飢餓で苦しんでいるとか、戦争に巻き込まれて苦しんでいるとかについては、寄付をするなどの形で多くのお金が日本から流れているけれども、自分の身近な問題、リニア等の問題で、予定されているところのそばにいれば自分の問題として考えるけれども、その県から外れてしまえばもう自分の問題として考えない。これは問題がある。
日本の為政者はそういうことを利用して『知らしむべからず、由らしむべし』のようなことを未だにやっていて、それが通ってしまう。」
「実際に残土の置き場で山奥にどんどん積み上げられていく中で、将来的なリスクを背負う人たちにとってどうなのか。また、そういった問題に対して、残土置き場を反対してつぶしたケースもいくつかあることもご紹介いただきました。
声を上げられないということがあるかもしれないけれども、現実にいま大きな迷惑をこうむっていて、犠牲を払っているのだけれども、一方、現地では、実際にはリニアは工事の難しさもあり出来ないのではないかという空気もあると伺いました。
北海道から参加していらっしゃる方もおられて、JR北海道では路線がどんどん廃線になっていて、JR北海道の赤字額が年間300億内外で、それによって北海道が切り捨てられていくわけですが、リニアに財政投融資で3兆円というお金が注ぎ込まれていることに対して、国の交通政策に対して根本的に考える必要があるのではないか。財政投融資の不透明さも背景にあると思います。
このような話を皆さんからいただきました。」
「若い人たちにいかにリニアの問題を知らせていくか。環境の負荷ですとか。
また、リニア工事は、樫田さんの報告にあったように、神奈川県相模原を含めて遅れているわけです。工事の着手すらされていないところがある。ですがJR東海は工事を着手できるところから始めている。ということは、もういまさら反対しても遅いのではないかという気持ちに、とくに地権者は夜討ち朝駆けみたいに圧力をかけられて不安になっている現状もある。
これら、まさに人が生きていくための環境の現状を多くの国民に知っていただくにはどうしたらよいか。しかし、先ほどお話にありましたように、マスコミでほとんど取り上げない。JR東海がスポンサーという形で関わっているから。現場で記者さんたちは記事を書かれたりしているのですが、上層部でストップをかけられる状況がある、そういった報道機関の問題がある。
JR東海自身は新幹線がドル箱でその収益をリニア開発に充てると当初言っていたわけですが、それは果たしてどうなのか。
公共交通機関として、地域の人の足をどう確保していくかという問題も提起されて、過疎の問題も含めて、それぞれのお立場からの発言がありました。」
「東京外環道の陥没事故があった場所について活動をしている方や、品川の沿線の方や、静岡の方もいらっしゃいました。
静岡では明日、県知事選があるので非常に県内で関心が高まっており、問題意識が県全体に広がっているというお話がありました。
一方、品川のルート沿いでは、自分の家の下にリニアが通ることを知らない住民の方たちがいまだにいらっしゃると。どのように関心のない人たちに情報を届けていけばよいのか、関心を持ってもらうことができるのか、と悩まれているお話もありました。
長くリニア問題に関わってきた方もいらっしゃって、大手のメディアが取り上げなくても、リニア問題を扱っているような映像をアマチュアの方たちが活用して情報発信を続けていく、映画会をやるなどのご提案もありました。」
「経済と環境の面から、どうしてリニアを辞めることができないのかについて話しました。
経済面については、株主の利益のためにリニアを造るというふうにJR東海さんは言っているのですが、リニアにかかるお金が膨大なので株主の利益分を回収するのも厳しいのではないかと指摘されました。また、既に東海道新幹線がありますし、飛行機の代替になるとも言われていますが東京と名古屋間で飛行機を利用する人は少ないので、リニアを造っても供給過剰になるのではないかとも指摘されました。
環境面については、電力の問題があります。新幹線の3倍の電力が必要になるので、環境を大事にするという世界の動きに逆行するのではないか。また、長距離を地下で走るので、大災害が起こった時に逃げ場がないのではないか。乗務員さんが乗っていないので、大災害が起こった時に懸念があり、その懸念を払しょくする対策ができていない点もとても心配な点です。
そのように多くの問題があるのに、なぜ辞めることができないのだろうか。JR東海さんは補償をするとは述べていますが、補償をしてほしければ住民が因果関係を証明した上で裁判を起こすようにと言っていて、住民さんたちが力を合わせてそれをするのは難しいので非現実的であり、補償が定かではなく問題です。
リニアに必要とされる以上の大きさのトンネルを掘っているそうで、失敗した時に新幹線や他の電車で使うようにするのではないか、失敗することもJR東海さんは考えているのではないかという話も出ました。
寄り添う姿勢がないというところが一番問題だと思います。何か質問しても曖昧な言葉ではぐらかされてしまって住民たちはわからない。これはオリンピックや原発でも同じようなことが起きているのではないかと思います。政府の後ろ盾のもと、住民や弱い立場にある人たちの賛成をとらずに後に引けないまま推し進めていくというのが今の日本社会で見られて悲しいです。」
公共交通機関としての鉄道 住民によりそう姿勢を 環境配慮を
樫田秀樹さん) ご意見いただきありがとうございます。私は、JR東海が言っているようにリニアが開通して日本経済が活性化するかはわかりません。私がこだわっているのはその点ではなく、「経済活性のため」、「東海道新幹線に地震が起きた時のバイパスをつくるため」という目的であったとしても、ここまで環境を破壊してよいのか、ここまで多くの人を生まれ育った土地から立ち退かせてよいのか。そういった犠牲を払ってまでやる事なのか。
私がリニアに関わっているのは、リニア計画に賛成反対以前に、JR東海が住民に寄り添わない姿勢が故です。あの住民説明会でも具体的な回答は全くしません。
もう1つこだわる理由は、リニアの市民運動の平均年齢が非常に高いです。やはり若い人たちがネットワークをつくってこの問題を盛り上げていってほしい。若い人は今とくにパソコンなどを使ってネットワーキング化、仲間づくりが得意ですから。リニアのルートの近くには若者が住んでいるはずです。ぜひ自分の問題として、若者を集めて、この問題をいろんな人に知らせてほしい。それが私の願いです。
木下和樹さん) こういう催しに参加すると、JR東海の社員でありまた労働組合員という立場で非常に肩身が狭いのですが、相変わらず自分が勤めている会社ですが、どうしようもない血も涙もない会社だなとあらためて思いました。
今日参加された皆さんとは少し毛色の違う立場でお話をさせていただきましたが、会社の中では私たちの言っていることが理解されるのはなかなか大変なのですけれども、いろんな方々と情報交換をして手を取り合って、とにかく速く移動する人だけの鉄道ではなくて、公共交通機関としての鉄道ですから、それが国鉄改革の精神だったはずですから、そこをきっちり守っていく運動を微力ながら今後も進めていきたいと思っています。
原章さん) 今日いろいろお話を聴いていまして、はたしてリニアは完成するのかと思います。いろいろ困難な問題が出てきています。もし完成しても早い時期にリニアはダメになるのではなかとも思います。
ただ、自分の問題として考えているのはトンネル掘削の残土のことです。リニアがダメになっても残土は残るのです。できたらもう残土を置かないというのが一番ですけど、途中まで工事した段階でダメになったら少ない段階で諦めてもらいたい。いったん置かれてしまったら安全にずっと管理していただきたい、JR東海が無理だったら国でも構わないので。
リニア事業 海外開発と同じ搾取構造 SDGsをめざす社会で大事なことは
柳井真結子さん) みなさんの貴重なお話も聴かせていただいて大変勉強になりました。
私は海外の開発問題もこれまで取り組んできていて、大きな企業や先進国に搾取される現地住民との関係性をずっとみてきました。
国内でこのリニア事業はまさしく同じことが起きているのです。地方で声を上げられない人たち、都会でも自分が影響住民になっていることを知らされない人たちが搾取され続けていって、一部の人たちの利益のために使われていってしまう。そして、このリニア事業を通じて各地を訪問してお話を伺わせていただくなかで、本当に生活を大事に、暮らしを丁寧にされている方たちこそが犠牲になっていることがわかりました。
このSDGsとか言われる社会のなかで、私たちがこれから実現したいような暮らしをしている方たちがリニアによって影響を被られているという事実をこれからも多くの人たちに知っていただきたい。大事なものを失っていくんだぞということを私たちは認識して、どういった社会に向かって生きていきたいのか、世界をつくっていきたいのかということを常に考えて、その中の一つとしてリニアをみていけたらと思っております。
社会環境の変化とともに公的事業を見直す民主的な社会を
上村英明さん) 僕らの社会は曲がりなりにも民主主義の社会だと思うのです。こんな民主主義でいいのでしょうか。
公共事業がこんなに長い時間かかっていたらアセスメントのやり直しをやるべきだと思います。そういう民主主義を保障するための制度がこの社会で成り立っていない。民主主義のふりをしているけど、ぜんぜん民主的でない。公共事業に長い時間をかければ、環境の変化に合わせてこの公共事業は本当に大丈夫なのか、何回かやり直してみるべきだろうと思いました。それが一回決めたからとダラダラやって、賛成の意見だけ集めて、反対の人を排除するところまで結果的に行ってしまうのです。
こういう社会の問題は日本の海外での公共事業にもつながっている。同じような構造だろうと改めて思いながら、そこに楔(くさび)を打ち込んでいく市民社会の動きをつくらなければいけないと、木下さんがおっしゃったように、我々の使命でもあると思いました。■
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【ゲスト】李月順さん(アプロ女性ネット代表)
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※今回21年6月19日のアドボカシーカフェのご案内チラシはこちらから(ご参考)