ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)第13回助成中間2次報告
trunk(2025年12月)
◆助成事業名・事業目的:
『例えば「天気の話をするように痛みについて話せれば」2025』
本企画はトランスジェンダーの人々を取り巻く差別を出発点に、ないことにされがちな立場の声を共有し、発信することで、日本の差別的な法制度を変えていく土壌を作ることを目的としたプロジェクトです。2022年から秋田で継続的に行ってきたプロジェクトで、今回の2025年4回目は、秋田を出て東京で開催します。
多数決で物事が決められてしまう社会だからこそ、マイノリティ同士、抑圧されているもの同士がゆるく連帯し、同じ問題を抱えている意識を持つことで、社会のシステム、認識を変えていく必要があります。そのため個人の経験、語りを大切にしながら、それぞれが持つ違和感やモヤモヤがどんな社会的課題と繋がっているのか、同じように苦しみ、困っているのは誰なのかを意識する現代美術の展覧会や、発信を同時進行で行います。
◆助成金額 : 100万円
◆助成事業期間 : 2025年1月~26年5月
◆報告時点までに実施した事業の内容(主に前回の報告=25年6月=以降について):
展覧会の3ヶ月前から、参加してほしい人にメンバーそれぞれが声をかけて、その声が徐々に広がり、とてもゆるいけれども「私たち」と呼べるようなコミュニティーが浮かび上がるように、参加者を増やしていきました。
当初予定していたように、募集はいわゆる「美術作品」と呼べるような絵画や彫刻から工芸、ぬいぐるみ、ZINEなど手作りのものが集まりました。
また、会場には「バスルームソング」というコーナーを設けて、会場に来れない人でも曲をリクエストして、その曲が会場で流れるという仕組みを取り入れました。
参加作家は秋田、愛知、京都、岐阜、滋賀、群馬、東京、メキシコ、フィンランド、など国内外の作品が、合計64人/組の表現が集まりました。
「バスルームソング」では合計70曲のリクエストがありました。
来場者は7日間の会期で1143名でした。
会場は、東京藝術大学上野キャンパス「陳列館」が4日間しか取れなかったため、追加で 同じ東京藝術大学上野キャンパスにある「大学会館」2階展示室を押さえ、合計で7日間の展覧会としました。
前回の報告書で有楽町アートアーバニズム(YAU)との、共同イベントを検討していると記載しましたが、今回は展覧会の会期中に実現するのが難しくなったため、見送ることとなりました。
しかし、東京藝術大学が運営する上野駅敷地内に開設されたギャラリー、「上野アートパークCreative Hub es」をサテライト会場として借り、本プロジェクトの広報を兼ねて運営メンバー中島の展示を行いました。
展示開催1ヶ月前には参加者向けの全体説明会を行い、プロジェクトの趣旨や方向性を共有しました。その後、参加者1人1人との顔合わせを兼ねた個別面談も行い、具体的な展示方法や、輸送に関する相談を行い安心して展覧会に参加してもいらえるように工夫しました。
参加者の中には、車椅子ユーザーの方もいたため、アクセシビリティに関する相談や、運営でできることや、広報のチラシに事前に載せる情報の整理なども行いました。イベントではUDトークを導入し、なるべく多くの参加者の方に届けられる工夫を行いました。
美術や展覧会を紹介するサイトに情報を載ったこともあり、美術大学の敷地内だということもあり美術関係者の来場が多く、またイベントにハンセン病患者だった詩人を取り上げたことで、ジェンダー・セクシュアリティー以外の活動家、研究者も来場しました。上野という観光地のためふらっと立ち寄る人も多いですが、本展に興味を持ってきた人が長時間ゆっくり滞在する傾向にありました。
秋田の魁新聞による取材や、これから記事にしていただく予定もあり反響の手応えもありますが、何より印象的だったのは自分のセクシュアリティーをオープンにしていない人の来場が多かったことです。安全な場を作るために、差別や暴力に反対だときちんと表明することの大切さを感じました。
◆今後の事業予定:
展示後の作家さんへの作品の返送作業が終わったので今後は事務的な仕事、特にアーカイブ冊子作成のための取材や、展覧会批評の依頼を行います。
取材は、インドのトランスジェンダーの支援をアートを通して行う団体へのものや、メキシコのクィアアートの現状のテキストなどを検討中です。日本国内だけではなく、他国の事例と比較しつつ本プロジェクトの可能性を探していきます。
完成次第、出展作家、展示を開催した施設等へ配布を行います。
※26年1,2月 アーカイブの方向性検討。
3,4月 アーカイブ作成。各作家への確認業務等。
5月 アーカイブ完成。
◆助成事業の目的と照らし合わせた効果・課題と展望:
【Ⅰ】次の5つの評価軸それぞれについて、当事業において当てはまる具体的事例。あるいは、当てはまる事が現時点では無い場合、その点を今後の課題として具体的にどのように考えるか。
(1)当事者主体の徹底した確保
今回の展覧会はトランスジェンダーへの差別を出発点にしているが、想定していた以上の大きな広がりを見せるものとなった。
例えば、台湾や中国、インド、メキシコにルーツを持つ作家の経験が語られた作品や、ハンセン病患者であり性的マイノリティーであった船木俊美の詩を読むイベントの開催などである。その人が持つ属性がいかに単一ではありえないか、いかに複雑なのかを作品を通して知る機会が作れたと感じる。
(2)法制度・社会変革への機動力
「安心して話せる場があるのは嬉しい」という声を多くいただきました。社会問題を考える上で、より多くの人に知ってもらうことを考えていましたが、それと同時に同じ問題意識を持つ人同士が集まる場の重要性と思いの外そのような場が少ない現実を感じました。より早い社会変革を求める活動と同じくらい、それぞれが抱える問題の共通部分を理解し合い、お互いがお互いをエンパワメントし合う場、そのつながりの大切さを考える一助になれたのではないかと思います。あらゆる社会問題は繋がっている、という認識を大切にしています。
(3)社会における認知度の向上力
差別に反対するテーマの展示に、来場者が1143名だったことは認知度の向上につながったと感じています。年齢層も高校生から老人までさまざまでした。体感ですが、一人当たりの滞在時間が長いようにも感じられ、きた人は多様で多くのメッセージを受け取ってくれたように感じます。新聞やメディアへの掲載予定もあり、また活動団体からの認知も増え、つながりが増えたことを感じます。具体的には、前回の展示で繋がった団体、ESTOやケルベロスセオリー、研究者の高井ゆと里さんとの継続的なつながりに加え、今回新たにTNETやL ch、翻訳、出版関係者などと新たなつながりができました。
(4)ステークホルダーとの関係構築力(相反する立場をとる利害関係者との関係性を良好に築いたり保持したりする力)
安全な場を作るためには、まずは運営する自分たちが安全であることが大切だと思い、運営メンバーや展示参加者、人数、ルールなどさまざまなことを「自分たちの安全性」を軸に考えました。そのためか、心配していたようないわゆるヘイトに遭遇する機会は少なかったかと思います。
しかしもちろん0ではなく、展示会場で差別的な質問が出ることもありました。攻撃的なものではありませんでしたが、よく知らないままデマに触れてしまったからこその悪意のない差別的な質問だったようです。受け答えをしてくれたメンバーは、丁寧にその人の誤解が解けるように説明してくれて、個人としてその人と向き合ってくれたおかげでいいお話ができたそうです。1人の人間同士として話すことももちろん重要ですが、それ以上に展覧会の場では、圧倒的にその質問をしてきた人が少数派であり、安全な場であったこと、周りに助けてくれる仲間が集まっていた環境も大きかったかと思います。
(5)持続力
持続した活動にはやはり予算や人員が必要になり、まだまだ多くの課題があるなと感じています。これまで4年プロジェクトを毎年継続してきましたがその都度、助成してくれる先を探しながら支援を受け活動してきました。
大きな企画を行うとその分、費用と労力が必要になりますが、やはり継続すること、そのものの力を信じているため、運営の私たちが無理をし過ぎないことを大切にしたいと思っています。
今回のように大きな展覧会ができなくても、細々と毎年続けていきたいと思っています。
アーカイブとして動画や冊子の制作に力を入れるのも、色々なタイミングで多くの人にこのプロジェクトに出会って欲しいと思っているからです。
私たちの活動が誰かの活動につながっていくことこそが、社会課題解決のための運動になると今回の展覧会で強く感じました。
【Ⅱ】Ⅰの評価軸はいずれも、強化するには連携力が潜在的に重要であり、その一助として次の項目について考察。
(1)当事業が取り組む社会的課題の根底にある社会的要因/背景(根本課題)は何だと考えるか。
同性婚ができない現状や、夫婦別制制度(多くの場合男性の姓)、「性同一性障害者の性別の取り扱いの特例に関する法律」などの法律や制度が当事者の声を無視し時代に合わせて変わっていないのが大きな要因だという認識は変わりません。今回も展覧会会期中に、同性婚ができない現状は合憲であるとの判決が出るなど、期待が大きかっただけにがっかりしてしまうニュースもありました。一体、いつまでがっかりしなくてはいけないのか。どうして毎回悲しまなくてはいけないのか。声を出し続けることは本当に大変なことであり、多くの活動が持続困難なのも頷けます。
(2)その根本課題の解決にどのように貢献できそうだと考えるか。
目にみえる形で集まれる場があることは、私たちが思っている以上にエンパワメントにつながると感じました。表現できる参加者が集まるのはもちろんですが、多くのカミングアウトしていない人たち、モヤモヤを抱えている人たちが安心して集まれることが大切です。今回はラジオのように会場で流す曲をリクエストできる「バスルームソング」企画を作り、会場に来られない人とも繋がれるように工夫しました。窓口を多く用意し、多くの人を想定した安全な場でつながり、また動き出すための力を蓄えることは継続には欠かせません。
(3)そのような貢献にむけて、どのような活動との協力/連携が有効だと考えるか。
自分たちの声をきっかけに参加者が徐々に広がり、とてもゆるいけれども「私たち」と呼べるようなつながりができたと感じます。みんなで何かをするというよりは、この展示をきっかけに、それぞれで何か新しいことが生まれてきそうだという予感がしています。 ■



