ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)第12回助成 最終報告
ふぁみいろネットワーク(2026年1月)
◆助成事業名・事業目的:
「精子提供・卵子提供・代理懐胎で家族形成を行う当事者の経験から生殖技術の社会的公正を考える」
精子提供・卵子提供・代理懐胎は、これを用いて親になる者と、生まれる子やドナー・代理母の権利の対立が常に問題となってきた。助成事業は、不妊症や高齢、他疾患の闘病、LGBTQ、非婚など、多様な事情を抱えてこの技術に頼る当事者の手記の編纂プロジェクトを主軸とする。この手記集を当事者や一般市民対象のワークショップでの対話の土台とすることで、生殖技術をめぐる社会的公正の実現を目指したい。
◆助成金額 : 100万円
◆助成事業期間 : 2024年1月~25年12月
◆実施した事業の内容:
(A) 当事者手記:
2024年秋から、当団体のLINEオープンチャット(当時の参加者442名)内で手記原稿の募集を開始した。最終的に、オープンチャットの外部からも寄稿があり、合計21名(無精子症男性1名、無精子症パートナー女性3名、FTM男性1名、FTMパートナー女性1名、女性カップル2名、選択的シングル女性4名、卵子提供を受けた女性3名、代理懐胎を依頼した女性3名、代理懐胎を依頼した男性カップル1名、卵子ドナー2名)の原稿掲載が実現した。
寄せられた原稿の中には、執筆者の意図に反する誤読を招く可能性のあるデリケートな表現を含むものも散見された。執筆者の意向をZoomミーティング等で慎重に確認しつつ、手記の執筆者と読者の双方が安全と感じられる表現への変更を依頼した。手記集の理念に合致しないと判断した1作品については、SJFにも適宜相談しながら運営内で協議を重ね、最終的に不掲載を選択した。
手記は、8作品を先行収録した先行配布版PDFを2025年7月に公開し、これをもとに当事者向けのワークショップを実施した。全作品を収録した完成版は、申請時点では電子書籍としての一般公開を想定していたが、その後に協議を重ねて紙媒体での自費出版に切り替えて予算の再編成を行なった。最終的に、手記21篇および当事者の声を補完する研究者コラムの全32篇を収録した書籍が2025年12月に完成し、2025年12月23日に一般向けのワークショプで現物を頒布するとともに、関係各所に郵送した(郵送先は、メディア関係者、出版関係者、クリニック、地方議会議員等。国会議員には陳情を兼ねて手渡し予定)。

(B) 教材:
・教材①:「精子提供を受けた事実を子に告知した親に対する当団体調査」を公開済み(https://famiiro-network.org/aid-family-survey-2023/)。
・教材②:「研究からわかる 第三者が関わる生殖医療/研究から見える 子育てのヒント ハンドブック」を公開済み(https://famiiro-network.org/news-20250415/)。
(C) 当事者向けワークショップ(WS):
・教材②WS:教材の一般公開前の暫定版に基づくWSを2025年2月2日に対面で実施した。参加者からは、「これまで情報がなかったことで不安が多かった」「遺伝的な繋がりの有無と親子関係の良好さの間に相関関係がないと、エビデンスを知れてよかった」などの意見が寄せられた。WSで寄せられた意見をもとに、内容に改訂を加え、当団体ホームページで一般公開した。
・手記集の先行配布版WS:8作品を先行掲載したPDFをもとに、2025年7月13日にオンラインで実施した。個別の手記の内容を議論するというより、手記の全体から浮かび上がる社会課題や、望ましい制度設計について、活発な議論が行われた。
(D) 一般向けワークショップ(WS):
・2024年度出張授業:①社会学系大学1〜4年生400名、②多国籍の留学生12名(使用言語:英語)に対する出張授業を実施した。
・2025年度出張授業:①手記の著者2名(代理懐胎を依頼した女性、選択的シングル女性)、②選択的シングル女性の手記著者1名+血縁によらない共同保育を実践する外部講師2名による出張授業を、社会学系大学2〜4年生向けのゼミ(28名在籍)で2回に分けて実施した(2025年11月19日、12月10日)。いずれも、それぞれの手記を事前課題として読んだうえで、授業当日に著者との対話を行う形式とした。学生にとっては家族形成の固定観念を打ち破られる経験であり、当事者と自分の違いや共通点に思いを馳せて、これらの授業は年間のゼミを通して特に印象に残ったと回答した学生が複数いた。

・書籍WS:完成した書籍を頒布して内容紹介と対話を行う一般向けのWSを、2025年12月23日に対面実施した。SJFにも広報を依頼し、25名の来場があった(当事者21名、一般4名)。参加者からは、「本を主体に各手記の背景を知ることができて良かった(ドナー経験者)」、「家族を作りたい・子供達を幸せに育ててあげたい気持ちに、”普通”という枠組みなんてあり得ないんだ、と気付かされました(不妊カウンセラー・薬剤師)」等の好意的な感想が寄せられた。
*個人が特定できないよう、ぼかしてあります。
(E)最終報告書:
申請時点では、まとまった分量の最終報告書の作成を予定して予算計上していたが、手記集を電子書籍ではなく紙媒体で刊行することに伴い印刷製本費(30万円)が必要となったことと、当初想定していたよりも多くの原稿を集めることができた(10本→コラムを含めて32本)ことによる編集作業の増加によって、当初予定していた充実度での最終報告書の作成が困難となった。代わりに、簡易的な報告書をホームページに公開した(https://famiiro-network.org/sjf-report/)。
(F)ネットワーキング、対話、アドボカシー:
2025年の前期は、2025年度の通常国会に提出された「特定生殖補助医療法案」への対応を迫られ、当事者の立場を明らかにする記者会見の実施(日本語2回、英語1回)や議員への陳情(議員会館を16回訪問)、580名が視聴したオンラインイベントへの協力などを行い、ネットワーキングとアドボカシーに団体の全勢力を傾ける結果となった。同法案は2025年6月に審議未了で廃案となったため、同年の後半は団体が平素より実施してきたピアサポート活動や、SJF助成事業の手記集編纂に注力することができた。
東京大学UTCP(共生のための国際哲学研究センター)のワークショップ(https://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/events/2025/09/coexisting_with_the_body_dialo_2/ )に共同代表2名が登壇したこと等を契機に、代理懐胎を依頼した当事者体験を持つ研究者女性に手記を依頼することができた。また、代理懐胎を依頼した男性カップルでアーティストの当事者に手記を依頼したことを契機に、国際芸術祭出展作品への協力が実現した。
◆事業計画の達成度:
本事業は、助成申請時に掲げた主要な計画について、概ね当初の想定どおり、もしくはそれ以上の成果をもって達成されたと考える。
(A)当事者による手記の編纂は、当初予定していた10作品より大幅に充実した内容で、手記21作品、コラム9本を収録できた。紙媒体の書籍として刊行したことで、今後の政策提言等の情報発信活動や商業出版交渉の際に手渡しできる具体的な成果物となった。
(B)教材作成による情報発信も、予定通り2種類をWeb公開した。特に教材①のデータについては、クリニックでの当事者体験談の発表の際に引用するなど、アドボカシー活動においても効果的に活用できている。
(C)当事者向けおよび(D)一般向けのワークショップ等も、当初想定していた回数・内容を満たす実績を残した。特に、ワークショップや手記制作のプロセスそのものが、当事者同士、当事者と専門家、さらには社会一般との間に対話を生み出し、「成熟した議論の土壌を形成する」という計画の核心的目標に大きく貢献した点は重要である。
(E)最終報告書に関しては、当初予定していた規模から縮小したものの、読みやすい分量でWeb公開することができた。
以上より、本事業では、計画した構想の主要な部分が実現され、事業目的である「生殖技術の社会的公正のための議論の土台づくり」が前進したと考える。
◆助成事業の成果:
本事業は、精子提供・卵子提供・代理懐胎といった第三者が関与する生殖技術をめぐり、これまで社会的議論の周縁に置かれてきた「親になる当事者」の経験を可視化し、社会的公正の実現に寄与した。
これらの技術は、日本において法制度が未整備なまま利用が広がってきた一方で、親、生まれる子ども、ドナー・代理懐胎者それぞれの権利が対立的に語られやすく、当事者は「利己的な消費者」あるいは「弱者としての患者」という二項対立の中に位置づけられてきた。本事業では、こうした単純化された構図に回収されない、葛藤や逡巡を含んだ当事者の語りを、手記集や教材という形で社会に提示した。
当事者の語りは、子どもを持ちたいという願いと他者の人権が緊張関係になりうる現実を隠さず示しつつ、当事者が倫理的課題に向き合い、よりよい意思決定や子育てを模索している具体的な実践を伝えるものであった。これにより、個人の選択の問題として矮小化されがちな生殖技術の課題を、社会全体で引き受けるべき構造的問題として位置づけなおすことが可能となった。また、当事者向けおよび一般向けのワークショップを通じて、異なる立場の人々が相互に耳を傾け、単純な結論に回収されない議論を重ねる機会を得た点も、公正な社会づくりにおける重要な成果と考える。
助成対象事業の成果イメージとしては、(1)情報発信による社会的理解の促進、と(2)対話を通じた成熟した議論の土壌形成の二点を想定していた。
(1)については、これまで医療者や研究者など専門家の視点に偏りがちであった情報環境に対して、当事者自身の語りを中心に据えた情報発信(手記集、教材2つ)が可能となったことで、当事者の自己理解や社会の側の理解の質を大きく更新する成果と考える。
(2)については、ワークショップやアドボカシーカフェ等の対話の場を通じて、生殖技術や家族の多様性をめぐる議論を、直感的な賛否の議論の対立にとどめず、葛藤を前提とした成熟した議論に導くことができた。参加者からは、自身の立場や考えを相対化する経験を得たとの声が寄せられ、当初想定していた「議論の土台づくり」という成果が具体的に確認された。生殖技術と人間の関係についての対話の実践は、今後も続く法整備や社会制度設計の議論において、親になる人・産まれる子・ドナー・代理懐胎者それぞれの権利をよく考慮するための重要な土台となると期待される。
◆助成事業の目的と照らし合わせた効果・課題と展望:
【Ⅰ】次の5つの評価軸それぞれについて、当事業において当てはまる具体的事例。あるいは、当てはまる事が現時点では無い場合、その点を今後の課題として具体的にどのように考えるか。
(1)当事者主体の徹底した確保
本事業では、当事者自身が「語りたい」「知ってほしい」と感じた声を中心に手記を集め、執筆者や読者としての当事者が手記の公開に安心を感じられるよう心がけて編集を行なった。また、当事者による手記21本に加えて、当事者の声を補完する目的で研究者によるコラムも併載し、当事者の経験を社会的文脈の中に位置付けるとともに、当事者が「これが私たちだ」「私たちがここにいる」と納得できる形で表象される形式とした。同性カップルやトランスジェンダー、選択的シングル、代理懐胎など、発言自体にリスクを伴う立場の当事者が分断されたり排除されたりすることなく、「私たち」としての語りを共に構成できたことに価値を感じている。
(2)法制度・社会変革への機動力
本事業により、当事者の声を体系的にまとめた成果物(書籍)が完成したことで、政策決定者や議員、医療機関などに対して「手渡せる具体的な資料」を持つこと可能になった。国会議員に関しては、政局の混乱の余波でまだ頒布できていないが、地方議会議員からはすでに反応が寄せられている。今後の社会制度設計の議論において当事者不在の状況を脱する土台となることが期待される。
(3)社会における認知度の向上力
本事業で完成した書籍は、一般読者のみならず、政策決定者、研究者、映像作家、医療関係者など多様な立場の人々に届き、理解や認識の変化を促している。
普段から患者と接している医療者にとっても、患者との関わりは実際には限定的であり、当事者の人生全体の語りは新鮮に映るようである。医療者以外からも、これまで出会うことのなかった当事者の語りに触れることで「初めて状況が腑に落ちた」「関連する仕事(映像作品)を引き受けてみようと思った」などの声が寄せられ、読者個人の意識変容を通した社会的認知の向上に役立っている。
当事者の声を、誤読や反感を招きにくい形で他者に伝わる言葉として編集した点が、対立や拒絶反応を生まずに理解を広げる力になったと考えている。
(4)ステークホルダーとの関係構築力(相反する立場をとる利害関係者との関係性を良好に築いたり保持したりする力)
本事業を通して、当事者と医療関係者、研究者、ドナー当事者など、立場や利害が必ずしも一致しない関係者との新たな対話が生まれた。とくに、ドナー当事者の手記の掲載を契機に、ドナーを対象とするオンラインコミュニティ(LINEオープンチャット)開設のプロジェクトが開始となり、これまで分断されていたレシピエントとドナーの相互理解の土台となることが期待される。
(5)持続力
本事業は、単発の啓発活動に留まらず、書籍という形ある成果を基盤として、教材の公開やワークショップ開催とも連動させつつ、書籍の配布、対話、連携へと発展可能な構造を持っている。書籍は現在は自費出版の形態であるが、将来的な商業出版に向けて出版社と交渉を開始済みである。「刊行する価値がある本である」等の前向きな反応を頂いている。
【Ⅱ】Ⅰの評価軸はいずれも、強化するには連携力が潜在的に重要であり、その一助として次の項目を考える。
(1)当事業が取り組む社会的課題の根底にある社会的要因/背景(根本課題)は何だと考えるか。
本事業が取り組む社会的課題の根底には、生殖や家族形成の意思決定が依然として「標準的」・「伝統的」な家族像や暗黙の規範を前提になされている構造的な問題がある。
同性カップルや選択的シングルなどの婚姻外の家族形成や代理懐胎は、現実には多様な人々の切実な選択であるにも関わらず、制度や議論の場において入念に排除され、2025年の通常国会で審議未了で廃案となった「特定生殖補助医療法案」においても禁止されていた。この過程で、当事者は自分自身の経験を安心して語る場を持つことができず、社会的孤立や沈黙を強いられる一方で、エンターテイメント作品等の中ではセンセーショナルな当事者像が消費されてきた。その結果、社会の無理解や偏見が温存されてきたと考える。
(2)その根本課題の解決にどのように貢献できそうだと考えるか。
本事業で完成した書籍は、当事者の声を社会が参照すべき知として位置付け直すことに貢献できると考える。手記という形式を通して、当事者ひとりひとりの人生の選択が、どのような社会的条件・制度的制約・人間関係の中でなされているかが可視化され、特殊な個人の問題として回収されがちな困難を社会的課題として再定義することができると考える。
また、今回の書籍では、当事者の体験記に加えて研究者のコラムも併載した。当事者の語りを社会的・制度的文脈や人権擁護の理念と接続し、政策立案者や専門職にとって理解可能な言語へと橋渡しする役割を果たしていると考える。
(3)そのような貢献にむけて、どのような活動との協力/連携が有効だと考えるか。
本事業の今後の展開として、当事者の語りをより広い社会的文脈に接続するため、他分野の団体・専門家との連携を積極的に模索している。
現時点で、国際的な芸術祭出展予定の芸術作品への協力が進行している。また、手記著者の卵子ドナーさんとの交流を契機に、これまで組織化されることなく孤立していたドナー向けのオンライン・コミュニティ(LINEオープンチャット)開設のプロジェクトを新たに開始している。
~本事業は、対立や緊張関係を排除した予定調和ではなく、粘り強い対話のプロセスそのものに価値を置くSJFの助成方針に支えられて実現した。精子提供・卵子提供・代理懐胎をめぐる問いは、「誰がどのように親になるのか」という問題にとどまらず、「私たちはどのような社会として子どもを迎えたいのか」という根源的な問いにつながっている。葛藤や困難があっても諦めずに対話し、希望を持ち続けようとする私たちひとりひとりの粘り強さを、社会的公正のための土台として、子どもたちに手渡していきたい~ ■

