ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)第11回助成
DPI女性障害者ネットワーク
SJF助成事業報告(24年12月)
◆助成事業名:『障害のある女性の複合差別の実態を記録し、届けるプロジェクト』
障害のある女性(以降、障害女性と表記)は女性であることに加え、障害があるために様々な不利益を掛け算的に被っている。このような複合差別は可視化されにくく、施策や制度の谷間にこぼれ落ち、解決が困難となる。
当団体は障害女性の複合差別解消を目指した当事者のゆるやかなネットワーク組織であり、自らの課題を可視化しようと、87名にアンケート・聞き取りによる実態調査を行い、2012年、『障害のある女性の生活の困難―人生の中で出会う複合的な生きにくさとは―複合差別実態調査報告書』を発行した。
報告書は当事者や福祉・メディア関係者、議員等、多くの人々に届き、その後の活発な活動へとつなげていくことができた。
本事業は、前回報告書発行後10年の活動を集約し、明らかとなった課題を掘り下げ、複合差別解消への提言等を新たな報告書としてまとめ、刊行後は連続講座を開催することにより、社会啓発や支援者育成、当事者のエンパワメントに貢献する事業とする。
◆助成金額 : 270万円
◆助成事業期間 : 2023年1月~2024年12月
◆実施した事業と内容:
活動①
■報告書発行関係
『障害のある女性の困難 ~複合差別実態調査とその後10年の活動から』(2003年報告書)を刊行。初刷500部は、贈呈および8月から開始した一般販売ですぐに無くなり、2023年11月、2024年12月にも増刷を行った。
本事業の成果目標にあげている法制度への障害女性の複合差別問題の明記に向け、内閣府障害者政策委員会委員に贈呈。全国各地の男女共同参画センター(77か所)および都道府県・政令指定都市の男女共同参画主管課(67自治体)へも送付した。
日本点字図書館での報告書の録音化(2024年2月完成・音声デイジー版)と点字化(2024年4月完成)。https://mina.ndl.go.jp/books/R100000038-I4439005
活動②
■全国での集会の開催
・2023年9月10日(日) DPI北海道主催。オンライン
DPI女性障害者ネットワークのメンバーも多く参加し、複合差別の現状、課題等について報告(参加者20名)
*以降の連続集会は会場とオンラインによるハイブリッドで開催。
・2023年11月12日(日)
「障害のある女性たちの困難 『複合差別』って何?」
会場:熊本市現代美術館アートロフト
主催:DPI女性障害者ネットワーク
共催:NPO法人自立生活センターヒューマンネットワーク熊本
参加者:45名(オンライン参加含む)
・2024年3月23日(土)
DPI女性障害者ネットワーク新実態調査報告書完成学習会in京都
「私たちが性暴力被害者への支援にもとめていることって」
会場:同志社大学新町キャンパス新創館
主催:DPI女性障害者ネットワーク
共催:障害者権利条約の批准と完全実施をめざす京都実行委員会女性部会・ウィメンズカウンセリング京都・日本自立生活センター・京都頸髄損傷者連絡会
参加者:会場32名・オンライン50名 https://dwnj.chobi.net/?p=1418
・2024年5月25日(土)
「DPI女性障害者ネットワーク*新実態調査報告書」完成学習会in さっぽろ「私たちが声をあげるとき」
会場:札幌エルプラザ4階大会議室
主催:DPI女性障害者ネットワーク・NPO法人リカバリー
参加者:会場20名、オンライン80名 https://dwnj.chobi.net/?p=1432
・2024年11月16日(土)
障害女性の複合差別 調査と未来 DPI女性障害者ネットワーク新報告書刊行記念 東京シンポジウム「わたしたちの これまでとこれから」
会場:大田区産業プラザPiO A・B会議室
主催:DPI女性障害者ネットワーク
参加者:会場16名、オンライン参加35名 https://dwnj.chobi.net/?p=1537
*今後の予定
・2025年3月29日(土)
DPI女性障害者ネットワーク新報告書刊行記念 東海シンポジウム
「弱さを肯定しあえる社会へ
障害のある女性の経験をとおして語りあおう」
会場:労働会館 本館2階 第1、2、3会議室(名古屋市熱田区)
主催 DPI女性障害者ネットワーク・東海実行委員会
後援 社会福祉法人AJU自立の家、愛知原告を支援する会
https://dwnj.chobi.net/?p=1462
※当初は団体メンバーが講師となる学習会開催をイメージしていたが、地域に住むメンバーが自由に企画することにより、他団体や個人を巻き込んだ多様な集いとなった。そのため、集会と称することとした。
上記の理由で団体メンバー以外の登壇者への謝金が発生することとなったが、多様な人材発掘の機会となり、うれしい誤算が生じた。
各地のメンバーの努力とネットワークで公的制度や施設を活用し、情報保障費と会場費を縮小することができた。
◆事業計画の達成度 :
活動①については、すべて達成できたと言える。発行時期は予定より遅れたものの、当初の構想通りの内容で2023年報告書を発行することができた。印刷代を安価に抑えられたことにより、増刷が可能となり、2024年12月末時点で561冊を進呈した。
活動②については、熊本、京都、札幌、東京で予定通り集会をハイブリッドで開催することができた。台風により延期となった東海集会は2025年3月29日開催へ向け、新たにチラシを作成し広報を開始している。
事業全体を通して、報告書を活用し、全国各地で生活・活動する障害女性当事者の声を伝えることにより、障害女性の課題解消を促進するための基盤の醸成に寄与できたと言える。
◆助成事業の成果:
本事業の目的は社会啓発、支援者育成、当事者のエンパワメントであり、これらについて、一定の成果があったと実感している。
2023年報告書は完成し、全国の男女共同参画センター、DV防止センター、図書館等の公共機関に置かれ、行政担当課、内閣府障害者政策委員会委員や議員、相談現場の人々、報道関係者、その他関心を寄せてくださった多くの人々に届けられ、啓発が進んでいる。
報告書作成にあたり、聴き取りや原稿執筆を通じ、複合差別解消を目指す障害女性が増え、当事者の啓発とエンパワメントに貢献した。
各地の集会開催にあたっては、障害女性が中心となり地域の団体や個人を巻き込み、企画し実施した。福祉や防災の場で支援者となる人々も登壇者となり、複合差別への理解を深めることができた。また、オンライン配信により、地域を超えて、これまで関わりを持てていなかった人々も集会に参加することができた。相談支援その他福祉関係者の参加者も多く、啓発とともに支援者育成も果たしている。
次世代を担う障害女性が複合差別解消の活動に関心を持ち、集会で発言することにより、彼女たち自身も他の参加者も力づけられ、フィナーレとなる東海集会を盛り上げようという気運が高まっている。
◆助成事業の目的と照らし合わせ 効果・課題と展望:
【Ⅰ】次の5つの評価軸それぞれについて、当事業において当てはまる具体的事例を挙げた。あるいは、当てはまる事が現時点では無い場合、その点を今後の課題として具体的にどのように考えるかを記載。
(1)当事者主体の徹底した確保
当団体は、肢体不自由、視覚、聴覚、精神障害等、種別を超えて集まった障害女性が中心となったネットワークであり、常に活動は当事者主体として実施されている。
2023年報告書作成の過程で、子育て中の若い女性や難病女性など、今までつながりが薄かった障害女性が書き手に加わった。
また、集会開催に際し、企画や実施、当日の発言者として、各地域在住の障害女性が新たに参画し、つながりを深めている。
京都集会では現地で性暴力被害者支援にピアサポーターとして活動している障害女性2名が登壇し、障害女性自身が相談現場にコミットすることにより、相談事業の変革を提言し、反響を呼んだ。
熊本では20歳代の障害女性が司会進行を行い、京都では大学院生の障害女性が発言者の一人となった。
札幌集会では筋ジス病棟の長期入院を経、現在市内で介助を受けながら自立生活を送る、30歳代女性が異性介助の問題性を訴えた。
東京集会では30歳代の障害女性が実行委員会のリーダーとなり、当日司会進行を行った。
東海では、以前から障害とジェンダーに強い関心を持っている20歳代障害女性が実行委員に加わり、当日の進行を担う予定である。
当団体にとっては大きな課題ではあるものの、効果が得られにくかった次世代育成については、集会をきっかけに若手の障害女性たちが当団体との新たなつながりを持ち始めた。
このような状況を受け、東京集会の第二部では各地の集会で登場した若手障害女性たち5名が一同に会し、自らの体験を語り、今後の抱負を述べた。(会場で3名、オンラインが2名)
彼女たち自身も集会参加者からもエンパワメントされたという声を聞くことができ、障害女性の複合差別解消の活動が、次世代の当事者へと引き継がれていくことを期待している。
(2)法制度・社会変革への機動力
各地で集会を開催することで、障害女性の複合差別の課題について知る人々を増やしている。また、集会開催にあたり、男女共同参画センターや、女性支援の現場で課題に取り組んできた人たちが登壇することにより、その人たち自身も障害女性の複合差別を学習している。
結果として支援の現場で、障害女性の複合差別に視点をおいた活動ができる人材を増やす啓発の機会となっている。
熊本集会では、現地で男女共同参画の活動をしている女性に発言いただいたが、翌日講師となった研修で、早速、障害女性の課題についても話に加えたという。さらに、防災の研修に地元の障害女性が講師として登用されることとなった。
京都では長年女性相談にかかわっている講師が、障害女性自身が相談活動を行うピアサポーターの存在を評価し、相談体制に組み込んでいく必要性を強調した。
札幌では長年地域で女性支援を行っているNPOの理事長が活動を紹介し、メンタルヘルスにおけるジェンダー視点の重要性を語り、障害女性の活動に共感と理解を表明した。
このように各地で草の根のように障害女性の課題が少しずつではあるが広がっており、変革の基盤を醸成している。
(3)社会における認知度の向上力
2023年報告書の刊行とあわせて、当団体で長年取り組んできた課題の転機も、大きな後押しとなった。2024年7月の旧優生保護法国家賠償請求訴訟・最高裁判決、同10月の国連・女性差別撤廃委員会へのロビー活動も、障害女性や複合差別への関心を高め、メディアで取り上げられる機会や講師依頼が増えている。
2024年4月に施行された女性支援新法も、議員や自治体担当者が関心を寄せる一因となった。
2024年12月時点での、進呈数は561冊となり、頒布数は約400冊となった。
国立国会図書館や複数の大学のジェンダー・ダイバーシティー研究室へも寄贈した。障害や人権関係の団体からのみならず、研究者や地方議員、メディア関係者からの購入希望も多い。視覚障害その他の理由で活字本が使用できない人々のためのテキストデータ版は活字本に少し遅れて作成され、購入希望者へ送付している。
2023年報告書の注文とともに2012年報告書の注文も増加している。
今後さらなる普及が期待できる。
本事業により、1年6ケ月という短い間に全国5ヶ所で障害女性をテーマとする集会が開催できることは画期的で、今までにはなかったことである。
とくに、これまで会員がいなかった北海道や、関心が高いとは言えなかった熊本で開催できたことは大きな成果と言える。
各地の集会はメディア関係者や地方議員も参加している。京都集会の内容は二紙が報道した。札幌集会に参加した地方紙記者は「複合差別を初めて知った。今後注目していきたい」と語り、その後市内在住の障害女性への取材を続けている。東京集会では参加者同士のグループワークが行われ、記者や研究者もワークに参加し、意見交換を行った。
ハイブリッドでの開催はオンライン視聴者が回を追うごとに増加した。5月の札幌集会ではオンライン希望者多数のため、期限前に受付を締め切った。
(4)ステークホルダーとの関係構築力(相反する立場をとる利害関係者との関係性を良好に築いたり保持したりする力)
内閣府障害者政策委員会委員へ報告書を贈呈し、議員を通じて、いまだ、障害女性についての明確な文言が示されていない国の法律や行政施策に、障害女性の課題が反映されるよう、継続的に働きかけを行っている。具体的な法制度の改善が、今後の大きな課題である。
(5)持続力
複合差別の課題はすでに社会的な注目を一定程度受けており、メディアや研究者に理解者を増やしている。2023年報告書の刊行を機に、障害や福祉関係団体以外からの講師依頼や、取材依頼も増えている。
前述のように障害女性の複合差別解消に向けた活動をになう次世代の姿が見え始めた全国での集会のフィナーレとなる東海シンポジウムでは東京で発言した若い障害女性を現地に招き、さらにつながりを深め、明日の活動へ結つなげて行きたい。
本事業の推進に伴い、さらに理解者が増加し、障害女性自身への周知や、障害女性の課題への理解や共感も広がり、各地での継続的な取り組みが期待できる。
【Ⅱ】Ⅰの評価軸はいずれも、強化するには連携力が潜在的に重要であり、その一助として次の項目を考える。
(1)当事業が取り組む社会的課題の根底にある社会的要因/背景(根本課題)は何だと考えるか。
社会に存在する障害者差別と性による差別だと考える。
家父長制的家族観や、画一的な人間観のもと、個人の生き方を強制し、優生思想のため障害=劣性とみなし、障害者や女性の人権を軽視し、多数派の基準に合わない存在を排除し、基準外の者を恩恵的に救済しようとする社会の仕組みと意識である。
(2)その根本課題の解決にどのように貢献できそうだと考えるか。
個々の多様性を尊重し、人権を重視するという、共通の価値観を持って活動している団体や個人は少なくない。
障害について関心を持っていなかった個人や団体も、私たちの活動を知ることにより、求める社会は同じと理解し、共通の目的へ向かい連携し、そのための社会変革への貢献が私たちにもできるだろう。
私たちの活動は障害者差別の解消、性による差別解消を目指す活動を同時に行っている。すでに、当団体は各分野の団体との広いネットワークを持っている。連携した取り組みによって、根本的な課題解消に近づいていけるものと確信している。
また、団体としての取り組みだけではなく、障害女性個々人の発言や行動により、人々を啓発し、その行動に影響を与え、二つの差別解消に貢献できるのではないだろうか。
(3)他団体と連携したプロジェクトのアイディア、あるいは具体的な構想、あるいは希望などはあるか。
直接障害女性にかかわり、支援する立場にある福祉・保健・医療関係者の理解はまだまだ不十分である。
たとえ法律や制度が改善されても、それだけでは個々の障害女性の生きにくさは解消されない。
現職者への研修および専門家育成の教育課程に障害とジェンダーについて学習するカリキュラムを盛り込み、障害女性自身が講師となることが求められる。 ■