ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)第11回助成
一般社団法人ふぇみ・ゼミ&カフェ
SJF助成事業最終告(25年1月)
◆助成事業名:『U30: ジェンダー/フェミニズム視点を醸成する若年層向けワークショップ』
本事業の目的は、次世代のフェミニズム視点を持ったアクティビスト、研究者、公務労働者、企業労働者などを育成することにある。この目的を達成するため、本事業では、18歳から30歳までの若年層を対象に、インターセクショナリティの視点を重視した連続講座(ふぇみ・ゼミU30講座)を年間を通して実施するとともに、サマーワークショップの開催(2024年度はフィールドワークとブックトークを実施)等を通して、参加者間のネットワークづくりを行う。
◆助成金額 : 300万円
◆助成事業期間 : 2023年1月~2024年12月
◆実施した事業と内容(主に24年度について):
2024年度のふぇみ・ゼミU30講座には、各回約38名のゼミ生が会場とオンライン上に集まった。講座は当初の計画通り、事業を実施し、現在12月の回まで終了、残り2回となっている。各講座の感想は、ふぇみ・ゼミの学生・院生スタッフ(アルバイト雇用)やゼミ生が分担して執筆し、ふぇみ・ゼミ&カフェの公式サイト(https://femizemi.org/)に掲載した。
また、参加者間のネットワークづくりを図るため、講座終了後には毎回交流の場を設けた。講座および交流会の準備と開催は、学生・院生スタッフが中心となって行った。これを通して、会場の設営や参加者への対応、ハイブリッド開催時の配信作業の他、音声日本語だけでは情報にアクセスしにくい参加者(聴覚障害の参加者や日本語を第一言語としない参加者)に対するリアルタイム字幕の提供などの経験を蓄積した。
本事業では、講座に加えて、フィールドワークを通じた学びの機会も提供した。部落差別の歴史や対抗運動について学ぶフィールドワークでは、実際の地域を訪れ、差別の構造や社会的不平等がどのように形成・継続されてきたのかを学ぶ機会を得た。参加者からは、理論だけでなく実際の体験を通じた学びがより深い理解につながったとの声が寄せられた。
また、全年齢対象の講座を共通で受けられるパスポート制度などを通じ、若者向け講座以外の活動への参加と、他講座に参加する社会運動関係者などとの交流を促した。これにより、若い世代が、既に様々な社会問題に取り組んでいる人たちとネットワークを築くことができた。
◆事業計画の達成度 :
本事業は、次世代のフェミニズム視点を持つアクティビスト、研究者、公務労働者、企業労働者などの育成を目的として実施され、計画通りの活動を展開することができた。ふぇみ・ゼミU30講座は年間を通じて開催され、各回の参加者数は安定しており、対面・オンラインを併用したハイブリッド形式によって幅広い層が学べる環境が整えられた。
フィールドワークについても、当初予定していたサマーワークショップに代わり、部落差別の歴史と現状について学ぶフィールドワークを提供し、インターセクショナルな視点を深める取り組みを実施した。さらに、フィールドワークや全年齢向け講座への参加を促すことで、他の社会運動に取り組む人たちとの交流の機会を設け、異なる背景を持つ人々との議論を通じて、社会的不平等に対する多角的な理解を促進することができた。
また、講座後の交流機会を設けたことで、参加者同士のネットワーク構築が進み、読書会の開催や組織文化の変革に向けた実践の共有など、学びを実生活へと活かす動きが生まれた。これにより、単なる知識の習得にとどまらず、社会変革へ向けた具体的なアクションにつながる基盤を築くことができた。
一方で、インターセクショナル・フェミニズムの視点を社会へ広く普及させるための発信力の強化については、今後の課題として引き続き取り組む必要がある。ネット上の情報発信の強化に向けて、YouTubeやSNSを活用したコンテンツ制作を本格化し、フェミニズムや植民地主義の視点を広めるためのメディアづくりを推進することが求められる。
全体として、本事業は計画通りの活動を実施し、多くの参加者が学び、実践へとつなげる場を提供することができた。今後は、他団体との連携をさらに強化し、社会的影響を拡大するとともに、発信力の向上を目指した取り組みを強化していくことが重要である。
◆助成事業の成果:
a. 自らの可能性を広げる場の提供
本事業では、参加者が自身の経験を言語化し、社会に向けて発信する力を養う機会を提供した。例えば、高柳聡子さんのフェミニスト文学の講座では、文学が社会運動の一環として機能することや、男性中心の文学史に対する批判的視点が議論された。参加者の中には、これを契機にマイノリティの作家の作品を積極的に読み、広める意識を持つようになったという声もあった。講座を通じて得た知識と実践的な学びにより、参加者は社会構造に対する批判的視点を持ち、自らの権利を主張する手段を学んだ。
b. 思いや声の可視化とエンパワメント
ジェンダー差別や人権侵害の経験を共有する場を設けることで、参加者の視点が広がり、新たな問いを生み出すきっかけとなった。また、部落差別についてのフィールドワークを通じて、多様な社会課題への理解が深まった。具体的には、参加者は部落史を学び、部落とされていた地域を歩くことで、その地に根付く差別の歴史や職業差別の実態に触れるとともに、差別に対抗するための運動や制度改革の歴史を学ぶ機会を得た。
c. 尊厳の回復と社会制度の基盤づくり
本事業を通して提供した講座では、当事者の声を聴く機会を提供し、参加者が自身の経験を振り返り、新たな視点を得る契機となった。特に、初回の講座では、在日朝鮮人女性としての経験を持つ宋連玉さんを招き、フェミニズムの歴史や日韓の女性の現在地についての講義を実施した。宋連玉さんの「個人的な歴史は集合的な歴史」という言葉は、多くの参加者にとって印象的なものであり、個人の違和感が実は社会構造に根ざしていることを知る機会となった。
d. 社会構造の理解と共存社会への希望
本事業では、個人や法人、国家が持つ権力や暴力の背景を分析する機会を提供した。ジェンダーと交差する社会的抑圧の構造を学ぶことで、単なる被害と加害の関係ではなく、歴史的・制度的な問題として捉える視点が培われた。その結果、参加者の中には、自身の職場のジェンダー差別を解消するための提案を行ったり、共存できる社会を考えるための読書会の開催などの動きも見られた。
◆助成事業の目的と照らし合わせ 効果・課題と展望:
【Ⅰ】次の5つの評価軸それぞれについて、当事業において当てはまる具体的事例を挙げた。あるいは、当てはまる事が現時点では無い場合、その点を今後の課題として具体的にどのように考えるかを記載。
(1)当事者主体の徹底した確保
若者を当事者と位置づけ、彼ら/彼女らが主体的に講座を運営し、学びを深める場となるような設計を行った。講座の進行には、学生・院生スタッフが中心となって準備や運営を担った。また、講座後の交流会も参加者同士が自主的に参加し、学びを共有する場として機能した。これにより、単に知識を受け取るだけでなく、読書会の開催など自主的な学びの場が生まれ、フェミニズムや社会課題についての議論が講座外でも継続されるようになった。今後はさらに、若者が企画面でも意思決定の役割を担い、より主体的に関与できる仕組みを強化していくことが課題である。
(2)法制度・社会変革への機動力
参加者はジェンダーや部落差別に関する法制度の歴史や現状を学び、社会変革の必要性について議論した。特に、参加者自身が講座で得た知識を日常の場で生かし、職場の企業文化を変えるための実践が共有されたほか、自主的な学びの場が継続される動きが生まれた。これらの取り組みは、政策提言やアドボカシー活動に限らず、個人や組織レベルでの変革を促す機動力として機能している。今後は、こうした草の根の実践をより体系的に記録し、実践事例として広く共有することで、社会全体への影響力を高めることが課題となる。
(3)社会における認知度の向上力
本事業の内容や活動の成果は、ふぇみ・ゼミ&カフェの公式サイトやSNSを通じて発信されている。しかし、より広い層への認知度向上には課題がある。今後は、メディア発信の強化や、活動の成果をまとめたブックレットの作成などを通じて、より多くの人々に届ける工夫をしていく必要がある。
(4)ステークホルダーとの関係構築力(相反する立場をとる利害関係者との関係性を良好に築いたり保持したりする力)
異なるバックグラウンドを持つ講師や参加者との交流を重視するとともに、国際的な視点を取り入れる試みを行った。社会的に対立する立場を持つ利害関係者との対話の場を十分に設けたわけではないが、フェミニズムや人権問題について初学者でも学びやすい場を提供し、関心のなかった層の参加を促した。一方で、より幅広い層との対話の機会をどのように設計するかは今後の課題である。
(5)持続力
2018年度より毎年継続的に実施されているが、運営資金や人的リソースの確保が課題となっている。今後も、助成金や協力団体との連携を強化し、持続可能な形で活動を続けていくことを目指す。
【Ⅱ】Ⅰの評価軸はいずれも、強化するには連携力が潜在的に重要であり、その一助として次の項目を考える。
(1)当事業が取り組む社会的課題の根底にある社会的要因/背景(根本課題)は何だと考えるか。
本事業が取り組む社会的課題の根底には、ジェンダーや民族、階級などの要因が交差する形で維持されてきた社会的不平等の構造が存在する。こうした社会的不平等は単一の軸(例えばジェンダーや階級のみ)で捉えられがちであり、これが課題解決を困難にしている。
特に、ジェンダー不平等や民族差別、経済格差などの問題は、互いに絡み合いながら社会構造の中で再生産されている。しかし、多くの運動はこれらの要因を個別に扱う傾向があり、特定の属性を持つ人々にとっては自身の経験が十分に反映されないことで、運動への参加や支援が難しくなることがある。例えば、ジェンダー平等を目指す運動が民族差別や階級格差を十分に考慮しないまま進められると、一部の女性が置き去りにされてしまう。
このような問題を解決するには、異なる社会的不平等が交差する点を理解し、それらを包括的に捉えるインターセクショナル・フェミニズムの視点が不可欠である。しかし、この視点は十分に浸透しておらず、単一の視点から問題を理解しようとする傾向が根強く残っていることが、課題をより深刻化させている。
(2)その根本課題の解決にどのように貢献できそうだと考えるか。
社会的不平等の交差性を理解し、それに対応するための学びの場を提供することで、課題の解決に貢献できると考えている。具体的には、講座やフィールドワークを通じて、参加者が単一の視点ではなく交差的な視点から問題を捉える力を養い、社会構造の中で自身の立ち位置を理解する機会を提供する。
また、多様な背景を持つ講師や参加者との対話を重視し、異なる社会的不平等がどのように絡み合いながら再生産されているのかを考察する場を作っている。こうした学びの場を通じて、参加者は自らの経験や知識を社会に発信し、単一の視点に偏らない問題提起を行う力を培うことができる。
さらに、ジェンダー平等運動が民族差別や階級格差を考慮しないまま進められることの問題点を指摘し、より包括的なアプローチを探る実践的な活動を支援している。例えば、参加者が自身の職場やコミュニティでこの視点を持ち込み、組織内での意識改革を進めることで、社会変革につなげることが期待される。
(3)他団体と連携したプロジェクトのアイディア、あるいは具体的な構想、あるいは希望などはあるか。
本事業の目指すインターセクショナル・フェミニズムの視点を広く若い世代に伝えていくため、他団体との連携を強化し、多様なアプローチで学びや社会変革の機会を拡大することが重要である。
その一環として、フェミニズム運動では十分に扱われてこなかった人種差別や障害者差別の問題に取り組む他団体と協力し、公開シンポジウム、ワークショップ、フィールドワークを引き続き開催し、インターセクショナルな視点を重視した学びの機会を提供する予定である。
また、アドボカシーの一環として、発信力を強化するメディアづくりにも注力していく。現在、YouTubeやSNSには、女性差別、性的マイノリティへの差別、人種差別、外国人差別を助長するコンテンツが溢れる一方で、フェミニズム、特にインターセクショナリティを重視した視点や、植民地主義への深い反省と理解に基づくコンテンツは圧倒的に不足している。この現状を変革するため、オンラインでの発信を強化し、インターセクショナルな視点を広めるコンテンツの制作・発信に積極的に取り組んでいく。■