ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)第10回助成最終報告
性売買経験当事者ネットワーク灯火(2023年1月)
◆団体概要:
灯火(とうか)は性売買経験当事者女性による当事者グループです。
性売買が女性に対する暴力で性搾取であることを前提に、性売買経験当事者女性がつながり、安心して語ることのできる場を大切にしています。当事者が出会い、それぞれの経験を共有し、性売買の実態を伝え、現状を変えるための当事者運動を行っています。
◆助成事業名・事業目的:
「性売買経験当事者ネットワークの立ち上げ」
日本社会では、女性の性の商品化や性搾取が深刻な状況があるが、性売買があまりにも当たり前になっているため、多くの市民は、それが問題であることもわからなくなっている。そのため、性売買の現場にいる女性たちは常に性暴力の被害に遭っているが、それが被害として捉えられていない。
韓国では、2000年と2002年に性売買女性たちが業者に閉じ込められていたビルで火災が起き、女性たちが亡くなったことから、これ以上このようなことを繰り返したくないと女性運動が起こり、2004年に性売買防止法が制定された。2006年からは、性売買経験女性が当事者たちでネットワークを作り、反性売買運動を展開している。
日本でも、2001年に歌舞伎町のビル火災で性売買女性が亡くなったが、韓国のような運動は起きなかった。それは、女性が抑圧され、性売買が当然のものとして容認され続けてきた日本社会の姿だと考える。
この10年間、10代の少女たちと共に声をあげ、JKビジネスの実態の告発や、若年女性支援や法整備の必要性を訴え、市民の認識や制度を変える力となってきた活動があり、それに賛同する女性には、性売買経験当事者が多くおり、そうした女性たちが共に韓国の当事者運動を学ぶ中で、日本でも、反性売買の立場から、当事者運動を行いたいと話し合った。
本事業では、性売買が女性に対する暴力で性搾取であることを前提にし、当事者たちの運動を深めていくこと、当事者運動のための様々な連帯事業をすることを目的としたネットワークの立ち上げ・構築を行う。
◆助成金額 : 100万円
◆助成事業期間 : 2022年1月~22年12月
◆実施事業の内容:
2月 ミーティング(性売買の実態について)
3月 ミーティング(地図を使ったワークショップ)
4月 ミーティング(性売買の実態について)
5月 合宿(第3回:性売買の実態・AV新法について)
AV新法反対声明作成・動画撮影
AV業界に有利なAV新法に反対する緊急アクション勉強会でスピーチ
AV業界に有利なAV新法に反対する緊急アクションにて声明発表
性売買の現場で殺害された女性Mさんの慰霊を行う
国会議員へAV新法反対、性売買の実態を伝えるロビイング
内閣法制局によるAV新法に関するレクチャーに参加
6月 ミーティング(第8回:今後の活動について)
初めての取材対応(AV新法について、毎日新聞)
性売買経験当事者ネットワーク国際交流(第3回:日韓オンライン)
7月 HP公開
8月 ミーティング(第9回:性売買の実態をどう伝えるか)
*国際連帯(第1回:韓国視察)
「10代女性人権センター」訪問
水曜デモ参加
「10代一時支援センターナム」訪問
性売買被害相談所「ポダ」、性売買集結地「ミアリ」訪問
性売買経験当事者ネットワーク国際交流(第4回:ソウルにて、
日韓の当事者で経験の分かち合い)
「韓/日「反性搾取」連帯のための研究交流セミナー」に登壇、
日本の性売買の実情について初めて発表
性売買経験当事者ネットワーク国際交流(第5回:ソウルにて、
日韓の性売買の実態や当事者運動について)
9月 ミーティング(第10回:性売買の実態をどう伝えるか)
*国際連帯(第2回:韓国視察)
性売買被害相談所「ポダ」、自活センター「へボム」訪問
性売買集結地「ミアリ」、スユ駅産業型性売買集結地訪問
性売買経験当事者ネットワーク国際交流(第6回:ソウルにて、
日韓仏の当事者で当事者運動に関して懇談会)
フランスで女性を処罰せず支援する性平等モデル法の導入に尽力した国会議員の
モード・オリビエさんと性売買経験当事者活動家アレクシン・ソリスさんと、
韓国の女性処罰法改正連帯の懇談会にオブザーバーとして参加
女性処罰法改正を求めた韓国の全国連帯の集会・行進に参加(写真下)
国際フォーラム「なぜフランスは北欧モデルを選んだのか:
フランスの経験当事者活動家と女性議員に聞く」に参加
性売買経験当事者ネットワーク国際交流(第七回:ソウルにて、
日韓仏の当事者で経験の分かち合い)
10月 支援者養成講座に講師として登壇、
研修動画撮影
11月 *国際連帯(第3回:イギリスの反性売買活動家との交流・勉強会)
12月 ソーシャルジャスティス基金アドボカシーカフェ『性売買の実態と女性の人権を考える―性売買を容認し、女性を性搾取に追い込む社会を変えるために―』(報告はこちらから)
◆助成事業の成果:
①当事者が繋がり、安心して語れる場づくり
多くの性売買経験当事者は、社会の無理解や性売買斡旋業者による分断から、自身が当事者であることや、性売買を通してどのような被害経験があったのか、経験や気持ちなどを安心して話せる場所がなく、今悩んでいることや困っていることも相談できない状況にある。そのため、まずは当事者たちが安心して出会い、話ができる場所をつくることを計画した。
ミーティングや合宿は、月1回程度を予定していたが、新型コロナウィルスの影響もあり、対面で集まることを断念せざるを得ないこともあった。それでも、当事者ミーティング7回、合宿1回、オンラインでの国際交流1回、対面での国際交流3回(韓国・フランス・イギリス)を開催することができて、当初の計画以上の場づくりを行えた。
②実態を伝える活動
性売買の現場で何が起こっているのか、多くの市民は知らないため、当事者として経験したことを発信することを計画した。
・HP、SNS(Twitter、Instagram、Facebook)を開設し、性売買の実態を発信、AV新法に対する反対声明を公開するなど、社会への啓発、問題提起を行い、大変多くの注目・関心を集めた。
・声明文作成、実態を伝える動画撮影、研修講師2回、スピーチ1回、ロビイング取材対応などを行い、メディアでも取り上げられるなどし、当初の目標以上の活動ができた。
・コロナの影響や、活動に対する誹謗中傷、妨害もある中で、メンバーの安心安全を優先して活動したため、当初予定していた紙資料での活動報告書の作成ができなかった。しかし、HPで活動報告を掲載した。
③研修活動
韓国や世界の性売買経験当事者ネットワークや支援団体、研究者などとの交流や研修を通して、各地の当事者運動や性売買に関する法制度を学び、日本での活動に活かすことを計画した。
国際交流を4回行い、うち2回は韓国を訪問し、韓国の反性売買運動の現場で学びと交流を深めた。フランス・イギリスの活動家との交流も行い、各国の脱性売買支援や法律に、当事者運動について学んだ。
◆助成事業の目的と照らし合わせた成果・課題と展望:
【Ⅰ】次の5つの評価軸それぞれについて、当事業において当てはまる具体的事例。あるいは、当てはまる事が現時点では無い場合、その点を今後の課題として具体的にどのように考えるか(自力での解決が難しい場合、他とのどのように連携できることを望むか)。
(1)当事者主体の徹底した確保
当団体の活動は、当事者による当事者主体の活動であるため、この点は徹底されており、当事者主体でない活動にはなり得ない。当事者たちで活動をつくり、継続することができている。しかし、性売買の経験当事者以外にも、この問題にかかわる市民社会の1人という意味での当事者として、多くの方々に関心を寄せていただき、共に声をあげたり、考える時間を共有することができている。
(2)法制度・社会変革への機動力
2022年4月末に性売買を合法化する「AV新法」の骨子案が自公政権から出され、反対アクションが立ち上がった。当団体も反対アクションの賛同団体となり、契約に基づき性交を金銭取引の対象とすることを合法化することの問題を伝えるため、声明を発表し、集会や勉強会でスピーチし、直接議員へのロビイング活動を行い、多数のメディアに取り上げられ、被害当時者の立場から現状の発信を行った。
その後も、おそらく日本ではじめてとなる、当事者たちが性売買の実態を詳しく解説し、実態を伝える研修動画を撮影し、支援者養成講座で講師を務めるなど、関心のある市民に理解を広げる活動をすることができた。
(3)社会における認知度の向上力
性売買経験当事者が現場で起きている暴力や被害、搾取の実態を伝え、現状を変えるための当事者運動はこれまで日本社会にはなかったため、大きな注目を浴びる活動になりつつある。しかし、同時に、性売買で利益を得てきた業者や買春者などからの攻撃も大きくなることが予想されていたが、実際に灯火に対するいわれなき誹謗中傷がSNSで繰り返されている。そのため、大々的に活動を広めるのではなく、まずは当事者同士で安全・安心感を第一に活動できる場づくりを徹底しようと考えてきたが、AV新法で、性売買を国家的に合法化する道が切り拓かれようとしているため、急遽声明を出したり、ロビイングやスピーチ、取材対応などを通して活動を社会に伝えることとなった。また、女性支援に関わる支援者向けの研修で講師を務めるなど、当事者として経験や性搾取の構造を伝える活動も行うことができた。
(4)ステークホルダーとの関係構築力(相反する立場をとる利害関係者との関係性を良好に築いたり保持したりする力)
当団体の活動に際して、相反する立場をとる利害関係者とは、性搾取によって巨額の利益を得てきた業者や、女性の人権を侵害し、加害してきた買春者らということになる。そのため、良好な関係を築く必要はなく、むしろ当事者たちが経験した現実を伝え、業者らを批判することによって、社会変革につなげていく必要がある。
一方で、支援活動などを通して、当事者と出会い、性売買・性搾取の実態に気づいてきた支援者や研究者らとは学び合い、当事者だから知り得た実態を共有するなど、連携することができた。活動を通して、研究者、医師、弁護士、女性支援者、メディア関係者などとのつながりができており、そうした方々と共に学ぶ機会や、現状を変えるために声をあげること等を今後も行っていきたい。
(5)持続力
日本ではまだ誰も行ったことのない活動であるため、どのようなリスクがあるか、想定しきれない部分があったが、AV新法の問題点を伝える活動を通して当団体の存在が世間に知られ始めた頃から、性売買の経験当事者の発信を嫌がる業者側からの攻撃がはじまっていた。口をふさがれることがないよう、メンバー同士で支え合い、励まし合い、当事者以外の理解者とのつながりも大切にしながら活動することができた。
また、活動を持続させるには、財政的な支援も必要となる。本助成による活動期間に、現状を伝える活動を通して理解者を増やすことで、助成期間終了後は、別の助成金を申請したり、寄付を集めるなどして、継続していきたいと考えてきた。
【Ⅱ】Ⅰの評価軸はいずれも、強化するには連携力が潜在的に重要であり、その一助として次の項目を考える。
(1)当事業が取り組む社会的課題の根底にある社会的要因/背景(根本課題)は何だと考えるか。
日本社会では、女性の性の商品化や性搾取が深刻な状況があるが、性売買があまりにも当たり前になっているため、多くの市民は、それが問題であることもわからなくなっている。そのため、性売買の現場にいる女性たちは常に性暴力の被害に遭っているが、それが被害として捉えられていないこと。
(2)その根本課題の解決にどのように貢献できそうだと考えるか。
性売買の現場の実態を知らないことから、性売買が女性に対する構造的な暴力であることを理解していない市民が多いと考えるため、性売買の実態を当事者として伝えることで貢献できると考える。
(3)そのような貢献にむけて、どのような活動との協力/連携が有効だと考えるか。
多くの性売買経験当事者は、社会の無理解や性売買斡旋業者による分断から、自身が当事者であることや、性売買を通してどのような被害経験があったのか、経験や気持ちなどを安心して話せる場所がなく、今悩んでいることや困っていることも相談できない状況にある。そのため、まずは当事者たちが安心して出会い、話ができる場を作り、信頼関係を構築・維持することが何より重要だと考える。
また、安心・安全の確保を第一に重視しながら活動し、支援団体や研究者、弁護士や医師などの理解者を増やし、そうした方々とも信頼関係をつくりつつ、勉強会を開くなど、地道な連携が必要だと考えている。
――性売買が女性に対する暴力であるという理解があまりにも乏しい社会であるため、実態を知らぬまま、無自覚に業者側の視点に立って性売買の問題を考えようとする市民も多くいるため、私たちの経験を伝えることを通じて、性売買の問題を多くの市民が考えるきっかけとなればと考えている――