ソーシャル・ジャスティス基金(SJF)第3回助成事業最終報告
NPO法人 移住者と連帯する全国ネットワーク 活動報告(2016年1月)
◆団体概要:
外国人の人権が保障され、多民族・多文化が共生する社会の実現を目指し、各地で活動する支援団体のネットワーク化を行うことを目的とする(2014年6月90団体が加盟)。個別に取り組まれてきた支援活動をつなげ、アドボカシー・広報活動で共同行動をとるための事務局機能を担う全国唯一の団体である。各地域・分野の取り組みと国政レベルおよび国際レベルでの制度・政策形成をつなげることを目指し活動している。
◆助成事業名:『「移住者の子ども・若者の高校・大学の特別枠の設置を促す」ためのアドボカシー活動』
本事業は、移住者の子ども・若者の進学率の格差を是正することを目的とする。移住者の子ども・若者の高校および大学進学率をあげることの意義と緊急性は貧困の再生産を解決するために非常に高い。しかし日本では、移住者の貧困問題についての認識が薄く、その現われであると同時に、世代を通じた貧困の再生産にも結びつきうる進学率の格差に対する危機意識もない。本事業は、進学率の格差を是正するための有効な手段として高校・大学における入試特別枠の設置を位置付け、その実現を目指す。具体的には、入試特別枠の必要性を訴えるアドボカシーを、政府、教育機関、市民社会にたいして実施し、外国人集住地域の高校や国公立大学に入試特別枠が設置されることを目指す。
◆事業計画 :
1)国政レベルでのアドボカシー:省庁交渉やその他情報交換・意見交換の場を設置し、国会議員や省庁において課題を共有し、特に関心をもつ議員や省庁関係者とのネットワークづくりを目指す。
2)教育機関・関係者へのアドボカシー:外国人集住地域の高校および国公立大学に対し、入試特別枠設置を直接働きかける。またシンポジウムやセミナーを開催し、課題について社会問題化をはかるとともに、専門家や学校関係者らとの意見交換を通じ具体的な政策立案、アドボカシー戦略の共有・検討を行う。
3)市民社会へのアドボカシー:進学率、アファーマティブアクションを特集とする移住連機関誌の発行とその広報、websiteやSNSを通して市民社会にたいする関心を広める。
◆助成金額 : 80万円
◆助成事業期間 : 2015年1月~2015年12月
◆実施した事業と内容:
2015年に独自に行った具体的な事業は以下の通り。
1)イベント
・2月:茨城大にてシンポジウム:参加者40名。
・7月:院内集会を開催し、移住者の貧困と教育について報告した。
・11月:移住連省庁交渉の中心的な議題として、大学進学問題を取り上げた。
・11月:上智大学にてシンポジウム:参加者110名。実際に外国にルーツを持つ学生・卒業生4人に報告してもらったこともあり、反応が大きかった。
・12月:宇都宮大学のフォーラムに参加:参加者50名。これはフォーラム自体というより、その後の懇親会で関連する教員と意見交換し、専門的な立場からアドバイスすることが主な目的だった。
2)日常的な取り組み
・研究者に対する広報:5月に機関誌『Migrant Network』にて「ニューカマーの大学進学」を特集。8月にも同誌で全国フォーラムに関する報告を特集した。前者については、会員に対して送付するにとどめず、非会員で関心を持ちそうな研究者150名に送付した。その結果、新たに10人程度の研究者が会員になった。
・野党議員に対するアドボカシー:助成期間中、5名程度の野党議員と新たに連携関係を持つことに成功した。そのため、毎週数回は関係する議員事務所を訪問しており、手間と時間がかかる作業ではあるが、アドボカシーの強化に向けた投資としては不可欠だった。
・これまで紙媒体やメーリングリストを中心に発信していたのに対して、Facebookでの発信頻度を10倍以上に高めた。これまでの会員と比較して、若年層からのアクセスが増加しており、異なる層に対する情報発信が可能になりつつある(https://www.facebook.com/MigrantsNetwork/?fref=ts)。
◆事業計画の達成度:
・達成できたこと
-特別入試に対する大学内部での取り組み:ニューカマーの大学進学は、2015年までまったく課題として意識されていなかった。高校進学に意識がとどまっており、大学進学を考えることすらなかったのが実情だが、それを課題として意識させたのが一番大きな達成事項となる。
-野党議員に対するアドボカシーの強化:これまであまり接点がなかった国会議員に働きかけ、NPO法人化のパーティーであいさつしてもらうなど関係を強化している。同国会議員は、移民問題にポジティブな関心を持つ数少ない議員であり、多文化共生に関する議連の会長でもあることから、連携できるようになったのはかなり意味がある。
-社会に対する広報効果:SNSの効果は、若年層のアクセスが一定程度あることを確認できた程度にとどまる。むしろ、後述するような集会やシンポジウムでの報告が、マスメディアの目に留まることの方が、直接的な広報につながっている。その意味で、イベントは一過性のものではなく一定の効果を持つといえる。
・達成できなかったこと
-高校進学のための動き:1月の愛知でのシンポジウムでは、地元で活動している団体に登壇してもらった。これは、シンポジウムをきっかけに愛知県教育委員会に対する働きかけの動きを作ることを意図していたが、現実の活動につなげることはできなかった。実際に教育支援をしている団体は、日々の事業で手一杯であり、教育委員会に対するアドボカシーには手が回らない。また、対当局向けの行動をあまり好まない傾向がある。兵庫のように、事業系の活動とアドボカシー系の活動と両方ある場合、アドボカシー系の活動団体が働きかけることで特別入試が実現した。そうした活動の厚みがあるのは、外国人教育研究協議会がある関西と市民団体の多い首都圏になる。ニーズのある東海地方で実現できないことは、結局解決できない課題として残った。
-象徴的な意味を持つ大学に対する取り組み:2015年後期に著名な国立大学でシンポジウムを開催するべく企画していたが、協力してくれそうな教員が2人とも在外研究で不在だったため、2016年の開催に向けて調整し直すことになった。その過程で行った情報収集によると、有力国立大学は、学力信仰が強くそもそも特別入試に消極的で実現は容易ではない。それを変えるには1つ先例をつくる必要があるわけで、今後も働きかけを続けることにする。
-与党議員に対するアドボカシー:9月のソーシャルジャスティスダイアログで、鈴木寛氏にいただいたアドバイスは、主要な与党議員に対する働きかけだった。これを即座に進めないでいるうちに、その議員が文部科学大臣になってしまい、機を逸してしまった。
◆助成事業の成果・助成の効果:
・大学内部での取り組みの形成:働きかけを行った複数の大学で、特別入試の導入に向けた教員のグループが形成された。両方とも、シンポジウムで在学生や卒業生が発表したことで、参加者が外国人学生のアドミッションを具体的にイメージできたと実感している。また、2016年度入試から全国の国公立大学として初めて、宇都宮大学国際学部が外国人特別入試を実施することとなった。12月にフォーラムに参加して実情を聞くとともに、懇親会の場でこちらから具体的にアドバイスした(受験に必要な在留資格の問題、在留期間の問題について)。宇都宮大学でも、手探りの状態で入試の制度設計をしていることから、アドバイスを積極的に聞く姿勢があり、今後の改善につながる可能性は高い。
・マスメディアへの広報:7月の院内集会での報告を受けて、TV局と地方紙から取材依頼があった。12月の上智大学でのシンポジウムでも、参加していた全国紙記者から取材依頼があった。また、国勢調査データの分析を行った論文に対して、全国紙記者から取材依頼があった。
・省庁交渉での対応の変化:11月の省庁交渉では、国籍別の在学・進学データを出すよう依頼していたことに対して、学校現場での意見を収集するアンケートを文科省が行っていた。毎年交渉し続けることで、少し聞く耳を持つようになったわけである。大学進学については、取り上げたのがまだ2回目になるため、今後も交渉を続けて対応を引き出せるようにしたい。
・学界への影響:本事業の取り組みがきっかけとなり、学界でもシンポジウムなどを企画する動きが生じている。2015年12月に行われた移民政策学会の冬季大会で、ヨーロッパの移民の進学問題を取り上げるシンポジウムが企画された。2016年の年次大会では、日本のニューカマーの進学を取り上げるべく検討中と聞いている。2016年10月の社会学会テーマセッションでも、同様の企画が検討されている。
◆助成事業の成果をふまえた今後の展望:
・大学への働きかけの継続:大学を舞台としたシンポジウムは、当該大学に対して外国人学生を受け入れることの具体的なイメージを作る点で、きわめて有効だった。それを具体的な制度に結びつけるには、内部での取り組みが不可欠であるため、大学内で一定数の教員をまず味方につける必要がある。そのためには、前述の著名な国立大など可能性と象徴的な意味を持つ大学に対する働きかけを、シンポジウムを軸として継続していく。
・高校進学については、各都道府県に活動基盤を持つ団体の自発的な取り組みがなければ難しい。兵庫県外国人教育研究協議会が、県教育委員会との交渉の結果として特別入試の設置に成功しており、全国組織である全外教で取り組みを広げるよう依頼していきたい。
・大学での働きかけに加えて、文部科学省の高等教育局に対する働きかけの方法も考えていきたい。現在は省庁交渉を主な場としているが、もう少し継続的な交渉の場、そして異なるインプットの回路が必要となる。これについては、移住連のアドボカシー機能を強化しつつあるところにあるため、その一環として進めていく。
・進学問題を可視化するに際しては、国勢調査のデータが非常に有用だった。2000年データの分については、ブックレットという形で一般向けに刊行したが、それ以外の年度(1980-2010年の7回分)については、紀要での報告しかしていない。それでもマスメディアが見つけて取材依頼があるため、より人目につく形で現状を訴えるような書籍(選書のような形で)を計画している。